術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る 作:藍沢カナリヤ
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身体が、動かない。けれど、来栖の声が遠くで聞こえる。
そうか。来栖がここに来たってことは、伊地知さんがちゃんと連絡してくれたってこと。その上で彼女の準備が終わったということだ。あと2、3日はかかると思っていたけど、それだけ彼女も無理をしてくれたんだ、伏黒くんのために。思いは本物、だね。
……彼女も頑張ったんだ、私も。
そうだ、『渋谷事変』はまだ終わってない。むしろここからが頑張らなくちゃいけないところなのに。
『宿儺』が出てこないように、虎杖くんに加勢して。
伏黒くんが『魔虚羅』を使わないように、サポートして。
野薔薇ちゃんが『真人』に殺されないように助けて。
まだ、まだまだまだまだやることがあるんだ。『渋谷事変』を知っている私にしかできないことがあるんだよ。だから、ここで倒れるわけにはーー
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「あ、れ?」
ーーーー野薔薇視点ーーーー
「ここで動かない理由にはならないわよ」
引き留めようとする新田ちゃんに、私はそう返した。私では実力不足なのは分かってる。でも、こうなってしまった今、あいつらをこの地獄に置いて、私だけ逃げるなんて真似はあり得ない。そんなことをしたら、私が私でなくなってしまう。
「ごめんっ、新田ちゃん」
「釘崎さんっ!」
新田ちゃんの顔を見ないようにして、そのまま私は渋谷駅へと駆け出した。向かう先は地下5階。たぶん、そこで虎杖は戦ってるはずだ。
……フィジカルや術式で、あいつらに敵わないことは分かってる。だけど、虎杖からツギハギのことを聞いたときから考えてた。私の『
そんなことを考えていたら、出会う。
「ツギハギ……オマエか、ウチのバカにちょっかい出したっていう特級呪霊は」
『参ったなぁ、俺って有名人?』
「あぁ、尻尾巻いて逃げたってな」
『いいね、殺り甲斐ありそうじゃん』
挑発に見事に乗ってくれた。コイツの術式……魂うんぬんって話と手に触れるなって話よね。まずは!
ーーキキキンーー
牽制の釘を飛ばす。ノーコン? 狙いはオマエじゃないわよ!
ーーゴドンッーー
『!』
落ちてきた看板越しに蹴り、同時に突き刺した釘で『簪』を決める。行ける。距離を取りながら、呪力を流し込む。ダメージがないのは分かってる。
『だからさぁ、効かないんだって知ってんでしょ?』
「分かっててもやんなきゃなんねぇ時があんだよ」
『アホくさ』
ーーキキンッーー
釘を飛ばし、同時に私は建物の上へ。そして、『簪』で落ちている釘の先端を上に向け、もう1回『簪』で、奴の足を削る。隙が、できた。奴に馬乗りになり、
「ずっと考えてたんだ。アンタの術式聞いた時から『コレ』は効くんじゃないかって」
「『共鳴り』!!」
私の想定は当たっていた。術式はツギハギの魂にまで届きうる。これは私にしかできないことだ。
「妙だな。少し離れた所で私の呪力が爆ぜる感じがした。なんつーか呪力の圧も半端だし……オマエ、分身かなんかで術式使えねぇんだろ!」
『……正解』
『共鳴り』が効く以上、もうさっきまでのようにドカドカ攻撃は入んないな。こっからが本番ね。思い出すのよ、『黒閃』を出した時のあの感覚を。呪力の核心を!
『……いや、逃げまぁす!!』
「はぁ!? 待てやッ!!」
無視して地下5階に向かってもいいけど、コイツを野放しにする方が後々面倒事が増えそうだと判断して、私は奴を追う。そのままそいつを追って、地下、駅の構内へ。撒かれないように呪力感知をしながら走る。
「…………なに考えてる」
呪力を抑えることもせずに、私の前を走る呪霊。曲がり角で一瞬姿が見えなくなることはありつつも、付かず離れず追えている……のが不気味だ。単に逃げるつもりなら、呪力を抑えて逃げればいい。さっきの『共鳴り』でダメージが入ったとはいえ、特級だからそのくらいはできるだろう。それにこんなに入り組んだ渋谷駅なんだから、どこかに姿を隠すことだってできるはず。それをしないということは……。
「誘ってやがる」
舐めやがって! 私はさらに加速する。次の曲がり角を抜けたら、あとは長い直線。そこで勝負をつける。
「待てっ、ツギハギィ!!」
「っ、釘崎ッ!?」
「虎杖!?」
直線の向こうには、虎杖の姿があった。合流できたことで、油断していた。私の眼前に、奴の掌が迫る。あぁ、察してしまった。この呪霊は本物だ。さっきの一瞬で入れ替わっていたんだ。
「逃げろっ、釘崎ィィッ!」
「……あ」
目の前の光景がスローモーションになる。
同時にフラッシュバックする記憶。幼い頃のクソ田舎でのこと。沙織ちゃんと初めて会ったときのことやフミと別れ際に交わした言葉。あとは呪術高専に入ってからのこと。廃ビルでの任務や少年院での任務、京都姉妹校交流戦では虎杖の生存に驚いたっけ。八十八橋では伏黒の強情さに呆れ果てた。
頭のおかしい奴は
あぁ……これが、走馬灯か。
ーーザンッーー
『は?』
「………………」
突如として現れたのは、交流戦で会敵したサイドテールのモテなさそうな男だった。そいつが気持ち悪い剣で、私に迫った呪霊の腕を斬り落としたのだ。
『お前、邪魔するなよ……いいとこだったのに』
「…………」
ーースチャッーー
『はぁ?』
サイドテールは黙ったまま、ツギハギに剣を向けた。こいつ……私たちの味方……?
『にゃぁぁ』
「え……?」
色々なことが急に起きすぎて、その存在に気づくのが遅れた。私の足元にすり寄ってくる『黒猫』の存在に。これって、ねこの式神……?
「………………」
『にゃっ!』
よく見れば、サイドテールの足元にもねこの『白猫』がいた。なにが、起こってんのよ……?
未だ混乱する私の前に立ったサイドテールは、やっと口を開く。
「…………野薔薇ちゃん、少し下がっててね」
「うん」
姿も、声も、まったくの別人だ。けれど、目の前のサイドテールに、私の友達・羽々場ねこの面影を見た。
ーーーー重面春太視点ーーーー
派手に少しだけカッコつけて登場したものの、実は間一髪だった。渋谷が粉微塵にも火の海にもなってなかったから、まだ大丈夫であることは分かってたけど、それでも内心バクバクである。くそぅ、渋谷駅入り組み過ぎなんだよ! 迷ったせいで遅くなった!
さて、なぜ私が重面春太の肉体を動かせているのかは、高専からここに向かう道中、散々考え続けた。結果、分からんという結論に至り、私は考えるのを止めた。とにかく今できることをやらなきゃってので、野薔薇ちゃんを助けることにしたのだ。
「虎杖くんっ!!」
「っ、あぁ!!」
呆けていた虎杖くんの名を呼び、彼はそれに答えるように走り出した。1つになった『真人』を前後から叩く。
「らぁぁっ!」
ーーブンッーー
「はぁっ!!」
ーーブンッーー
虎杖くんの拳は『真人』の顔面に、私の蹴りは奴の左足に直撃する。ガクンと膝を落とした『真人』が大きく怯んだ。今だっ!!
ーーガシッーー
「っ!」
次の攻撃を当てようとした私の腕。それを『真人』に掴まれた。ヤバいっ!?
『『無為転変』』
ーーーーグニィィィィッーーーー
術式が肉体に、そして、魂に入り込んでくるのを自覚する。内臓が……っ!?
「ねこッ!!! ねこを離しなさいっ!」
ーーバシュンーー
『おっと、それはもう食らわなーい』
ーーーーーーー
「らぁぁっ!」
ーーブンッーー
ースッーー
『直線的な攻撃なんて聞くわけねぇだろォ!』
野薔薇ちゃんの釘、虎杖くんの蹴りを『真人』は避けた。私を掴んだまま離さない。
『なんでこいつがそっちに着いたのか分かんないけど……お仲間が目の前で改造人間になるの、2回目だなぁ、虎杖ィィっ!!』
「『真人』ォォォッ」
ーーガシッーー
『は?』
「……………………えよ」
『!? 術式が発動していなーー』
「耳元でうるせぇよッ!!!」
ーーーーーバヂバヂバヂバヂィィッーーーー
渾身の一撃。黒い火花が炸裂した。不意を突かれた『真人』はそのまま吹き飛び、虎杖くんの元へ。
「虎杖くんっ!」
「っ」
ーーーーーバヂバヂバヂバヂィィッーーーー
「『黒閃』ッ!!」
虎杖くんの踵落としで、『真人』はそのまま床へ叩きつけられた。今のうちに!
「虎杖くん、戻ってっ!」
「おう!」
隙を突いて、虎杖くんと野薔薇ちゃんが一ヶ所に合流できた。これで作戦を立てられる。
「虎杖くん、聞いて。私は羽々場ねこだよ、こんなナリだけどね。なんでは聞かないで、私もよく分からん」
「!」
「作戦はあんの、ねこ?」
既に私が羽々場ねこ本人だと確信しているようで、野薔薇ちゃんが話を進める。重面春太の肉体に刻まれた術式『奇跡』のお陰か、回数は決まっているだろうが、私には『無為転変』が効かないようだ。私を囮にして、連携を取りながら、虎杖くんと野薔薇ちゃんの攻撃で奴の魂を叩く。これしかない。
「かなり大雑把な作戦じゃん!?」
「ホント。行き当たりばったりね」
「…………嫌い、そういうの?」
「分かりやすくていいね!」
「分かりやすくて好きよ!」
再び3人で『真人』に向き直った。奴はよろよろと立ち上がっているところだった。『黒閃』を立て続けに2発受けたんだ。回復に少し時間はかかるはず。
3対1。内2人は『真人』特効だ。その上、奴の呪力も削れたから、恐らく『領域』は使えても短時間だろう。それなら野薔薇ちゃんを『簡易領域』で守りきれる。勝てる!
「行くよ、2人とも!!」
『やっと見ーつけたぁ』
ーーーーグチャッーーーー
空から声。『真人』が何かとともに振ってきたのだ。まだ『分身』を残してたのか。なるほど、通りで呪力量が少ないはずだ。『分身』が1つに戻っても、恐らく大丈夫。『黒閃』を決めた今の私達なら問題なく祓える。
この後、『渋谷事変』は平定し、問題の『死滅廻游』編が始まる。たぶん死闘でボロボロだろうけど、これが終わったら来栖とすぐに『万』を殺しに行かなきゃな。
……うん、大丈夫。ちゃんとーー
ーーベチョッーー
無意識に一歩踏み出した足裏に、不快感を感じた。恐らくさっき『真人』とともに振ってきたモノの血液だろう。誰かの遺体だ。うつ伏せになってて近づかないと分からないけど、きっとあの黒服は呪術師の誰か。胸辺りをえぐられ、もう確実に助からないことが分かってしまう。1人、殺されてしまったか。でも、『真人』相手に1人なら……!
『いやぁ、焦ったよ。こいつ強いからさぁ。でも、殺した。ほら、見てよ』
ーーゴロッーー
『真人』はその遺体を足蹴にして、仰向けにーー
「…………………………伏、黒……くん……?」
その遺体には見覚えがあった。いや、見覚えどころじゃない。彼は……っ、違う。違う、違う違う。そんなの嘘だ。嘘に決まってる。頭では必死に否定する。だが、理解してしまう。
……そうだ、目の前に無造作に転がる遺体は、
「伏黒くんッ!!!!!」
私の推し、生きる意味ーー伏黒恵くんだった。
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殺伐としてきてるので、1年生それぞれとの日常パート入れていいですか?
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見たい
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本編を進めてくれ