楽園   作:自認畜生

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襟足を撫でていく風が、その日は妙に心地良かった。


かぜのゆくえ

言うまでもなく、春は桜の季節である。

そして言うまでもなく、世間はお花見シーズン。外の人間は桜の木の下に敷物を敷いて、たくさん酒を飲み交わすのだろう。

そして俺のところにも例に漏れず、ホロライブ社員達でのお花見の招待が舞い込んできた。

 

「お花見かあ。何十年も行ってないし、これは参加決」

「ダメです!お酒の飲みすぎは体に悪いです!!」

 

"参加します"の送信ボタンを押す寸前、青い少女にスマートフォンを取られてしまう。何と歯痒い。

 

「ていうか、管理するって言いましたよね。何で私に断りもせずに予定を入れようとしてるんですか?」

「言ったら絶対2秒でNG出すじゃん…酒が…酒が飲みたい…」

「ダーメ!」

「ググ……」

 

正直、8割ガセだと思っていた。

"管理"とかそんな、栄養士じゃあるまいし。あと普通に付き合ってない年頃の男女が同じ屋根の下にいる状況が倫理的にアウトだし。

仮にそうなったとしても、俺は止めれるし追い返せると思っていた。

 

現実はそう甘くは無かった。

俺が関わりを絶っている間に、星街さんはどうやら圧に磨きをかけていたらしい。圧を磨く前にライブを良くしろお前は。

ともあれ、レベルアップした圧に俺は屈してしまった。今は同衾を避けれただけ良かったと思うことにしている。

あの弱肉強食の世界でしか身に付けれないような目が今でも忘れられない。

 

しかし、だ。たとえ屈することになったとしても、社員飲みは行きたい。

だってこれ行かないといよいよ仲間はずれみたいになりそうだし、俺一人だけ家で"お花見サイコー!"なんていうインスタのストーリーを眺めるのも嫌だ。

という訳で、完全な私欲による説得、懐柔を試みる。

 

「そうは言ってもさ?俺結構酒我慢してるじゃん?たまにくらいなら良くないか?ほら、ダイエットしてる人だってチートデイを設けてるくらいだし、別に前みたいに毎日ライブしてる訳でもないんだしさ」

「それでも心配なんです!見てないところで倒れてたりとか、他の女社員が雫さんに言い寄ってたりしたら嫌ですし!」

「ググ………」

 

勝率30パーセント。しかしまだ甘い。俺はここで次の飲みにも繋がる切り札を切る。

 

「だ…だったら、星街さんも来れば解決じゃないか?」

「え?」

「よく考えたらお前の不安材料は俺と一緒に参加するだけで解決するだろ。俺が酒を飲みすぎたらセーブをかけれるし、万が一倒れてもすぐ横にいるから問題ないっちゃないし、別にないと思うが女社員がその…そういうことしてきてもすぐ止められるだろ。今のところ止められる理由ないけど」

「横取りとか嫌なので私にとっては止める理由大ありですけど、一理ありますね…」

 

勝率80パーセント。もう一押しで勝てる。

 

「さすがにずっと家の中に居続けるのも自分が腐っていく感じがするし、たまには外の空気を吸いたいし他人と喋りたい」

 

勝率90パーセント。長考する星街さんを前に、俺は初めて神に祈った。

果てに。

 

「そういうことなら…まぁ、良いとしましょう!」

 

俺は奇跡の勝訴を勝ち取った。飲みだヤッター!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

「それでは、今年度もよろしくお願いしますと雫くんの退院を祝して、乾杯〜!」

「言うて退院したのわりと前ですやん…」

 

待ちに待ったホロライブ花見酒。乾杯の音頭と同時に緑ハイを一気飲み。

久しぶりの酒、しかも一杯目だ。そりゃイッキもしたくなるだろう。

 

「あ!雫さんイッキはダメです!危ないですよ!」

「久しぶりの一杯目くらい許してくれよ…あ゛〜染み渡る」

「もう…」

 

隣にいる星街さんに危険信号を出されるが、正直この場所に来てしまえばこっちの物。今日は浴びるほど飲んでやるんだ。必ず。

というか、今日は"社員飲み"と聞かされて来たが、ちらほらアイドルの姿も見える。堂々とはしゃいで大丈夫なのだろうか。

 

「いや…元々社員だけでやるつもりだったんですけど、どっからか情報が漏れて…」

「それは…何と言うか…」

 

Aちゃんさんが頭を抱えていた。しんどそう。ご愁傷さまである。

これ以上この件に突っ込むのはやめようと思い、また酒をあおる。

 

「雫さん、飲みすぎちゃダメですよ」

「自分の限界は分かってるから大丈夫だよ」

「おお…この感じだとすいちゃんが雫さんの生活管理してるのは本当みたいですね〜」

 

突如隣に座ってきた赤髪の女性に少し驚く。だが、ちょっと待て。

 

「…?成人女性のツインテールは…ちょっとイタくないですか?」

「ちょっ!?イタいってどういうことですか!?ぶっ殺しますよ!?」

「ブッ…イタ…マリンドンマイ」

「すいちゃんまでうるせぇ!バカ、ふざけんな!」

「あぁ、宝鐘さんか…俺のワンマンぶりですね」

 

星街さんの嘲笑の言葉で彼女が宝鐘マリンさんだと気づく。ワンマン以来お会いしてないから…約10ヶ月ぶりの再会である。

 

「本当ですよ〜!それにしても…ちょっと見ない間に大人の色気を出すようになっちゃって…お姉さん興奮してきたゾ♡」

「は…?」

「雫さん騙されないでください!この女、お姉さんじゃなくておばさんですよ!小じわが目立ってますし」

「はぁ!?マリンはまだピチピチのお姉さんだろうが!あと今日はお肌の調子も良いです!!」

 

いい歳してちょっとキモい宝鐘さんのババトークを無理矢理星街さんに押し付けて、今のうちに酒を二杯イッキしておく。まだ飲みのスタートラインにすら立てていない。

 

ふと、上を向いた時に鼻頭に桜が散る。

 

(俺はこの一年、何か変われただろうか)

 

俺は俺の思うままに命を削ってきた。"星をも喰らう亡き者"として、ある程度強くなってきた…と思う。それは強くなるために考えて考え抜いてイベントに誘ってくれたライブハウスのおかげだ。やはり一生をかけて恩を返していかねば、と思う。

 

そして、もう一つ。

俺を慕い、打ちのめされながらも懸命に着いてきて。

何度光を喰らっても、俺に向かって眩しい笑顔を向けてくる。

 

「あっ、雫さん!鼻に桜の花びら付けちゃって、かわいい〜!」

 

そんな、青い少女の存在があったから、だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、"私"は。"俺"は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この心臓が早鐘を打つ理由を探して、

次の季節へと歩みを進めるのだろうか。




故に、私はまた歩みを進める。
それがたとえ、永遠に見つからないものだったとしても。
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