術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る 作:藍沢カナリヤ
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おばあちゃんの後をついて、家から離れていく。さらに、そんなわたしの後ろには2匹の『猫』がいる。けど、
「『あの子たち』、なのかな……?」
色は真っ白と真っ黒。体の大きさも『あの子たち』と大体同じくらいの仔猫だ。けど、あの人に殺されちゃったのを見たから、わたしの後ろをトテトテとついてくる2匹が『あの子たち』とはとても思えなかった。
「……おばあちゃん、あれって」
「…………いい仔じゃなぁ、ねこを守ろうと『呪い』に、『式神』になった。それもこれも『猫神』様のおかげじゃろうが」
「『呪い』? 『式神』? 『猫神』様?」
聞き馴染みのない言葉を聞き返す。
「いずれ分かればよい」
「う、うん……」
今はまだ答えない。遠回しにそう言っているのが分かった。
『呪い』、『式神』、『猫神』様。
おばあちゃんは一体何を知っているのか。そもそも寝たきりだったはずのおばあちゃんがなぜこうして歩けているのか。聞きたいことは沢山あって、未だに混乱もしている。だけど、1日どころか数時間で色んなことがありすぎたせいで、わたしの脳は考えることを止めていた。ただただおばあちゃんの言う通りに、歩き続けた。
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「ここじゃ」
歩くこと15分。そこには古い小屋があった。
「……おばあちゃん、ここって……?」
「ほら、ねこや。お参りをしよう」
「お参りって……」
チラリとその小屋を見るけれど、ただ古いだけで神々しさみたいなのはまったくなかった。なんなら大橋の下の神社の方がよっぽど立派だ。ここにお参りをすること自体、強烈な違和感があった。けど、
「…………ね……ま…………様……」
隣のわたしにも聞こえないくらいの声で、ブツブツと何かを呟きながら両手を合わせるおばあちゃんの姿を見て、わたしは黙って真似をするしかなかった。
「…………」
何も考えず、お参りを続けていたからだろう。ふと今日のことを思い出してしまう。
……今日は、疲れた。苦しかったし、悲しかった。『あの子たち』の代わりにはならないけど、それでもわたしの側には2匹の『猫』がいる。ねこがいる。ねこはいますねこです。ねこですよろしくおねがいします。
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「ねこ」
「………………え、あ……おばあちゃん」
おばあちゃんの、わたしを呼ぶ声で我に返る。なんだかボーッとしていたみたい。お参りしている間の記憶が、ない。
「熱心にお参りをしてくれていたのぉ」
「あ……う、うん」
「今日は疲れたじゃろう。もう遅い時間だし、帰って寝るとしよう」
そう言われて気づいたけど、辺りはもう真っ暗だ。家を出たのは、あの人が帰ってくる6時頃だったから夕方だったけど……いつの間にそんな時間が経ったんだろう?
「足元に気をつけるんだよ、ねこ」
「うん」
杖をつきながら、ゆっくりとした足取りでおばあちゃんは歩き出した。わたしのその後ろに続く。その後は何事もなく家に着いた。おばあちゃんも今日は疲れたと言って、寝室に入っていったし、わたしも自分の布団にすぐ横になった。次の瞬間には、強烈な眠気に襲われて。
眠りに落ちる直前、ふと思い出す。
…………そういえば、あの人の死体、どこにもなかったなぁ。
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翌日、おばあちゃんは今までと同じ寝たきりの状態になっていた。あの人はいなくなったけど、わたしは変わらずおばあちゃんのお世話をして。そんな日々が続く。
ただ、いつもと違うことが2つ。
1つは遊び相手ができたこと。
あの日から、わたしの周りには2匹の『猫』が現れるようになった。自由気ままに歩き回る黒と白の『猫』。わたしの近くにすり寄ってきたり、はたまたわたしのことなんて気にせず眠っていたり。まるで本物の猫だけど、普通の生き物じゃないのはなんとなく感じていた。
もう1つの違うことは、毎日お参りに行くようになったことだ。しかも、
「ねこちゃん、いるかい」
「はい、今開けます」
ガラガラと戸を開けると、そこには村長さんがいた。おばあちゃんに用があるというわけではないのは、察していた。用があるのは、わたしにだ。予想通り、村長さんは口を開いた。
「さぁ、お参りに行こうか」
「…………はい」
あの日から毎日、代わる代わる村の人がやって来る。近所のおばさんや村の若いお姉さん、おばあちゃんの友達や新聞配達のおじさん。色んなやって来ては、わたしをお参りに連れ出すんだ。
正直、不気味ではあった。けど、村の人たちは誰もわたしのことを殴らないし、怒らない。お参りの帰りには、駄菓子屋さんでお菓子を買ってくれたりもする。みんな、やさしかったから、わたしは特にイヤだって言うこともなく、村の人たちとお参りを続けていた。
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穏やかで歪な日常を続けて、丸1年。
寝たきりだったおばあちゃんが静かに息を引き取った。おばあちゃんのお葬式は、村長さんが全部してくれた。わたしには頼る親戚もいなかったから、わたしは一体誰に引き取られるんだろう。優しいし、村の人だったら誰でもいいかな。そんなことを考えていた気がする。
「ねこちゃ~ん」
神棚のおばあちゃんの遺影を見ながら、ボーッとしていると、わたしの名前を呼ぶ声がした。
ガラス戸の向こうにいたのは、金髪の若いお姉さん。歳は21歳で、飲み屋で働いているって言ってたっけ。フリフリと手を笑顔で振ってる。
「お参り?」
「うん、行こっか」
「はーい」
慣れたもので、わたしは出かける支度を済ませて、お姉さんに誘われるまま家を出た。手を繋いで歩く。
「ねぇ、お姉さん」
「ん? なに~?」
「わたし、この後どうすればいいのかな」
「あ~、おばあちゃん死んじゃったからねぇ」
お姉さんの口調からは悲しみとかそういうのは感じなくて、どこかからっとした言い方だった。
「…………」
「どした~?」
「ううん」
この1年間、色んな村の人と一緒に毎日お参りに行ってたけど、お姉さんの時が一番落ち着けた。だから、もしわがままを言っていいのなら……。
「お姉さんがいいな……」
「ん? なんか言った~?」
「別に、なんでもないっ!」
ポツリと漏れてしまった本音が、お姉さんに聞こえてしまったかと思って、つい誤魔化してしまった。少し恥ずかしくなって、下を向いて歩く。お姉さんもそんなわたしには何も言わずに、ただ後ろをついてきてくれてるのが分かった。
「ねこちゃ~ん、着いたよ」
そんなお姉さんの声で我に返る。うつむいてる間に、小屋に着いてしまったみたい。まだ気恥ずかしさもあって、わたしはお姉さんの方を見ないまま、いつものようにお参りを始めようと……あれ?
「開いてる……?」
ここ1年、閉まったままだった小屋が、開いていた。風か、それとも野生動物のいたずらか。とにかく珍しいこともあるんだなぁ、なんてことを思って、ふと気になった。
「この中……何があるんだろ」
「ねこちゃん」
「っ」
失言だった。そう思って、咄嗟に両手で自分の口を塞ぐ。さっきまでの恥ずかしさも忘れ、わたしは後ろを振り返り、お姉さんを見た。
この小屋が何かはまだ分からない。でも、この1年でこの小屋が村の人にとって、すごく大切なものなのはなんとなく理解してた。だから、お姉さんも怒っているんじゃないかと思って……。けれど、予想に反して、お姉さんは笑顔だった。それどころか、
「中、見てみよっか」
そんなことを言い出す。
「え、えっと……」
お姉さんの提案に、少し戸惑う。もちろん興味はある。けれど、何故だかこの小屋は覗いてはいけない。そんな気もしていた。
「い、いや、わたしは……」
「大丈夫大丈夫。何も中のものを盗む気はないわけだし、きっと『猫神』様も許してくれるよ」
「………………」
「ね?」
「………………うん」
わたしはお姉さんに……というよりも好奇心に負けて、お姉さんの言葉にうなずいた。ほらほら、開けてみてよ。その言葉のままに、わたしは小屋の戸を開けてみた。お参りとか『猫神』様とか、村の人が言っていたから、きっと中には御神体みたいなのがあるんじゃないか。そんな予想をしていたんだけど、
「……………井戸?」
中にあったのは、古ぼけた井戸だった。目を凝らして見ても、それ以外には何もない。
「…………ちょっと覗いてみようか」
「う、うん」
後ろにお姉さんがいるから少し強気になっていたんだろう。わたしは言われるがままに、小屋の中に入り、その井戸に近づいていく。井戸まであと3歩くらいのところでーー
『シャァァァァッ』
『ウゥゥゥゥ……』
「え?」
『猫』たちが騒ぎ出す。黒の子は井戸に向かって全身の毛を逆立てながら威嚇をし、白の子はわたしのズボンの裾を噛み、井戸から遠ざけようとしていた。
「っ、あ……あぁっ」
そこでやっとわたしはそれに思い至る。なんで今まで考えなかったんだろう。小屋の中に井戸が1つだけあって、それを村中の人が神と崇めてるなんていう異常さに。ここは何かまずい。何かは分からないけど、とにかくイヤな感じがしてる。だから、今すぐここから逃げーー
ーードンッーー
背中を押されたのだと遅れて気づく。浮遊感。落ちていくわたしの目にうつったのは、お姉さんの顔。さっきまでと違う、表情の抜け落ちた顔で。
ーーバシャンッーー
「いた……っ」
落ちた井戸の底には水があった。温かくも冷たくもない水だ。落ちた衝撃で少しだけおしりは痛むけど、他のところはなんともないと思う。
「っ、お姉さんっ!!」
混乱する頭で、わたしは見上げて、お姉さんを呼ぶ。すぐにお姉さんは顔を見せてくれた。けど、その顔からは何の感情も感じられない。さっきの……見間違いじゃなかった。
「こ、ここから出してよっ!!」
自分の声が井戸の中に響く。響いて、消えていく。
「……………………」
「お姉さんっ!」
井戸の底のわたしを見下ろすお姉さん。不意に、お姉さんは口を開いた。
「ねこはいます」
その声は、言葉は不気味なほどに鮮明に聞こえた。井戸で反響することなく、まるでそれは耳元で言われたようにも思えて。
「………………」
「っ、ちょ、ちょっと待ってよっ! お、おいてかないでっ」
足音。小屋から遠ざかってく足音に、わたしは叫び続ける。
「ま、待って! 待ってよっ!!」
「ねえっ、わたし、何かしちゃったのっ!? なら、謝るからっ! ねぇ、ねえってば!」
「わがまま言わないっ、おやつもいらないよっ! ちゃんとするからっ、ちゃんとっ!!」
「だから、だから……おねがい……ここから出してよ…………」
「やだよぉ……」
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そこにはまず村があり、その村には『井戸』があった。
やがて村は捨てられ、『井戸』は誰が使うでもなく、苔むしていく。『井戸』は自らの存在を他に認知させるため、永い年月をかけて靄を作った。その靄のせいで偶然、『井戸』に落ちた猫は助けを求めたが、誰にも見つからず孤独に死んだ。
存在を他に認知させる。1基と1匹の怨念にも似た『呪い』が混ざり遭い、猫を模した形の靄を産み出した。靄はその廃村に近づく人間を取り込み、やがて村は再建した。『支配』という名の信仰によって。
それが『井戸小屋の意識猫』の起源である。
『ソレ』はさらに自らをより多くの人間に認識させようとしていた。だから、『ソレ』が自由に動けるための肉体がーー『器』が必要であったのだ。
健康かつ『ソレ』が馴染む『器』。長い間、村では産まれなかった『器』。そこに現れたのが、『猫』の術式をその身に宿した少女。誂えたような状況を『ソレ』が逃すはずもなく、彼女は選ばれてしまった。這い出すことも、死ぬこともできない暗闇と水に浸かりながら、彼女の人格は消えていく。そうして、空っぽになった彼女に時間をかけて『ソレ』が深く入り込み、肉体の成熟とともに『器』は完成した。
『ソレ』はさらに行動を起こす。猫の靄を使い、村の外から呪詛師を誘い込んだのだ。呪詛師はまるで自分の意思でそうしたかのように、村人を皆殺しにした。それが『器』に魂を吹き込むための生贄になるとも知らずに。
そして、『羽々場ねこ』は産まれ落ち、伏黒恵と出逢った。
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