術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る 作:藍沢カナリヤ
第1話 ねこ
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『
恨みや後悔、恥辱などといった人間の身体から流れた負の感情が具現し、意思をもった異形の存在。
その『
毒をもって毒を制す者たちの生き様を描いた漫画こそ『呪術廻戦』である。
私は生前、とある登場人物にガチ恋し、同人誌も作っていたほどにはハマっていた。なんだったら推しのランダム要素のあるグッズを引き続け、消費者金融から金を借りる一歩手前くらいまでいった女である。だから、
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「おい、大丈夫か」
「…………………………」
目が覚めた時、夢かと思った。いや、これは夢だ。
27歳独身女、オタクを拗らせすぎて、遂に推しに抱き起こされる夢を見るレベルにまで達してしまった。目の前の彼は、多少記憶の彼よりも幼い気がするけど。
「!?!?!?!?」
「……まだ話せないか。無理もない、こんな状況だ。生きてただけ奇跡だろ」
いいや、そうか。もうこのレベルにまで堕ちてしまったのだ。いや、むしろこれは昇華していると言っても過言ではない。そうだ、いっそ開き直って夢女ムーブをぶちかましてやろう。このままご都合主義的に彼を落とし、イチャイチャムフフな淫夢にしてみせる!
……よし、まずは第一声。媚媚な一言で、このクールな少年を篭絡してやろうじゃないか。
「ふ、ふしぐろきゅぅぅん」
「は?」
「………………」
おぇぇ、きんもい声が、出たよ。最悪だ。この場で舌を噛み切って死のう。そんなことを考え、口を馬鹿みたいに開けた私に構わず伏黒くんは口を開く。
「何で俺の名前を……いや、今はそれどころじゃないな」
「……ほっ」
よ、よかった。我が推し・伏黒恵くんは、見ず知らずの私が自分の名前を知っていたことに気を取られ、私のキモ声には意識がいっていないようである。
って、見れば見るほど、作中の彼よりも幼い。中学生くらい……確か少しヤンチャだった頃のはずだ。
「歩けるか」
「え、あっ、は、はいぃ」
「ここは危険だ。移動する、俺から離れるなよ」
「おっ、ふうッ、っす!」
『俺 か ら 離 れ る な よ』
ヌフフフフフゥゥ!! それはオタクなら一度は言ってもらいたいセリフぅぅ! それを生で、生で聞ける日が来ようとはぁ!!
荒くなる息をどうにか整えながら、私は伏黒くんにぴったりと連れ添うようにその場を離れるのだった。
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「……はい、集落の南側です。生存者が1人……たぶん中学生くらいの少女がいました。多少汚れてはいますが、怪我らしい怪我はないと思います」
目覚めた場所から数キロ離れた民家にて、周囲の安全を確認した伏黒くんは、電話をし始めた。敬語を使っているところからすると、相手は年上。恐らく彼の師匠的な存在の男だろう。
ふむ、敬語を使う伏黒くんも可愛いなぁ……。
「分かりました。『白』で周囲を警戒させながら、そちらへ『黒』を向かわせます」
「お、終わりましたか」
夢が覚める前に、ちょっとでも彼と話をしよう。そう思った私は彼に話しかけた。幸いなことに、推しに会えた興奮も少し落ち着き、まともに喋れるようになっている。ドンドン話してやるぜぇ。
「あぁ、すぐに俺よりも強い人が来る。安心していい」
「チッ」
「え?」
「あ、いえいえ。なんでもありません」
しまった。2人きりの時間を邪魔する存在が来ることに、思わず舌打ちが出てしまった。いけないいけない。夢とはいえ、伏黒くんに嫌な女だと思われたくない。猫を被らないと。
「それより相手は見たか?」
「相手って? なんのですか?」
「『呪詛師』……君の村を襲った人間のことだ」
ふむ、なるほど。そういう設定ね。同人誌を6冊出していた私には分かる。
伏黒くんが任務に行った先で、悪い呪術師・『呪詛師』に住んでいた村を襲われた中学生女子。それが私なのだろう。
うんうん、現環境ではありがちだよね。悔しいが、公式にて『
……私もミーハーだな、でも、それもまたいい。オトすまでの過程も重要だよね、うんうん。そうと分かれば、ロールプレイだ。私は村を襲われた可哀想な女子中学生。
「見て、ません」
「……そうか」
私の心情に配慮したのか、伏黒くんはそれ以上は突っ込んではこない。生存者が1人、と言っていたことからも、恐らくこの集落の人間は私を除いて、全員『呪詛師』に呪殺されたと考えていいだろう。きっとこの『私』の親もいただろうし、そこを考えてくれた伏黒くん、しゅき♡
…………よし、ここはもういっちょ、女子中学生ロールプレイを先に進めるとしよう。
「ね、ねぇ、伏黒くん。なんか少し寒いの♡ もう少しこっちに来てくれませんか~?♡」
「…………」
な、なんてこった。ついうっかり欲望が出てしまった。軌道修正をしなくては!?
「あ、あの、これは違うんです。聞いてくださいっ、伏黒きゅーー」
ーーガシッーー
「!?♡!?♡!?♡」
突然のことだった。伏黒くんは急に私の口を手で塞いだ。彼らしからぬ少し乱暴な行為に……すぅぅぅぅぅぅ、ほぉぉぉぉぅぅぅ♡♡
「静かにしろ。たぶんすぐ近くに、いる」
「!」
耳元でそう囁く伏黒くん。
やめて。声真似ASMRでさえギリギリで耐えた私なのだ。ガチ恋オタクに直接本物がそれをするのはNGだ。死ぬぅ。死ぬぅぅぅぅ。
ーーバァァァンッーー
溶けかけた私の耳に響く音。音のした方向を見ると、民家の入口の扉が蹴破られて、男が現れた。2メートル近い大男だ。低い天井を鬱陶しいのだろう。屋内の柱を壊しながら、こちらへ近づいてくる。
「探したぞぉ……って、ああ? なんだそのガキは? ここにいるのはそっちの小娘だけのはずだったが」
「……チッ」
「早くこっちに来い。気に入ってた女がさっき壊れちまったんだ。仕方ねぇから、今夜はお前で我慢するからよぉ」
「……クズ野郎だな」
私の方に手を伸ばす大男から私を守るように、伏黒くんは一歩前に出た。ふぉぉぉぉ、これこれ! 彼こそ私の王子様よぉぉ!!
「あ? なんだ、クソガキ。怪我したくなかったらーー」
「『玉犬』『鵺』」
伏黒くんは両手で影絵を作った。同時に作った影から式神が現れる。これが伏黒くんの術式『十種影法術』。
出現すると『玉犬』は大男に飛びかかり、『鵺』は雷を纏い、突撃した。どちらも決定打にはならないようで、先ほど柱を鬱陶しがっていた時と同じように、軽く式神を振り払っていく。
「クソがッ! ガキも呪術師かよ。だが、この程度の式神じゃあ、オレは止められねぇぞォォ」
「だろうな」
瞬間、ドロリと『玉犬』と『鵺』が消え、
「『大蛇』」
「!!」
代わりに目の前を埋め尽くす白。その名の通り蛇型の式神である『大蛇』は、逃げ場がなくなるほどの巨体で、大男を押し潰した。
「お、おぉ!」
『大蛇』は本編では録に活躍することなくやられてしまったから、そんな風に使うんだと、我が夢ながらに感心の声をあげていると、
ーーガシッーー
「おっふっ、しぐろくん!?」
「ここを出るぞ。あの程度で倒せたなら、『玉犬』と『鵺』で十分倒せてるはずだ」
「わっ、かりましたっ」
伏黒くんに言われるまま、民家を抜け出す。すると、
「だから、言ってるだろ! この程度じゃ止められねぇってよぉぉ!!」
今度は地面から飛び出してくる大男。どうやら潰される寸前で、地面を掘って、外まで出てきたようだ。
「しつこい奴だな」
「人の邪魔をするガキには言われたくねぇなぁ」
……ふむ。ピンチであればあるほど燃えるのは分かるが、これはいくらなんでも伏黒くんを不利にしすぎではないか、私?
『玉犬・白』や『大蛇』がいる状況から推察するに、伏黒くんが高専に入る少し前の時系列なんだろう。この夢が『呪術廻戦』の開始前だとすると、伏黒くんの手札は、2種類の『玉犬』、『鵺』、『大蛇』、『蝦蟇』、『脱兎』辺りだろう。
現状攻撃の要である『玉犬』と『鵺』、『大蛇』が通用しないとしたら……結構ヤバイのでは?
「…………おい、俺が奴の隙を作る。だから、お前はここから逃げろ。近くに俺の仲間がいるはずだ」
「くそっ、こんな時にあの男は『五条悟』は何をしてるんだよっ!」
「っ、五条先生の名前まで……! 本当にお前は……」
「らぁぁぁぁぁぁッ!!」
私たちの会話を阻むような怒声。見れば『大蛇』が吹き飛ばされて、その陰からあの大男が姿を現れた。
「早く行け! お前が何を知ってるか分からないが、ここに来てるのは五条悟じゃない! 『大蛇』を放り投げられるあの男相手じゃ、俺もどのくらい足止めできるか分からないっ!」
「っ!」
切羽詰まった、余裕のない彼の声。その声で、私はやっとこの状況を正しく理解した。これ、もしかして……。
「っ」
背中を冷たい汗が伝っていく。その温度がやけにハッキリと感じられて。
……あぁ、なんとなく感じてはいたよ。照りつける日差しの眩しさに走った時の地面の感触。目が覚めたてからずっと鼻を刺すような死臭も……すべてリアルだ。たぶんこの夢は、現実だ。
「走れ!」
「は、はいっ」
伏黒くんが指差す方向へ駆け出そうとした私の目の前に、
ーーゴンッーー
角材が突き刺さった。
「逃げるなよぉ、この村はオレの所有物だ。オレの許可なく、オレから離れるなぁ」
「……くっ、『脱兎』」
ーーボコボコボコボコーー
『脱兎』での目隠し。兎は瞬く間に視界を覆い、私と伏黒くんの間に壁を作り出した。
「時間を稼ぐ。『脱兎』は俺の呪力が保つ限りは増え続ける。仲間が来るまで、このまま奴の攻撃をしのいでーー」
「うぜぇうぜぇうぜぇ!!!」
「「!」」
「死ね、ごらぁぁぁっ!!」
無限ともいえる『脱兎』の物量を破ってきた!? 突然のことで、一瞬反応が遅れる。その一瞬が致命的だ。眼前まで迫る奴の拳が、スローモーションになる感覚。これが創作物で見たことがある死の間際。否が応でも察する。このままでは間に合わない。私も伏黒くんも、ここで殺されてしまう。
なにか、なにか、なにかないか……!?
ーーーー『にゃーん』ーーーー
「…………は?」
死の間際、頭の中に流れ出した情報。それが私に刻まれている術式だと魂で理解する。
私自身の心象風景。それはーー
「『ほのぼのにゃんにゃん』!!」
術式の発動と同時に現れるのは、
『にゃーん』
『にゃぁぁ』
「えぇぇぇ……」
真っ白と真っ黒の2匹の『猫』。
素人の私が見ても分かる。この『猫』に伏黒くんの『玉犬』のような攻撃力も、呪力もない。攻撃手段では、ない?
「ああ? なんだ、この猫は? どこから出てきやがった?」
「伏黒くんっ!」
「っ、『玉犬』ッ!」
大男が私の『猫』に気を取られている間に、伏黒くんは『玉犬』を出し、大男に向かわせる。遅れた。本来ならば、完全に防がれてしまうタイミングだ。けれど、
「な、なんで、なんで『猫』から目を離せないッ」
防御は出来ない。大男は私の出した2匹の『猫』から、目だけでなく、意識を反らせないから。
ーーザクッーー
「ぐ、おぉぉおぉぉっ!?」
「っ、浅い! 戻れ!」
『玉犬』の爪が大男の胸を切り裂く。だけど、致命傷には至らない。攻撃によって、私の『猫』が解かれたようで、大男はよろけながらも、明確に私たちに殺意のこもった視線を向けていた。
「……クソがクソがクソがっ!! その小娘は生かそうとしたが、やめだやめッ、ぶち殺してからぶち犯してやるッ!!」
「下がってろ」
完全にキレた大男。それから守るように、伏黒くんは一歩前へ。
私のことは死んでも守る。その背中がそう言っている気がして。
「伏黒きゅぅぅぅん♡♡♡」
「『
ーーパァァァァァンッーー
その声と共に、大男に風穴が開く。この声は……!
「どういう状況だい?」
「……冥冥、さん」
人と同じ丈ほどもある大斧を携えて、その女性ーー1級呪術師・冥冥さんはそこにいた。
ーーーー冥冥の独り言ーーーー
よほど頑丈なようで、大男にはまだ息がある。冥冥は、助け出された少女が伏黒に抱きついている光景を他所に、『神風』で倒したその大男を見ながら呟いた。
「人間の意識を釘付けにする術式、ね……本当にそれだけかな」
「ね、ねこはねこはいま、す」
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