雫さんと私の距離は確実に近くなっていた。
今まで誰にも話すことがなかった雫さんの過去に触れ、今まで感じていた雫さんへの思いは恋愛感情へと変わったことを自覚した。他の人に雫さんを取られたくないと、やはり私だけの手で雫さんを幸せにしたいと感じた。
伝えたい言葉が生まれた。だからこそあの夜のツーマンライブで思いの丈をぶつけた。オーディエンスのボルテージもマックス、良いライブも見せれたと思うし、ちゃんと私の言葉で、私の思いの全てを雫さんにぶつけれたと思った。
その言葉は、いとも簡単に叩き落とされた。
彼の手は冬の霜よりも冷酷に、私の手を払い除けた。
『誰がいつ頼んだと言うのだ』
蛇のような彼の言葉が私の四肢を噛み、毒を回らせる。
耳を塞ぎたくなるような言葉の羅列の中で、それでも塞ぐことが出来ないほどの圧。
その姿はさながら、蛇に睨まれた蛙そのもの。
そして宣言通り、私は撃墜された。
全力で作り上げた私の世界、空気感は彼の言葉一つで塵と化した。
空に輝いた数々の星たちの輝きは、"蝕星の亡霊"によって瞬く間に虚へと還った。
"殺意"によって生まれた世界で私たちは何も動けぬまま呑まれる、その闇の中で一人涙を流しながら。
"雫…さん…"
この日、私は光を失った。
───────────────────────
「…で、何で俺は説教されてるんだ」
さくらさんを前に会議室で正座させられる俺。何で怒られてるのかさっぱり分からんが、とりあえずアングル的にもう少し絶対領域にすら入らない場所に立って欲しいものである。
「ライブ、みこも見てたにぇ」
「あぁ、弱かったよなあいつ」
「確かにすいちゃんとみこはビジネスの関係だにぇ。にしてもあの夜から明らかにレッスンにも配信にも影響出るくらいに元気無くしたすいちゃんを見ても心配しないほどの淡白な関係ではないと思ってるにぇ」
「何が言いたい」
「告白を断るにしても言い方ってものがあるって話だにぇ!」
どうやらあの夜を境にして、星街さんはすっかり心をやってしまったらしい。
いや、だけどさ。
「何でこっちが気を遣わないといけないんだか。俺には分からんな」
「普通傷つけないように言葉を選ぶもんだにぇ」
「俺の気も知らないで勝手に俺のお守役を買って出るやつに遣う気など無い。俺はそんな事して欲しいと頼んでない」
「それはそうかもしれないけど!」
「興味の無い奴から向けられる好意こそ、言葉を飾らず率直な言葉で心を折ることで完全に諦めさせることが出来るだろ。叶わぬ恋に盲目になるより叶う恋に心を奪われる方が幾分も生産性がある」
「その言葉、今のすいちゃんの状態を見ても同じことが言えるんか?」
「言えるな。届かぬ思い程度で溢れる器だった、その程度の人間だったっていうことだろ」
「お前…マジでいい加減に」
「そもそもステージに私情を持ち込む時点で俺を失望させるには十分だし、一本一本のライブに命を懸けてる、ライブ出来てることが当たり前だと思ってない奴はあんな弱いライブしない。成長していたとは言えどもな」
「……」
「お前もだ。お前がホロライブに所属しているのも、配信者として活動出来ているのも、周年ライブを大きな箱で開催出来るのも、全て当たり前に出来ることじゃない。特に地下の小さなライブハウスの出の俺たちにとって、何を言っても大きな箱への出演は一つの夢だ。そんな人生に何回あるか分からない機会にいつも以上に命をかけて、いつも以上に全力でライブをして何が悪い」
「それは…」
「お前も"ホロライブ"という器に胡座をかかないようにすることだ。器から水が溢れる時は一瞬だからな」
これ以上の会話は無価値。俺は会議室を後にする。
少し私怨を吐きすぎたかもしれないと反省する。言った通り、地下の小さなライブハウス出のバンドマン達にとって大きな箱でのライブは一つの夢だ。手を伸ばしても中々届かない場所だ。そんな俺たちを差し置いて、クソみたいなライブをするホロライブのアイドル達の方が先に立たれていること。そして彼女らは大きな箱でしかやらないから、大きな箱でのライブが当たり前になっていること。その事に対する私怨を当てすぎてしまった。
(だが、俺の言ったことに間違いは無いはずだ)
俺も現状に甘えてはならない。もっと気を引き締めなければ。
─────────────────────────
「すいちゃん大丈夫…?」
「心配かけてごめん、大丈夫だよ」
あれから、私はずっと蛇の毒に体を蝕まれている。
おかげで姉街にたくさん心配をかけてしまっているが、それでもあの夜のことが頭から離れてくれない。
(ライブには…少しだけ、自信があったんだけどな)
彼の助言を参考に、私は私のライブをしっかり見直した。無駄を省き、このイベントを通して伝えたい思いを届けた。
でも彼は、"その思いこそ邪魔だ"と言った。
私に絶望を与えるにはそれで十分すぎた。
「…っ」
「すいちゃん、本当に大丈夫な人は突然泣かないよ」
思い出すだけで涙が出る。本当に愛した人に受け入れて貰えないことがこんなにも辛いことなのかと実感する。
「だ、大丈夫!すいちゃんだもの、生きてたら他に好きな人も出来るよ」
「それじゃダメなの!雫さんじゃないと…ダメなの。後にも先にも…これほど幸せにしたいって思った人、雫さんしかいないもん!」
「すいちゃん…」
私はまだ、蛇の毒に体を蝕まれたまま。
あなたに堕とされた星は、それでもまだあなたの夢を見たいと願っていた。
──────────────────────
「ちょ、早くZeppの感想聞かせろよ!」
「後で話すから今は待て。この唐揚げが美味すぎる」
「唐揚げは逃げねぇだろ!」
「感想も逃げねぇよ…」
とある居酒屋にて、星街さんとのツーマンライブに招待した友達と酒を飲み交わす。しかしながら仕事終わりの俺は昼飯を抜いたのもあって酒よりも食に走っていた。鶏の唐揚げ美味い!だし巻き玉子美味い!軟骨の唐揚げ美味い!
「バカ食うじゃんお前」
「そりゃお前昼飯抜いてるし仕事終わりだし、まず食べないと始まんねぇだろ」
「お前居酒屋向いてないかもしれん」
「なんでそんなこと言うん…」
"気を遣わなくていい飲み"は最高に気分が良い。だからこそ普段できないような量を食うのだが。
「で、Zeppの対バンはお前から見てどうだったんだ?そもそもアイドルとの対バンを何故受けた?」
「いや…職場の所属アイドルなんだけど、ライブ見に来てくれてたりライブのアドバイスとか聞かれるようになったのもあって、後輩の誘い一回くらい受けてみてもいいかなと思って」
「ふーん…で?手応えは?」
「全く無かったな…戦ってるっていう感じというか、手応えが全くない」
「確かに。お前まだ余裕ありそうだったもんな」
「あの程度で俺に挑んでくるって、相当舐められてんのかなって少し思ったし、だったらこっちも余力残して確実に勝つ方が心にクるかとは思った」
「陰湿だなお前」
「その時の全力は存分に出したつもりだよ。デカい箱でライブするなんて経験そうそう無いだろうし。にしてもああ、この程度かとは思ったな」
話の盛り上がりに合わせて、酒も進んでいく。
「それにしてもお前、あんな可愛い子の告白断るなんて勿体ねえよ!」
「お前までそんなこと言うのな」
「当たり前だろ!それこそ人生に何回あるか分からないチャンスだろ!」
「それは認めるけどさ…お前も別に好きでもない人から告白されたって嬉しくないだろ」
「付き合ってから好きになる可能性だってゼロじゃないぜ?俺は経験ある」
「それ失礼じゃねえかな」
「だから最初に言っておくんだよ。付き合ってみても好きになれなかったら別れるけどそれでも良いか?って。それでも良いって言われて付き合ってみるんなら失礼にはならんと思うけどな」
「確かに。目から鱗だわ。その発想は無かった」
多様性を尊重する今、恋愛の形も人の数あっても良いのか。
「それに恋愛は自分の作る曲にもいい刺激を与えてくれるぞ。お前のライブにも彩りが出るかもしれないな」
「そんなに色無いかな、俺のライブ」
「何と言うか、無色なのかな。何にも染まらない、染まろうとしない故にストーリーが平坦に見える時がある」
「展開が無いってことか」
「お前はその"展開の無い物語"が好きなんだろう。だけどいずれ自分の中でその物語にケリをつけてやらないと、毎回聴く客もスッキリしないと思うけどな」
「…一理ある」
友人が更に酒をあおる。
「…お前は心の中でその"変化"を恐れている。だからお前はお前から抜け出せない。告白を断ったのだってそうだと俺は思ってる。自分が経験したことの無い世界に一人で足を踏み入れるのが怖いんだ」
「…そうか。でも例えそうだとして、新しい場所に踏み入る時は誰だって怖いんじゃないのか?」
「怖いさ。だからこそ誰かに引っ張って貰えば良いんだよ」
「そうか…」
「お前はもう少し人に頼ることを覚えろ。もっと良くできるライブも進化が止まると良くならないぞ」
(もっと人を頼れ、か…)
どこにも受け入れて貰えなかった俺にとって、鳥籠の中こそ正義だと思っていた。全て一人で完結してやろうと意地になっていたのかもしれない。
でも今は、案外俺を受け入れてくれる友達やライブハウスで出会った演者たちが増えてきたのも事実。だがそれと星街さんの告白を受け入れるのはまた別だとも思う。やはりそういうのは自分の気持ちが固まってから受けるべきだと俺は思うし、だからこそステージ上で突き放した訳で。
(やはり戦場に私情を持ち込む温い奴に興味は無い。だけどそんな自分から変わらなければいけないのも事実…か)
俺は一体、どうしたら良いのだろうか。
"だがその星に光を灯すのもまた、お前の役割だとしたら?"