楽園   作:自認畜生

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『すいちゃんがやったように、ライブで伝えればいいんでね?』

 

『何度も言っただろ。ライブに私情を混ぜるやつが俺は一番嫌いなんだ』

 

あの時、みこが出した案は一瞬にして否定された。しかし、みこも考え無しにそんなことを言っていた訳ではない。

 

『すいちゃんと出逢って過去の自分も自分の一部として受け入れることが出来た。そんなすいちゃんと恋人になりたいと思うようになった…そんな雫の、自分自身の物語だとみこは思うにぇ』

『…確かに。でも、いいのかって今も思うんだ。俺ごときが、ただのスタッフが、一度差し伸べてくれた手を振り払った俺が、またその手を取りたいと望んでも』

『すいちゃんはそんなに心が狭い訳じゃないにぇ。それにお前自身が恋仲になりたいと思ったんだから、その心に従うべきだと思うにぇ』

『…そうか』

『安心するにぇ。雫のその一歩は絶対間違ってない…みこが保証するにぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、というか何と言うか。

 

「一番大事な言葉、結局言えなかったにぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

願うなら、この風が俺の気持ちを全部彼女の元へ運んでくれたら良いのにと思った。

夜風はどこまでも冷たくて、でも俺の背中を柔らかく押してくれる。

 

歩みを進める。

"私"はまた逃げた。言わなければならない一言を避けて、この期に及んで道を逸れた。

でも"俺"はそうであってはならないと。"俺"はあなたをもう待たせてはならないと。

 

約束の場所へ。

 

「雫…さん」

 

"楽園"となりうる、彼女の元へ。

 

 

 

 

 

「"私"は、また逃げた」

「え…?」

「回り道し続けて、お前の気持ちに目を背けた。一番大事な言葉を、"私"は避けた」

「…はい」

「ライブハウスも、音楽も、俺にとって全てだった。それ以外のことを頭に入れてしまったら、"私"も"俺"も、全てが崩れてしまうと思った。鳥籠が俺の全てで、外界の感情は全て邪魔だった」

「……」

 

「鳥籠の扉を開けたのは、お前だった」

「わた、し…?」

「お前は俺に外の世界を見せてくれた。羽を折って空を諦めた俺を、お前は手を握って引っ張ってくれた。…その優しさが痛くて、憎くて、ツーマンライブの日に俺はその手を払った」

「…………」

「俺にはお前の手を取る理由など無いと本気で思っていた。だからこそこれ以上が起こらぬようにお前のことを完全に忘れようとした。…だけど寝ても覚めても、命を削り続けても、果てに彼岸を彷徨っても、お前の手の温もりが、声が、笑顔が頭から離れなかった」

「雫さん…!」

「長い時間待たせた。果てに答えを出すことを放棄した。一度差し伸べられた手を振り払った。そんな俺が一度振り払った手を取りたいと思うのは、傲慢なのだろうか」

「そんな事ない!」

 

その体は、意外にもすんなり俺の腕の中に収まった。

 

「たくさん待ったけど…そんなの、いいんです!傲慢とか、そんなのどうでもいいんです!」

「…お前に、ずっと幸せでいて欲しいと思った」

「…うん」

「出来るなら幸せにするのは、俺でありたいと思った」

「うん…」

「俺の隣で、ずっと笑っていて欲しいと思った」

「うん…うん…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだ」

 

「雫さん…!」

 

「お前を、星街すいせいの事を、この上なく愛している。

…こんな俺だけど、付き合ってくれるか」

 

「もちろんです!私も…雫さんのこと、大好きです!」

 

 

 

 

 

桜などとうに葉桜になり、挙句その全てが散ってしまった。

慌ただしい一年を巡り、気づけば彼女と出逢って二回目の夏が訪れようとしている。

限られた時間の中で、俺は一体彼女に何を与えることが出来るだろうか。生憎経験のない今の俺の頭では分からないけど。

 

「幸せにするよ」

「私も…雫さんが毎日笑顔でいれるくらい幸せにしますね!」

「それは…表情筋が鍛えられそうだ」

「そういうことじゃないんですけど…」

 

とりあえず、まずは言葉の真意を汲み取ることからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん」

 

自室の布団で目を覚ます。今日は珍しく夢を見たような気がする。

それは、やけに幸せな夢。

俺が星街さんと恋仲になる、そんな夢。

 

「…いや。夢じゃない、はず」

 

夢で片付けれる程俺の決めた覚悟は小さくない。昨日確かに俺は星街さんと恋仲になった。

 

(…少しだけ、まだ夢だと思ってる自分がいる)

 

昨日の夜の事なのにな、とため息をつく。久々のオフなのに幸先が悪い。

 

「…音作り、しよ」

 

スマホを寝室の充電器に繋いでおき、練習用のデスクに向かう。

ヘッドホンを耳にあて、ZOIAの新しいパッチを制作する。ZOIAのパッドが輝く度、俺はまだこのエフェクターの5%の力も引き出せてないなと痛感する。

これでシンセや空間系だけでなく歪みのクオリティも高いのだからもう言うことなしといった感じである。

そう言えば、今回のワンマンを経てかなりの課題が見えた。MIDIスイッチャーのバンク増設もそのうちの一つである。ここが増えない限り、永遠に俺の創りたい世界は見えてこない。

 

(とりあえずバンク増設とか色々込みでMS-3を入れたけど、案外いい感じにまとまったな…当面はこれで行くか)

 

正直マルチエフェクターはZOIA一機で良いのだが、俺のボードの場合スイッチャーとしての機能だけでもMS-3は優秀だ。

当面のセッティングを確定させ、俺はその後も練習に意識を向かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…意識、向かせすぎた」

 

気づいたときにはもう日が落ちていた。ちゃんと朝に起きたはずなのに。

しかしながら、ちゃんと充実した一日を過ごした。久しぶりに自分の時間を自分に使えた休日になったと思う。後悔はない。

ギターを丁寧に拭いて、スタンドに片付ける。そろそろ弦も変えてやらなければ…と考え、

 

「あ…スマホ、ベッドの上だ」

 

ベッドの上に携帯を放置していたことを思い出し、その足で弦を注文しようと思いスマホの電源ボタンを押すと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『雫さんおはようございます♡今日はいい天気ですね!』

『私たちが付き合った記念に、折角なのでどこか遊びに行きませんか?』

『雫さん?』

『寝てるんですか?』

『大丈夫ですか?』

『何で返信してくれないんですか?』

『既読もつけてくれないし…』

『もう私のこと嫌いになっちゃいました?』

『雫さん?』

『もういいです』

『雫さんのばか』

 

ユーザーネーム欄には、その全てに"星街すいせい"の文字が。

 

「…マジか」

 

とりあえず昨日の事が夢じゃなかった事実に胸を撫で下ろしてから、しっかり謝るとしよう。




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