楽園   作:自認畜生

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貴方はその目で、一体どんな世界を見るのだろう。


ライブハウス

"諦めが悪い奴こそ、音楽で飯を食っている"という言葉を聞いたことがある。

 

確かに、結局途中で辞めずにライブ活動や音源を出し続けているからこそファンも段々ついてくるし、業界の目に留まってメジャーデビューを果たす。諦めの悪い人間こそ上に上がる素質があるのだ。

だから、なのだろうか。

 

「雫さん!おはようございます!」

「…おはようございます」

 

この星街すいせいという一人の少女がホロライブの目に留まり、昨日あのようなことを言ったにも関わらず俺と会話をしようとするのは。

 

「では、業務があるので私は」

「まだ時間あるよね」

 

そこはかとない圧を感じたが、生憎圧に負けるほど俺の心は脆くない。

 

「早く業務に入ることに越したことはないので…それでは」

「あっ…」

 

それだけ吐き捨てて、俺は早足で自分のデスクに向かった。

 

────────────────────────────

 

"メタルは万物を消化する"という言葉も聞いたことがある。

よく考えればメタルは癌を治す力があるくらいだから癌より弱いものには何でも効くだろう。

つまり今日一日中イヤホンでメタルを聴いていれば、俺はいつも通り誰とも会話をすることもなく、正直煩わしい星街さんの声を聞かなくても良い。そして俺の心はメタルでハッピー。何ということだ、俺にとって得でしかない。

俺は早速メタルのプレイリストを選択し、今日の業務に入った。

 

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(あれ、もう定時じゃん)

メタルに溺れ、無我の境地に至った俺にはどうやら死角しかなかったようだ。今日はすぐに退社して仲良くさせていただいている先輩バンドや後輩のメロコアバンドを見にライブハウスに行く予定がある。仕事を終えた今、いつまでもここで無駄な時間を浪費する訳にはいかない。

 

「お疲れ様でした」

 

俺は身支度を整え、そそくさとオフィスエリアを離れる。そしてロッカー室に予め置いておいた私服にスーツから着替え、髪型を少し整えてそそくさと会社を後にする。

ちょうど今日は金曜日。明日の事など気にせずライブハウスで酒が飲める日だ。

酒飲んで浴びるほどメロコアを聴いて、楽しい一日にしよう。

 

 

────────────────────────────

 

 

「お疲れ様でした!」

レッスンが終わり、私はスタジオを出てビルを出ようとしていた。

 

(今日は結局朝しか雫さんに会えなかったな…)

 

彼のことを少し考える。あんなにも明確な拒絶を向けられたのは初めてだった。しかも初めての会話で。それに対して疑問を抱いているのは勿論だけど、腹立たしくもある。だって私、当たり前だけど雫さんに何も悪いことしてないし、何も雫さんの気に障るようなことは言ってない…はず。普通に考えて、何で避けられているのか意味が分からない。

 

(もっと雫さんのことを知ることが出来れば、その意味も分かるかも…あれ?あの後ろ姿…)

 

考えた時、私の少し前に見えた後ろ姿。いつもは下ろしている肩まで伸びた後髪をハーフアップにし、前髪をセンターパートに。そして昭和を彷彿とさせる古着を見に纏った、会社でのイメージとはかなり違う雫さんが会社を出ようとしていた。

 

(普段があんな感じだから尚更だけど、雫さんってこう見るとお洒落だし格好良いなぁ)

 

皆の知らない雫さんが見れて少し役得。と同時に、少し邪な考えも浮かんでしまった。

 

(このまま雫さんの後をつければ、もっと雫さんのことを理解できるかも…そうと決まれば!)

 

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幸い、オープンまではもう少し時間がある。少し早足で行くと丁度間に合うくらいだろう。

ビル群の隙間から覗く地平線の向こうで、太陽が段々と顔を隠していくのが分かる。いつもならやっと一日が終わったと思うところだが、今日のところはそうはいかない。むしろこれからなのだ。大好きなライブハウスで、心震わすバンド達のライブが見れる。これ以上の説明は不要であろう。

 

予測通りオープンと同時にライブハウスに着いた俺は、地下への階段を降りてチケット代を払って会場の中に入る。そして喫煙所に居る先輩達に挨拶を交わし、共に煙草に火をつける。

メロコアバンドと弾き語り、共に対極の存在ではあるものの、それでも仲良くしてくださるところもライブハウスの良さだ。俺の場合は出してる音が大きいからっていう理由だけで仲良くしてくださってる部分もあるんだろうけど。

 

「にしても正社員しながらライブってよく出来るよな」

「まぁもう…そこは気合いで何とかやってる感じですよ」

「絶対フリーターの方がライブしやすいじゃん。弾き語りのライブとかほとんど平日だろ?」

「その通りではあるんですけどね…何だかんだ安定するし、俺会社では窓際社員で特に期待もされてないんで、そういうのもあって正社員でも動きやすい部分は少しあるかもしれないです、恥ずかしい話でもあるんですけど」

「それでも音楽のために削れるところは削るスタイル、お前らしくて俺は好きだぞ」

「へへっ、あざっす」

「やっといつもの感じ戻ってきたな…お前会社とここでのキャラ分けてる?」

「ええまあ、俺の心はいつでもライブハウスにありますし…何より会社の人間は全員マトモすぎて面白くないんですよ。ネジの一本くらい飛んでるような人じゃないと関わる気にならないというか」

「まぁそれもお前らしいけどさ、そのマインドのままでいると後悔する時も来ると思うぞ」

「例えば?」

「恋愛とか」

 

投げられた"恋愛"という単語につい強く息を漏らしてしまう。

 

「そんな、俺が恋愛感情を信じてないことくらい先輩も分かってらっしゃるでしょうに」

「…確かにそうか、杞憂だったわ!じゃあ俺そろそろ袖行くから」

「はい、頑張ってください」

 

先輩が袖に向かい、一人になった喫煙所で少しだけ考える。

 

(恋愛なんて、そんな目に見えないものを信じて何になる)

 

音楽に生きたとしても、そんなハナから大衆受けを狙った商業音楽など俺はやりたくない。

 

(そんな偶像よりも作りたい世界が俺にはある…余所見なんてしてられない)

 

頭を巡る言葉は他にもあったが、今はライブを楽しむのが先だ。そうして喫煙所から出た先に。

 

「…あっ、雫さん、お疲れ様です…!」

「…何故、あなたがここに」

 

ここに居るはずも、来るはずもない星街さんの姿がそこにはあった。

 

 

────────────────────────────

 

 

「それで尾行してきた、と」

「すいません…でも、関わるにあたって雫さんのことをもっと知りたいと思って」

「もう踏み入れてしまったものは仕方がないですし…ライブハウスは余程害悪な客以外は誰でも受け入れますし」

「そ、そうなんですか」

 

横に星街さんはいるがそんなことは気にせずの酒を飲み干し、もう一杯をいただく。今日は飲むつもりで来たし、プライベートだし良いだろう。

 

「お酒はよく飲まれるんですか?」

「ライブハウスだけですよ。一人で飲んでも面白くないですし…あ、お酒が回ってきたら敬語が抜けてくるかもしれないですのでご了承を」

「あ、それは全然!そもそも雫さんの方が年上ですし」

「ありがとうございます…ところで今日のライブは星街さんのようなアイドルとは対極にいるようなジャンルのライブですが、私たちのことを知っていただくのにはうってつけだと思います」

「それって…」

 

「ドームのような大きいステージじゃなくても、それに負けないくらいの熱い気持ちを持って音楽をしているアーティストがライブハウスには沢山います…まずはそれを知ってもらいましょう」

 

 

────────────────────────────

 

 

大きなステージで歌うことが当たり前になっていた。

大きなステージこそが正義だと、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。

全て、覆されてしまった。

どのバンドも気づけば拳を上げてしまうほどの高揚感。キャパが少ないからこそできる、私たち以上にお客さんを巻き込んだライブだった。

何より、

 

(完全に、気持ちで負けている──────)

 

全て雫さんの言う通りだった。私たちもライブにかける気持ちはちゃんとあるけど、それ以上に一本のライブにかける思いが強すぎた。

 

(もしかしなくても雫さんもその中の一人なの?もしそうなら…)

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

「あの、雫さん」

 

喫煙所にて。

酒が回って気持ち良いグルーヴに包まれつつ、今日のライブの余韻に浸りながら煙草を吸っている雫さんの隣に腰掛ける。今は雫さんの横にいなければならないような、そんな気がしていた。

 

「その…凄かった、です。雫さんの言った通りでした」

「だろうな。全部…ホロライブに居るだけじゃ体験できないことばかりだ。たとえ小さな箱でも、小さな箱だから出来ることがあるし、たとえ小さな箱のイベントでも俺達は一本一本プライド持って、命削ってやってんだよ」

「ってことはやっぱり…雫さんもここで」

「ああ。俺はここに2年間育てられてきた。たかが2年間かもしれないけど、俺はこの2年間で沢山のことを教えられたし、見つけさせてくれた…かけがえのない時間だったんだよ。だから俺はそんなライブハウスに恩返しするために弾き語りしてるし、ライブハウスに恩返しするためだけに俺は生きてる」

「雫さん…」

「ライブハウスだけが俺の居場所だ。だから他には…何もいらない」

「じゃあ…ホロライブは」

「あんな仲良しこよしだけで面白くないライブをするだけの奴らなんかそもそも興味ない」

「……!」

 

雫さんの眼には、そもそも私たちは映っていなかった。勿論大事な仲間達のことをめちゃくちゃに言われて腹は立った。でも雫さんが事実を述べているからこそ、何も言い返せない自分がいた。

 

「アリーナでライブすることが、ホールでライブすることが全てだと思うなよ。SNSの普及で売れる方法が増えたから一概には言えないけど、殆どの売れたアーティストが大きい箱に至るまでには必ず、ここみたいな地下の小さなライブハウスがあるんだから」

 

一言一言が、楔のように刺さっていく感覚。

 

(忘れない…この夜のことはずっと)

 

この心にある悔しさを、いつか雫さんの前で払拭できたらいいな。

そんなことを考えながら、永い夜は更けていった。




私という"容れ物"は、ここでのみ私という"人間"になれる。
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