「で、付き合わないんですか?」
業務中、Aちゃんさんに唐突に投げかけられた言葉に思わず口に含んだコーヒーを吹きそうになる。やめてくれ。
「付き合うわけないでしょうが…というか駄目でしょ、事務所の人間がアイドルと社員の恋愛の後押しをするなんて」
「雫くんは例外。星街さんのリスナーさん達も告白を振ったことに対して怒ってるくらいだよ」
「俺知りませんけどそれ」
「雫くんって、普段ホロメン達の配信見てる?」
「見てないですけど。俺マネージャーじゃないですし」
「見てみたらいいよ。ちょうど星街さんの配信が昼からあるし、世論の評価ってのを見てみるといいよ」
「…昼に覚えてたらで」
「全然見ながら仕事してもいいからね」
「さすがにそれはどうなんですか…」
過去に隠れて曲聴きながら仕事してた俺が言えることでもないが。
「…でも正直、笑い事じゃないかも」
「と言うと?」
「雫くんに振られてからの星街さん、とてもじゃないけどいい状態とは言えないの。精神状態もそうだし、歌への自信が無くなったみたいで歌枠と歌の仕事
は一旦ストップしてもらってるんだよね」
「…はあ」
それはそれこそ、その程度の器だったということではないのだろうか。
"地下のライブハウス上がりのアマチュア"に負けた程度で心を壊す器だと。
一度の敗北から立ち直れない程度の器だと。
そういう事じゃないのか?
(いい状態なら、尚更付き合うとかそういう話を出しちゃいけないだろうに…)
『彗星の如く現れたスターの原石、アイドルVTuber星街すいせいです!』
とりあえず昼休憩、配信を見てみることにした。昔から記憶力に疎い俺、覚えていたことだけでも褒め讃えたい。
この日の星街さんはテトリスを淡々とやった後に雑談をする流れで配信を進めていたのだが、まぁやたらとテトリスが上手い。ポケ〇ンとマ〇オカートしかやってこなかった俺からしたらよくそんな瞬時に頭が回るもんだと感嘆する。
そうして一通りテトリスを終えた星街さんが雑談を始める。時間も時間なので俺もデスクに戻って仕事を再開しながら見ることにした。
コメントを拾いながら話を広げていくのも頭を使うだろうに、それを瞬時にやってのけるのも流石といったところだ。俺には出来ない。
それが出来ないからこそ、俺のライブスタイルはポエトリーみたいになったところがある。
ところが、あるコメントを境に星街さんの様子が急変した。
"あるコメントを境に"というのも仮定であり、実際画面の奥の星街さんが何を思ったのかは分からない。だが俺が画面に目を向けた時に流れた"で、あの社員さんとは今どんな感じなん?"というコメントから確実に流れが悪くなったのだ。
『…ちょっとだけ忘れてたんだけどな、思い出すとすぐに泣いちゃう』
また俺かよ、と内心毒づく。
『振られてから事務所でも会わなくなっちゃった。元々社員さんと私達がよく使う場所が違うから仕方ないことなんだけどね』
(泣くくらいなら話さなきゃいいのにな…)
お涙頂戴配信に生産性などないだろうに。
"恋愛の傷を癒すのは新しい恋愛ってよく言うよ"
『そんな簡単に新しい人を好きになれないよ…雫さんは私の初恋なの。私が隣で幸せになりたいと思う人、これから先の長い人生を一緒に過ごしたい人は後にも先にも雫さんしかいないよ』
"すいちゃんにここまで言わせるなんて罪深い奴だな"
『何、悪口?悪口なら私許さないから』
"悪口ちゃう、ここまで言ってくれる人を何で振れるんやってこと"
"ヒエッ…"
『あ…あー!勘違いしちゃってごめん!でもそれはきっと私が弱いからなの。彼、良いライブをする人とかライブハウスによくいる人にしか興味がないっぽいから。だからまずは私がちゃんと良いライブをしなきゃ』
「………」
ところどころに滲み出る俺への思い。確かに、ここまで俺の事を想ってくれていることに対しての嬉しさというのもほんの少しはある。どこにも受け入れて貰えない俺を受け入れてくれた、そのうちの一人ではあるから。
しかし、
(…確かに、これは危険な状態だな)
感じたのは、危うさ。"水面雫"という存在に囚われているからこそ生まれる盲目さ。俺という存在が彼女の活動に支障をきたしているのだ。
『雫さんの全てが欲しいの。彼のライブには全部行くし、予定も全部把握したいし、ゆくゆくは一緒に住んで、ライブ以外の日はどこかの馬の骨の毒牙に当てられると嫌だからずっと家に居てもらおうかな。いやでも一日中ずっと一緒にいたいからすいちゃんのライブでギター弾いてもらったりレコーディング手伝ってもらったりしたいな、あと…』
"ヤンデレじゃん"
"すいちゃん怖いよ。やりすぎだよ"
"ヒエッ…"
(もう元気じゃねえか…実はそんなに傷ついてないだろこいつ)
少し心配して損したが、確かに早急に何とかしなければならない案件だと感じた。
「…しかし、どうすればいいのか」
勝手に俺との将来設計が見えているあたり、愛とかどうのこうのとかいう以上に執着に等しいものを感じた自分がいる。俺に囚われすぎるあまり、普段の配信に支障をきたしている。実際あれ以降の雑談内容は全て俺に関する話だった。本当なら早々に話題を切り上げてまた新しい話題を拾うのがセオリーだろうが、おかげで初見が引いてしまっていたような印象を受けた。
このままでは駄目だ、と感じた。
だが、どうやって?もう一度しっかり振るか?しかしそれをしたところで状況は堂々巡りになるだけ。今がそうだ。
いっそ死んでしまおうか。死ねば全てが解決するし、解決しなくても全てがおかしくなる頃に俺はもう空の彼方に逃げているし、一時の苦しみだけで全てから解放されるならそれでも良いのでは…?
(いや、それじゃこれまでライブしてきた意味も無くなる)
首を横に振って気を取り直す。どうやら俺もかなり参っているらしい。
(俺が活動の妨げになるなら、いっそ俺の事を忘れてくれれば…)
俺のことを忘れてくれさえすれば、きっと星街さんも俺も元に戻れ…
「あっ」
翌日、俺は早速社長に今の状況が星街さんにとって、ホロライブ所属アイドルとして良くないこと、そしてその対策の為の在宅勤務の申請を提出した。その際にアイドルの誰にも、特に星街さんには俺が在宅勤務であること、また俺の住所等の個人情報を漏らさないようにしてくれというお願いをさせてもらった。
「申し訳ありません。無茶な申し出だと理解はしているのですが」
「…君も君なりに考えて出した答えだろう。正直私もこの状況を良いとは言えないし、君の考えを尊重しよう」
「ありがとうございます。与えられた仕事は家でちゃんとこなしますので」
「事態が収束したら戻ってきてくれ。それだけで良い」
「…感謝します」
"俺のことを忘れるまで星街さんとの関わりの全てを絶つ"ことが、俺が出した答え。人は全ての物事を事細かに覚えられはしない。俺と星街さんの出会いも、関わりも、長い人生の中の一割にも満たない短編小説だ。生きていれば、すぐに忘れる。俺のように何にもなれない人間の事など。
(どのくらい経てば忘れてくれるだろうか)
一年?三年?下手すれば五年以上かかるのだろうか。分からないけど、この機会に色々やってみよう。リリースツアーも詰めて、ライブめちゃくちゃ出よう。そうやって、俺も元の生活に戻っていこう。ノートパソコン持っていけばツアー先でも仕事は出来るし。
必ずしも良い方向に変わることだけを"変化"と言うのでは無い。"非日常"から"日常"に還ることもまた"変化"なのだ。
「さよなら、星街さん」
君は俺の事を忘れて、俺とは別の世界で幸せに生きてくれ。
「どういう事だにぇ…!?」
"亡霊は、光の下に居てはいけない"
"死者はいずれ、死者の国に還らなければならないのだから"