両面宿儺(日本書紀)   作:ゾエア

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都牟刈

 

 

 

 今まで呪いは幾匹も屠ってきた。硬く、速く、強い者達を。領域展開に至る程洗練された術理もこの目で見てきた。俺は其奴ら呪いを喰らってきた。だが此奴は──人間だ。

 

 

「『飛天』!!」

 

 

 脇腹を掠めた衝撃波。槍の間合いなど優に超える距離からの刺突が、甚大な威力となって俺へ放たれていた。推し量るに、あの槍が空気の面を捉え掴むことでその効果を発揮するのだろう。まるで横向きの竜巻が地を穿ち削り取るような一撃だ。

 

 あの槍──"飛天"とやらには恐らく術式が刻まれている。俺の間合いの外から一方的に攻撃を仕掛けているうえに、敵の呪力には少しも消耗が見えない。本人の呪力消費がないため腕が持つ限りは連発可能と。少しは考えてきたらしい。

 

 

 既に寺院は槍撃で半壊していた。アマネシは事態を把握すると、悲痛そうに眉を顰めて俺へ一言か二言ほど意見していたのだが──それも諦めたようだ。今は何処かへ姿を消している。

 

 

 俺は他人にも、仏の教えにも期待していなかった。崇められようと、疎まれようとどうでもいい。

 

 ただ目障りでなかったために話を聞いてやった。斬り刻まなかった。強く猛々しい災い──呪いとの遊びに応えたのは俺もまた強かったためだ。

 

 俺の元へ集まる者達に対して、俺の(ことわり)に沿って応じただけだった。

 

 だが、人間共はそうでもなかったらしい。少なくとも、俺が此奴に殺されても良いと思う程度には恐れられている。

 

 

 ならば俺はいつもと変わらず──刃を振るうだけだ。

 

 

 空気の面を捉えて蹴る。

 

 自然に可能となった空を駆ける技法で不規則な軌道を描きながら。動き続けねば槍撃に捕らわれてしまう。まずは術の射程内にまで近寄る必要があった。鎧の硬さや強度次第で俺の出方は変わる。

 

 

「『(カイ)』」

 

 

「──ッ!!やはりか!!」

 

 

 肩鎧を刻む斬撃。血を吹き出しても肩から先はまだ動かせるようだ。呪霊と違って人間は再生に手間がかかる。このまま血肉を削っていけばいずれ動かなくなるだろう。

 

 だが此奴は空気の面と俺の動きを目で捉えている。ただの武人とも思えなかった。反応からしても、ある程度俺の斬撃を知ったうえで挑んでいるのだ。術師であれば反転術式という回復の手段も考えられる。それ故に選んだ次手は──必中必殺。

 

 

「領域展開」

 

 

『降魔御厨子』

 

 

 

 


 

 

 

 

 ぼとり。と落ちた生首。

 

 

 必中の斬撃は容易く武振熊の首を斬り落とした。

 

 武振熊が領域を展開してこなかったことに対して、宿儺は眉を上げて反応していたものの、すぐに顔を白けさせる。ひとまず"飛天"を奪うために近寄り始めた。

 

 

 宿儺が領域を使ってこないことに賭けていたのならば、なんとも浅はかといえるのだが……武振熊命は違った。

 

 

 ずるり。生々しい音と共に首が()()()()()

 

 

 鬼灯のような赤い目は幽鬼じみたもの。再生しつつあるそれが、たちどころに宿儺を迎え撃った。

 

 

『飛天』!!

 

「『(カイ)』」

 

 

 互いに回避の選択肢はない。神速の刺突が宿儺の腕を貫いた。

 

 槍を握る腕へ放たれた斬撃は──音を立てて弾かれる。

 

 

(斬撃を弾かれた!!此奴は……!!)

 

 

 必中効果を再開させて今度は絶え間なく斬撃を浴びせる。しかし返ってくるのは金属を擦るような鈍い音。斬撃は尽く弾かれていた。

 

 

「不可視の刃はもう効かん。両面宿儺、天に仇なす逆賊よ……仏の威も形なしだ」

 

 

 穂先を引き抜き、武振熊は更なる刺突を次々と繰り出す。宿儺は半身で軽く躱しながら距離を詰めた。

 

 

 宿儺の強みは何も不可視の斬撃だけではない。異形の身でありながら、常人を凌駕する膂力と俊敏性をも兼ね備えていた。純粋な殴り合い(ステゴロ)勝負においては容易く余人を圧倒できる。四つ腕を何ら支障をきたすことなく操る者。まさに両面を携えた鬼神であった。

 

 

 まず一手。掌底が槍の柄を打ち据え、流麗な槍捌きにほんの少しだけ乱れが生じた。さらに次の手。腕を取り押さえ武振熊の抵抗を封じた。そして第三第四の手──剛拳が炸裂する。

 

 

「あ゙がッ」

 

 

 上顎骨と下顎骨、頬骨から眼窩までをくまなく砕き潰す猛撃。執拗な肉叩きによって武振熊の視界は赤く染まっていた。ひしゃげた顔面と血まみれになった二つの拳。宿儺の手にかかればこの通り容易に撲殺を済ませられる。それは本人も分かっていた。

 

 しかし武振熊は飛天を固く握ったまま離さない。ズタボロになった顔面にも意識は残っていない筈だった。

 

 

(俺の予想が正しければ、此奴はまだ動き出す)

 

 

 宿儺の脳裏に過ぎった想定は現実となる。すなわち──再びの回生。メキメキと音を立てて顔面が再建されていく。

 

 

「ぷはぁっ……分からんか。無駄なことだ!!」

 

 

 拘束を解き武振熊は無理やり拳を放つ。だが、依然として宿儺の手数が多いことには変わりない。

 

 

 宿儺は拳を受け止めカウンターの右フックを頬へ打ち込み──その手応えで確信へと至った。まるで粘性の高い液体を叩いたかのような感触。展延による防壁のような。

 

 

(これは……死因への耐性!!初撃の『(カイ)』による斬首から一転して斬撃を弾くようになったこと。そしてこれも強固な防御ではなく特異的な耐性を得たのだ。さらに──耐性は引き継がれている!!)

 

 

「我を殺してみろ!!宿儺ァ!!」

 

 

「ハハッ!!噛みごたえがある!!」

 

 

 『(カイ)』への耐性と拳への耐性。現在武振熊が獲得したものはその二種であった。一つの死に応じて一つの耐性を得て回生する術式効果。それが"蛇之顕真(おろちのあらまさ)"の本領である。

 

 例え敵の領域という死地へ飛び込もうとも、術式による不死性と獲得した強固な耐性を発揮して、武振熊は度々生還していた。複雑な術式効果や封印には効きが悪いものの、これまでに数々の呪いと術師を討ち取ってきた過去がある。

 

 まさに歴戦の猛者である武振熊命。加えて並の者には扱えぬ呪具──"飛天"を持ち出し、全盛と呼ぶに相応しい備でこの戦いへ臨んでいた。既に宿儺の術の耐性を得ている。あの剛拳への耐性も同様に。手も足も出なくなった宿儺をすぐに討ち取れると。その筈であった。しかしながら──

 

 

(なんと……!!技も揃えておったか!!)

 

 

 拳と『(カイ)』の効きが悪いと見るや否や、宿儺は搦手を用いた殺しの手段を選んできた。長物の利点が失われる超近距離格闘。武振熊は戦慄を隠せなかった。

 

 滑らかな詰めへの動作。四つ腕による柔術が鎧武者を抑え込んだ。

 

 ごきり、と鈍い音があがる。極めた首は捻り折られ、武振熊の生命活動は完全に停止した。そして再三の──回生。

 

 

「──まだまだッ!!これ程容易く殺され続けたのは初めてだ!!宿儺ァ!!手が尽きるまで殺し合うぞ!!」

 

 

 武振熊の戦績は優れた武の賜物である。そこに疑う余地はなかった。これまでも異形の呪霊や豊富な手数の持ち主と殺し合いながら、結果的に幾度も勝利を収めている。

 

 術式頼りの呪殺であればすぐに耐性を得られる。武を競い合うのならば武具の差と地力で上回る。敵の戦法に殺されてでも体に慣らすという、まさに無法の術であった。

 

 

 しかし宿儺は冷静に現実を受け止め、洞察を怠らずに検証を続けていた。すなわち──どれだけ殺し尽くせば良いのか。何せ腕は四本もある。莫大な呪力と身体能力は有り余っている。相手は宿儺を殺す気でやってきた。領域内に土足で踏み込む、命知らずの挑戦者(チャレンジャー)だ。宿儺も存分に楽しめる。

 

 

(これで三度の殺害だ。頚椎を捻り折ったために同じ手はもう通用せんだろう。術式による特異的な耐性と読んでみたが──果たしてどうだ……?)

 

 

 思案を続ける宿儺に対して、武振熊は捨て身の特攻を仕掛ける。耐性を獲得していく身体で攻め続ける方が圧倒的に有利であったためだ。生半可な打撃ではその動きの妨害ができない。つまりこの刺突を止める術もなかった。

 

 

「づあ゙ッ!!」

 

 

「!!」

 

 

 鬼気迫る雄叫び。踏み込みは宿儺の反応を置き去りにした。

 

 

 穿ち抜く槍撃が……ついに胴を捉える!!

 

 

(ここに来て!!益々調子を上げるか!!此奴め!!)

 

 

 さらに槍刃で腹を引き裂く。次の刺突で心の臓を穿つ心づもりであった。堅牢な呪力強化の護りを貫く槍撃を何度も受ければ、如何に宿儺といえども死の影が近寄ってくる。

 

 

「『(カイ)』」

 

 

 ぎいん、と金属音が響いた。斬撃が当たったのは穂先である。弾かれた不可視の刃でも──槍撃を逸らすことは可能であった。宿儺は既に攻め手を放っている。

 

 

「なに゙ッ」

 

 

「お返しだ」

 

 

 首筋への貫手。手で象られた剛槍が武振熊の首を穿ち抜いた。

 

 武振熊はごぽりと血を吐き出しながら絶命する。宿儺は死体へ蹴りを放ち、あえて距離を離した。すぐに立ち上がって来るであろう相手の不死性を知りながら。

 

 

 だが、考察を深め確実な攻略を目指すにはまず時間が必要だった。四度の殺傷。その中に殺し尽くすための鍵がある筈だと宿儺は推察していた。どんな術式にも必ず穴がある。完璧なものなどどこにも存在しないのだと。

 

 

(まず領域に付与した術式。次に拳。捻りと貫手による殺害を済ませた。これらは既に耐性を得たのだろうが……恐らく適用範囲はごく狭い。貫手の効き目を見れば分かる。拳による殴打のみに対応して、掌形を変えた致死の一撃には無適用だったことが良い例だ)

 

 

 拳を固めた殴打と刺し貫く貫手の差異。どちらも同じ手をぶつける動作でありながら、術式の適用範囲では別物として扱われていた。宿儺はそこに活路を見出す。

 

 

「お前……名は?」

 

 

「武振熊だ。して両面宿儺よ。既に手が尽きたのではないか?我はこの通り不死身だ。幾度殺そうとも我は回生する。貴様に勝ちの目はない」

 

 

 武振熊は貫手への耐性を獲得した。宿儺が手を用いて刺し貫くことは困難となっている。蘇り続ける不死身の槍使いがそこに立っていた。

 

 

 しかし、術師の戦いとは武芸や術式の能力のみで決着するものではない。何よりもそれを理解していたのは、いずれ呪いの王へと至る者──両面宿儺その人であった。

 

 

 宿儺は億さず啖呵を切る。

 

 

「さらに三度(みたび)だ。そして最後に一度(ひとたび)。俺の刃でお前を──武振熊を殺してみせよう」

 

 

「はっ!!やってみろ!!両面宿儺ァ!!」

 

 

 どんっ、と地を蹴る音。音速を優に超える踏み込みが"飛天"の性能をさらに押し上げた。

 

 

 空を穿ち地を削る竜巻。迫るその衝撃を前に宿儺は──正面から猛然と差し迫った。

 

 

 身躱しながら、背で槍撃を受け流す。四つ手が空気の面を捉え、まるで羽ばたくような動作で尚も加速する。

 

 

 武振熊は既に次の刺突を控えていた。刺突には腰から肩を捻る予備動作が必要である。上手く力を伝達させて突きを放つためのそれを、類まれなる武芸と膂力が支えていた。

 

 

 三叉の穂先が宿儺の身を掠めた。宿儺は笑みを深めながら掌形を変える。必要なものは武器の種類。その鬼神が備え振るう五体全ては──武器そのものである。

 

 

「ぎあ゙ぁァッ!!」

 

 

 劈く猿叫。武振熊の鬼気迫るそれに対して振るわれたのは手刀であった。斬撃の術式を持つ宿儺には本来無用の武器。しかしその斬れ味は並大抵の呪具すら凌駕する!!

 

 

「これで五度目」

 

 

 輪切りにされた頭蓋がずり落ちた。滑らかな断面は絶技の賜物であった。しかし無常にも回生は始まる。

 

 

「──ふんッ!!」

 

 

 頭を再生させながら、武振熊は"飛天"を振るい宿儺の身を刻む。再生速度は尚も加速し続け、赤赤とした眼光がさらに強まっていく。

 

 

「お゙ら゙ァッ!!」

 

 

 二連の刺突。宿儺が創傷を察知するまで気づけない程の神速であった。赤く染まった穂先と肉を貫いた感触は武振熊に確かな実感を与えた──勝利への道筋である。

 

 宿儺は異形故に臓器の配置も常人とは異なっており、主要な臓器は未だ無事である。そのため反転術式による回復も後回しにして、攻勢を保った。

 

 

「なっ!?」

 

 

 腹の口が"飛天"の柄を噛み捕えた。貫通した穂先が背に見えているにも関わらず。ずぶりと音を立てながら、刺し貫かれたままで宿儺はさらに近寄ってみせた。口の端から血を滴らせ、不敵な笑みを絶やすことはない。

 

 

「六度目」

 

 

 武振熊の頭を握り込む。そのまま圧をかけ──握り潰した。握撃による殺傷。六度に渡る殺害までの攻防で宿儺はこの術に対する感覚を掴んだ。先の宣言も勘によるものではあったが、決して気まぐれではなく、殺し尽くすことが鍵であると見抜いていた。

 

 

「お前の命……恐らく()()()()に留めているな。"縛り"を加えて動きのキレも段階的に上昇している。不死身の術式には何らかの制限──回数による制限があるのだ。ヤマタノオロチに近いもの。そうだろう」

 

 

「──ッふう……それを知られて我が命乞いするとでも思ったか。我は討ち滅ぼす者。ただ逆賊を殺す者。我が身惜しさに震えるならば死んだも同然よ!!」

 

 

 回生を終えてそう吠える武振熊。彼は逆賊にも己にも正しさを求めていない。ただ振るわれる槍の一本であり、ただ怪物を討ち滅ぼすもの。そう自らを定めてここへ臨んでいた。

 

 

 宿儺は掌印を象った。計六度の殺傷において、斬殺が二度あったこと。つまり、斬撃そのものに耐性を得ている訳ではない。ならば斬るには事足りると。そう強く確信を得ていた。必ずしも大きな刃は必要ない。命を刈るための極小範囲で放たれる最速・最大威力の──

 

 

"龍鱗" "反発" "番いの流星"

 

 

「『(カイ)』」

 

 

「ぐゔッ」

 

 

 脳幹を断つ極小の斬撃。武振熊はついに七度の絶命を果たす。

 

 

 既に獲得していた筈の『(カイ)』への耐性。洗練された術理と呪詞、そして極小範囲に抑える"縛り"によって引き出された出力がそれを上回ったのだ。

 

 

 宿儺は崩れ落ちる身体へ再び活力が戻る瞬間を目にする。七度の絶命を経て今の武振熊に不死性はない。だが度重なる死を経て掴んだ呪力の核心と神速の"飛天"。これらは宿儺の命を脅かすに相応しいまでの怪物を誕生させた。

 

 

「我は死なん……我は尽きぬ……貴様の命へ手をかけるまで……!!」

 

 

「いいや、お前は尽きる。お前は死ぬ。ここで終わりだ。武振熊命……俺はお前を喰らって生きる」

 

 

 それ以上の言葉はなく。両者は構え──衝突は音を置き去りにした。

 

 

「獲った!!」

 

 

「……くれてやる」

 

 

 心臓を貫いた三叉の槍。宿儺はその身を貫かれながらも、武振熊へ()()()()()

 

 

 武振熊は斬撃そのものに耐性を得てはいない。宿儺は既にこの肉体を卸すための術を掴んでいた。対象の呪力や強度に応じて卸す必殺の一太刀を。呪詞の詠唱によって()()()()の威力を引き上げ放たれるそれは──

 

 

"逆鱗(げきりん)" "相剋(そうこく)" "万夜(ばんや)凶星(きょうせい)"

 

 

「『(ハチ)』」

 

 

 武振熊の肉体に無数の線が走った。

 

 

 大小様々な肉片となっておもむろに崩れ落ちていく。そこに見える"飛天"を握った腕。握り締めたその掌だけは形を保ったまま。

 

 

 領域が解除される。飛天を引き抜き傷を癒しながら、宿儺は遠い都へ思いを馳せていた。

 

 

 遷都を目前に控える時の都。荒ぶる神がその地に受肉するまで、あと幾許ほど──

 

 

 

 

 

 





この宿儺はオリジナル要素マシマシで行きますが、原作宿儺と似通う所も出てきます。ご注意ください。
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