いつだって、音楽は俺の体を蝕んだ。
いつだって、音楽は俺の体を切り刻んだ。
いつだって、音楽は俺を殺した。
そしてその度に、音楽は俺を救った。
そして俺もまた、俺の音楽で誰かの体を蝕み、切り刻み、殺し、救う者の一人になった。
県外の様々な精鋭達と己の世界で、己の音楽で戦い続けた。
いつしか、そんな夜を過ごせる"ライブハウス"という場所に恩を感じるようになった。俺のように地下の小さなライブハウスに来るような、メジャーデビューもしてないようなアーティストでもこんなに魂が震えるような夜を作れるのだと、地下の小さなライブハウスでしか出会うことが出来ない最高の夜があるのだと、知って欲しくなった。
俺は今日もライブハウスで音を研ぐ。
全ては、お世話になったライブハウスの為に。
いつしかこの地下の小さなライブハウスを、沢山の人で埋めつくして恩返しをするのだ。
その為だけに、俺は生きていかなければならないのだ。
俺を受け入れてくれる場所は、ここしかないから。
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"水面さん、これらのデータ整理の方もよろしくお願いいたします。"
"承知いたしました。"
水面雫。カバー株式会社の新入社員として働き始めてもう3ヶ月が経とうとしているというのに、データ整理以外の仕事を回されていないような窓際族の仲間入り寸前の社員の名である。とはいえ、元を辿れば安定した収入を得るためだけに選んだこの仕事。"一日中PCを睨みつけるだけである程度の生活が出来る"と考えると窓際社員になって逆に良かったと思える。
(…っと、もう昼休憩か)
抱えているデータ整理を一通り終わらせて昼休憩に入ろうと席を立つと、近くにいた女性社員たちの顔が少し強ばる。俺は関係なく女性社員の横を素通りし、屋上へと歩みを進める。今となっては日常だが、元々は俺のために企画して下さった歓迎会に俺がライブを被せてしまったのが原因である。本来であれば正直にライブがあることを公言すればいいのであろうが、ある時他の社員達がライブハウスに対するありもしない偏見や罵倒を偉そうに語っていたのを耳にしていた私は、自身がライブハウスで活動している弾き語りシンガーソングライターだということを隠し、腹いせにやたら悪態をついて歓迎会の欠席を申し出てしまった。"立ち入ったことも無いくせに偏見で物事を語る輩とは今後一切関わりたくない"と、俺の心が彼女らを拒絶してしまった。そのせいで社内では"あいつと関わっても悪態をつかれるだけ"と根と葉しかない噂を広められたり逆に根も葉もない噂も流されたりしているが、おかげでライブの無い日は「おはようございます」と「お疲れ様です」以外の言葉は発することのない、ポジティブに見れば生きやすい日常を過ごしている。
屋上に着き、煙草に火をつける。
誰も立ち入らない空間で、一人天を仰ぐ。
彼方まで続く青は、まるで俺の心の映しているようだ。
(そうだ、今のうちに告知しておかないと)
スマホを開き、ツイートアプリで昨日解禁された一ヶ月後に俺が出演するライブの告知をする。この時間が最近の俺の一番の楽しみだ。集められた演者達やその日の出順を見てライブのコンセプトを自分なりに考えたり、そのうえでどのようなライブを作ろうか、何を伝えれるだろうかと、ああでもないこうでもないと思案する時間がこの上なく楽しいのだ。
(まぁ考えたところで、どう転がっても最高の夜になることに変わりはないんだけどな)
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ライブハウスと演者達に思いを馳せた休憩時間を終え、自分のデスクに戻る道中、所属アイドルの何人かとすれ違う。このビルはオフィスだけではなく、ダンスレッスン室やスタジオも兼ね備えているため、こういったことも別に珍しくはない。
(皆多忙なのに元気がいいな)
そんなアイドル達が元気に活動出来るように裏でサポートするのが俺たち社員の役目だ。たとえ窓際寸前の俺でもその気持ちだけは持って仕事をしている。
これから深く関わることなど無いけれど、どうかそのままのびのびと羽ばたいて行って欲しいよ。
(…まずい、このままゆっくりしてると休憩が本当に終わってしまう)
俺は早足で自分のデスクへ戻り、仕事を終わらせるのだった。
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終業後、俺は毎日スタジオを借りるようにしている。本来社員は使うことのない場所だが、俺にとってはライブ前の練習をする場所に最適なのだ。ライブハウスよりスタジオのキャパは大きいが、外音をちゃんと聴けるなどのメリットを考えるとこの環境は使えるなら使わないと損というものであろう。
アコースティックギターにシールドを繋ぎ、エフェクター達を経由し、モニタースピーカーから音が出る。マイクの出力と音量調整もしっかり確認し、準備は万端。
「実戦形式で何回か通してみて、細かい解れを修正していけば当日は大丈夫か…よし」
「それじゃ、始めますか」
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とあるスタジオにて練習を終えた所属アイドルである私。控えているライブの為にダンスレッスンや歌のレッスンなどの地獄のようなスケジュールをこなし、帰宅しようと準備を進めていた。
(今日の晩御飯何かな…)
ドアノブに手をかけ、スタジオの扉を押し開ける。
轟音が、響いていた。
(何!?どこからこんな音が…機材の故障でもこんな音は出ないはず…!)
会話をするのも難しい程の轟音の中、何とか言葉を交わして音の発生源へと向かう。不思議なことに、発生源に近づいて行く度にアコースティックギターの音と誰かの歌が聴こえてきた。
(もしかしてこれ…誰かの曲?)
いやいや、まさかと考えを消す。こんなノイズしかないようなもの、音楽と言ってはいけないと。そうして、
「ここだ!」
ノイズの発生源に到着し、扉を開けた刹那。
景色が変わった。
そこにいる"誰か"に向かって放つ言葉は、"誰か"の希望を願うような言葉なのに、その全てを降りしきる雨が攫って"誰か"に言葉を聞こえなくしている。それを理解した途端、先程まで耳に痛かったノイズは大雨の音となり私達の耳に流れ込んでくる。
(間違いなく"音楽"だけど"演劇"のようでもある…これは一体)
先程まで音楽ではないと思っていた自分を殴りたいような衝動に駆られる。
「私の言葉は誰にも届かない。だから私は"私"という容れ物に収まり続けることを選んだ」
悲しさを孕んだその言葉は、気づけば私に涙を伝わせていた。
それはきっと、いつかの私と同じだったから。
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ルーパーを切り、轟音を止める。今日もグリッジペダルは俺の世界のためにより良い淀みを作ってくれる。
「ある程度定まったし、今日は終わりにしようか」
全ての電源を切り、片付けに取り掛かる。愛用しているアコースティックギターも、今日は念入りに拭いてやろうと思いクロスに手をかけた時だった。
「あ、あの!」
「!?」
呼び声ひとつに酷く驚く。当たり前だ。何故ここに俺以外の人が?
「すごい音が聴こえてきて、扉が少し空いてたから入って見てたんですけど…」
どうやら扉をちゃんと閉めたかの確認と鍵を閉めるのを忘れていたらしい。完全に俺のミスだ。
(一応活動してる事は隠してるんだが…見られた以上はもう無理だよなあ)
隠し通せる自信もない。もう腹を括ることにした。
「申し訳ありません、自分の確認不足で鍵までしっかり閉めることを失念していました。そのせいで耳に痛いものを聴かせてしまって…」
「いえ、耳が痛いどころか…あの一瞬で心が演奏に、舞台に持っていかれたというか…今は薄い感想しか出てこないけど、とにかく凄かったです!」
それが本当なら彼女らは、俺の世界を受け入れてくれたということだろうか。
「そうですか…私のような演奏スタイルは中々受け入れていただける人が少ないので、そういったお言葉をいただけるのは嬉しい限りです」
「そんなに謙遜しなくても…あっ、自己紹介がまだでした!私、星街すいせいっていいます!」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私、3ヶ月ほど前にカバー株式会社に入社させていただきました水面雫と申します」
「新人さんなんだ、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします…と言っても、今後関わることも無いでしょうけど」
「え?それって…」
俺からの拒絶に戸惑いだす星街さん。もしかして社員達の間で広まっている噂はアイドル達の耳に入っていないのだろうか。その疑問に対して僅かな希望を抱く自分もいたが、しかし噂は広まるのが早い。いずれは彼女の耳にも入るだろうし、彼女と関わっているところを他の社員達に見られた時点で更なる噂が出回り、いずれ彼女の活動に支障が出るだろう。
いつだってそう。新たな噂の芽は早めに摘んでおくのが吉なのだ。
「私があなた達と関わってしまうと、あなたにも悪い噂がついてしまいます…3割くらいは私自身のせいなのですが」
「噂って、そんなの聞いた事」
「聞いたことがないなら尚更です。名乗っておいて何ですが、理想を言えば私の存在すらも知らない方が良い」
「何でそんな事言うんですか!」
「その程度の希薄な存在だからです。カバー株式会社における私はあなた達所属アイドルにいっそう輝いていただくためのモブでしかありませんから」
「そんな事言われても絶対忘れないし、忘れない為に絶対関わりに行きますから…!」
案外しぶといようだ。ここまで初対面の俺のことを気にかけてくれる彼女に対しての申し訳なさが無いわけではないが、彼女が引き下がらない以上、これ以上の会話は無意味であろう。俺は機材と共に彼女らに背を向ける。
「明日から」
投げかけられた言葉に少し振り返る。
「明日から、覚悟しておいてくださいね」
その言葉に、
「寝たら私のことなど忘れていますよ…それでは」
そう言ってその場を去った。
ライブハウスの外の俺には、こういう人との関わり方しか出来なかった。
関わる資格も、関わられるほどの資格も、私には無いというのに。