両面宿儺(日本書紀)   作:ゾエア

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堕獄・戴天

 

 

 

 

 武振熊命の討死。それはたちまち都へ伝わることになった。

 

 秘密裏に運ばせていたことも公になれば名分が必要になる。言説はいつの間にか逆賊を鎮圧する名目から"両面宿儺という鬼神を鎮める"名目へと変わっていた。

 

 

 武振熊命はその身一つで呪霊や逆賊を討ち続けた英雄である。とある皇族に召し抱えられたことを契機にして、呪具"飛天"を片手に災いを幾度も退けていた。

 

 武振熊命を討滅せし者は、すなわち軍勢に並ぶ戦力と等しい。幾度死のうとも息を吹き返す剛槍の英雄へ立ち向かうには、個ではなく"群"の戦力が相応しいのだ。その英雄をたった一人で討ったという言説は、他の呪霊討伐の逸話よりも鮮烈に"両面宿儺"の脅威を知らしめた。

 

 

 曰く、二つの面を持つ異形の怪物。曰く、四つ腕を振るう御仏の化身。曰く、三界を斬り裂く鬼神。曰く……

 

 

 宿儺への畏敬の念が強まる中、皇族は決断を迫られていた。

 

 国を取り纏め集権的に振るう政治力と、軍を率いて争うための武力。大和国に相応しいそれらの力を持っていることには変わりないのだが、必ずしも災いを打ち破る術とはならない。

 

 民を従え、都を築き、国を栄えさせること。国を維持し他国との関係を有利に運ぶための武力は、国を構成する一要素に過ぎない。

 

 敵国との関係であれば対話の余地も考えられる。守る民と国土があり、作り出す文化と命があるからこその国である。その総合的な力を兵と戦事に割くことが可能なだけであり、ただ飛び抜けて戦いに強いことなど有り得ない。

 

 

 しかし宿儺はたった一人の武の極地であり、ただ一人で災いを祓う規格外の存在である。今はまだ穏健であるとしても、仮に民草も国さえも気にかけないような──荒ぶる神そのものになるとすれば。他者との関わりに意味を見出さないとしたら。

 

 今や国を脅かす暴力は一人の手に委ねられているというのだ。民も土地も持たざる者。孤独な強者の手に。

 

 災いを殺す者もまた災いの一つ。それが一人の英雄であれば抑止が働く可能性もある。他人と関わり、寄り合いの中で生きる人間だからこそ踏み止まれる。

 

 だが、英雄すらも屠るような、ひたすら強いだけの怪物──災いと人は如何(どう)関わればよいというのか。隔絶した個としての強さは大きな断絶を生んだ。

 

 

 かといって人々はただ震えて待つばかりでもなかった。例えどんな手を用いてでも生きていくような、強かな群れとしての力を備えていたのだ。

 

 畏れ、忌み嫌い、憎悪する。それら醜い心理も人間を形作る要素である。彼ら彼女らはそうして社会を紡いできた。人間は社会性を持った動物に過ぎない。群れのために自らの命を捧げる者も存在する。他の命を使い潰す者も同様に。

 

 

 七難を封印するために遣わされていた捨て石。術師を擁する寺院勢力との古い結び付きの成果物。生きた結界、その成れ果ての名は──

 

 

 

 


 

 

 

 

「──セキコク。お礼参りだ。都へ向かうぞ」

 

 

 暫し呆けていたセキコクへと声をかけた。武振熊を殺し尽くしてからはまだ日が浅いものの、心臓や外傷は既に治している。この肉体は心臓がなくとも呪力である程度動かせることも分かった。それを聞いたセキコクの慌てる様は愉快ではあったのだが。

 

 

 あの日、アマネシが意見してきたことは覚えている。武振熊は皇族の息がかかった者だった。堂々と寺院へ討ち入りしてきたことも、先んじて俺を仕留める心づもりでいたために他ならない。なんとも思い切った行動に出たものだ。

 

 既にこの事態は御仏だの、戒律だのといった些事では済まなくなっている。今まで遊んだ相手は呪いばかりだったが、今回は()()と殺し合ったのだ。大和国が遣わした者を討ち取り武具を奪った。これで俺も天に唾する逆賊である。上物の槍まで手に入れて俺自身はかなり満足していた。

 

 都の皇族は目論見が外れたのだろう。最善は武振熊が俺の首を取って帰ること。次善で武振熊の生還といったところか。しかし結果として俺の手中に"飛天"が収まった。侮られぬように初めから武力を誇示する手法は少々野蛮ではあるものの、言い分は理解できんこともない。

 

 これからの時代、政治中枢は律令を敷いて内外に国家としての存在感を知らしめようとする。そのような時期に台頭した存在を危険視して、彼奴らは先んじて強硬策に出たのだ。

 

 俺は(まつりごと)への興味なぞ端からない。そもそも何か勢力を率いていたつもりもない。民や都・社会に期待など持っていなかった。しがらみや寄り合いの中での生き方をある程度理解しているだけで、共感も納得も俺には必要なかったためだ。

 

 

「宿儺様……お言葉ですが、直に都は移ります。やはり遷都を目前に控えた時期は──」

 

 

「この時期()()()()()だ。武振熊の記憶が新しいうちに俺が出向く。"飛天"は満足のいく代物だった。あとは食事だ。貴族共が蓄えている家畜、白米。ここで動かねば戦の是非も有耶無耶に終わる。またぞろ兵を集められても面倒だ」

 

 

 人間は忘れる生き物だ。それは間違いない。こういった行動は迅速であると尚良いのだ。恨みがましく何処そこの皇族の誰を斬り刻んでやろう──といった気も起きることはない。俺と武振熊との間で既に決着はついている。

 

 都という巣をつついて羽虫が飛んで出てくれば俺も応対するが、いちいち雑魚を刻んでも非効率なだけだ。羽虫が俺に寄ってたかれば叩き落とす。巣に蜜を蓄えていれば奪い取る。だが、喜んで蜜を差し出すようになっていれば細々(こまごま)とした労を省くことができる。

 

 腐るほどある人肉よりも、牛肉や鶏肉に目が移ることは致し方ない。それらを食うためにはやはり自ら向かうしかなかった。

 

 

「それから……龍神の角。武具として凡そ形になった筈だ。取り寄せろ。後は俺が仕上げる」

 

 

「既に取り寄せております。呪具としては未だ不完全ということですが……」

 

 

 相変わらず痒い所に手が届く。俺の称賛にセキコクもご満悦のようだった。

 

 表情を切り替えたセキコクは恭しく一つの金剛杵を差し出した。"高沢山の毒龍"──その遺した角から削り出し、武具として形作られた逸品。五鈷杵の片側から刃を一つ伸ばし、柄に呪符を巻いた左右非対称の形状をしている。

 

 

 差し出されたそれを手に取った。抵抗するように(いかづち)が小さく生じていたが、無視して握り締める。此奴は呪具になっても持ち主に牙をむく気らしい。これが不完全とする理由か。半端な者が扱えば文字通り手を焼くだろう。だが──

 

 

「──(たお)した俺に逆らうか。分を弁えろ、具道が」

 

 

 此も俺が扱う武具に過ぎん。少し(おど)せば抵抗も収まった。軽く振って調子を確かめてから試運転を始める。

 

 適当な木っ端呪霊一匹を前方に見つけた。まあまあ遠くにいるようだが、感覚的に届くことは分かっている。呪具の名前は既に決めてあった。

 

 

「『神武(かむ)(とけ)』」

 

 

 迸る雷光。遅れて轟音が耳に入った。

 

 

 呪霊は粉々になっており、消失反応によるものか、焼き焦がした煙が空へ登っていった。

 

 使用者の意図に合わせて雷撃を放ち、対象を焼き焦がす極めて良質な性能。悪くないものだ。

 

 

「そういえば、龍神も似たような呪詞を詠唱していたな。やはり名前を付けるとしっくりくる」

 

 

 俺が神武解で手遊びする様をセキコクは満足気に眺めていたのだが──改めて姿勢を正すと再三の進言を挟んできた。

 

 

「宿儺様。差し出がましいことですが、やはり都行きを遅らせていただけませんか。宿儺様の手に入れた武具と打ち立てた功績は(まこと)に素晴らしいもの。それは疑いようがありません。しかし、人々が宿儺様の禀性(ひんせい)を完璧に理解できるとも思えません。誰にも落ち度は無いのです。だからこそ──」

 

 

「──(おもんばか)れと?人間らしくあれ……とでも言いたいのか?」

 

 

 "飛天"と"神武解"を携えて備えを済ませた。向かう先は変わらない。時の都。奈良の中心へと歩を進める。

 

 

 俺は俺らしくあるだけだ。備えていた力を伸ばし、強い者を喰らい、呪いも人も殺してきた。身の丈に合った生き方をしているのだ。

 

 そこに口を挟みたければ好きにすればいい。だが俺は他人に期待しない。寄り添われることにも価値を見出さない。その筈だ。その筈だった。

 

 あの頃の俺であれば迷いなく首を斬り落としていた。セキコクの額の傷はまだ残っている。これが自己保身や打算の見え透いた者であれば特に何も思うことはなかったのだ。迷わず刃を振るうだけだ。

 

 

 だというのに──セキコクを刻む気にはならなかった。思い詰めたような表情と追い縋るような空気から目を背け、都へ歩き始めた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 時の都。後に藤原京と呼ばれるそこは碁盤の目状に街路を配した大和国の政治中枢だ。四方は堀に囲まれており、その外側には百姓の耕す田畑が広がっている。

 

 

 その近くの丘陵から都を見下ろしていたところで、俺はふと違和感を覚えた。

 

 人気(ひとけ)が少ないのだ。結界もまともに張られておらず、呪いの気配も薄い。ここは、この都は──既に放棄されている?

 

 

 一足飛びで麓へ降りると、そのまま都へと踏み入る。防壁や正門の類いはこの都には存在しない。立ち入ったそこは国の中枢とは思えない程の静けさであった。もぬけの殻だ。

 

 

「逃げ足の早いことだ。遷都を済ませていたらしい。だが、そう遠くまでは行けまい。次は確か、平城京だったか──」

 

 

 

契闊(けいかつ)

 

 

 

 膨れ上がる呪力の気配。セキコクの身に紋様が走った。

 

 異質な呪力が立ち上っている。結界術の極致──すなわち領域展開の"起こり"だ。本能的に掌印を構えて領域の押し合いを講じる。

 

 

 その瞬間、脳裏に過ぎった未来。領域の押し合いを挑めば如何(どう)なるか。何を斬り刻むことになるのか。

 

 

 御厨子によって──セキコクを殺す?

 

 

「領域展開」

 

 

 

禁裡(きんり)刹獄門(せつごくもん)

 

 

 

 そこは無数の人骨共と暗闇が在るだけの空間だった。

 

 

 既に術式効果は発動したらしい。俺自身の呪力がまるで感じられない。この領域に引き込まれた時点で──

 

 

「……詰みか。お前が捨て石とは、なんとも損な役回りだな」

 

 

七難、または七難を祓った災いの封印が至上命令だ。本体はこの命令を記憶していない。本能的に遠ざけていたようだが意味は薄かった

 

 

 予めプログラムされた呪い。今まさに喋っている人格の正体がそれか。セキコクは都に踏み入った敵を自身諸共領域に閉じ込め、封印を施す捨て石だったのだ。

 

 解呪を考える必要もなく、命令の記憶を奪っておけば本体が命を惜しむこともないと。この呪いの開発者は中々いい性格をしている。

 

 恐らくセキコクは本能的に都へ近づくことを危惧していた。しかし記憶もなしに確たる証拠は見せられず、俺を説き伏せるには至らなかったのだ。素直に聞き入れるほど俺も人が良い訳ではないが。

 

 外界との繋がりは絶たれている。そもそも呪力を感じ取れないことからして、()()俺に呪術は使えん。しばらくは暇を持て余しそうだ。

 

 

 幸いにも話し相手はいる。セキコクの意識は表出していないようだが、忠誠心から自罰的なことを言い出されても面倒だ。呪い相手に話す他ない。

 

 

「必中効果により無力化は成功している。何故俺を殺さない?」

 

 

殺す必要がない。既に封印は終わっている。災いの封印を解くような術師は此処へ訪れない。棄てられた都でお前は朽ちていくだけだ

 

 

 口調は不愉快だったが、それだけで凡その事情は把握できた。

 

 此奴は今のところ俺を()()()()。封印して無力化した俺をわざわざ生かすなど矛盾しているようにも思えるが、"縛り"の条件として取り入れることで、封印の完成度を高めているとみた。

 

 恐らく封印を解く方法は存在するのだ。これ程の封印術は確かに驚愕に値する。命を賭した"縛り"によって出力なども底上げしている筈だ。つまり、セキコクはどの道死んでいた。肉体は既に存在しておらず、魂だけが領域内に取り込まれているのだろう。

 

 

 俺はあの時逡巡した。掌印を構えたと同時に、セキコクの死を悟って迷いが生まれた。だから敗れたのだ。現に愚かしくも俺は封印されている。

 

 らしくなかった。俺がセキコクの死に頓着しなければ、御厨子で斬り刻み何事もなく終わっていた。いや、そもそも初めから、都へ向かう前に追い縋るセキコクを刻んでいただろう。脚や腕の一本は落としていた。

 

 だからといって、セキコクに何か期待していた訳でもない。忠言を素直に聞いてやることもしなかった。俺が俺であるために都へ向かうと決めた。寄り添うことも、寄り添われることにも価値を見出さなかった。

 

 そうだ。結局のところ、俺はどっちつかずで中途半端なままだったのだ。ただ"飢え"を満たそうとする自己と、他を顧みようとする理知。何方(どちら)も得ようとしたがために、その何方(どちら)も得られなかった。

 

 

 そこまで器用に立ち回れるほど俺は聡くもなかったのだ。今まで好きに遊んで走り回ってきたが、ここに来て立ち止まると見えてくるものもある。俺の身の丈。それに見合った生き方があること。

 

 

 セキコクへの恨みなどない。此れは己の行動が招いた事態だ。甘んじて受け入れるのみである。だが、未だセキコクの魂が呵責に囚われているとすれば……一言添えてやってもいいと思えた。

 

 

「案ずるな。この責全て不問とする。さらばだ──石斛(セキコク)

 

 

 自らの胸部に手を突き入れる。そのまま心臓を抉り出し──

 

 

 

 


 

 

 

 

 その封印術には複数の"縛り"や特性があった。

 

 封印対象は一人のみ。封印の解除、または対象が()()()()場合に限って再利用ができる。封印内部の空間に物理的な時間は流れておらず、封印対象者は外の時間経過を感じ取れない。例え数百年の時が経っていようと。

 

 

 朽ちた都──藤原京の跡に隠された呪物。それは後に獄門疆『裏』と呼ばれる代物であり、中に入っている者を出す術のない、曰く付きの呪物に過ぎなかった。

 

 

 各地に残った"両面宿儺"の伝承はねじ曲がり、失伝を繰り返しながらも変化を遂げていた。

 

 

 時は進み、その存在が仮想の鬼神として扱われるようになった頃──すなわち平安の世。

 

 

 死して再び世に降り立つは、斬撃と()()を携えた呪いの王。

 

 

 

 獄門が開かれる。

 

 

 

『■』『(フーガ)

 

 

 

 

 

 





独自要素を入れていきますので、これから先はご注意ください。

石斛の忠義は紛れもなく本物でした。
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