楽園   作:自認畜生

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"あなたのようになりたい"


ニア

全てが終わった後、いち早く機材を片した俺は半ば放心気味に楽屋で考えていた。

 

ずっと、誰かを好きになることなんて無いと思っていた。

"恋愛感情は虚像"だと、そう信じていた。否、"信じ込ませていた"だけなのかもしれない。

恋を認めるということは、自分の弱さを認めることと同義だと思っていたから。

しかし今、それが自分の中で音を立てて崩れ落ちていくのが分かった。同時に恋愛感情を自覚した瞬間、自分の中の空いていたパズルのピースがカチッとはまるような感覚を覚えた。

 

(この感情が恋…なのか?)

 

"恋とは何か"という哲学的な話は友人とした事がある。しかしながらそもそも恋愛をする気もなかった俺はその答えを導き出せぬままでいた。

今だって、恋愛感情だと思っているこれも違う人が見たら"そんなものは恋とは言わない"と言われてしまうのかもしれない。

ただ今は、俺の中のこの感情の正解が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや、それは恋だろどう考えても』

 

友人と電話を繋げ、事情を説明した後間髪入れずに言われた言葉がこれである。

 

「…やっぱりそう思う?」

『そりゃな。俺の隣でずっと笑ってて欲しいとか、もう自分の物にしたくなってるじゃねえか…そんなサムい言葉久しぶりに聞いたわ』

「でも、事実なんだよ」

『そうなんだろうな。他でもないお前が言うんだし…恋は人を変えるってお前に言ったことあるけど、本当だったんだな』

「お前も懐疑的だったのかよ」

『当たり前だろ俺だって経験ないんだからよ!しかも相手はお前の事が好きって勝ちゲーじゃねえか!羨ましいぜ!』

「…まぁ、そうだな」

『とにかく、お前の心が決まったらやることは一つだ。…あんまり彼女を待たせんなよ』

「分かってる…つもりだ」

 

正解は出た。

思えば星街さんもこういう葛藤を繰り返して、悩んで悩んで俺に思いを告げてくれたのだろう。

その思いに応える日が来たと、そういうことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通の平日が戻ってきた。

俺もまた、いつものデスクワークをこなす日常に身を戻した。何も考えず、ただパソコンに向かって決まったデータを打ち続けていく。

ただ、一つ普通じゃない点を挙げるとするならば。

 

(…駄目だ、集中力が続かない)

 

頭の中の星街さんの笑顔が、業務をずっと邪魔してくることだろうか。

幸い、今日はまだ星街さんに会ってないし会う予定もない。このまま一日が終われば何とか仕事を終わらせることが出来るだろう。カタカタとキーボードを打つ音だけに意識を向かせ、今のうちに爆速で仕事を終わらせる。

あぁ、人間とは何故こうも単純な脳をしているのだろうか。たかだか想い人が出来た、ただそれだけの事で全ての意識を持っていかれるなんて。

 

(…俺らしくもない)

 

そうだ、帰ったらたくさんギターを弾こう。最近弾けてなかったし、当分ライブないからとは言え練習はしなければ。

…これで少し気が紛れてくれると、とても嬉しいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

結果から先に言うと、気など紛れてはくれなかった。

今だって、ほら。

 

「雫さん!今時間って」

「っ…すまん、忙しいからまた今度にしてくれ」

「あっ…」

 

声を聞いただけで心臓が跳ねるくらいには全く落ち着けてないのだから。

少しの気まずさと、きっと情けないであろう俺の顔を見られたくないがために星街さんとの関わりを極力避けていた。

自分のデスクへ早足で逃げ、席について一旦鼓動を整える。

 

(情けない…これが本当に俺の心臓なのか?)

 

今までに体験したことのないくらいのハイテンポで呼吸する己の心臓に内心驚く。理想と現実のギャップに追いつけない。過去の俺が今の俺を見たらきっと嘲笑うだろう。それでも溢れ出すこの思いはもう自分ではどうしようもなくなっていた。

これを止める方法など、自分ではとうに分かっている。

 

(だけど…いつ?どうやって?)

 

星街さんを誘ってどこかへ遊びに行けたら早いのだが、仕事も配信もあるしそんな時間は取れそうもない。それに仮に遊びに行けたとして今の俺の状態では顔を見て話すことさえ難しいだろう。この変な気まずさ、何なんだろう。

 

(これは…やはり誰かに師事を仰いだ方が良いんじゃなかろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うことで、俺は星街さんの事が好きになったんだが」

「いやサラッと言うことじゃないにぇ。みこにとってはだいぶショッキングな話だにぇ」

「ショッキングてお前な」

「もちろん良い意味で。やっと雫も人間に近づいてきたようで安心したにぇ」

「だいぶ失礼だなお前。結構人間だろ俺」

「まぁその話は置いといて…告白するならちゃんとした場所でやりたい気持ちは分かるにぇ」

「でも時間無いのはお前も分かるだろ?レッスン終わりの夜に呼びつけるのもいち社員としてアイドルの体調管理を考えた時に気が引ける」

「疲れてる時には早く帰りたいにぇ」

「だよなぁ…」

 

早速休憩時間、俺はさくらさんに師事を仰ぐことにした。さくらさんに恋愛のイロハを求めるのは正直どうなのかという感じなのだが師事を仰ぐのなら星街さんに一番近い人物の方が良いだろうと考えた。

しかし、やはりと言うか何と言うか八方塞がり。恋愛経験皆無×2では何も生まれないことに何故気が付かなかったのだろうか。少し前の俺を刺殺したい。

もう諦めてしまおうか、そう思った瞬間。

 

「あ、雫!良い案があるにぇ!」

 

さくらさんに舞い降りた神のお告げが俺を納得させ、また強ばらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物語を書く。

過去の俺のことをずっと捨てたいと思って今まで生きてきた。

でも彼女と出会って、初めて過去の俺が受け入れられた気がした。

そして俺も、過去の俺も俺として受け入れられるようになった。

もう、過去の俺の手も離さない。離したくない。過去の俺もちゃんと連れて未来に行ってやる。

 

その為の決別と、覚悟の物語にしよう。




"今度は俺の番だ"
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