術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る   作:藍沢カナリヤ

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第30話 井戸小屋の意識猫

ーーーーーーーー

 

 

ーーバシュッーー

 

 

術式効果を開示した甲斐があった。『万』は津美紀さんの肉体には戻れず、『領域』は自壊した。

 

 

「羽々場!」

 

「来栖! 津美紀さんの体を回収して!」

 

「分かりましたっ」

 

 

ありがたいことに一瞬で状況を理解してくれた来栖は、そのまま飛翔し、『万』の近くに転がっている津美紀さんを回収してくれた。上空の彼女に目を向けると、器用に津美紀さんの脈拍を確認している。

 

 

「弱いですが、脈はあります。このまま反転術式を使える人のところへ連れていきます」

 

「うん、よろしく。医務室に硝子さんがいるはず!」

 

「はい」

 

 

現状での最適解を出して飛び立った彼女に、心の中で感謝を告げて、改めて向き直る。

 

 

ーーパキパキッーー

 

『フゥ……フゥ……』

 

「……苦しそうだね、『万』」

 

 

術式は既に回復しているようで、『虫の鎧』を構築している『万』に訊ねる。自分よりも格下だと思っていた相手に、受肉したはずの肉体から引き摺り出されるという手痛い反撃を受けたのだから、その心中は穏やかではないだろう。『虫の鎧』から唯一出ている右目がこちらを睨み付けている。

 

 

「怖い怖い。メンヘラ女の恨みを買っちゃったや」

 

『…………っ』

 

 

肩で息をしながらも体勢を立て直した『万』。『構築術式』は呪力消費が激しい。恐らく『領域』を破壊された今、使える呪力は纏っている鎧と死角を埋めるように浮かせている液体金属だけだろうな。かなり弱体化している。勝機は十分ある。

 

 

「おいで、『猫』」

『にゃぁぁ』

 

「それと『ねこ』もおいで」

『ねこはいますねこです』

 

 

一方で『井戸小屋の意識猫』に到達した私なら、それぞれの名称も省略した状態での同時併用も可能だ。呪力も十分。

 

 

「行くよ」

『にゃっ』

『よろしくおねがいしますねこです』

 

 

駆ける。私が殺すべき『万』に向かって。

 

 

『舐めるなッ』

ーーブンッーー

 

 

『万』の大振りの右拳は、意識を集めている『猫』に直撃する。相当な威力だ。何かの毒でも付与されているのか、当たった瞬間に『猫』はドロドロに溶けてしまった。ただし、

 

 

「まずはーー」

ーーバヂッーー

 

「ーー1本もらうよ」

 

ーーバギィィィッーー

 

『ぐ、ガァッ!?』

 

 

『猫』の破壊で弛んだ奴の意識外から繰り出した『黒閃』。それは攻撃で伸びきった彼女の右肘を『虫の鎧』の上から粉砕する。まずは右腕を使用不能にできた。彼女は作中では『反転術式』を使っていなかった。もし使えたとしても、今の『万』に呪力を回復に割くような余裕はないだろう。つまりは、

 

 

「あと3本だ」

 

『くっ』

ーーギュンッーー

 

 

予想外の反撃を警戒し、後ろへ飛ぶ『万』。飛ぶと同時に液体金属を向かわせてきた。私には近距離攻撃しかないと判断したなら、確かに最善手ではある。御名答だ。こちらは呪力で肉体を強化して、それを受け止めるしかない。

 

 

『甘いッ!』

ーーグニャリーー

 

 

だが、受け止めた液体金属はすぐさま形を変える。私の両腕の隙間から細く長く紐状になり抜け出した液体金属は、逆に私の両腕をぐるぐる巻きに拘束してきた。

 

 

『フンッ!!!』

 

ーーバギッーー

 

 

『万』は残った左腕で私の顔面へ一撃を繰り出した。それを受け、倒れる私。勿論、わざとだけど。

 

 

ーーガシッーー

「2本目ぇぇ」

 

『なッ』

 

 

倒れながらも、私は奴の右足に脚を絡める。不意を突き、拘束した右足……膝へ狙いをつけ、

 

 

「ほっ!!」

 

ーーボギッーー

 

『ッ、ガグぅッ!?』

 

 

折る。本来曲がらない方向に彼女の右膝が曲がった。

うん、いいね。これで2本目、右半身の攻撃手段を潰せた。『虫の鎧』で強化したとて、動きは確実に鈍り、機動力は落ちる。案の定、止まる『万』。今、追撃するのは簡単だ。けれど、あえて追撃をしなかった私は、こちらを睨み付けてくる『万』に告げた。

 

 

「あと2本だけど、どーする? 泣いて跪いて服従を誓うなら殺さないのを考えてもいいよ」

 

『~~~~ッ、舐めるな、現代の雑魚術師がァァァァ!!!』

 

ーーブブブブブッーー

 

 

私の問いに『万』はぶちギレた。ヒステリックな声をあげながら、広げた虫の羽で超高速で飛び回る。なるほど、そういや『虫の鎧』はそんなこともできたんだっけか。さらに、奴は私の周りを囲うように飛び回りながら、四方八方から形を固め、鋭利になった液体金属を飛ばしてくる。

 

 

「ほっ! おっと!」

 

 

それを避ける、避ける。呪力効率の悪い『構築術式』だ。このまま避け続ければ、きっと向こうの呪力が先に尽きるだろう。ともすれば、呪力でどうにか肉体を保っている『万』は消滅する……それは奴も分かっているはず。

うん、これは恐らくキレたフリ。舐めているこちらを冷静に観察し、殺せる隙を窺っている。そんなところだろうな。なら、いいよ。乗ってあげよう。

 

 

ーーザクッーー

 

『ねこですねこーー』

ーードロッーー

 

 

液体金属が私と共に避け続けていた『ねこ』に突き刺さった。これで『猫』も『ねこ』も私にはいない。術式を対応できるのは、単純な呪力のみ。

 

 

『ここッ!!!』

 

「…………そう、考えるよね」

 

 

死角からの一撃だった。タイミング的にも位置的にも、確実に心臓を突き刺せたはずだったんだ。でも、『万』の左足に造られた蜂の毒針は当たらない。

 

 

『これも、避けて……』

 

「あー、違う違う」

 

 

動揺した彼女のその言葉を私は否定する。根本的に違うのだ。

 

 

「私が避けたんじゃなくて、あなたが外したんだよ」

 

『私が……? 一体、どういう……?』

 

「…………察しが悪いなぁ。さっき術式も開示したのに」

 

『術式…………?』

 

 

まったく、何を聞いていたのやら。仕方がない、もう一度だけ教えてあげよう。

 

 

「『井戸小屋の意識猫』」

 

「術式効果は『内側の支配』。『ねこ』を知覚した瞬間に、この術式は発動してる。つまりさ、もうあなたは支配されてるんだよ、私に。魂も、肉体も、ぜーんぶね」

 

 

理解できないらしく、『万』からは反応がない。

 

 

「はぁ、しょうがないなぁ。ほら、その邪魔な『虫の鎧』、頭だけでも解除しなよ」

 

ーードロッーー

『なっ!?』

 

 

私の指示と同時に、『万』の頭部を纏う『虫の鎧』が溶け落ちる。それでやっと理解してくれたようだ、私の術式を。

……さて、じゃあ改めて聞こうかな。

 

 

 

「泣いて跪いて服従を誓うなら殺さないのを考えてもいいよ。さ、どーする? 『万』ちゃん?」

 

 

 

私は膝をついた『万』の顔面を掴み、問う。

見つめ返す彼女の目には、私の姿が反射している。穏やかな笑みを浮かべる私。その瞳の中にあの『ねこ』のシルエットが映り込んでいた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「終わったんですね、羽々場」

 

「ん? ああ、うん」

 

 

首だけがない、『万』だった肉塊の側に腰を降ろしていた私に、医務室から戻ってきた来栖が後ろから声をかけてきた。楽勝楽勝。そう言って、私は手をヒラヒラと振る。

 

 

「津美紀さんは?」

 

「無傷、とはいえませんが、無事ではあります。いずれ意識を取り戻すでしょう」

 

「それはよかった」

 

 

目標は達成した。これで『宿儺』が『万』を殺すことで、中で眠る伏黒くんが絶望することもない。あとは……。

この後のことに思いを馳せていると、不意に来栖が口を開いた。

 

 

「近距離を鎧で固め、中遠距離を『構築術式』で造り出した液体金属で補う。聞いていた通り、この『万』という術師は強かったです」

 

「うん、そだね」

 

「最初、2人がかりでどうにか渡り合えた。きっと私と『天使』だけでは『邪去侮の梯子』を当てることすらできなかった」

 

「スピードもあるから当然でしょ。しゃーないしゃーない」

 

「『領域』を展開された時は……正直、貴女は死んだと思いました」

 

「危なかったねぇ……あれは、うん」

 

「『領域』を破れるほどの術式を持っていたのなら、最初に言ってください。寿命が縮みました」

 

「あー、ごめんごめん」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

唐突に始まった感想戦、からのこれまた急な沈黙。それを破ったのは、来栖の一言だった。

 

 

「羽々場。貴女のその術式、『なにか』ありますよね」

 

「…………」

 

 

彼女の問いに答えは返さない。返すのは沈黙だけ。

 

 

「貴女は『領域』を使えない。それは知っています。ただ『舌抽』を使って、『万』の魂に攻撃したとしても、その前に『領域』の必中効果で息絶えるでしょう」

 

「…………」

 

「それに、貴女は『万』を単独で祓った。恵を救うためならば、なんでもするという貴女のことです。術式の出し惜しみなんてしないはず。なのに、『領域』を使われて初めて、その術式を使った」

 

「…………」

 

 

 

「言い方を変えましょうか。貴女の術式……なにか重大な欠陥があるんじゃないですか」

 

 

 

捲し立てるような質問責め。

……はぁぁ、嫌だ嫌だ。

 

 

「いきなり立て続けに聞くなよー、そういう女の子は伏黒くんに嫌われるぞー?」

 

「っ、誤魔化さないで」

 

「……ノーコメント」

 

「沈黙は肯定と見なします」

 

「……はぁぁ、お互いに術師なんだし、わざわざ手の内を明かす必要ないでしょ」

 

「連携に支障が出ます。私達にはまだやるべきことがーー」

 

 

「ーーねぇ、来栖華」

 

 

「っ」

 

 

名前を呼ぶ。強引に、

 

 

「もう『万』は倒したんだ。ここからの私達はただの恋敵だから」

 

 

そんな言葉を投げた後、私は立ち上がり、歩き出した。

 

 

「っ、まだ恵は『堕天』に囚われたままですっ! 私達は恵を取り戻すために力を合わせなきゃいけないはずっ……違いますかッ」

 

「…………」

 

「羽々場ッ!!」

 

 

背後で呼び止める声が聞こえるけど、それを無視して私は歩みを進める。

目的はハッキリしている。そのための力も手に入れた。少年院のときとは違う。今の私なら……私だけでなら救える。伏黒くんをあらゆる災厄と絶望から。

そのために、私はただ1人、歩みを進めなければいけないんだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『井戸小屋の意識猫』。

 

術式効果『内側の支配』を内包する術式である。『ねこ』を媒介として、それを視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚、そして、その呪力を感知するだけで、対象の内側、魂を支配できる。加えて、過去にこの『ねこ』を知覚したものですら、支配の対象であり、術師が意識を向けるだけで、その肉体・意識すら乗っ取ることが可能。強力無比で、まさにチートというべき代物。

 

その代償としてーー

 

 

ーーーーーーーー




次回より終章に突入します。
ちなみに、以前描いていただいた『羽々場ねこ』の瞳を拡大していただくと……。

完全ギャグ回かいてもいいですか?

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