術式『ほのぼのにゃんにゃん』で呪術の世界を生き残る 作:藍沢カナリヤ
ーーーー英集少年院・受刑在院者第二宿舎ーーーー
7月某日。私達、呪術高専東京校の1年生4人は少年院に来ていた。勿論、任務である。そこには補助監督の伊地知さんもおり、今回の任務の内容を教えてくれる。
「今回、皆さんにはーー」
伊地知さんが現状と任務内容、虎杖くんに向けて等級について教えているから、今なら誰もこちらを見ていない。私はコッソリと伏黒くんに耳打ちをする。
「ふー♡♡」
ーーブンッーー
「っ、おいッ!!」
「おっと!」
伏黒くんの裏拳を間一髪で避ける。危なかったぜ。
「お・ま・え・はッ!!」
「ごめんごめん、そこに伏黒きゅんの美味しそうなおみみがあったもんで……つい♡」
「ついじゃねぇんだよ!」
緊張感をもて、と怒られてしまう。うん、まぁそうだよねぇ。
「……特級に成るんだろ」
「うん、間違いないよ。あの『呪胎』は変態を遂げて、特級に成る」
伏黒くんもこの少年院から溢れ出る呪力は感知しているようで、呪力量は大したことないようだが、と呟く。確かにその通りだ。外から感じるそれはそこまで強くない。この中に特級呪霊がいるとは分からないほどに。だけど、
「伊地知さんの言う通り『呪胎』だからね。まだ覚醒してないだけ」
「………………警戒はする」
「うん。そうしてくれると助かるな」
「任務は生存者の確認と救出だ。索敵もできる。戦うことはないだろうがな」
「…………うん」
そうだね、それが一番だ。けど、たぶんそれは難しいだろう。
「その情報をどこから仕入れたかは……聞いても無駄だよな」
「…………」
私の知る情報をどこまで伝えるべきか。
バタフライエフェクトという言葉があるように、私が今より未来に起こり得る出来事を伝えることで、その未来が変わる可能性がある。だから、伝える情報は必要最低限。注意喚起程度の話を伏黒くんにだけ伝える。そう決めた。
「羽々場~? 伏黒~?」
「なにコソコソ話してんのよ?」
どうやら向こうの話も終わったようで、虎杖くんと野薔薇ちゃんがこちらへ話しかけてきた。伏黒くんと私は互いに頷き合って、少年院への1歩を踏み出した。
ーーーー宿舎内ーーーー
「!!!」
宿舎内に入った瞬間に違和感。建物の中に広がるのは、入り組んだ街そのもので。
「どうなってんだ、2階建ての寮の中だよなココ」
「おおお落ち着け、メゾネットよ!!」
困惑する虎杖くんと的外れなことを言う野薔薇ちゃん。なるほど、これが例の……。
「『生得領域』だよ」
「って、なに?」
「ええとね……」
私は2人に『生得領域』についての説明を始める。簡潔に言うと、術師の心象風景……その術師や呪霊の世界ともいえる場所だ。本来ならば、『領域』にはそれぞれの術式が付与されており、その効果が必中となっている。だが、ここに展開されている『領域』は術式が付与されておらず、未完成と言える。とはいえ、バフ効果はなくなっていないから、件の特級呪霊が強化されているのは間違いない。
……うん、でも、想定内、というか原作通りだ。
「ここからは基本的に全員で……少なくとも2人1組で動く。いいな」
「あぁ」
「オーケー」
「りょーかい♡」
入口が見当たらないという原作通りのハプニングもありつつも、周りを警戒しながら進む。そして、発見してしまう。
「っ」
「3人、でいいんだよな」
惨すぎる遺体。元の人数すら分からなくなるほどの惨状だった。そこへ虎杖くんはゆっくりと近づいていく。唯一原型を止めている遺体には『岡﨑正』の文字だ。それを見て、虎杖くんはこの宿舎に入る前に、私達に声をかけてきた女性のことを思い出しているのだろう。正という名前の息子を案じる母親の姿を。
「……この遺体持って帰る」
彼ならそう言うだろう。善性の彼ならば。そんな彼に詰めよった伏黒くんは冷静に告げる。
「あと2人の生死を確認しなきゃならん。その遺体は置いてけ」
「振り返れば来た道がなくなってる。後で戻る余裕はねぇだろ」
「『後にしろ』じゃねぇ、『置いてけ』っつったんだ」
ただでさえ助ける気のない人間を死体になってまで救う気は俺にはない。そう続ける。この岡﨑正という男がどんな人間なのかを伝え、虎杖くんに自分が助けた人間が将来人を殺したらどうすると訊ねる伏黒くん。その言葉に、虎杖くんは声を荒げて。
「じゃあ、なんで俺は助けたんだよっ!!」
「…………」
すべての人を助けたい虎杖くん。善人が幸せを享受できるように人を助ける伏黒くん。2人は主張をお互いに曲げることはないだろう。だから、今はーー
ーーゾワッーー
「伏黒くんっ! 来るよッ!!」
私は声をあげた。それだけで伏黒くんには伝わったようで、彼は出していた『玉犬』を確認する。破壊されちゃったよね。ごめん、『玉犬』を助ける余裕はなかった。
「は?」
ーートプンーー
「野薔薇ちゃん!」
同時に、野薔薇ちゃんが足元に吸い込まれていく。
……あぁ、ここまでは原作通りだ。本来は野薔薇ちゃんだけが分断され、呪術の使えない虎杖くんと伏黒くんが『特級呪霊』に対峙することになる。
そう。ここがターニングポイントだ!!
「伏黒くんっ! 飛び込んで!」
「ッ」
ーートプンーー
ノータイムで伏黒くんは穴へと飛び込んだ。ありがたい、『奴』が姿を現していたら、伏黒くんはそうしてくれなかったから。
『………………』
「ッ」
まるで品定めでもするように、『そいつ』は現れた。
「……っ、虎杖くん、避けてッ!」
「っ」
ーーブンッーー
あまりの圧に動けなかった虎杖くんへの指示はどうにか通ったようで……そうだ、虎杖くんの左手は……?
「無事、だね」
「はっ、はぁっ……」
たぶん野薔薇ちゃんのところに伏黒くんが行ったことがよかったんだろう。彼が焦りで『奴』に殴りかかることはなく、原作とは違い、虎杖くんは左手を切り落とされずにすんだ。
「虎杖くん。早く逃げて!」
「は、はっ!?」
「見れば分かるでしょ。こいつは君が倒せる相手じゃない」
「いや、でも!」
「『宿儺』は断ったでしょ」
「!」
『宿儺』は協力を拒む。虎杖くんの中の『宿儺』が死んでもまだ残りがあるからだ。その次の彼の思考は手に取るように分かる。私を逃がして、伏黒くんたちと合流、ここから脱出させた後、合図と共に『宿儺』と代わる。現状では、最善策だろう。けれど、
「それだとすぐに『宿儺』を抑え込めない。数分ではあるけど、『宿儺』を自由にさせてしまう。それだけは避けなきゃならないんだよ」
「っ、でも!」
あぁ、分かってる。私の等級は2級で、『奴』は特級。どう考えても私の方が格下だ。この間の村の1級相手にも押されていたくらいだもん。分かってるよ。
けれど、ここで虎杖くんを死なせるわけにはいかない。『宿儺』と伏黒くんを戦わせてはならない。『宿儺』に『契闊』の縛りを結ばせてはならない。
「『ならない』だらけで嫌になるね……」
ポツリと呟いた言葉は空に消える。どうやらまだ特級は誕生の余韻に浸っているのか、待ってくださってるようだ。
「すぅぅ……」
1つ息を吸い、
「虎杖くんっ!!」
「羽々場、駄目だっ」
彼の名を呼び、言葉にした。
「私に任せて」
「っ」
私の言葉を受けて、彼は背中を向けた。きっと自分の不甲斐なさに嫌気がさしているだろう。『人を助けろ』という自分にかけられた呪いと矛盾する行動を責めているだろう。
でもね、虎杖くん、その行動は私を助けてるんだよ。君が生きることで、伏黒くんが助かるんだ。推しが死なないこと、これはオタクにとって何よりの救いなんだ。
「……さて」
私はケラケラと笑う特級を改めて見据えて、
「来いよ、『虫』ィ!!」
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