術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る 作:藍沢カナリヤ
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前日譚を語ろう。
ただし、これより語られるのは『呪術廻戦』の前日譚ーー乙骨憂太と折本リカの話ではない。まして呪術全盛の時代の魑魅魍魎の話でもない。
『羽々場ねこ』の前日譚。『ソレ』の起源の話である。
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■県旧■村。
元々は父がこの村の出身であったが、進学と就職のために村を出た。村には古くから言い伝えられている『呪い』なるものがあり、村から出ていくと言ったときには大層反対されたという。
元々村への不信感のような感情を抱いていた父は、反対する村民を強引に振り払い、上京した。学費を稼ぐためにアルバイトをしていたライブハウス、そこで母と出逢ったらしい。すっかり意気投合した2人は仲を深めていき、1年経たずに結婚。母は私のことを身籠った。母の容態が悪くなったのもその頃だという。
夜中、母はうなされながらも、繰り返し村の名前を口にしていた。父は自分の村のことを母には伝えておらず、だから、母が苦しんでいるのも『呪い』だと感じ取っていた。
日に日に弱っていく母の姿を見ていた父は、1つの決断を下す。
村に戻ろう。
縋る思いで、母を連れて村に戻った父を待っていたのは、自分の両親と兄、そして、歓迎する村民だった。半ば家出のように出ていったから、その反応は実に不気味で。だが、村に戻ってから明らかに母の容態は落ち着いていったから、父も深く考えるのを止め、出産のことだけを考えたという。
そして、『わたし』が産まれた。
その1ヶ月後、母は命を落とした。難産だった訳でもないし、術後の経過も悪くなかった。けれど、死んだ。まるでその『役目』を終えたかのように、『わたし』の出産から1ヶ月後に死んだ。死因は不明。近いものとすればーー
ーーーー◯年前・■県旧■村・羽々場邸ーーーー
「…………ろうすい」
わたしはそこまで読んで、おとうさんの日記を閉じた。キリがいいというよりは時間になってしまったからだ。もうすぐおとうさんが帰ってくる。日記をこっそり読んでいたことがバレたら、きっとまた殴られる。日記を本棚の元の場所に戻して、わたしは階段を上がった。
「ねこや……ねこや……」
「あっ」
おとうさんの書斎がある1階から2階に上がってすぐに弱々しい声が聞こえてきた。突き当たりの部屋からだ。わたしは今、いくよと答えながら、声の主のいる寝室に急いだ。
「おまたせ、おばあちゃん」
襖を開けると、そこにいたのはわたしのおばあちゃん。わたしの物心がついた頃から身体を起こすことができず、ずっと寝たきり。わたしは働いているおとうさんの代わりに、おばあちゃんのお世話をしている。
「ああ……ねこや、可愛い仔……」
「ん」
プルプルと震えながらも、おばあちゃんはわたしの頭を撫でる。独特の匂い。もう慣れてしまったが、今だって決して好きな匂いではない。おばあちゃんのお世話だってたいへんだ。それでもこうしてここに足を運ぶのは、これがわたしのおしごとだから。
「……おばあちゃん。わたし、そろそろ……」
少しして、わたしはおばあちゃんにそう伝えた。おばあちゃんは薄く笑って、うなずいてくれる。
「ああ、また撫でさせておくれ」
「うん」
おばあちゃんの寝室を出る。時計を見たら、短針がそろそろ6を指そうとしているところだった。まずい。かえってきちゃう。
ーーガラガラッーー
「っ」
1階、玄関の戸が開く音がした。その音から10秒くらい。角度が急なせいで、下りの階段をかけ降りることはできなかったから、出迎えがおくれてしまった。そこにいたのは、
「………………」
「お、おかえりなさい」
無表情な男のひと。この家の主ーーわたしの、おとうさん。
「ねこ。お前は録に出迎えもできないのか」
「っ」
表情を一切かえずに、おとうさんがそう聞いてきた。
「っ、い、いまっ、おばあちゃんとお話しをしててっ」
「…………それは言い訳か」
「っ、ちがっ」
ーーバシッーー
わたしが言い終わるよりも前に走る痛み。左のほっぺた、いたい、いたいいたい。
「~~~~っ」
「言い訳をするなと言ったはずだ」
「ご、め、ごめんなさ、いっ」
「…………それだけか」
「っ、きょ、教育していただいて、ありがとうっ、ございますっ」
「ああ」
うずくまりながらも謝るわたしに目もくれず、おとうさんは2階に目を向けた。そして、いつものようにわたしに聞いてくる。
「………………母さんの容態はどうだ」
「い、いつもと……かわりません」
「そうか」
それだけを返したおとうさんは、そのまま台所へと姿を消した。
「…………いたっ」
わたしは殴られた左のほっぺたを静かに撫でる。いたい、けどしょうがない。これはわたしが悪いんだから。
おとうさんから教育してもらったおかげで、今のわたしがある。読み書きもできるし、自分でごはんも作れる。わたしにはおばあちゃんのお世話って仕事があるから、学校には行かせてもらえなかったけど、こうして居場所を与えてもらえてるんだ。それで十分、だよね。
「………………それに、わたしには……」
チラリと靴箱を見る。
明日は水曜日。おとうさんは仕事で遅くなるし、おばあちゃんは村の人がお世話をしてくれる日だ。
時間がある水曜日は、『あの子たち』に会いにいける。
そう思うと、元気が出てくる。大丈夫、わたしは大丈夫だ。
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次の日。
おうちのことを全部すませたあと、周りをキョロキョロと見渡して誰もいないことを念入りに確認して、家を出た。村の中ではすぐに情報が広がっちゃう。そのせいで、おとうさんに教育されたこともあった。そこから学んだわたしは、誰にも合わないように、遠回りして、その場所に急ぐ。
1時間も歩くと、村の端っこ・大橋に着いた。わたしが来たかったのはここじゃなくて、橋のずっと下に流れる川、その側にある神社だ。そこに、
「にゃぁ」
「にゃっ
2匹の仔猫がいた。1匹は真っ白、もう1匹は真っ黒な猫で、数ヶ月前に、ここにいるのを橋上から見つけた時から、わたしはこの子たちに会いに来ていた。週に1回、水曜日だけだけど、ちゃんと生きててくれてる。
「おまたせ、今日も食パン持ってきたからね!」
そう言って、わたしはカバンに隠した食パンを小さくちぎって猫ちゃんたちにあげた。それをものすごい勢いで食べる猫ちゃんたち。その姿を見ていると、思わず笑っちゃう。
「えへへ」
「にゃぁ?」
「にゃー!」
「あ、ごめんね、もっとほしいよね!」
おねだりする猫ちゃんたちの声を聞いて、また食パンをあげた。幸せな時間だ。
「にゃ」
「わっ、ど、どうしたの?」
ぽけっとしていると、わたしのひざの上に黒い方の子が乗ってきた。お世話にしてて初めてのことだったから、ちょっとびっくり。
「……あまえたいの?」
「にゃぁぁ」
「…………なで、なで」
おそるおそる頭をなでると、黒猫ちゃんは気持ち良さそうに目を細めた。そうしていると、
「にゃっ」
「わっ、きみも?」
自分もなでろって言ってるみたいに、今度は白猫ちゃんがひざによじ登ってくる。同じようになでなでしてあげると、もっとってするみたいに頭をわたしの手に押しつけてくる。
「…………えへへ」
あぁ、幸せ。これでもう1週間がんばれる。
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「…………ねこ、か」
「……え?」
その日、おとうさんが帰ってきた気配がしたあとも入ってこないから、わたしはゆっくりと玄関を開け、外を覗いた。そうしたら、
「……え、あっ、え……」
おとうさんの足元に横たわる2匹の子猫の姿。それは昨日も、わたしが会いに行ってきたあの子たちにまちがいなくて。
「…………な、に、その……」
おとうさんへの恐怖と知らなくちゃって使命感で、途切れ途切れになりながらも、わたしは聞いた。わたしの質問に、おとうさんは答える。
「……ああ、これか。この野良猫どもが敷地内に入り込んでいたから駆除しただけだ」
そんな風に。理解が、できなかった。そんなわたしの様子など目に入っていないおとうさんは、足元に転がる子猫をーー
「まったく……ここでも猫か、忌々しいっ」
ーーゲシッーー
「っ」
それを見た瞬間に、わたしは吐いてしまっていた。頭の中がぐるぐるぐるぐるして、気持ち悪くて。
「……何をしている。こんなことで嘔吐するなど……」
「…………………………い」
「は?」
「………………くだ、さい」
「聞こえない。はっきりと言え」
「やめて、ください……」
わたしはそう口にしていた。子猫ちゃんたちを殺して尚足蹴にするおとうさんに、わたしはそう伝えていた。
「…………聞こえなかったな。もう一度言ってみろ」
「っ、その子たちをけるの、やめて、ください」
「…………」
「おねがい、です……その子たちはともだち、なんです……」
「友達? ……ああ、なにやら私のいない日にコソコソと出掛けているのはそういうことだったのか。村人が話していた……恥知らずめ」
「……やめて、ください。わたしのともだちを、これ以上……」
「ねこ。それは……私に逆らう発言だ。意味を分かっていっているのか」
「っ」
おとうさんの声色が変わる。冷たい何の感情も伝わってこない声から、どこか怒りを帯びた声に。体も、心も、一瞬固まっちゃう。だけど、わたしは……。
「おねがい、です……その子たちを……」
「…………そうか、わかった」
「え……」
わたしの訴えが届いたのかもしれない。そう思って、顔を上げたわたしの目の前で、おとうさんは、
ーーぐしゃっーー
その子たちの遺体を踏みつけた。血が、わたしの頬に飛ぶ。
「お前もか……お前も村人と同じっ、『ねこ』に取り憑かれているのかっ」
「え、え……」
「私がこんな村にいるのも! 灯が死んだのも! すべて『ねこ』のせいだというのにっ!! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!」
呆然とするわたしと意味不明なことを言って怒りのままに踏みつけ続けるその人。
その人が猫を踏みつける度、わたしの中で『何か』が変わっていくのを感じた。やがて、息切れしたその人の感情がこちらへ向く。
「元はと言えば、お前だ、お前が産まれたせいだッ!! お前のせいで、灯は死んだのだッ!!」
ーーぐぐっーー
「っ、か……っ」
その人の指がわたしの首にかかる。血走った目で、怒りの感情のまま、力がこもっていく。わたしにはそれをどうにかできる力はない。振り払うことも、抵抗することもできない。ただ目の前の男を『呪う』ことしかできなかった。
「…………っ、は……っ」
「お前さえいなければっ、お前が死ねばッ!!!」
ーーぐぐぐぐぐっーー
わたしはただ、現実から目を反したかっただけなのに。
ただ、『
それもダメなの……?
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『にゃぁぁ』
『にゃっ』
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声が聞こえた。猫の、『あの子たち』の声。死ぬ間際の幻聴かと思ったけど、どうやらそうじゃなかったみたいで。
「な、なんだ……? 猫の声?」
その人の意識が一瞬、わたしから離れたのを感じた。ゆるんだ隙に、わたしは呼吸を再開する。けど、それもほんの一瞬のことで。
「っ、また『ねこ』かっ、くそっくそっくそっ!!」
ーーぐぐっーー
「っ」
また、わたしの呼吸は止まる。今度こそ死ぬ、そう思った。だけど、わたしは死ななかった。なぜなら、
ーーバギィィッーー
「ガっ!?」
その人が誰かに殴られたから。無防備な後ろから殴られたみたいで、その人は頭の後ろを抑え、もがいている。
「駄目じゃよ、その仔を殺しては」
「……っ、母さん……?」
その人の後ろには血のついた杖で、どうにか歩くおばあちゃんの姿があった。その光景に混乱しているのか、その人は何故だ、何を考えているのかと叫んでいる。おばあちゃんはゆっくりとその人に近づいて、
ーーバギッーー
振りかぶった杖で、今度はその人の顔を殴った。1回だけじゃない。2回、3回、4回……何回も何回も殴った。そうして、その人の動きが完全に止まると、おばあちゃんは呼吸を整えていたわたしに向き直った。
「大丈夫だったかい」
「………………うん」
いつもと変わらない穏やかな声と表情。実の父親であった人を目の前で殴り殺されたというのに、恐怖は感じなかった。おばあちゃんは静かに、告げる。
「着いておいで、ねこや」
「……うん、おばあちゃん」
数歩だけ歩いたあと、おばあちゃんは忘れていたと言って、振り抜く。
「そこの仔たちも一緒においで」
つられて振り返る。そこには、
『にゃっ』
『にゃぁぁぁ』
2匹の『猫』がいた。
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