A級一位部隊の隊長を務め、攻撃主一位、個人総合ランク一位なんて成績を収めていると、強さの秘訣はなんですか、と訊かれたりもするが、この質問を太刀川慶にするのは間違っている。たとえば近界民への憎しみとか、仲間と切磋琢磨する喜びとか、三門という故郷を守る決意とか、そういったものが全くないとは言わないけれど、強さの秘訣かと訊かれたらしっくりこない。これでも、おまえの脳味噌に皺が一本でもあってたまるか、なんてことを学友から言われることもある脳味噌で、自分の強さの秘訣を考えてみたことはある。ピンっときた答えを伝えてみても共感はされなかったが。
強いって、心地良いだろ。だから俺は強い。
難しい考察は得意じゃないし、言葉を重ねるとどんどんズレていく感じがするので、やはりシンプルなのがいい。理想は対戦するだけで伝わること。でも太刀川と刃を交えて意思の疎通が取れる者は少ない。今はブラックトリガーを持ってS級にいる迅悠一、古参メンバーである小南桐絵、あとは師匠の忍田真史。忘れてはいけないのが、ただいま太刀川と対戦真っ最中である男、雲雀恭弥だ。
訊いたことはないし、それについておしゃべりするつもりもないけれど、強さを心地良いと思う太刀川の心理と近いものを、雲雀という男は持っている気がする。時間さえあれば一日に三十本でも五十本でも個人ランク戦に興じ、ボーダーの中では戦闘狂と呼ばれる部類に入る出水公平や米屋陽介、あとは緑川駿などがギブアップしてもまだ闘志を持て余している姿を見ると、太刀川は素直に「狂ってるなぁ」と思う。でも強い相手との百本勝負は楽しいし、実力が均衡している相手とのギリギリの戦いは、楽しいを通り越して心地良い。強さを心地良いと感じない側からすれば太刀川も立派な狂人だろうけれど、雲雀ほど後輩から怖がられてはいないはずだ。通路ですれ違うはずのC級が、逃げるように左右に曲がったことは一度や二度じゃないけれど、雲雀のように出会い頭に逃げられたことは、まだない。
「僕と戦っているのに考えごとなんていい度胸だね」
「おっと、わるいわるい」
左腕の肉を、凶悪な棘が生えたトンファーにごっそりと持っていかれた。トリオンの流出を知らせる灰色の煙が視界を塞ぎ、それを払うように、まだ肩と繋がっているから使いものになる腕で弧月を振るった。
殺しても殺されても、ベイルアウトするだけのトリオン体だからこそ戦いは楽しいのであって、痛いのは嫌いだ。他人を傷つけて喜ぶ性癖もなければ、遠征先で近界民を殺すしかない状況になっても、なるべくは平和的な解決を望みたい。
生身で痛覚が伴う殺し合いを好くような奴らこそ、正真正銘の狂人である。
太刀川は戦うのが好きだ。楽しく強くあることが好きだ。相手の腰を串刺しにして、自分の首を落とされる瞬間を、心地良いと感じる。
「おい太刀川、いつまで遊んでいるつもりだ。今週末に提出予定の小レポートがあると聞いているぞ」
ベイルアウトマットの上で肩を回していると、風間蒼也からの通信が入った。
「あー、そういえば、第二外国語でそんなのがあった気がする」
「今すぐ取りかからないと金輪際おまえの課題は見ない」
「そんなこと言ったってさ、雲雀が離してくれないんだよ」
今日の個人ランク戦は雲雀から持ちかけられたものだ。
「断ればいい」
「あいつの暴君っぷりは風間さんだって知ってるだろ」
「だが話が通じない奴じゃない。上手いこと言え」
「上手いことってなんだよ。あ、ほら、また対戦の申し込みきたし」
パネルには雲雀から対戦希望が届いている。すると風間は、なんとも言い難い悪知恵を寄越すではないか。雲雀の習性をよく理解し、遠征を経験しステルス機能を使いこなす彼らしい発案だ。
「雲雀、今日はここまでだ。レポートやらねぇと風間さんがキレる」
通信を繋げると、雲雀は案の定「それは僕には関係ない」とあっさり切り捨ててしまう。これぞ雲雀、弱肉強食を地で行き、どうやったのか、B級でありながら独自のトリガーと隊服を作り、ソロ隊員の身で献身的な専属のオペレターを付け、これらの自分勝手な行動が過ぎるために上層部から個人ランク戦のポイント所持権を剥奪された男である。故に雲雀がいくら個人ランク戦で好成績を収めようとポイントのやり取りは一切できないのだった。
「──おまえはさ、ソロの俺とやって満足してんの?」
「どういう意味」
「俺は太刀川隊として戦ったほうが強いってこと。ま、ソロ隊員のおまえには関係ないことか。とりあえず今日はこれで切り上げるぞ」
対戦希望を拒否すると、雲雀は大人しく引き下がった。風間の悪知恵は見事に効いたらしい。
雲雀の闘志を削ぐため、小レポートに手をつけるために言った些細なひとこと。それがまさか──
群れを嫌い、弱者を嫌う雲雀があんな決断をするだなんて、誰が思おう。