それでも私は、光を見ようとした。
俺のワンマンライブまであと3日に迫った今日。最近はずっとライブハウスの店長とメッセージのやり取りをするばかりだ。星街さんの前であんな大見得みたいなものを切っておいて、何だこのライブと思われる訳にはいかない。だから本当は死ぬ気で詰めなきゃいけないし、死んでも詰めなきゃいけないのだが。
(それにしても、気張りすぎて疲れるな…)
考えて、実践して、改良して、実践して、改良して…の繰り返し。ライブの構成を考えるのも、音作りをするのも正直ちょっと今は勘弁して欲しい。
ちょうど今日午後休だし、こんな時だからこそ何か別のことをしようか。
(社内の散歩でもしてみるか)
思えば俺が会社の中で立ち寄る場所と言えば自分のデスクがあるフロアと練習で使うスタジオと、あとは屋上しかない。これを機に各施設の場所を覚えておくのも良いだろう。
昼に差し掛かり、とりあえずオフィスフロアを出てみる。ここは5階で1階はほぼロビーだから今更散策するほどでは無いし、2階から順々に歩き回ってみようか。
エレベーターで2階に降りる。一応ここは俺も練習で使うスタジオがあるフロア。確かアイドル達のレッスンとか配信で使うスタジオもこのフロアにあるんだっけ。
「そう考えると、このビルって大体の物はあるんじゃないか…?」
「下手すれば会社で問題なく暮らせるくらいには設備整ってますからね」
「へぇ、それはすごい…って星街さん、いつの間に横に」
いつどこから現れた?スニーキングスキルが高すぎるだろう。
「ご飯食べようと思ったら雫さんが見えたので、イタズラしても良いかと思って!」
「それは俺に昼ご飯になれと言っているんですか」
「何でそうなるんですか…」
呆れられてしまった。さすがに言語不自由すぎただろうか。
「というか、雫さんはどうしてここに?」
「あぁ、午後から休みなので折角だしビル内の散歩でもしようかと」
「え、雫さんも午後から休みなんですか!私もなんですよ」
「おや、それはまた奇遇なことで」
「じゃあ一緒にお昼ご飯食べませんか!ちょうどダンスレッスン終わりだし、他の子にも紹介出来るんで!」
確かに、今日は朝飯も抜いてるし少しお腹が空いた。頭の中をリセットする為にも、ここで食べておくのも悪くないだろう。
「ちょうどお腹も空きましたし、いいですよ」
「やった!じゃあ行きましょ!こっちです!」
星街さんに手を引かれて半歩後ろを歩く。近頃の人々のコミュニケーション能力の高さと距離の詰め方には目を見張るものがある。何でこんなにグイグイ来れるのだろうか。俺には到底真似出来ない。というか力強いな、星街さんって見かけによらず怪力
「今何か失礼なこと考えました?」
「どうしてそう思うのでしょう」
「脈拍」
「それが本当ならあなたは一体何者なのでしょうか」
軽口を言い合いつつ歩いていると、前方から声一つ。
「お、その人が最近星街がお熱の新しい社員さんだにぇ?」
現れたのは桜色の髪が特徴的な少女。でも見た目だけで言うとここに居るには少し若すぎるような…そう、もっと言うなら、
「星街さん、小学生が何でここに?」
「おい、今みこの事を小学生って言ったか?言ったよな?」
「ブフッ…小学生…みこちドンマイ」
「うるせぇ!でゃまれ!みこは小学生じゃない!」
後で聞くと、俺が小学生と間違えた方はさくらみこさんという所属のアイドルだった。世の中には不思議なことも多いものだ。
「ところで、星街と雫さんはどうして手を繋いでるんだにぇ」
「え?あっ…」
星街さんに明確な動揺の色が見える。これは助け舟を出した方がいい状況だろうか。
「まさか…スクープ!?」
「いやいやそんな訳。私が方向音痴でオフィス内でもすぐに迷子になってしまうので、星街さんに食堂まで引っ張っていただいてただけですよ」
「何だ、面白くないにぇ」
「残念ですが、今もこれからも星街さんとスクープなどありませんので」
もしそんなことがあったら炎上待ったなしだろうし、俺はカバー株式会社を去らなければならないだろう。折角手に入れた平和と安定を自ら手放す訳にはいかない。
どこからか身体を貫くような視線と気配を感じたが、一体何だったのだろうか。
「なので今の星街さんをトナカイと仮定するなら、私はソリのようなものです」
「その例えばちょっと分かりにくいにぇ」
「その例えはちょっと分かりにくいです」
何でこうも通じないことばかりなんだろうか。
──────────────────────────
食堂にて、星街さんと先程会ったさくらさん、そして初対面の白上フブキさん、猫又おかゆさんと昼食を共にした。意外とすんなり打ち解けられて良かったと思う。これもライブハウスで身につけた"持ち前の愛嬌"が功を奏しているのであろう。お昼時だと言うのにそこそこにエグい下ネタが飛んできたことには驚いたが。後で話を聞いてみたら、どうやらレコ発ワンマンに来ていただけるようだ。ありがたい。
「雫さん、だいぶフランクになりましたよね」
「星街さんには色々話してしまったので、もういいかなと。諦めですね」
「じゃあ私の粘り勝ちってことで」
「いつから我慢比べになったかは分かりませんが、まだ心を許したつもりもありませんがね」
「そんなぁ」
軽口を叩き合いながら案内してもらう中で沢山のアイドルの方と挨拶を交わした。数は覚えてないが、これもしかしたら全員来るのでは…?と内心不安になった。
(これはいよいよ、ダサいライブなんてしてられないよな…)
その日からしっかり気持ちを入れ替えた俺は、最後の最後までしっかりした仕込みをして───────────
──────────────────────────
「地下のライブハウスなんて来るの初めてで新鮮だな〜」
「あ!雫さんの物販ありますよ!後で買いましょうね!」
「本当に皆さん来られたんですね…正直意外ですがとにかくようこそ、俺のホームへ」
当日、オープン後。ホロメン達が入った時点で既に定員ギリギリなくらいお客が入ってくださっていた。めげずに活動してきた甲斐があるというもので、感慨深くなる。
気持ちを上げる為に酒を一杯、酔いの回りを早くする為に煙草を吸いながらホロメン達と言葉を交わす。
「雫さんが音楽する人だってこの前まで知らなかったです…しかも今日はワンマンだなんて」
「それなりにやっては来たからな」
「なんかいつもの雫さんと違うにぇ」
「雫さんはお酒飲むと敬語が無くなるんだよ」
「何でそんなことすいちゃんが知ってるんですか!?まさか二人は…」
「違う、ソロライブの打ち上げとかで一緒になったから知ってるだけだ」
「なぁんだ、面白くないね〜」
正直こういう話をしてくれると落ち着く。こんなにお客さんに来られてしまったら緊張もするというもの。
「そろそろ開演だし準備するわ、後悔はさせないライブにするよ」
「頑張ってください!」
控えからステージに向かう。携えたアコギ、そして足元で禍々しく光るエフェクター達。
(やれる…俺のステージの為に、ライブハウスへの恩返しの為に、今日もお前たちの力を借りるぞ)
オンタイム、俺のステージの幕開けだ。
──────────────────────────
その姿はまるで、音の魔術師。
その姿はまるで、本の旅人。
まるで一本の演劇を見ているかのような、不思議な感覚に陥る。
彼のギターが言葉を発する度、彼が足元で何かを踏む度、彼の世界が私たちを侵食する。
彼が本のページをめくる度、鋭利な刃となって私たちの身体を刺していく。
私は私なりに感情を込めて歌っていたつもりだが、彼の言葉はまるで自我を持つように会場を飛び交っていく。
会場が振動で震えるほどの轟音の中、逆光とフードで顔も見えない彼が、それでも言葉を紡いでいく。あの日スタジオで見た景色が、演目に組み込まれることでより世界の解像度が上がっていく。
"手を伸ばしても届かないあなたの背中に、それでも追いつこうと必死に走った"
"やっとの思いで届いた手は、あなたの姿を霧にしてしまった"
"もう居ないあなたの幻影を、私は何故追いかけていたんだっけ"
(あなたの目に映る世界は…どれだけ悲しくて、残酷なの?)
報われない物語が通り過ぎる。それでも幸せにありつこうとする彼からたとえ一瞬でも目を離したくないと思う。
"私の幸せは、どこにあるのだろう"
"私の旅には、何の意味があったのだろう"
物語の終わり、声を抑えて泣いていた。
挙がるアンコールの声に乗ることも出来なかった。
それでも始まるアンコール、涙で霞んだ彼がまた言葉を紡ぐ。
「幸せを求めた私は、いつしかライブハウスに辿り着きました。私が見ている世界を否定され続けた中、ライブハウスだけは私を受け入れてくれました。ここが私の居場所なんだと、そう思いました」
「私の幸せは、私の居場所はここにしかないけど、あなた達は違う。あなた達は私とは違う、無限の幸せに包まれているはずだ」
(…違うよ、それはあなたも同じはずだよ)
「あなたにはどうか、幸せな道を歩めますように」
(私たちだって、あなたに幸せになって欲しいと思うよ)
「そうしてたどり着いたあなたの楽園の、じきに忘れゆく記憶の中に私が居れれば良いと願っています」
(…忘れられるわけないよ、こんなの)
「でも願うなら、私にとっての楽園であるライブハウスと、そこに集まる他のアーティスト達がいるということを、どうか忘れないで欲しい」
彼が息を吸う。
"タイトル、鳥籠の中の楽園"
"語り部、水面雫"
"エピローグ、エデン"
先程までとは打って変わった、アコギ一本で囁くような声。次第にギターの音が重なり、厚みのあるサウンドがまた会場を、心を埋めつくしていく。
"そうして幸せな世界に降り立ったあなたは、同じく幸せを逃した者の救いになるだろう"
"あなたの目から私の姿がいずれ消えてしまっても"
"あなたの幸せの一部に、私がいるならそれで良いんだ"
楽園の中の彼の愛は、とても深くて、とても暖かくて。
でもそこに彼の姿は無くて。
それでも、彼は彼なりに報われた。
ちゃんと彼は幸せに辿り着けたのだ。
気づけば自然と、涙が頬を伝っていた。
「すいちゃん大丈夫?」
「…うん、もう落ち着いた」
ひとしきり泣いた私がようやく落ち着けたのは、全てが終わって10分後くらいのことだった。雫さんは物販から離れられずに忙しそう。
「それにしても良かったね、雫さんのライブ」
「普段耳に痛いはずのノイズがこんなに心地よく聞こえるなんて思わなかったよ」
「お話の構成もライブの運び方も世界の引き込み方も、あんなの2年で積み上げられるものなのかな…」
「凄いものって、見ると語彙力無くすよね」
「それ凄い分かる」
一緒に来た子たちが口々に言う。
「きっとそれは、雫さんがライブハウスに懸けた思いがそうさせてるんだと思う。私、ライブハウスに対する雫さんの気持ちを聞いたことがあるけど、あれはもう執着に近いものだった」
「すいちゃん…」
物販列の一番前から、雫さんとお客さんが会話する声が聞こえてくる。
「本当にお前、強くなったよな」
「俺なんて全然まだまだですけど、全部ライブハウスと対バンしてくれたアーティストさん達のおかげっすね」
「ツアーも回るんだろ?」
「仕事があるんでゆっくりにはなりますけど、回りますね」
「そうやってもっとたくさんのアーティストと会っていけよ!」
「もちろん、やっぱり俺の居場所はライブハウスしかありませんからね。全国に友達作って居場所増やします」
別のお客さんとは、
「まさかお前が幸せに辿り着くとは思わなかったわ、新鮮だった」
「アンコール、あってもなくても綺麗に終われるようにライブ組みましたけど…アンコールが無いと真のエンディングが見れないライブっていうのもまた一興じゃないかなと思って」
「へぇ…アンコール一個もちゃんと意味あるものにしてるんだね」
「凄いにぇ…」
喋りながらやっと最前列に辿り着き、雫さんを見据える。
──────────────────────────
「少しは参考になったか?」
「こういうライブもあって良いんだって、シンプルな気づきになったにぇ」
「初めて見たよ〜あんなスタイル」
「とてもアコギ一本で出てるとは思えない音量でした…!」
「それは良く言われるわ」
俺のライブに初めて来た人が口にする感想は大体「音がデカい」だからなあ。
間違いじゃないから何とも言えない。
「あの」
それまで黙っていた星街さんが口を開ける。
「今日のライブで"強いアーティスト"とか"良いライブ"の意味が少しだけ分かったような気がしました」
「と言うと?」
「見ている人を惹きつける為の喋りとか、イベントのコンセプトに合ったセットリストの組み方とか、ライブ全体を通してのテンションの持っていき方だったりとか…まだまだ色々ありますけど」
「…まあ、それが分かっただけでも進歩だ。次は俺じゃないアーティストも沢山見て、自分に合ったスタイルを探し出せ。一人でライブハウスに来るのが怖いなら俺も一緒に行くから」
「はい!」
「ちょっと〜すいちゃんとばかり喋ってないで私たちにも物販買わせてくださいよ!」
「おっと失敬」
話に夢中になってたし酒も入れてたしで忘れてたけど、今は物販の時間だった。彼女らが列の最後だからまだ救いだったが、危ない危ない。
一通り物販も買って貰った彼女らを外まで送り届けて、片付けのために地下に戻ろうとした時、
「雫さん」
「…どうした星街さん、忘れ物か?」
「忘れ物、かも知れません。雫さんに言い忘れたことがあって」
一拍置いて。
「他の人の幸せはもちろんだけど、私は雫さんにも幸せになって欲しい。そして雫さんを幸せにするのは私でありたいと、そう思いました」
「……」
「他の人が雫さんを否定しても、私だけは雫さんを世界ごと受け入れます…だから私が、雫さんにとっての第二の"楽園"になります!…それじゃ!」
それだけ言って、皆の元に帰っていく星街さんの背中が見えなくなるまで送り届けてから、
「…………どういう事?」
その意味が分からなくて、つい首を傾げてしまった。
"楽園"は一つだからこそ、意味が生まれると言うのに。