狩人がダンジョンに神秘を求めて何が悪い   作:全智一皆

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第二章「月の香りの狩人」

 

■  ■

「ふむ……この程度か」

 

 ぶんっ、とノコギリ鉈に付着した獣の血液を振り払い、狩人は軽蔑する様な冷たい視線を屍へと突き刺していた。

 何と、他愛もない。油断して壁に打ち付けられはしたものの、しかし獣は狩人に追撃をする事はなく、寧ろ狩人から逃げ出した。

 本来ならば抱く事はない感情―――恐怖を抱いて、狩人という絶対的な捕食者から逃亡を図ったのだ。

 けれど、獣に慈悲はない。あらゆる獣は皆等しく死すべし。生きるに能わず。

 己は狩人。なればこそ、獣は狩るもの。あのゲールマンもそう言った。

 

『君はただ獣を狩ればいい』

 

 獣は獣だ。元が人であろうとも、獣に堕ちたのならばそれは醜い獣に他ならない。

 獣に思考の余地など必要はないのだ。狩るべきもの、それだけの認識で何ら問題はない。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「狩人の呼び鐘も無し……協力者の姿も一切見当たらん。さて、これはどうしたものか」

 

 周囲を見渡しても、そこは随分と見覚えのないダンジョンだ。トゥメルの遺跡にしては遺跡らしくなく、イズの聖杯ダンジョンにしては随分と神秘が薄い。

 これでも何百回にも及んで聖杯ダンジョンに潜って来た彼ですら未知のダンジョンとは、もはや異世界と何ら変わりはない。

 それはそれで彼としても心躍るものではあるが、しかし今は人を探すのが先だろう。誰かに呼ばれたのならば、ダンジョンのボスを倒せば帰れる筈だ。

 狩人はそう考え、いざ探索と前に踏み出した。

 

「見れば見る程、本当に洞窟の様だ。トゥメルの遺跡でも、もう少し人工的だったが……これは完全に自然形成だな」

 

 洞窟を進んで行きながら、狩人はしっかりと洞窟の構造を把握しようと観察していた。

 彼の記憶にある聖杯ダンジョンのどれにも該当しない、完全なる自然形成の洞窟だ。聖杯ダンジョンを除き近しいものがあるとするならば、狩人の悪夢、時計塔の奥に広がりし禁忌―――漁村。

 ビルゲンワースの異端。狂気的な実験と冒涜的な殺戮が行われた、秘匿されし禁忌。その漁村の洞窟も人の手が加えられた形跡はあったものの、どちらかと言えば自然的なものが多かった。

 だが、つい先程、聖杯ダンジョンに潜っていたのにいきなり狩人の悪夢にまつわる世界に転移するというのも、おかしな話だ。

 まぁ、聖杯ダンジョンはかつての民族達によって作り出された遺跡、神秘が隠された場所なのだから、自然形成でなくて当たり前なのだが。

 

「ん……これは、足音か? それも、物凄く速い。獣……にしては、随分と軽やかだが」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ある意味(うさぎ)だった。彼が知る獣にしては随分と人間っぽいし、子供っぽいが。

 白い髪に赤い目を持った少年が、顔を真っ赤にして洞窟の中を全力疾走していた。

 それはもう、まるで帰り道で好きな人とばったり会ってしまい羞恥心に駆られるまま逆走してしまったかの様な具合だ。

 それにしても全力疾走にも程がある。逃げ足の速さが獣以上だ。

 

「あっ」

 

 ふっ、と少年の体が宙に浮いた。

 無我夢中で走っていた所為で、足元の石ころに気付けなかったのだろう。それに躓いてしまった。

 このままでは確実に地面とキスしてしまう。最悪鼻か歯が折れても不思議ではない。

 

「っと。大丈夫か、貴公?」

 

 狩人は駆け足で少年の前に立ち、自分の体で受け止めた。

 やっと見付けた人間だ。見た所、狩人ではなさそうだが……取り敢えず、話を聞く為にも見捨ててはおけない。助けるのが吉だ。

 打算的な思考はあったものの、助けられるのであれば助けるに越した事はない。

 狩人に抱き留められた少年は慌てて離れ、激しく頭を下げた。

 

「す、すみません! ありがとうございます…」

「そう頭を下げずとも……。貴公、随分と急いでいた様だが……向こうで何かあったのか?」

 

 獣が居るというならば、速攻狩りに出るのだが。

 だが、少年はまた顔を赤くして言い淀んだ。その様子を見る限り、どうやら獣絡みという訳ではなさそうだ。

 まぁ、あの様子の通りである。一目惚れして、恥ずかしくなってしまって逃げ出した。そういう流れだ。

 恥ずかしそうにしながらも、そういう話を聞いた狩人は……

 

「ふむ……意気地が無いのだな、貴公」

「ぐふぅ!?」

 

 少年の心に モツ抜きを 繰り出した!

 見事なまでのクリティカルヒット。容赦なんて欠片もない、素直に思った事をそのまま口にしやがった狩人。その言葉だけで少年の心のHPは一気に削られた。

 この狩人、人形に肉片になっても復活する女王、頭がしっわしっわの肉塊の患者に可愛らしいリボン姉妹、娼婦からヤンデレ系避難民まで経験してきた男である。

 ヤンデレ系避難民に至ってはその手で殺したし、娼婦に至っては子供―――ただし人ではない―――まで作ってしまっている。

 そんな事を少年が知る由はないが、けれども狩人の言葉は少年の心に深く突き刺さった。

 

「うぅぅぅ……!!!!」

「あー…すまない。流石に無遠慮過ぎたな。人の恋路は何とやらだ。無粋な発言だった。この通りだ、許してくれ」

 

 狩人は素直に頭を下げた。

 不甲斐なさに涙目になってしまった少年を見ると、罪悪感が湧き上がってきたのだ。

 自分にまだそんな心が残っていたのかと驚くと同時に、酷くいたたまれなくなってしまった。

 

「うぅ…いいんです。貴方の言う通りですから……逃げ出しちゃいましたし」

「申し訳ない。……そうだ。貴公、帰り道は分かるか?」

「へ? あ、はい。分かりますけど……」

「実は迷ってしまってな。何分、このダンジョン(此処)に来るのは初めてなのだ。一人では不安なんだ、貴公に道案内を頼みたい」

「えっ、初めてなんですか!? てっきり先輩冒険者さんかと……」

 

 少年が驚いた顔をする。

 だが、狩人は冒険者という単語に首を傾げるばかりだ。少なくとも、ヤーナムでは聞いた事がない単語である。

 勿論、言葉としての冒険者ならば知っている。だが、おそらくこの少年が言う『冒険者』とは、狩人が知る『冒険者』とは少し、いやかなり意味が異なるものだ。

 もしかすれば、此処はヤーナムではない何処かなのかもしれない。そんな予想を立てながら、狩人は話を続けた。

 

「ふむ、生憎と『冒険者』という単語には聞き覚えがない。私は『狩人』だ。……まぁ、それも追々話そう。それで、頼めるか?」

「勿論! 危ない所を助けていただきましたし、それくらいならお易い御用です!」

「それは良かった。よければ、貴公の名前を教えてくれるか?」

「ベルです。ベル・クラネルって言います。貴方は…」

「私は…月の香りの狩人だ。名前は思い出せなくてな。まぁ、気軽に狩人と呼んでくれれば良いさ。ではベル、案内を頼むよ」

 

 そうして、狩人と白兎はダンジョンの中で邂逅を果たし。

 白兎は、酒場で『狩人』という存在を理解する。

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