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じめじめとした暗い地下を、一人の狩人が歩いていた。
枯れた羽を模した帽子を被り、目元までを黒いマスクで覆い、長い外套の狩人服に身を包む男。右手にはノコギリ鉈、左手には獣狩りの散弾銃。その格好は、まさしく典型的な狩人そのものと言っても差し支えないだろう。
たとえそれが―――血に塗れていたとしても、それが狩人であるならば当然である。
「……はぁ」
マスク越しに、小さな溜め息を零す。目に見える吐息となったそれは、此処がそれだけ冷たい場所である事を意味する証となった。
聖杯。それは、神の墓を暴くモノ。狩人の夢にある墓の祭壇で儀式を行うことで、地下遺跡の封印を解く代物である。
聖杯は神の墓を暴き、その血は狩人の糧となる。誰かが言った―――「聖体を拝領するのだ」と。
この狩人もまた、その聖杯を用いてダンジョンを攻略している最中だった。取り繕う事もなく、また身も蓋もない言い方をしてしまえば―――
「キィヤァァァァァァ!!!!!!!」
二つの杭を両手に持ち、発狂の如き奇声を上げながら狩人へと駆け出してくる異形。
その肉体こそ女のそれだが、しかし肌はまるで色が抜け落ちたかの様に真っ白で、顔面は人間のそれではなかった。
ただ敵意と殺意だけを持つ獣。ただ眼の前の狩人を杭で打ち付け、叩き潰す事だけを考える存在だ。
それに対する狩人が執る行動は―――ただ一つ。
狩人は獣を狩る者。なれば、為すべきことはただ一つ…!
「―――」
「キィヤァァァァァァ!!!!!」
発狂と共に、大きな二つの杭が振り下ろされる。炎を纏ったそれを喰らえば、まず即死。仮に即死でなかったとしても、致命傷は免れず、相手に有利を取られるだろう。
だが、狩人にしてみればなんて事はない。もう何度も、それこそうんざりしてしまう程、彼はこの光景を目にしてきた。
冷たい地を蹴り、狩人は女の方に向かって素早くステップして振り下ろされた杭を躱し、簡単に背後を取る。
隙だらけの背中。もう何度も見てきた背中。腰を曲げ、右腕に力を込め、そしてただ一つの想いを乗せた一撃を解き放つ。
「いい加減に、欠損血晶石出せやァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!」
訂正。想いを乗せるのではなく、怒号と共に叫び出した。
ザシュッッッ!!!! と、加速による勢いと怒りによる力が上乗せされたノコギリ鉈は、女の背中に酷い切り傷を刻み、跪かせた。
ノコギリ鉈。
狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の一つ。
変形前は人ならぬ獣の皮膚を裂くノコギリとして、変形後は遠心力を利用した鉈として、それぞれ機能する。
刃を並べ血を削るノコギリは、特に獣狩りを象徴する武器であり、酷い獣化者にこそ有効であるとされていた。
相手は獣化している訳ではない。だが、理性もなくただ眼の前の存在を屠る事しか出来ない低能を獣と言わずして何と言う?
例え本物の獣でなかろうが、しかし狩人にしてみれば獣も同じである。
「ッ!」
跪かせた女の背に手刀を突き刺し、そしてその内蔵を掴み取り、手慣れた様に強く引き抜けば、まるで潮を吹く様に鮮血が吹き出した。
モツ抜き。或いは内臓攻撃。パリィあるはバックスタブを取った際に行う、狩りにおける基本の基本である。
「ァァァァァァ……………」
散る際までも小さな発狂を上げながら、女は狩人の血の意思となって消え失せ、そして狩人に一つの血の結晶を送る。
呪われた強化の血晶石・欠損【6】。
「やっと…やっと出た……」
遂に、手に入れた。狩人はそう言って、喜びの声をダンジョンの中で吠えた。
欲する内容の血晶石を手に入れる事が出来て、狩人は満足である。
さぁ、我が家に帰ろう。大事で可愛い人形とその
『確かな狩人の徴』。
狩人の脳裏に刻まれた逆さ吊のルーン。
これを模し、よりはっきりとしたヴィジョンを可能にする呪符。
これにより、血の遺志を捨てず、狩人は目覚めをやり直せる。
まことに都合のよい技術である。
いつもお世話になっているそれを使い、ダンジョンの階層の灯りへ―――
至ることはなく。
「…は?」
狩人の眼の前には、今まで見たことのない景色が広がっていた。
それは別に澄み渡る青空でもなく、青ざめた血の空でもなく。
まるで洞窟の様な、しかし神秘に満ち溢れた場所であった。
「此処は…」何処だ。
そう言い切る直前に。
「ブモォォォォォォォォ!!!!!!!!」
獣の絶叫が、神秘に満ち溢れた洞窟の中で木霊した。
「……」
狩人は眼の前にある灯りに触れ、それをつける。
これで、保険は問題ない。
此処が何処かは定かではない。だが、そんな事は実に些細な事で、気にする必要など欠片もない。
狩人はただ、獣を狩れば良いのだから。
「獣狩りだ…」
『迷宮都市オラリオ』
数多の冒険者が集う都市。人間、獣人、小人、エルフなど、様々な種族の冒険者や民が住んでいる。
その真実は、モンスター蔓延るダンジョンを塞ぐ為の、大きな蓋である。
それは、我らが知る秘匿と同じもの。そっとしておくか、秘匿を破るかは、さて狩人のみぞ知る。