両面宿儺(日本書紀)   作:ゾエア

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今回バトル描写がありません。ご注意ください。


入神

 

 

 

 呪霊を殺すと、死体は消失反応で塵となって消える。本体が死ねば切り離した体の一部も同様に失われる。その筈だった。

 

 

「見上げた執念だな」

 

 

 くつくつと笑いながら手に取ったのは巨大な角。先程屠った呪霊──"高沢山の毒龍"が遺したものだ。

 

 鈍い銀の光を返す剛角は、相変わらず強い呪いの気配を保っていた。既に本体は塵となって消えている。だがこの角一本だけは塵とならず呪いとしてこの世に留まっていたのだ。呪いを込めた器物──呪物として。

 

 

「宿儺様。お迎えに参りました」

 

 

 姿を見せたセキコクは膝をつき頭を垂れた。検分し終えた角で手遊びする俺に対して、疑問を呈するようなことはしないらしい。その額には傷の痕がしっかりと残っていた。

 

 

「見てみろセキコク。龍神からの供物だ」

 

 

 そのまま角を軽く投げ渡し目的地へ歩き出す。何も慈善で龍神退治を引き受けた訳ではない。俺の望みと人々の差し出す対価が一致したために動いただけだった。民にどんな事情があろうと、貴族共が何を企んでいようとも変わらない。俺は好きに力を振るい、好きに食らうだけでよかった。

 

 

 セキコクは丁寧な所作で角を受け取り、大事そうに抱えると俺の三歩後ろから追従する。反転術式で治せる癖に、残した傷痕を嬉しそうになぞる様は気味が悪い。

 

 

 しかし先刻の戦いにおいて此奴の知識が役に立ったのは確かだ。呪術を極めるということは引き算を極めること──とはよく言ったものだが、俺の術に関して言えば少々齟齬があった。

 

 俺の場合、斬撃を放つ際に必要な呪詞や掌印、その他の手順が複雑ではなかった。手順そのものが多くないとも言える。出力を落とさずに省略・簡略化する技術は既に身につけていたものの、出力をさらに向上させる手段には乏しかった。俺の持って生まれた呪力出力が莫大なことも遠からず関係して。

 

 川に流れる水を呪力として、出力を水流の勢いに例えると、川幅を広げながら如何にして水流の勢いを強く保つか──といった意味合いの技術である。俺は水流の勢いを保つのではなく、さらに強めたかったのだ。

 

 そのために用いた手段が"縛り"である。差し出した対価と引き換えに効果を得る──呪術の重要な因子の一つ。()()()()()()()()()()()()という己にとって不利な条件をあえて呑むことで、さらなる出力を引き出した。アドリブだったが存外上手くいったものだ。

 

 

 飛騨の国からここに至るまで、"高沢山の毒龍"のような名の知れた呪霊共を狩りつつ、俺達は南を目指していた。龍神程の強敵とは滅多に出会えないものだが、それでも()()()()マシな連中を屠っている。呪霊は不味いうえに殺せば塵となるため美味く食うこともできない。それが一番厄介な点といえるか。

 

 

「俺に食事を振る舞いたいと。そう宣った者が居るらしいな」

 

 

「宿儺様は言葉を交わすことができる神の化身。御姿だけでも一目見たいと言う者は大勢おります。この度、尾張にて迎える方は腕利きの術師です。どうか御留意ください。それと……大和国についてですが──」

 

 

 セキコク曰く、大和国は政治中枢である都を移す──いわゆる遷都を予定しているらしい。現状の都の地勢を嫌った帝が勅命を下したようだが……少しばかり時機が悪かった。

 

 新たな勢力の台頭。大和国による磐石な支配を崩しかねない旗頭──"宿儺()"の存在だ。災禍振り撒く呪霊が祓われたことと、民の信仰を集めつつあることの二点は大国も無視できない。

 

 俺を神聖視して崇める者達は、大和国の力や神の血を引く帝には靡かない者として扱われる。俺が崇拝や信仰を鬱陶しく感じたところでそれは変わらないだろう。

 

 "宿儺"という個が強いからこそ民は崇め、強さ故に他の権力や神の威光とは相反する。例え翻意があろうがなかろうが、否応なく世界はうねり出す。

 

 

 この時期に遷都することで、俺という存在に立ち向かう意志を示しているのか。もしくは懐柔するための布石を打っているのか。どちらにせよ俺の生き方は変わらない。変わる必要もない。

 

 闇討ちや排斥が起ころうと心底どうでもよかった。喰らいたいものを喰らう。目障りならば斬り刻む。不快が快を上回ったその時に刃を振るうだけだ。例え相手が時の権力そのものであるとしても。

 

 

 

 


 

 

 

 

 そこは尾張にて名のある仏閣の一つ。しかし敷地内に修行僧は一人も見当たらない。どこか物々しい空気が漂っていた。()()()は既に国中へ広まっており、寺院近くは人払いを済ませて必要な人員のみが残っている。

 

 

 門の前に現れた姿。石斛(セキコク)を侍らせてやってきた男には目と腕が四つ備わっていた。右に歪んだ(めん)を貼り付けたような(かんばせ)。両面の男。

 

 儺面の王、大儺神(たいなのかみ)、様々な呼び名があるものの、呪いを祓う異形への怖気から、諸外国はその者を神や王などと呼ぶことはなかった。

 

 両の面を宿す(おにやらい)

 

 飛騨に宿る両面の追儺。

 

 すなわち──()()宿()()

 

 

 境を跨いだ瞬間──宿儺は術師の力量を悟った。

 

 

「結界術か。よく練り上げてある」

 

 

 寺院の敷地は結界により外世と隔たれていた。客人を招き入れることも、必要とあらば術師が即座に干渉することもできるそこは──まさに手の内と同然の空間である。

 

 しかし宿儺は敵地であろうとなんら臆することなく、客間へ向かって歩き始めた。その身は自然体であり、纏う呪力の流れには翳りも滞りもない。()のままで全盛を維持し、敵を喰らってさらに力を伸ばし続ける鬼才の姿であった。

 

 

 旺盛な食欲と好奇心で嗅ぎつけた目的地には、清貧な食事──すなわち精進料理が並んでいた。

 

 この時代、仏教徒は徒に殺生をしない戒律を立てており、食事においても肉、鳥、魚を使うことがない。野菜を中心に扱い、薄味の質素な料理が主に食されていた。

 

 一方、宿儺が好むものは専ら肉である。植物を育むような牧歌的な性格ではないこともあるが、狩った獣の肉を喰らう方が性に合っているのだ。

 

 清少納言の綴った枕草子では精進料理の味が酷評されているのだという。貴族の食事に慣れた者の一意見とも考えられるが、現代知識を持つ宿儺の評価はというと……

 

 

 宿儺はどかりと座り込んだ。狙いをひとまず知ったところで、未醤(味噌の起源とされるもの)の味が少し気になっていたようだ。未醤を味わえるのは貴族や修行僧、または限られた豪族のみ。この時代においては薬として用いられる程の貴重なものであった。

 

 斬り刻むつもりであればとっくにそうしている筈なので、どうやら宿儺は()()()()の席に着くことを決めたらしい。

 

 

「初めまして、両面宿儺。足労感謝する。私は(アマネシ)という者だ。都で呪術師をやっている」

 

 

 長く伸ばした金髪と、眠たげに開かれた赤眼が特徴的な女。僧衣を纏った神秘的な佇まいは、油断なく見据える双眸も相まって張り詰めた空気を醸し出している。

 

 ()()という戒名を持つその女は、類まれなる結界術の使い手でもあった。両面宿儺との初対面に赴いたのも、ひとえに呪術師としての技量と責任感を持ち合わせていたため。

 

 

「そう身構えるな。坊主の食事に奢侈(しゃし)を期待する程俺も馬鹿ではない。話があれば好きに始めろ」

 

 

 そう言って食事に手を付け始める。宿儺はこの食事に含まれた意図をある程度理解していた。

 

 自らに精進料理を振る舞うこと。裏を返せば宿儺の好みよりも戒律を優先したということだった。料理担当の腕に絶対の自信があった場合はその限りではないが。

 

 つまり、"両面宿儺"に対してこの仏閣が()()()()()()()()()()──という意志を示していたのだ。あくまで仏の教えに則ってもらうのは宿儺の方であると。

 

 そういった無言のメッセージを受け取った宿儺が如何(どう)出るか。荒事に備えて人払いを済ませているのも用心のためである。

 

 彌に至っては術式の特性上容易く死ぬことがなかった。彌は対話を続ける意志を確認できて軽く一息つくと、胡座のまま意見を述べていく。この時代において、神仏へ対した場合の正座はそこまで一般的ではない。

 

 

「……ではこちらの用件を伝えよう。私達は"両面宿儺"を御仏の化身として迎え入れたい。多くの民草を救うためには、術師の人徳と仏の教えが不可欠。神仏の威光と()()()としての教えを世に広く知らしめなければならない。そのため──」

 

 

「──俺の威を借りたい、といったところか。俺の姿と功績を仏と結びつければ、坊主共の権威を保ったまま呪いの力を削いでいける。"両面宿儺"へ向けられた崇拝や信仰を殺さずに利用するならば……まぁ妥当な落とし所だな」

 

 

 腹の口で料理を喰らいながら宿儺は言葉を続けた。その食いっぷりはまさに傍若無人といったところだが、今の時勢や仏教徒の言い分が分からないほど愚かではない。

 

 仏の教え──すなわち仏教はこの時代の人々が縋るものであり、恐怖を薄め呪いを弱めるために必要なものでもあった。さらに術師という力を持った少数派を取りまとめ、人徳を説き、秩序を守る役割も担っている。優れた術師である彌が寺院に属しているのもそのためであった。

 

 そこに頭角を現した"両面宿儺"という異形の者。強大な呪いを次々と祓うその圧倒的な存在は、飛騨の人々や地方豪族が崇める対象になっていった。なってしまった。

 

 呪術師達は闘争を望んではいない。宿儺をあくまで御仏の化身として、上手く仏教と融和させることが狙いであった。呪いの祓除について、感謝と畏敬の念を持ち合わせていたことも関係している。

 

 

「言い分は知れた。坊主の料理が俺の舌に合わんこともな。貴様らなりに贅を尽くしたのは認める。確かに馳走として振舞ったのだろう。では──()()はどうする?」

 

 

 四つ目が赤々と光っていた。

 

 返答次第で斬る。

 

 言葉なくしてそう伝える宿儺。彌の背筋に冷たいものが走った。慎重に言葉を選んでいく。

 

 

「……私個人の感情はこの件に関与しない。だが、術師としての私からすると──お前が心底恐ろしい。呪術師という因果に収めることなどできない存在。災いや自然現象のような力の発露そのもの。私は……お前が通り過ぎていくのをただ待つだけだよ」

 

 

「正直者め。よく口が回る。だがまぁ……実際俺の呼び名などどうでもいい。崇めたければ好きにしろ」

 

 

 くつくつと笑いながら膝を叩くと、宿儺は立ち上がってあらぬ場所へと視線を向けた。そのニヤケ面を保ったまま。

 

 

 彌や呪術師達は知る由もない事実。宿儺はいち早く()()に気づいた。

 

 

 大和国において仏教は広く伝わっており、仏教徒は相応の高い地位を得ていたのだが、当然ながら手が及ばないこともあった。

 

 壬申の乱から数十年ほどの年月が経過し、王権がその支配を磐石なものとするため躍起になっていた時代。両面宿儺の台頭によって、飛騨への影響力が弱まった事実は時の天皇の記憶にも新しい。その後病に倒れた天皇は神仏へ回復を願ったものの、叶うことはなかった。

 

 御仏への疑念と諦観が芽生え始めたその頃、皇族は各国から指折りの猛者達を私兵として抱えるにまで至った。護国仏教という観念にはまだ時代が遠かったことも要因である。

 

 その皇族は律令国家としての完成と遷都を前に万全を期すため、両面宿儺という、御仏を騙った()()()()()()()()の討滅を秘密裏に掲げていた。すなわち──

 

 

「お出ましか」

 

 

「宿ッ──儺ぁああ゙あ゙あ゙!!」

 

 

 結界の崩壊。(くう)を貫く一撃。それと同時に怒号が辺りに響いた。

 

 

 正門から本殿までを貫く螺旋状の穿跡。鎧を纏い槍を携えた一人の男は名を武振熊命(たけふるくまのみこと)といった。

 

 皇族より遣わされた猛者は三叉槍──"飛天"を片手にたった今乗り込んできたのだった。

 

 





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