「ライブしたい」
「ダメです」
「ライブしたい」
「ダメです。そもそも入院してるんだから病院から出れる訳ないじゃないですか」
「いっそ…病院でライブしたい」
「ダメに決まってるでしょ!」
あれから。
星街さんは毎日俺の見舞いに来るようになった。しかも毎日朝から晩までいるもんだから仕事は大丈夫なのだろうかと心配になる。
その疑問をぶつけた時、「当分休みもらいました!」と笑顔で言ってのけた星街さんを見て、俺は考えるのをやめた。
自分がいつまで寝ていたかなんてさほど興味は無いが、きっと長らくギターを弾けていないのだろう。早く練習して遅れを取り戻したいのだが。
「これからは私が雫さんの生活を管理をします」
背筋が凍る思いだった。
「何で?」
「だって雫さん、退院したら今までの生活をまた続けるつもりですよね」
「当たり前だろ。本当ならここで寝てる時間も勿体ない」
「だからですよ!また今までの生活に戻ったら、雫さんはまた同じことを繰り返すから…私、本当に雫さんが死んじゃうのかと思って、夜も眠れなくて…」
「…まぁ、それに関しては心配かけた。そうだな…当分は本数減らすか」
「そうしてください。というかさせます。管理するので」
"管理"という言葉の重さに若干引く。
「だからご飯も毎日私が作りますし、掃除や洗濯もお任せください!」
「えっ、何でナチュラルに家の事までしようとしてるの?それは嫌なんだけど?」
「生活管理のうちですよ!あっ、夜は一緒の布団で抱きしめあって寝ましょうね♡」
「いや寝ないが。どうしてそこまでする必要がある」
「だって…好きな人、だから」
"愛"とはこうも人を狂わせてしまうのか。少しだけ勉強になった気分である。
「アイドルと社員がっていうのはもうこの際良いとしても、そもそも付き合ってもないのに異性の家に上がるのはどうなんだ?節操なくないか?」
「じゃあ今から付き合えばいいじゃないですか!」
「何言ってんのお前?普通に嫌だが」
「えっ…」
途端、星街さんが目に見えて肩を落とす。
ああ、違う。
"今の俺"は言葉のままを伝えたい訳じゃないんだ。
「やっぱり…私のこと、嫌いなんですね…」
「あ、いや、そういう事じゃない。俺の中でもまだはっきりしてないんだよ」
「…というと?」
「俺は誰かに恋をしたこともないし、恋愛感情を抱かれたこともない。全てが初めてで分からないんだよ。俺がお前に対して特別な感情を持っていることは事実だけど、それが恋愛感情かと言われると…違うと思う」
「雫さん…」
「だから、すまないが俺が俺の抱いている気持ちを恋愛感情だと自覚するまでは待ってくれ」
100%の我儘だが、これは通したい。この感情が曖昧なまま恋仲になるのも星街さんにとって失礼だと思う。
何より、そういう恋仲は解けるのも早い。
「…嫌われてないってちゃんと分かったので、これに関しては良しとします!」
そう言ってまた笑顔を見せる星街さんに、少しだけ心を救われた。
「待って。食事も管理するってことは、まさか味の濃いものは」
「ダメです!体に良くないので」
「塩コショウたっぷり野菜炒めは」
「野菜で誤魔化そうとしてもダメです!」
「ペヤング超大盛りは」
「当たり前にダメです!それを許したら全部OKになっちゃうじゃないですか!」
「二郎系ラーメンは」
「……………………………………………ダメです!」
「そんな…!俺はこれから何を糧に生きていけばいいんだ…!」
「私がいるじゃないですか♡」
「お前は食べ物じゃないだろ」
「やん♡夜に食べたいだなんて…雫さんも男ですね♡」
「国語の教科書から読み直してきたらどうだ」
せめて俺から二郎を取ることだけはやめてくれ。ほら、だいぶ間を空けて考えていたところを見る限りお前も食べたいんじゃないか。
「お願いだ…お願いだからたまには二郎を食わせてくれ…」
真面目に涙目で星街さんに訴えの目線を浴びせると、少し渋い顔をしながら考え出し、果てに。
「…………………………ほんと、たまにですからね!」
ギリギリ懐柔に成功した。やっぱチョロ
「は?今チョロいとか考えました?考えましたよね?」
「どうしてそう思う?」
「血液の流れる速度で」
「それが本当ならお前は何者なんだ」
そんな他愛のない雑談をする毎日も、ついに終わりが訪れる。
「水面さん、退院おめでとうございます」
お医者さんの言葉に、何だか感慨深くなる。
(倒れた直後は、マジで生きた心地しなかったもんなあ)
一月くらいは入院してたんじゃないかと思う。倒れて皆に心配かけたのは申し訳ないが、それでも倒れてなければ星街さんと仲直り(?)したりだとかっていうことは今後無かっただろう。
「こちらこそお世話になりました。また何かあったらよろしくお願いします」
「こっちとしてはまた何かあったら困るんだけどねぇ」
一礼して、受け取った自分の機材と共に病院を出る。少し涼しくなった風が心地良い。
長い間寝たきりの生活を余儀なくされていたが故に、少しぎごちない足取りで自宅へと歩みを進める。
マグナカートが立てる無機質な車輪の音。公園で遊ぶ子供たちの無邪気な笑い声。喧騒から離れた地に流れる川のせせらぎ。そして、
「今日からずっと一緒ですね、雫さん♡」
隣で太陽にも負けない笑顔を浮かべる青い少女。
その全てが、ずっとずっとベッドで横たわっていた俺に力を与えてくれているようで…………………………
……………青い、少女?
「げっ、いつからそこに」
「げっ、とは何ですか!そんなに私が隣にいるのが嫌なんですか!?」
「そうじゃなくて、いつから横にいた?何で俺の居場所が分かった?」
「五分くらい前ですよ?わざわざ病院まで行かなくても、雫さんのことは匂いで分かるので♡」
「さすがに気持ち悪いし心臓に悪いから突然現れるのはやめてくれ」
だいぶ気持ち悪い星街さんと一緒に帰路につく。
「てか、ずっと一緒ってどういう事だよ」
「え?雫さんの生活管理をするから必然的に私が雫さんの家に一緒に住むことになりますよね?」
「そんなん初耳だが?せめて晩御飯作ったら帰ってくれ?」
「雫さんに拒否権はありません!もう私の知らないところで好きな人が倒れてるとか…絶対に嫌なので」
「…………………………」
それを言われると反論出来なくなる。狡い少女である。
まぁ、いいか。
「じゃあ…これからよろしくな?」
「…はい!甘々な日々を過ごしましょうね♡」
「過ごさんが」
これくらいで彼女への罪滅ぼしが出来ると言うなら、甘んじて受け入れよう。
"あなたたちの思うまま、地平線に届くまで"