どけ!!私はお姉ちゃんだぞ!!本当だ!!信じてくれ!!私はお前達のお姉ちゃんなんだ!!逃げないでくれ!! 作:まっしろたまご
マギウス*1の本拠地、ホテルフェントホープ。その深層。
ウワサ*2との融合実験とはまた別の『禁忌』とも取れる実験が行われていた。
「心配しなくても大丈夫!実験が失敗しても、あなたの安全はマギウスが絶対保証するから!」
「は、はいぃ……よろしく、お願いしますぅう……」
結界越しに相対しているのは一体の魔女と、一人の黒羽根。
灯火から一通りの説明を受けた彼女は、身を震わせながらも自らの死の時を静かに待ち続ける。
これより行われるのは、『魔女と魔法少女の融合実験』。実戦的な人手不足に喘いだマギウスが打ち出した新たな戦力の可能性。
しかしその実験結果はいずれも芳しくなく、大きな進捗は得られていなかった。だが、今回は違う。
融合される魔女と、魔法少女の親和性の高さ。生前彼女らが親密であったこと、その他様々な要因。
兎に角、聡明なマギウス達に、『今回は違う』と、確信させる『何か』が彼女らにはあったのだ。
「あ……あぁあ…………」
魔女の身体から溢れ出る汚れが、肉体的にはなんの害もない醜い感情エネルギーへと【変換】され、黒羽根へと流し込まれる。
本来であれば魔女化してしまうほどの苦痛を、彼女はドッペルの発現を繰り返しながらなんとか受け止めている。
しかし、なんとか保っていた意識も長くは持たない。
浮き沈みを繰り返す、真っ黒な視界の中。彼女は様々な夢を幻視した。
それは、炎に包まれた神浜で無邪気に笑い合う二人の魔法少女。
それは、偽善を貫き通し、『本当に助けたかった人』を喪った魔法少女。
それは、決して打ち倒すことのできない敵を相手取り。同じ時を繰り返す魔法少女。
———その時、彼女の中に溢れ出した、存在しない記憶!
「■■と一緒にいれたのは、悔しいけどあんたのおかげ。だから———」
「 がいなければ、きっと■■も助からなかったと思います。だから———」
「■■■を守れる私になりたい、って願って魔法少女になったのに、結局は誰かに頼ることになるなんてね。あなたの生き方に賛同はできないけれど———」
「「「———ありがとう、お姉ちゃん」」」
「これは……この記憶は一体……?」
魔女も、その結界もぐにゃりぐにゃりと形を歪め、黒羽根のソウルジェムへと入り込んでいく。
観測する者の一人は、『魔法少女としての死』の狭間に在る最高のアートに目を輝かせていた。
また一人は、この異例の事態を書き留めんと懸命にペンを走らせていた。
そして最後の一人は固有魔法の発動を止め、うっとりと事の顛末を待ち受けていた。
羽根達を束ねる、三人の救済者。そのいずれも、先程までちっぽけな存在だった一端の黒羽根に視線を釘付にされている。
やがて、幾分かの時を経て融合が終わった頃。真っ先に飛び出し、『彼』の元へ駆けつけたのは、アリナ・グレイ*3であった。
「はぁ……アメイジング……最ッ高なんですケド!」
「……あ?」
「エクセレントでエモーショナル!生と死を両立したベストなアート!!」
「お前は、違う……」
「さっきから何言ってるワケ?声小さすぎて全然聞こえないんですケド」
黒のローブが頭から外れ、ポニーテールで括られた黒髪が露わになる。
隠すものの無くなった瞳はここにいない誰かを見据えている。
しかしその身体から漏れ出す魔力が匂わせるのは憤怒。まさに怒髪天を突く勢いだ。
「アリナ。彼女は今とても不安定になっているからあまりちょっかいをかけるのは……」
「私の前を塞ぐな!どけ!!私はお姉ちゃんだぞ!!!」
***
普段とは何も変わりない帰り道。しかし、七海やちよ*4は普段よりも少しだけ軽い足取りで帰路についていた。
それもそのはず、彼女は今日偶然もらった福引券で4等のココアを貰っていたからだ。
鬱屈とした日々の中に潜む、小さな幸せ。これを喜び合う親友がいれば、もう何も望むことは無いのに、などと思いながら、事の引き金にもなった指輪を眺める。
青く澄んだ宝石はキラキラと夕日を反射し輝いているが、それだけではない光を発していた。
「……魔女の反応!」
魔力反応は二つ。魔女の物と、魔法少女の物。結界はゆっくりと移動しており、かなり苦戦していることを窺わせる。
だが、妙だ。どこにも入り口が見つからない。
「これは一体……」
反応は尚もゆっくりと移動し、こちらへ近づいてくる。ちょうど、曲がり角を一つ曲がればエンカウントする距離。
一般人の反応が無いことを確認し、変身。今まで感じた事のない違和感に、緊張が加速する。
「……え?」
しかし、やちよが遭遇したのは想定していたような物では無かった。
その異様な雰囲気を発していたのは趣味の悪いローブを羽織った少女だった。
しかし、その少女の指輪を見れば、雰囲気の理由は明白となった。
「あなた……ソウルジェムが……!」
その魔法少女のそれは真っ黒に濁り切り、今にもひび割れて中に潜む物が暴れ出しそうな様であった。
思わず駆け寄り、グリーフシードを使用する。
近づいてみると、ローブの下には多くの痛ましい傷が刻まれていることが分かった。
「大丈夫?魔女の結界から逃げてきた———」
ある程度穢れを吸い取られ、緊張の糸が切れたのか、ローブの少女はばったりとその場に倒れ伏してしまった。
「……流石にこのまま放置するわけにも……」
魔法少女のよしみ、このまま放っておいたとして魔女化されても困る。事情や魔女の情報を聞いてから解放しても遅くはないだろう。
「……よし」
変身は解かず、ローブで隠して背負う。あとは人目を避けて帰ればミッションコンプリートだ。
ソウルジェムが濁り切っても活動できる魔法少女。その異様さを感じつつ、七海やちよは再び帰路を辿る。
この先、彼女の処遇をどうすべきか、答えの出ない問いを自問自答しつつ。