針の筵をひたすら歩く。身を囲む炎熱が皮膚を焼き、喉の渇きが絶え間なく訪れる。似たような人骨共がそこかしこで呻き声をあげていた。
心の臓を抉り出した後、肉体は確かに死を迎えた。そして今や俺の魂だけが此処に在る。先刻よりもさらに深い底に。"獄"の最下層、或いは石斛の領域からも離れた空間の果てか。何れにしても、俺自身が受肉するためには肉体が必要だ。俺の肉体を探して歩き続けるほかない。
人の恐れる地獄という概念と、生得領域を地続きにさせた空間──というべきか。石斛の鍛え上げた結界術の賜物と言えるだろう。外縁もなく、ひたすら広がる無間の"獄"。そこで己の肉体との縁を辿らなければならん。責め苦や苦痛は耐えられる。だが、渇き飢える己とのせめぎあいは続いていた。いつまでも果てしなく──
「……?」
生得領域、つまりは心の中と言い換えてもいい。それと地続きでもあるこの空間では、石斛の魂の情報が漂っていた。残滓か、または未練とも取れるもの。
俺は他人へ寄り添うことに価値を見出さなかった。それは今も変わりない。誰かに期待して頼ることなどしない。かといって、現状は肉体すらないむき出しの己があった。ただ、辿る道として利用してやるだけだ。それ以外に意味などない。
『寺に預けられた幼い童。術師としての適性が他より高く備わっていただけだった。厳しい戒律と術師としての修練によって形作られる価値観。皇族との繋がりは仏教勢力としても必要不可欠だった。そのために差し遣わされた寺院の術師達。石斛と名付けられたのはその時だった』
……これは単なる情報だ。これは過去の記憶だ。俺のものではない。終わったことでしかないのだ。流れてくる
『ひたすらに鍛えた。呪いを祓った。逆賊を呪った。呪術師として御仏の教えすら踏みにじった。全ては命じられるままに。それしか知らなかった。それだけで生きてきた。地獄に堕ちると知っていても』
どうでもいい。どうでもいいのだ。俺ではない他人の心理など。俺は自らの受肉のために動いているだけだ。既に別れは済ませた。過去にも、他人の命にも、俺は何一つ頓着しない。
『仏の教えから生まれた災厄──七難。送り出された仲間達は二度と帰ってこなかった。術師は命を賭して呪いを退ける……何のために?御仏はいない。神仏に祈れど、この世には呪いしかなかった。いつしか仲間の死すら薄れていく。そして任じられるままに都を離れた。二度と帰ることはない。封印のための御供。何も感じなかった。何も怖くなかった』
俺は"飢え"を満たすために生きる。死を覆し再び現世へ戻る理由も、全ては肉を喰らうためだ。石斛に咎はない。俺自身の迷いが招いた失態だ。この結界術の妙技すら全て俺の糧に過ぎない。
『魅せられてしまった。魅入ってしまった。なんと強く美しいのだと。初めて見た時からそれは変わらない。七難を祓い、人々へ神の御言葉を授けていたその御形。生まれて初めてだった。傍に仕えたい。役に立ちたいと思った。あれだけ強くあられるのに、容易く刻み卸せるというのに、闇雲に力を振るわれなかった。額の傷。賜ったとも言えないそれはどこか寂しげな切り口で。力をぶつけるに相応しい相手をお求めになった。必死に言葉を探してなんとかお力になろうとした』
生後まもなく俺は火に灼かれたのだ。この程度の炎熱は苦ではない。針の筵も、剣樹も刀山も俺には響かない。魂が獄の
『次々に呪いを祓われた。陀羅尼を唱え全てを斬り裂き、残穢でさえ呪いを退けるという災いじみた御力で。戦いと同等か、それ以上に好まれていたのは……食事。獣肉から魚までもれなく召し上がった。白く薄い粟や稗の粥を庶民の食事だと仰っても、白米を無理にお望みにはならなかった。時が進み、術師や都が動き始め、御仏や鬼神と呼ばれるようになった頃。あの英雄との激戦を終えて──都へ向かわれると決心された。止めることはできなかった。ただの胸騒ぎだ。杞憂だ。額の傷を撫でながら自らに言い聞かせた。そして──』
「俺のことしか頭にないのか」
くつくつと笑って思わず言葉を発していた。縁を辿って見つけた自らの肉体。ここまでは全て受肉するための道のりだ。物理的な時間は流れていないため腐敗もしていない。すぐに復活を果たすことができる。
だが、"獄"と領域を繋げる結界術の妙技は盗んでおきたい。どの道、出口がない閉ざされたこの空間の一部を掌握せねばならなかった。外界の旧都に残る縁と、俺の掌握する領域、そしてこの空間の三つを繋げ合わせる技術が必要だ。
領域を展開すれば話は早いが、結界外殻を伴って構築する場合、周りの空間との接続が困難となる。かといって外殻なしで領域を展開し維持することは、空に筆を振って絵を描くような人間離れした
「石斛の領域……そして俺という魂だけの存在か」
俺は此処に存在している。"獄"に取り込まれることもなく、塵となって消えてもいない。魂のみで存在している。石斛の領域は外殻もなしに俺が読み取れる導として残っていた。器もなく確固たる自己を実存させるイメージ。奇しくも似たような領域と自らの経験が役立つとは。
「領域展開」
結界術に必要なものは何よりも具体的なイメージだ。外殻もなく領域を展開すれば形を崩し霧散する──といった認識をまず捨てる。必要なものは圧倒的な自己。俺は此処に居る。何よりも己を保つ認識だ。
御厨子がギシギシと嫌な音をたてるが全て無視する。開扉する、厨子を開き繋げる感覚を反映させながら空間を抉じ開ける。
「『■』『
瞬間、自らの体という器に魂を戻した。受肉を済ませ外界へと躍り出る。身へ刻まれていく
その感覚は一度で掴めた。再び呪詞を唱えて今度は"飛天"と"神武解"を取り出す。軽く振り回して肉体の調子を確かめてから、新たな一歩を踏み出した。
大火に包まれる旧い都跡。そこから南には山地が広がっており、真言宗総本山の寺院──金剛峯寺が古くから建っている。
平安時代にて確立された真言密教(儀式・実践といった修行によって悟りへ至る仏教の流派)であったが、その開祖である空海と遣唐使達が学んだ教えは中国密教だけではなかった。
遣唐使が留学した時代において、隆盛期を迎えていたのは唐代三夷教と呼ばれる三種の宗教だった。そのうちの一つ、景教と呼ばれる教えは密やかに日本へと伝わった。
景教とはキリスト教ネストリウス派と呼ばれる教派である。教会的価値観を色濃く残すまでには至らなかったものの、平安時代における神仏習合の働きも相まって、とある寺院に景教の概念──すなわち
その寺院では他に頼れる者のいない孤児達を預かり育てていた。平安時代において出産後の母子生存率は決して高くはない。親のいない子供が無事に生きていけるとも限らなかった。寺院はそういった子供達を助けるセーフティネットの役割も担っている。
だが時代が平安中期にまで至ると、人々は度重なる飢饉や自然災害、疫病に見舞われることになる。中でも一際身近な脅威は疫病であった。古代から中世へと移り変わるこの時代でも、海外との交流によって様々な病が全国的に流行している。
やがて神格化されるまでに畏れられた病──疱瘡。現代では天然痘と呼ばれる疾病が奈良の地にも蔓延っていた。伝染力もさることながら、罹患者に発生する膿疱と、20%を超える高い致死率が人々を永く苦しめた。この時代、罹患者は神仏に祈る他なく、運良く回復を見せても
ところが、とある寺院の孤児達は疱瘡に感染しても、重症化せずに黒い痘痕だけが残った。その際に獲得した免疫によって、孤児達はその後疱瘡には感染しなかった。まるで加護を得たかのように。
その地の人々は黒い痘痕を聖痕と呼び、疱瘡の恐怖を打ち祓う天からの御使い──
──そこへ一人の男が現れた。
八大尺(約2.4m)の巨躯に四本の腕。面を張り付けたような特異な顔には四つ目が嵌っている。身体中に刻まれた黒い
恐れ固まる民の前で男は口を開いた。
「屍肉を喰らいに呪いが降りてくる。すぐにでも襲い来るぞ。屍を燃やせ。火をつけろ」
村には呪いに詳しい者などいない。真偽も定かではないため、人々は口さがなく伝え歩いた。異形の化け物が騙そうとしている、はたまた天の御使いが降り立ったのだと……やがて寺院にまで伝わったその知らせは、天使と呼ばれる孤児を駆り立てた。
平安に現れた呪いの王"両面宿儺"。その足跡の始まりである。
持たざる者から奪うことはできない。確かに事実であった。
復活してまず足を運んだのは山にほど近い村だ。俺の見た目そのものが呪いであり、紋様が刻まれたことでより禍々しくなったことは理解している。しかし、現状を把握しなければ"飢え"を満たすことなどできない。人肉も喰えないことはないだろうが、村の人間を見れば一目で食欲が失せた。
満足に食えてないのか、腹だけが出ている餓鬼のような姿。病に侵され水疱まみれの体。捨て置かれた死体の腐敗した臭い。実に不愉快だ。
かといって、俺が食うために清潔に飼い育ててやろうなどとは思わん。勝手に生きて好きに死んでもらって構わないが、目障りなことは確かだった。適当に話を聞き出してから、刻むか燃やしてしまえばいいとも考えたが、ひとまず水疱に焦点を当てて思索に耽る。
恐らく疱瘡。天然痘だ。よく見れば多くの村人にも痘痕が見える。この地に定着しているとみた。予防策となる馬痘やら牛痘が日本に伝わるまでの時が経っていない。あれは確か江戸時代に伝わる筈だ。
村人のみすぼらしい格好からも推し量るに──奈良の栄盛は既に過ぎたものか。平城京からさらに遷都を済ませていると考えられる。今はどこに都があるのやら。
分析を終えれば次に向こうの山へと目を向けた。村人共が騒がしいが、無視して気配を探れば──いた。
「呪いが此方を見ているぞ。屍を燃やせ」
時代背景はまだ不明ではあったが、"荼毘に付す"といった火葬の概念はある筈だった。呪いがどうこう以前に衛生環境が悪い。俺自身が不快に感じることもそうだが、呪霊の餌となる負の感情も湧きやすいだろう。かといって俺が燃やすのも面倒だ。だが、村人達の反応が芳しくない。何か抵抗があるようだ。ならば俺が辺り一面焼け野原にしてやるか。そう軽く考えていたところ──
「お前も……天使か。神の御使いなのか」
金髪に碧眼。時代に似つかわしくない特徴を備えた女が空に
思わず破顔しながら問いの答えを返す。
「さあな。どうでもいい。好きに呼べ」
瞬時に導き出される推測。村人共が共有しているのは教会的価値観だ。そこでは火葬が禁忌として扱われる。しかしそれは疫学の観点からすれば愚策に等しい。感染源となる病死体が土地にいつまでも残るため、汚染された風土が蓄積していくのだ。
そういった価値観から生まれた弱点に目をつけて、呪いが村の近くを根城にしている。その呪いは恐らく──疱瘡の呪い。なんともまぁ都合良く、いや、悪く結びついたものだな。
そして人間もまた信じる対象が変わったのだ。疱瘡の後遺症か、それらの残った痕と聖書の何らかを結びつけて独自の"天使"を生み出した。
眼前の此奴は術師だ。それも俺と同じ
「何が可笑しい」
「くっくっ……いや、俺は貴様らとつるむ気はない。屍は好きにしろ。呪いを祓いに行くだけだ」
気が変わった。呪いの味見へ出向くことにする。業火を試しておきたい心積りもあるが、何よりも──天使とやらが滑稽で仕方なかった。
石斛の心情は蛇足っぽくもありますが……宿儺が受肉するための導にもなってます。
紋様の描写が今までなかったのも、省いていた訳ではなくついていなかっただけです。