楽園   作:自認畜生

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この心臓の高鳴りを、一体どうしてくれよう。




新年度が始まった。

 

「雫、おはようだにぇ。…あんまり星街に心配かけないようにな」

「お前らもうビジネスっていうのやめたらいいのに…とにかく、今年度もよろしくな」

 

「雫さん!今年度こそは友達になりましょうね!早速ですが今日の船長のお肌、調子良いと思いませんか!?」

「宝鐘さん、今年度もよろしくお願いします。気にしなくてもシワの数は自分の方が少ないですよ」

「はぁ!?ちょっと若いからって調子乗りやがって…!」

 

星街さんとのわだかまりが解けて、俺は本社勤務へ復活した。個人的にはもっと都外のライブハウスを周りたかったが、今は星街さんに管理されている故そうもいかないし、在宅勤務の間にレコ発ツアーも周り終えて後はツアーファイナルを残すだけ。本社勤務に戻すならタイミング的にも今が一番良かったのだ。

別に新年の始まりという訳でもないのに、皆俺に挨拶をしてくれる。律儀なものだ。

 

「雫さん!」

 

次にかけられた声は聞き慣れた声のはずなのに、心臓が少し弾む

あの花見の日から、ずっと。

 

「っ…星街さんか」

「愛しのすいちゃんですけど、どうかしました?」

「ちょっと器官に唾が入って」

「えっ…大丈夫ですか!?辛くない!?」

「もう問題ないから。大丈夫だから会社では手を離そうな」

 

星街さんの心配性は、本社勤務へ戻るにあたって更に増してしまったようだ。今みたいに少し器官にものを詰まらせたただけでも、果てにはくしゃみをしただけでもこうして手を握って心配するようになった。

とりあえず大丈夫なことを伝えて手を離してもらったが、こちらとしては星街さんの今の状態の方が心配である。

 

(早く安心させてあげないとな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…安心させてあげないと、って…何で?)

 

「大丈夫ならいいですけど…じゃなくて!すいちゃんは〜!?」

「…?」

「すいちゃんは〜〜!?」

「…?」

「すいちゃんは〜〜〜!?今日も〜〜〜!?」

「…?」

「全然私の配信とか見てないんですね…もういいですよーだ」

 

分からない身内ネタを持ってくる方が悪いのでは…と内心毒づき、尚も詰め寄る星街さんと向き合う。

 

「すいちゃん、今日も可愛いですか?」

「は?」

「可愛いですか!?」

「…公共の場での発言は控える」

「今日も可愛いって言え。早く」

「無理矢理絞り出した言葉でお前は嬉しいのかよ…」

 

だからお前は圧を磨く前にライブの質を磨けとあれほど…

…しかし、だ。

 

「でもまぁ、うん…可愛い、よ」

「…っ!!」

 

言い慣れていない言葉故に言葉に詰まってしまったが、アイドルという観点から見て星街さんはホロライブの中でもかなり可愛い女の子と言えよう。

例えば、そう。

 

「…雫さんに言われると、ちょっと、破壊力やばいかも。自分でもびっくりするくらい照れちゃう」

 

こう、たまに見る照れた時の顔を赤らめた表情とか。

それを見るだけで、心臓が早鐘を打つ。

視線が段々、彼女に吸い寄せられていく。

 

「あの、嬉しい…です。雫さんも、かっこいい…ですよ」

 

それだけ言って、星街さんは走り去って行ってしまった。

 

(…ふむ)

 

なぜ"安心させてあげないと"などと思うのだろうか。なせ星街さんを見ていただけで俺の心臓のBPMは上がっているのだろうか。

その答えは、今考えたところで出てくるものなのだろうか。

 

「…まずい、そろそろデスクに向かわなきゃ」

 

俺も俺で挨拶を交わし、ギリギリデスクに着席する。

この窓際の席も久しい。改めてしっかり仕事をこなさなければ。

 

「…雫くん大丈夫?顔、赤いよ?」

「…この部屋、ちょっと暖房効きすぎな気がするんですよ」

「暖房つけてませんけど…」

 

その為に、まずは頬の赤らみを消すことから始めなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…と、いうことなんだが」

「いやお前…本当に分からないのか?」

 

夜。

大学生の頃に唯一いた友達と電話をつなぎ、相談をしてみた。

内容はもちろん、俺の心についての話。

 

「分からないって何がだよ…もしかして、大病!?」

「違うが」

「心不全とかかな…人生短かったなあ」

「違うって言ってるだろ、お前のそれは命に関わる病気じゃない」

 

これが病気でないのなら、一体何だと言うのだろうか。

 

「お前分かるんだろ?教えてくれよ」

「それは出来ない」

「何でだよ。お前そんなケチな奴だったっけ?」

「ケチとかじゃなくてさ。きっとお前が自分で見つけて理解しないと納得出来なさそうだからな」

「……一理ある」

 

流石、俺という人間を理解しているだけある。にしてもヒントくらい教えてくれてもいいとは思うけど。

 

「何かお前、変わったな」

「…そう思うか?」

「前のお前は何かあっても相談とか誰にもしなかっただろ」

「…まあ」

「それをしてきたってことは、お前の中で何かしらのきっかけが生まれたんだろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

通話を切り、タバコを吸いながら空を見上げる。

雲ひとつ無いその日の空には、都内にしては珍しく沢山の星々の輝きが見えた。

俺も、いずれはあの星に手が届くのだろうか。

俺も、"私"の物語の中で、いずれ"あなた"の手を取れるのだろうか。

 

徐に空に手を伸ばす。

その手のまだ向こう、星々たちの真ん中で。

不意に、彗星が弧を描いた。




その彗星の残滓が、いつまでも目の奥から離れないのは。
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