楽園   作:自認畜生

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”どこまでも平坦な道を、それでも歩くと決めたんだね”


邁進する”絶望”のパレヱド

ライブを中心に、命を削る日々が戻ってきた。

ただ心の赴くままにギターを掻き鳴らし、己の存在意義を確認し続ける。新たなアーティストと出会い、常に最高の夜を更新し続け、そして負け続け、それでもなおギターを握ることをやめなかった。

 

全ては俺の記憶からあの甘ったれた日々を無くすために。

記憶の中の青い少女の幻影が俺の前から跡形もなく消え去るまで。

 

「……っ!」

 

mood mk-2が引き起こす世界の奔流、ZOIAが作り出す世界の淀み。全てを飲み込む鳥籠へと進化した俺でも、勝利を手にすることは未だ出来ず。

 

「まだだ…まだ足りない…もっと力を…!」

 

俺はまたいつものように、刃を研ぐ毎日に戻ってきた。

 

 

──────────────────────

 

 

 

前提として、さくらみこは馬鹿である。口では分かったと言いつつ、頭では何も理解出来ていないレベルの馬鹿である。

しかし、そんな彼女でも。

 

"さよなら、星街さん"

 

この言葉の意味が分からないほど馬鹿ではなかった。

雫の所在を確認するべくオフィス棟を覗いた時、そこに水面雫はいなかった。一日に三回も覗いたのに、しかも休憩時間じゃない時に覗いたのに、である。

 

(雫は本当にすいちゃんの前から姿を消す気か…?)

 

言葉の意味をそのまま取るなら、そういうことになる。

だが雫のデスクに私物が置いてあるのを見る限り、ホロライブを辞めたということでは無さそうだ。となれば、何だ?

 

(雫が離れても何の解決にもならないにぇ…)

 

このまま離れていったとしても、"星街すいせい"という器から溢れ出した水は止まらない。それどころか、器自体が割れてしまう恐れもある。

早急に、何とかしなければ。

 

(でも…どうすればいいんだにぇ…)

 

誰も居ない廊下の隅で、頭を抱えた。

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

ライブを重ねていく。

重ねていく度に、自分の実力不足を痛感する。

 

(こんなんじゃ足りない…もっと良いライブが出来るはずだ)

 

俺にはまだ場数も戦闘力も足りない。もっと強くなりたいし、なれるはずだ。

このままでは、何も変わらない。

 

以前よりもっとライブの本数を増やした。生活が少し苦になっても、その分仕事を頑張ってライブをこなした。サポートを含めると月の休みはもう無い。それでももっとライブを良くしたい、その一心でライブを詰めた。

都内の行ったことの無いライブハウスにも顔を出し、自分とは逆のジャンルのアーティストとも沢山対バンした。その度に景色が広がる思いと、ライブハウスに対する思いは増していく一方だった。

ライブハウスがあれば、ライブハウスに居れさえすれば、他にはもう何も要らない。俺の楽園はここにしか無い。

ライブハウスと俺を繋ぎ止めておくために、更に命を削ってステージをこなしていった。

 

 

 

(やば…さすがに休まないとしんどいかも)

 

"人は壊れた後じゃないと自分が壊れたことに気づかない"と、誰かが言っていた。だが今の俺の状態を理解出来ないほど俺も馬鹿ではない。

常にハイテンポで鼓動を刻む心臓、酒を入れていないのにおぼつかない足取り、揺れる視界、止まらない冷や汗。その全てが俺に危険信号を出していた。

それでも、家に向かってゆっくりと機材を引きながら歩く。

 

「ゲホッ…あっ、血が…」

 

血反吐を吐きながら、それでも歩く。

人で賑わう繁華街を抜け、やたら風の冷たい公園を抜け、閑静な住宅街へ出る。

もう少し、もう少しで家に辿り着く。

でも、

 

(もう…歩けないや)

 

最後に覚えているのは、突いた膝から伝わるコンクリートの冷たさだけだった。

 

 

──────────────────────────

 

 

「お疲れ様でした!」

 

長引いた打ち合わせが終わる頃にはもう夜になっていた。

 

「雨降ってるにぇ」

「マジかあ、傘持ってきてないよ」

 

雨模様はまるで、私の心を映しているかのようだった。

私はまだ、あの夜のことを引きずっている。勿論、このままクヨクヨしてるだけでは駄目だということも分かっている。分かっているけど、体が心に着いて来ない。

 

「雫さんに会いたい…」

「何があったかは分からんけど、デスクが残ってる以上必ず帰ってくるにぇ」

 

みこちから聞いて、雫さんが最近オフィスに居ないことは知っていた。だから気になってAちゃんとか色んなスタッフさんに雫さんのことを聞いても、誰も答えてくれなかった。

 

「避けられてるのかな…私」

「考えたらドツボにハマるだけだにぇ。今は何も考えない期間も必要だと思うにぇ」

「でも!それじゃ雫さんにはずっと会えない!」

「とりあえず今日はこの後ご飯でも食べに行くにぇ、少しの気分転換の意味で」

 

…私も少し考えすぎてたみたい。”熱くなったからといって人に当たるのは美しくない”と、雫さんならそう言うだろう。考えすぎてパンクしてたのも事実だし、ここは素直に気分転換しよう。

そう思ってみこちと二人で事務所を出ようとした時、やけに慌ただしい様子のAちゃんが通り過ぎた。

 

「なんか忙しそうだにぇ」

「何かあったのかな?」

 

すれ違った時に見たやけに血相を変えたAちゃんの表情が、只事ではないことを理解させる。

 

(何だろう…すごく嫌な予感がする)

 

そこにAちゃんと入れ替わりで血相を変えたフブちゃんが飛び込んでくる。

 

「すいちゃん…はぁ、はぁ、あのね」

「どうしたの!?とりあえずまずは息を整えて」

「そんなことより!大変なの!!」

 

ものすごい剣幕で制したフブちゃんが発した言葉は、

 

 

 

 

 

「雫さんが、倒れて意識がないって…!!!」

 

 

 

 

 

更なる絶望へ誘う、序曲だった。




”自己犠牲ほど醜いものは、この世には無いのよ”
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