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小型の式神を斬り刻む。どうやら秘密裏に俺の言動を監視でもしておきたかったらしい。特に目障りな訳でもなかったのだが、これより先の話を吹聴されるとなると、
「お前──いや、貴様
「はい。我々寺院勢力は二分しています。朝廷・政治への干渉を抑え、結界の維持と呪霊祓除を旨とする派閥と、強力な術師を擁して朝廷へと対抗・干渉を強める派閥の二つです。京との膠着状態を作り出したのは後者の派閥となります。その者達はかつて倭国を制圧した強力な術師を現世へと降ろしました」
過去の術師の受肉。俺以外にも死から復活を成した者がいる。其奴が京の動きを抑えるまでに至ったのか。上手く取り入ったかは定かではないが、寺院勢力は実質的に強力な術師を擁することに成功したのだろう。京と並び立つまでの武を手に入れたのだ。
「前例があったため復活も速やかに飲み込めた訳か。味を占めた貴様らが続けて囲い込みたい術師。それが“両面宿儺”ということだな?」
「左様でございます。戦いの末、宿儺様は武振熊と
凡その経緯が読めてきた。俺が封印された事実は後世へと正しく伝わっていないのだ。武振熊による討伐の功績として伝わったのか、死んだことにしておけば時の権力に都合が良かったのか……いずれにせよ、石斛の存在ごと闇に葬り、現世から追放した事実のみを知らしめていた事は間違いない。
そして、この地に俺が現れたことを察知する何らかの情報網まで備わっている。あの旧都に監視の眼が存在していた?
いや、そのような気配は感じられなかった。結界もない朽ちた都跡だった。何か俺の復活を知り得る術が存在している筈だ。情報量においては一歩先を越されている。その所以はすなわち──
「京の陰陽師は星の巡りから凶兆を占いました。災いが甦ると噂する者まで。宿儺様が現世に受肉することは予期されていたのです。耳にした寺院勢力は宿儺様に取り入ろうと企てております。調和とは名ばかりの、渦中に引きずり込み戦力とするための懐柔策でしょう……しかしながら私は──」
「──違う、と言いたいのか。そこまで俺の許しが欲しいとはな。随分と必死なことだ」
占いという予知能力。厄介なものだが、かといってそれに細々と対応する気も起きない。全知へ至る程万能な術理でもない筈だ。
それに、此奴がどこの勢力に属していようと興味はなかった。寺院勢力とやらにも惹かれるものはない。だが、此奴の調理にかける熱量は気にかかった。それ故に先刻の食事について思索を深める。
まず、振る舞われた肉。肉質の劣化を防ぐために手早く屠り血抜きしたのだろう。絶妙な焼き加減と山椒の味付けによって、野性的な食感と赤身の味わいが堪能できた。
さらに、肉の臭み消しにも用いられたであろう酒。惜しみなく使われていたこともそうだが、発酵・熟成保存にも気を遣う繊細な代物の筈だ。調理担当と言えどただの術師が軽く調理酒を使える時代でもない。相当な気概を持って調理に望んでいる。
加えて魚料理も目に留まった。随分と立派だった魚体は恐らく海産物。この内陸の地において塩漬けや干物にせず新鮮なまま海水魚を届けることなど、まず通常の手段では考えられない。特異的な輸送手段か保存手段を有しているとみた。
闘争や呪術の視点からではなく、食に対する拘りと直感が見つけ出したのは才能の原石。
此奴は平安の世で──美食を探求している!!
「お前……名は?」
「“
目障りであれば斬り刻むことも考えていたが、こうなれば事情はまるで違うものとなるか。術理の性能や裏梅自身のポテンシャルを知る必要もあるな。
「坊主共はさぞ持て余しただろう。今まで何を捌いてきた」
「猪や鹿、猿から牛、
これ程までの拘りと著しい潜在能力。寺院の術師の中でも異彩を放っていたのだろう。裏梅は食の探求の末に、戒律どころか人としての
それ故に給仕の場へ一人出てきた。冷遇されている──といった水準ではない。恐らく、裏梅は真に恐れられている。
例えば牛肉だ。この時代において牛を食べる文化はない。農耕や牛乳を搾るほか、牛車を引くために利用される存在であり、その牛を屠殺する職業は長らく忌避され蔑まれている。
だが、裏梅は躊躇なく屠り捌いたのだ。全ては美食を追求するために。四足の獣に留まらず、猿や狒々……そして、
価値観など容易く変わりゆく。時代や文化に影響を受けながらも決して変化を止めることはない。現代的な価値観では忌避されるものも当然ある。裏梅のそれは余人には受け入れ難いものだ。だが幸か不幸か、裏梅には周囲との軋轢を跳ね除ける力と才があったのだ。
「そこそこ腕は立つか。力の差が分からん馬鹿でもない筈だ。傍仕えの地位を欲する所以でもあるのか」
「宿儺様を一目見て、愚慮が頭から離れぬままに、思わず具申したのですが、その……」
歯切れの悪い様子だった。ここまできて不愉快にさせることを恐れているのか。判断するのは受け手である俺だというのに。不快に思えば容赦なく刻むことは間違いなかったのだが。
「言ってみろ」
「宿儺様の飢えと渇きを満たされるまで、好きに召し上がって欲しいと……思った次第でございます」
……“飢え”とはな。あけすけに空気を放っていた訳でもなかったのだが、見て取れた俺の根幹へ関わりたいとまで思ったのか。そのためにわざわざ頼み込んだと。
裏梅は平伏しながらも、どこか慮るような声色で語っていた。
今まで誰かに満たしてもらおうと考えたことはない。所詮は他人だ。強さも価値観も隔絶した存在に期待することなどなかった筈だ。
「面を上げろ」
「……はい」
取るに足らない一人の術師。首を刎ねればそれで話は終わる。飢えた俺をただ哀れんでいるのならば一思いに刃を振るえただろう。
だが、裏梅の眼に憐憫の光は欠片もなかった。真っ直ぐに此方を見据える梅色の瞳。沙汰を待つ姿にしては余りに──敬虔なものだった。
「傍に立つことを許す。ゆめ研鑽を怠るな。肉、魚……酒と米から煮物と汁物、漬物に至るまで全ての味を高めることだな。お前の技量──さらに魅せてみろ」
「……御意に」
深く下げられた頭と伏せられた瞼は確かな忠誠心を物語っていた。
その白く染まった指先と、微かに震えて感極まっている裏梅の様子に気づいたところで、俺は再び嘆息をついた。
呪術の隆盛──平安の世。この時代における勢力争いは苛烈を極めることになる。
勢力の一つとして挙がるは平安の中心──京に集う海千山千の猛者達である。
朝廷を支配する名家とはすなわち藤原北家だ。時は10世紀の終わりに差し掛かる頃。藤原道長とその子孫達は次々に摂政・関白の地位を占めることで、長きに渡り政治の実権を握ることとなる。
藤原北家の有する権力は他家の追随を許さず、名声と力は多数の強力な術師を召し抱えるまでに至った。まさに京の最大武闘戦力と呼ぶに相応しい者達が集まったのだ。
藤氏直属暗殺部隊──日月星進隊。滅私奉公、闇に生き名を持つことさえ禁じられた者達。藤原北家はその暗殺部隊を用いることで、他家は愚か同族の排除をも徹底的に行い、摂関政治体制を磐石なものとし続けた。次々と呪殺される諸家の者達は抵抗虚しく衰退の一途を辿った。
さらに日月星進隊と並び立つは、藤氏直属征伐部隊──
猛者達が続々と京へ集う中──平安の戴きが一人爆誕する。
菅原家の由緒ある呪術の血筋と
彼女が産声をあげた瞬間、全術師が敗北を認めたという──平安の世が創りたもうた呪術の頂点。京の守護の要でありながら、打ち立てた功績は数知れず。
仮想鬼神である“茨木童子”と“酒呑童子”の単独討伐。加えて再三の天元防衛戦の功労者であり、かの怨霊を調伏せしめ、天満大自在天神として鎮撫したその本人であった。
無限に等しい継戦能力と“
平安の世において力をつけたのは皇族や貴族だけではない。有力な寺院もまた、神仏の威光を盾にして力をつけていた。神仏習合による独自の変化や歪みはあったものの、かつては高名な術師勢力を誇っていた過去がある。そして積み上げられた負の遺産もまた存在していた。
天元の同化という大事を目前に控えたその時、とある術師の手引きによって事態は激変する。
現世に舞い戻った受肉体。
倭国大乱にて単独での列島制圧を成した宿老その人である。自立型の二種の式神──その式神の軌跡を自らの領域とする古代の異能。
巨躯を有するデバネズミ型の式神はその圧倒的質量で民を潰し、家屋を砕き、
もう一種の式神は人間程の大きさの翼竜である。多数の群れをなしてデバネズミ型の式神に追従し、周辺を飛び回る性質を有していた。当然この式神の飛ぶ軌跡も領域であり、一塊となった群れが覆い尽くせば、そこは瞬く間にドルゥヴの手に落ちるのだ。
加えて、領域内における生命活動から呪力を徴収する──という特殊な術式効果によって、領域を広げる程にドルゥヴの力は指数的に増していく。領域がすなわち領地となり、そのまま強さとなるのだ。
その厄介な特性と、本人の残忍な気質──
ドルゥヴの領域は京を囲うように広がり続けた。京の戦力は立ち塞がる巨大な式神の軍勢と衝突を繰り返したものの、戦局を変える決定打には欠けている。かといって動き続ける式神を止めねば土地は荒らされる一方。京は民や土地という守るべき対象の多さ故に随所に渡って対応を続ける他なかった。
分散した戦力に対してドルゥヴは式神と領域を用いた各個撃破を続け、遂には京との睨み合い──膠着状態を作り上げるまでに至ったのだ。
膠着が長く続く程、結果的に他の土地へ手を伸ばせるドルゥヴの勝利に天秤が傾いていく。陣取り合戦になれば、かの宿老が負ける可能性などなかった。
術師本人を屠ろうとすると、式神の軍勢と必中効果を潜り抜けて敵陣の真中へ挑まねばならない。ドルゥヴ本人の陣取る場所はまさに手中であり死地でもある。平安の猛者達と言えどそう簡単に近寄ることはできず、血達磨となって転がる一方であった。
停頓が続く中、ドルゥヴは手をこまねいて待っていた訳ではない。度重なる戦力の各個撃破によって京の矜恃を傷つけたために、最高戦力たる“御匣”が出張るのも時間の問題だったのだ。ドルゥヴは受肉時に得た情報と結んだ“縛り”によって彼女の到来を予期していた。
ドルゥヴは京のみならず各方面にも式神を差し向けた。京の周囲から力と領地を削ぎ落とし、同時に自らの力も蓄える老獪な手腕。山脈を超えた内陸の地で、民の住む集落も、耕す農地も見境なく踏み潰し、巨躯は行進を続けた。続けてしまった。
強者との対峙に備えるその手は決して間違いではない。領域を広げれば広げる程に力を増すのがドルゥヴの強みである。地道に領域を広げることで、現在巨躯の式神を数十体ほど同時に顕現可能となっている。地響きと共に地を踏み均すそれらに正面から敵うものなど、誰一人として存在しなかった──
奈良は平城京の跡。栄盛を極めた旧い都も、今では牧歌的な農村が広がっている。
麹と酒、麦粉と味噌にそれから醤油まで……米や麦、大豆を育てる農耕もまた日本の美食には欠かせない要素である。
未来の知識はそれを懇切丁寧に説明していた。田畑の作物はいずれ美食へと繋がるのだ。加えて優秀な料理人を取り立てたばかりでもあった。美食に関わる要素を踏み荒らすような者は──かの
迫り来る巨軍を待ち構えるは二面四臂の異形。不可視の刃と業火の術理を携えた儺面の王。三叉槍と金剛杵を構えた姿は御仏の化身そのもの。
見据えるは遥か遠くに坐す宿老の本陣か。相対する強者達の本懐はそれぞれ違えど、激突は必至であった。
膠着状態を成す一角へ──“両面宿儺”が打って出る!!
ドルゥヴのテコ入れにはタネがあります。