狩人がダンジョンに神秘を求めて何が悪い   作:全智一皆

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第一章「狩人来訪」

 

 

■  ■

『ブモォォォォォォォォ!!!!!!!』

 

 洞窟の中で木霊し、耳につんざく様に轟く絶叫。それこそ獣の咆哮であり、今尚も獣が畜生の癖して生き永らえる為に走り続けている証である。

 狩人もまた、駆け出した。自らが狩るべき獣、或いは討つべき怪異の元へと、何の躊躇もなく颯爽と。

 此処が何処であるか。自分が何故此処に居るのか。そんな事は狩人にしてみれば些細な事であり、もはや気に掛ける必要もない程度のものでしかない。

 

 獣が其処に居る。今も尚、獣が人を害さんと、穢い涎を零しながら牙と爪を晒しながら此処を駆けている。それだけ分かれば、それ以上の理由など不要。

 獣は狩る。狩人がそれ以外に、何をしようと言うのだ。眼の前に獣が居るならば、自分が居る場所に獣が存在しているというならば、それを狩る事こそ狩人の果たすべき役割というものだ。

 

「……見つけた」

 

 洞窟を駆け抜ける事、僅か三分。狩人の目には、まるで狼から逃げる兎の様にこちらへと走っている大きな体を持った牛の頭の獣が写った。

 その後ろには、獣を追い駆ける人間が二人。両者女であり、しかしそのどちらもが強者の風格を醸し出していた。

 このダンジョンにおける協力者だろうか? 狩人にしては露出が激しい装備だが…まぁ、地底には女王殺しなどという全裸も同然の協力者が居たのだから、それに比べれば幾らかマシか。

 どちらにせよ、協力者が居るのならば話しは早い。この現状、まさしくはさみ撃ちだ。

 

「…!」

 

 ガチャンッ! と、右手に持ったノコギリ鉈を変形する。

 折り畳まれたノコギリを振り上げ、小さなノコギリは獣を切り裂き、斬り伏せる大きな鉈へと姿を変える。

 『仕掛け武器』。それは狩人が用いる、特殊な変形機構がある武器を指す。変形によってその武器の性質は大きく変わり、そして獣を狩る為の強い支えとなる。

 もはや彼我の距離は縮まった。狩人は疾走による加速を利用し、地を蹴って大きく飛び跳ねる。

 眼前に迫る巨体。此方へと駆け抜けてきた獣の頭に狙いを定め、その頭蓋ごと叩き切り、血肉を裂く勢いで鉈を振り下ろした。

 

『ブモォォォォォォォォッッッッッッ!?!?!?!?』

 

 悲鳴が響き渡る。獣の悲鳴程、聞いていて苛つくものはない。ただ不快を煽るだけの、聞くに耐えない雑音だ。

 肉を切り裂き、頭蓋まで届いた鉈。酷い傷から飛び跳ねた鮮血が、雨水の如く降り注ぎ冷たい岩地を濡らす。

 穢れた獣の血がこびりつくが、しかし狩人にしみてれば些事に過ぎない。

 切り裂き、削る。何度も何度も、その硬い肉をギザギザの刃で痛々しく切り裂き、血飛沫を浴びる。

 遠心力を利用して振り回される鉈は、獣を狩る事に特化した刃。即ち、あらゆる全ての獣の天敵である。

 そこらの狩人を捕まえて、最初に扱う武器は何だと問い掛ければ、おそらく殆どの狩人が口を揃えて「ノコギリ鉈」だと言うだろう。

 それ程までに、この武器は扱いやすいのだ。

 だが―――この武器の強さはその鉈の形態ではなく、ノコギリの時にこそあるものだ。

 振り下ろし、腹を薙いだ瞬間に鉈は納まり、再びノコギリが顔を出し、獣の腹と足を何度も裂いていく。

 がくっ―――と、遂に獣の巨体が膝をつき、遂には頭すらも地につけた。

 そこらが血塗れ。惨憺たるその現場を後ろで眺め続けていた彼女達もまた、血飛沫によって血だらけである。

 

「呆気ないな。もう少し硬いと思ったが…まぁ、良い。早く終わるならそれに越したことはない」

 

 獣、疾く死すべし。慈悲はない。

 その首をさっさと斬り落としてしまおうと、狩人はノコギリを振り翳した。

 その瞬間―――

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「っ!?」

 

 咆哮が大気を揺らす。衝撃が狩人の体を吹き飛ばし、洞窟の壁へと強く打ち付ける。

 油断したか…! 狩人は悔いた。数多の獣を狩ってきたというのに、何たる惰弱。まるで成長していない。

 狩り場において、獣狩りにおいて、油断こそが最も恐れるべき敵だというのに。

 ミノタウロスと呼ばれるその獣は、本来ならば抱く筈のなかった()()を抱いた。

 それは恐怖。本能も理性も等しく声を揃え、此奴から逃げろと叫び出していた。ミノタウロスは、遂に赤子の様に大声を上げて、無様に再び走り出した。

 体の傷など知った事ではない。痛々しい致命傷など知った事ではない。今はただ、あの怪物から逃げなければ…!

 

「獣の癖に恐怖を抱くか…此処の獣は随分と感情的な様だ。だが―――逃げられると思うなよ」

 

 赤眼を見開き、狩人は即座に体を起こして再び疾走する。

 油断はした。だが死んではいない。傷も浅く、痛みもない。ならば―――繰り返さぬ様に、深追いをするだけだ。

 

「加速の業を、骨身で刻め」

 

 獣を追いながら、懐から取り出した遺骨を握り締め、その古い業を骨身へと刻み、引き出す。

 白い靄が体を覆う。ゆらゆらと、しかし風吹く様に速やかに揺蕩うそれは、『加速』と呼ばれる技術である。

 

 『古い狩人の遺骨』。

 古い狩人の遺骨。その名は知られていない。

 その狩人は、老ゲールマンの弟子であったと言われ、初期狩人の独特の業『加速』の使い手でもあった。

 その遺骨、意思から古い業を引き出すとは、夢に依って遺志を継ぐ、狩人達に相応しいものだろう。

 

 狩人は既に識っている。加速の使い手を。

 何度も、何度も、戦ってきたのだ。その度に敗北し、そして()ってきたのだ。

 古狩人にして始まりの狩人、ゲールマン。

 古狩人にしてゲールマンの弟子、マリア。

 古狩人を狩った狩人、カインの流血鴉。

 特に流血鴉。この狩人には負け続けた。勝つ事が出来た回数など、両手に収まるかどうかも分からない。

 身も蓋もないことを言ってしまえば―――上の二人よりも圧倒的に強かった。正直思い出したくもない。だが好きだ。

 ちなみに、友好と敵対含めて作者が最も好きなNPCでもある。ビジュアル良すぎだろ。

 まぁ、それはともかくとして。

 

「―――!」

『っ!?』

 

 踏み込んだ瞬間に、狩人は姿を消した。

 ミノタウロスの背後には、既に狩人は居ない。ただ呆然と、狩りの様を眺めるだけの冒険者達が居るのみである。

 悪夢は既に―――獣の眼前に回り込んでいるのだから。

 

「死ね」

 

 短い一言と共に、獣の顔面へと血肉を裂き命を喰らう鉈が振り下ろされた。

 

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