術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る   作:藍沢カナリヤ

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新章開幕。


第18話 『万』を殺すために

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原作の山場の1つである『渋谷事変』。

その後に訪れる呪術師同士の殺し合い『死滅廻游』。その黒幕、偽夏油こと『羂索』の真の目的は、非術師と『天元』の慣らしである。でもまぁ、それは一旦どうでもいい。

私にとっての問題は1つ。

今は津美紀さんの中で眠る『万』と呼ばれる呪術師の存在だ。

そいつはいずれ津美紀さんの肉体を乗っ取り、『受肉』する。その結果、伏黒くんは絶望し、その隙を突かれて『両面宿儺』に体を奪われるのだ。だが、そんなことはさせない。伏黒くんに絶望する顔は似合わない。

 

呪術のスペシャリスト『天元』様曰く、『受肉』では魂は交わらない。ただし、それは呪術師や耐性を持った人間の話で、非術師はその限りではないとのこと。ならば、津美紀さんは手遅れなのだろうか。私はそうは考えない。『万』ほどの呪術師ならば、その肉体も精神もすぐに乗っ取ることもできるはず。にもかかわらず、未だに津美紀さんは目覚めない。未だに彼女が呑まれていないという可能性は十分にあり得るということ。

ならば、私は早急に、津美紀さんの中にいる『万』を抹消する術を確立しなくてはならない。そのために私はとある場所に向かうことにした。

 

 

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「うっわ……生臭っ」

 

 

その村には魚が腐った臭いが漂っていた。この辺りは黒潮と親潮が交わるところらしく、大きな漁港も近いことから、昔は漁村として賑わっていたのだろうが、今は見る影もない。まさに廃村だ。

私がそんな場所に来た理由は、決して任務のためではない。『万』を殺すための重要な呪具を手に入れるためだ。

 

 

「たしかここから西に行って……」

 

 

伊地知さんから聞いた(口止め済である)情報通りに歩くこと10分ほど。そこにあったのは溜池だった。管理する人間はいなく、自浄作用も働いていないようで、水は濁りきっており、底が全く見えない。

 

 

「気味の悪い色……藻でも油でもない、よね」

 

 

赤黒いと表現するのが妥当だろう。思い浮かぶのは血の色。しかも、時間が経ち、酸化した血液の色だ。

 

 

「えいっ」

 

 

その辺の石を1つ投げ入れる。ぼちゃんと音を立てて、石は沈んでいく。少し待つが、変化はない。物理的な刺激では出てこない、ということか。ならーー

 

 

「すぅぅぅ……」

ーーグググッーー

 

「フンッ!!」

ーーブンッーー

 

 

呪力を纏わせた拳を水面へ叩き込んだ。嫌な感触に顔を歪めた次の瞬間、溜池が揺れ始める。地震、ではない。何かが池の中から現れようとしてるんだ。

 

 

『あほなちそとあがたな』

 

「出たな」

 

 

樹木の体。そこから生えた触手のような無数の木の根。そして、不定形の樹液が頭を形作っている。聞いた通りの姿だ。こいつは昔、豊漁の神としてこの土地で祀り上げられていた土地神だった。それが土地と信仰を瀆された結果、変貌を遂げた。そういう呪霊なのだそう。

 

 

『あほなちそとあがたな』

 

「『ほのぼのにゃんにゃん』」

 

 

何かを訊ねてくる元土地神。それに対して、私は術式を発動した、のだが。

 

 

「っ、発動しない!?」

 

 

呪力は練れる。だけど、術式が発動しない奇妙な感覚だった。

 

 

『あほなちそとあがたな』

 

「?」

 

『あほなちそとあがたな』

 

 

住み処を呪力で乱されたのだから、怒り襲いかかってくるだろうと思っての術式発動だったのだけど、なぜか元土地神は攻撃をしてこない。先程と同じ言葉を繰り返している。

と、そこでピンとくる。

 

 

「『口裂け女』とかの類いってことか?」

 

 

過去編にて夏油傑が使った呪霊・『口裂け女』のことを思い出す。私の記憶が正しければ、あれは質問に答えるまでお互いの不可侵を強制する術式をもつ呪霊だった。もしかしたらこいつも同じ部類かも?

 

 

『あほなちそとあがたな』

 

 

やっぱりだ。また同じ文言を繰り返し、訊ねてきた。なるほど。これに答えなければ、害はない。普通なら放置でいいが、今はそれはできない。倒さなくては『例の呪具』は手に入らないから。

……さて、それじゃあなんて答えたものかな。溜池から出てくる木の化物かぁ。思い当たる神様も化物もいない。うーん、なら……。

 

 

「……石を投げた、よ」

 

 

私は池に投げ入れたものを答えた。それは思い付きだった。童話の金の斧銀の斧に出てくる泉の妖精的なやつかと思ったから。だけど、どうやら私の返答はお気に召さなかったようで。

 

 

『いくとすッ! いくとすッ!!』

 

「えーっと……怒っちゃったか」

 

 

根の触手をブンブンと振り回し、叫ぶ元土地神。同時に触手の先に呪力が集まるのが視えた。攻撃が来るっ! 呪力で強化してーーッ!?

 

 

「呪力が練れない!?」

 

ーーザクッーー

 

「ぐッ!?!?」

 

 

触手が両の掌を貫通した。激痛が走る。

くそっ、答えを間違うと、術式の発動だけでなく、呪力自体が練れなくなる。日車の『没収』みたいなやつか。だとすると、呪力の再使用まで呪力によるガードも術式の発動もできない。

 

 

「まずいっ」

 

ーーグググググッーー

 

 

退こうにも掌を貫いている木の根が巻き付いてきて、びくともしない。なら!

 

 

「ふんっ!」

 

ーーバギィィッーー

 

 

手を固定されたのを逆手に取り、首に当たる部分にドロップキックをかます。だが、こっちもびくともしない。見た目通り、大樹を蹴ったような感覚が足にあるだけだ。

ヤバいヤバいヤバいヤバい!? 私の基礎体術ではこの樹は壊せない。呪力も……!

 

 

「っ、来た!!」

 

ーーブチィィッーー

 

 

呪力が戻ったようで、私は両掌を貫いている根を引きちぎった。それから飛び退き、距離を離す。

 

 

『あほなちそとあがたな』

 

「またっ」

 

 

困ったものだ。如何せん相手が何を聞いてきているのか分からない。幸いなのは、呪力の没収時間自体は短い。あの木の根での拘束さえ気をつければ、いなせないことはない、か? だが、防いでばかりではこいつは倒せない。なら、質問される前の一瞬で、術式を発動するか?

 

 

「ま、それしかないよね」

 

『あほなちそとあがたな』

 

「うるせぇ! 黙っとけぇぇ!!」

 

『いかずたい、いかずたい』

 

 

ーーぞわっーー

 

 

「っ」

 

 

私の答えに返ってくるのは強烈な殺気。咄嗟にしゃがむ。その上を斬撃が通るのを見送った。

 

 

「……呪力没収だけじゃないのかよッ」

 

 

木の根の動きがさっきと違う。こちらを突き刺す動きだけじゃない。根をまるで刀か何かのように振り回す。その全てから見えない刃が飛んでくるのだ。

呪力はないから、頼れるのは己の身体能力と動体視力だけ。どうにか……!

 

 

ーーザシュッーー

ーーザシュッーー

 

「痛っ」

 

 

2発喰らう。けど、止まれない。まだ時間はきていない。大丈夫。右の二の腕と左脇腹を斬られただけ。脇腹の方は傷も深くない。これなら、いける!

斬撃は止まらない。それを避ける避ける避ける避ける。やがて、

 

 

ーースッーー

 

「!」

 

 

時間にして30秒。気配がまた変わった。呪力没収が終わったんだ、今しかないっ!

 

 

「『ほのぼのにゃんにゃん』ッ」

『にゃん?』

『にゃぁぁ』

 

『…………あほなちそーー』

 

 

呼び出したる2匹の『猫』は奴の両脇へと駆け出した。意識が一瞬だが、そちらへ向き、質問が遅れた。その一瞬を見逃すな!

 

 

「らぁぁぁぁっ!!!」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

1秒にも満たない隙。

殺されるかどうかの瀬戸際で、極限まで高められた集中力は、羽々場ねこの呪力を一段階引き上げていた。

 

黒い火花は、彼女に微笑む。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ーーーーバチバチバチバチッーーーー

 

「っ、『黒閃』ッ!!!」

 

 

奴が質問をしてくる起点。液状の顔面をめがけて思いっきり振り抜いた。その瞬間、黒い稲妻が駆けるのが分かってーー

 

 

ーーパァァァァンッーー

 

 

ーー奴の頭は四散したのだった。その光景を見て、私は

 

 

「ふ、ふはぁぁぁぁ……」

 

 

思わず仰向けに倒れこんだ。脱力感に襲われ、ながーい息を吐く。どうにかなった。どうにかなったんだぁ。

……うん、頑張った。私頑張ったよ。1人で秘密裏に動き、元土地神を倒した。確か過去ななみんによると、土地神は一級案件だったはず。そんなのを相手に勝ったんだ、私、すごい! その上、『黒閃』も決めることができた。偶然でも、これで一歩呪力の核心に近づいた。これなら戦える。津美紀さんの中の『万』を抹消して、伏黒くんを…………って、あっ!!

 

 

「そうだっ、呪具はっ!?」

 

 

『例の呪具』のことを思い出し、慌てて飛び起きて、溜池を確認する。すると、そこにはーー

 

 

『………………』

 

「なっ!?」

 

 

元土地神がいた。倒しきれてなかった!? 再び私は構えて、呪力を練る……が、どうにも様子がおかしい。そいつはさっきまで振り回していた触手のような木の根を溜池に下ろしたまま、静かにこちらを見据えてきていた。質問もしてこない。攻撃の意志はない?

 

 

「…………」

 

『…………』

 

 

永遠に睨み合いが続くかと思われたが、その沈黙を破ったのは元土地神の方だった。口を開く。

 

 

『うせどのみきじゅおいさはたな』

 

「ん、ん?」

 

 

静かにそう告げてくる元土地神。え、えっと……?

 

 

「正直者?」

 

『うせづおす、およこのちふ』

 

「…………」

 

 

よく目を凝らしてそいつを見ると、今までの呪力とは少し感じが変わっているのに気づく。淀んだ呪力ではない。どこか神聖なものすら感じる。もしかして……?

 

 

『およこのちふ、あちそとをうぃなん』

 

 

人の子よ、何を落とした。そう訊ねてくる土地神。

……あぁ、どうやら私の勘は当たっていたみたい。こいつはきっと泉の精霊みたいな存在なんだろう。この溜池に落とした物を訊ねて、嘘をつけば全てを失い、正直者は全てを得る。そんな存在。だから、私は正直に答える。

 

 

「私は何も」

 

『…………うおいぇあたあばらん』

 

「なら、池の底に眠る『舌抽(したびき)』を」

 

『あったかうぃあ』

 

 

そう応えると、土地神はボロボロと崩れていった。同時に池の赤黒い水が枯れていく。

やがて、池の底から姿を現したのは1本の小刀。それこそが私が求めていた呪具。名を『舌抽』。その術式効果は『魂の抽出』。これを使って、私は『万』を津美紀さんから引きずり出して殺すんだ。

 

 

「………………うん、いける」

 

 

まず1つ達成だ。だけど、まだだ。万全を期すために、私にはこの『舌抽』を使って、もう1つやるべきことがある。

 

 

「…………うぅぅぅ、やだなぁ」

 

 

正直、気は乗らないよ。けど、そうも言ってられない。伏黒くんを救うために、使えるものは全て使う。

それが例え『恋敵』であっても、だ。

『渋谷事変』まであと5日。その間に、私は『天使』こと来栖(くるす)(はな)を叩き起こす。

 

 

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