『おまえ、なにかんがえてるかわからないからきらい!』
(思えば、これが最初だったっけ)
人生において一番“自我”を形成する時期、小学生。この時期から俺は誰からも邪険にされていた。理由は“何を考えているか分からないから”なんていう、何とも小学生らしい理由。
(この時に自我が形成されたし、中学はほぼエスカレーターだから全く居場所なかったんだよな)
景色が変わる度、俺の心が少しずつ抉られていくのが分かる。年月が経ち、あまり気にしないようにしていたつもりだが、俺の潜在意識はそうさせてくれないらしい。
それは、俺の根底に根付いた記憶だからなのだろうか。
だから人間関係を一からやり直したい。その一心で地元から離れた高校を受験した。血の滲むような勉強生活の果てに、晴れやかな俺の高校生活が幕を開けるはずだった。
駄目だったのだ。
俺はここでも同じ理由で、コミュニティへの参加を良しとされなかった。
小学生の言う“なにかんがえてるかわからないからきらい”と、高校生の言う“何考えてるか分からないから嫌い”では意味合いが変わってくる。
具体的に何が変わるかと言ったらば、“力の無い暴力”と“力を伴った暴力”である。それは物理的にも言葉でも変わらない。単純な身体能力の向上に加え、”スクールカースト”という言葉で”地位”を手に入れた人は今より更に俺の心に、体に傷をつけていった。
俺の努力は、全て無駄になった。
そして、大学生。
全てを諦めた俺は、“鳥籠の中の楽園”を創造した。
誰にも干渉されない自分だけの世界に閉じこもる事を選択した。
「もういいだろ、余計なことを思い出させてくれるな…!」
俺に絶望を教えてくれた数々の記憶の奔流が心を蝕み、破壊していく。
受け入れてもらえず、虐げられ、貶された日々。楽しい日々なんてどこにも無かった。
「でもそれはもう昔の話…俺の人生は決して、悲しいだけじゃなかったはずだろ!」
時が経って現れた、ライブハウスという場所。
そこで出逢った数多くのアーティストが、俺を受け入れてくれた。
たとえ相容れないジャンルでも、俺の全てを受け入れて全力で戦ってくれる仲間、先輩、後輩。
そして、気づいたらずっと横にいる、青く、どこまでもまっすぐな少女。
それはまるで彗星のように、俺の目に光の弧を描く。
“雫さん!おはようございます!”
“雫さん!お昼ご飯一緒に食べましょ!”
“私が雫さんにとって第二の楽園になります!”
“その例えはちょっとよく分かんないです”
“あなたはもう一人じゃないんです!ここに来てくれるみんながいるし、何より私が一番傍にいる!”
“私はあなたを、水面雫さんを、愛しています!”
(いや、その例えはちょっとよく分かんないくだりは別にいらない記憶だろ)
今ちょっと感動的な場面だったじゃん。もはや走馬灯がどうかも怪しいけど、死にかけの人間に突っ込ますなよ。
でも、そんな中でもようやっと分かったことがある。
「…俺の中で星街さんはいつの間にか大きな存在になっていたのか。そりゃ“逃げ”とか“変化を恐れてる”とか言われるわけだ」
俺の中の彼女の存在感は、俺の意識外で確かに膨れ上がっていたらしい。思えば、忘れようとしていた時でさえ、忘れたいが為に彼女のことを考える日々だった。
忘れようと思う度、彼女の声が、笑顔がいつまでも離れてくれなかった。
彼女は今何をしているのだろうか。あのツーマンライブから何ヶ月も経った。彼女はもうとっくに俺の世界の外で別の幸せを見つけて、頭の中に浮かぶ笑顔そのままで暮らしているのだろうか。俺が言ったことだからしょうがないけど、最後に会った時に謝っておくべきだったかな。
(まぁたとえ彼女がもういないとしても、まだ死ぬわけにはいかないよな)
たとえ記憶の中の彼女が消えてしまっていたとしても、俺はライブハウスに恩を返しきれていない。だからこそ、ここで大人しく死ぬわけにはいかないのだ。
「だから、もうこれ以上夢を見るのはやめだ」
自分と、関わった全ての人に報いる為に。
頭を引っ張られるような不思議な感覚と共に、空へ……………
「………………知らない天井だ」
まさか自分が人生でこの言葉を言う時が来るとは思いもしなかった。同時に今まで感じたことのない倦怠感と共に目を覚ます。目だけを使って周囲を見渡し、ここが病室であると理解する。
ギターとエフェクターたちは大丈夫だろうか。ハードケースとは言え、水が染み込んでいないか心配だ。が、見た限りどこにもない。
寒気が走る。倦怠感を言い訳に動くのを躊躇っている場合では無い。
「ギターは…どこに…ん?」
起き上がろうとしても力が入らなかったのは、何も俺の体力の低下だけではなかったようだ。
星街さんが、俺の腹に腕を乗せて枕がわりにして寝ていた。
目の下のクマが酷い。寝れてないのだろうか。きっと多忙なスケジュールの合間を縫って来てくれていたのだろう。
痩せ細った生気の無い手を伸ばし、頭を撫でる。
震える手で、ゆっくりと髪を梳く。
(俺もここから出たら…いいコンディショナー買おうかなあ)
髪の梳きやすさに内心驚く。女の子はやはりこういうところに気を遣っているなあと改めて感じる。俺も髪長いしこういうところに気を遣った方がいいのだろう。
「…んっ、んぅ…ん…え?」
梳きすぎたせいか、寝ていた星街さんが目を開ける。
そして俺を認識して、涙を流していた。
「何故泣く…長い夢は見ていた気がするが…俺はまだ死な」
「ばか!!」
「ん゛っ」
瞬間、俺の言葉を遮り星街さんが俺の胸に顔を埋める。勢いが強くて変な声が出てしまった。苦しい。
「私達が…どれだけ心配したと…思ってるんですか…!もう目覚めないかもって、ずっと、思って…!」
「それは…申し訳ないと思ってるよ。家までは持つと思ったんだけどな」
「そういう問題じゃない!!!」
すごい剣幕でまた言葉を遮られる。一応病室なんだけど、ここ。
「どうしてそうやって一人で抱え込むの…?在宅になったのだってYAGOOにしか言ってないって聞いたし、毎日仕事の後にライブしてたのも知らなかった!」
「皆忘れてくれるって思ったし、俺も忘れられると思ったからな」
「そんな簡単に忘れられる訳ない!初恋の人だもん!」
「…すまん」
ひとしきり説教された後、星街さんが一つため息を吐いて、続ける。
「とりあえず今はもういいです。それより先に言わなきゃいけないことがあります」
「何?俺まだ説教されるの?」
「説教はまだしますけど、その前に」
ナチュラルに恐ろしいことを言った星街さんだが、
「お帰りなさい、雫さん!」
その一言で、その笑顔で悟った。
こんな俺にも帰る場所が出来たのだ。
もう昔の燻った俺とは違う。俺を受け入れてくれる場所があることが、そしてそれに気づけたことが何だか嬉しくて。
「…ただいま、星街さん」
俺の体を抱きしめる腕の力が、心なしか強くなったような気がした。
“同じ時間を生きられるなら、せめて美しい時を見ていたい”