楽園   作:自認畜生

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俺の眼は今日もライブハウスを観測する。


フレームアウト

あの日のライブで知らないうちに撮られていた動画が、まずカバー内で拡散された。アイドルからアイドルへ。アイドルからマネージャーへ。マネージャーから社員へ。包み隠さずとも分かるだろうが、要するに、

 

「水面くんって音楽やってたの!?」

 

バレた。

元よりそれを承知で星街さんをライブに誘ったから別に構わないのだが、こう、何かむず痒い気持ちになる。

それだけなら良い。だが、それだけでは終わらなかった。

個人的には嬉しい誤算ではあるのだが、ライブに来てくれたアイドルが配信でこぞって俺の話をしていたらしい。そこで"エグい弾き語りをする水面雫というシンガーソングライターがいるらしい"という噂がリスナーの間で話題になったようだ。ある時からSNSのフォロワーめちゃくちゃ増えたなと思ったらそういうことだったのか。俺的にはライブの取り置きが増えてラッキーだし、これを機にライブハウスに足を運ぶ人が増えればいいなと思うが、それ以前にアイドルがおいそれと男の話をしたらダメだろ。

 

(配信で名前出すくらいにはライブの余韻が大きかったってことかな)

 

そう考えると悪くない。そういうことにしておこう。

 

 

 

それはそれとして、音楽とは別に変わったこともある。

 

「雫さん!一緒にお昼ご飯行きませんか!」

 

星街さんや色んな人にご飯や遊びに誘われるようになったこと。あと、

 

「んー…まぁ良いよ、行こうか」

「やった、ありがとうございます!」

 

"よそよそしい敬語をやめろ"という彼女らの命令で敬語をやめたこと。丁寧な会話を心がけていたつもりなのだが…そうじゃない方が良いのだろうか。

 

とにかく、大きく変わったことはそのくらい。人からしたら小さなことでも、なるべく誰とも関わらないようにしていた俺にとっては、ライフスタイルまでガラリと変わったような感覚に陥る。不思議なものだなあ。

 

 

 

「ところで、あの轟音はどうやって出してるんですか?」

 

昼飯を食べながら、俺の音作りについての質問が飛んでくる。

 

「グリッジペダルっていう、弾いた音を一定間隔で鳴らしてマシンガンみたいにできるエフェクターがあるんだ。それを踏んだ後に音圧強めに設定したディレイと歪みを踏んでルーパーで何周か録音すると、轟音に轟音が重なってああいう爆音になる」

「ぐりっじ…?でぃれい…?るーぱー…?」

「何で知能指数下がるんだ、子供じゃあるまいし」

「すいちゃんまだ子供です〜!ギリギリ」

「正直無理あるぞ」

 

知能指数はどうあれ、エフェクターの類は使っている人じゃないと分からないものか。人に伝える時はまず適した伝え方を考えねばならないことは、ライブする上で大事なことだと分かっていたはずなのになぁ。左から飛んでくる肩パンに耐えながら、己の未熟さを痛感する。いや、さすがにちょっと痛いんですけど。この細腕のどこからそんな力が湧いてくるというのだ。やはり星街さんって見かけによらずゴリ

 

「今失礼なこと考えましたね」

「なぜそう思ったのでしょう」

「心臓の鼓動」

「それが本当ならお前は何者なんだ」

 

 

 

(最近、やけに星街さんと会うな)

 

昼休憩には必ずと言っていいほど遭遇するし、退勤時も「一緒に帰りましょう!」と誘ってくる。帰りは事案になる可能性が高いのでさすがに毎回断っているが、それでもめげる素振りを見せない。大したものである。

そしで今日も、

 

「あ、雫さんだ!今日は一緒に帰ってくれますよね!」

「帰らんよ…毎回言うけど色々と問題になりそうだし、それに俺今からサポートでライブあるから」

「髪まとめてるし私服だしギター背負ってるって思ったら、そういうことだったんですね」

「ライブするときの正装だからな、これ」

 

今日は後輩のメロコアバンドでリードギターのサポートに入る予定がある。今から出てリハに間に合うのがギリギリだから、今日は喋ってる暇なんかないのだが…星街さんはちょっと機嫌が悪そうにしている。

 

「何でライブあるって今の今まで教えてくれなかったんですか」

「ん?」

「もっとたくさんのアーティストを見ろって、一人で行くのが怖かったら雫さんもついて来てくれるって言ってくれましたよね」

「確かに言ったが、自分が見たいって思ったライブに行くべきだろう。俺が誘うべきではない」

「ライブハウスに入ったのも最近だし、どんなバンドがいるかも分からない中で、私にそれが出来ると思います?」

「…一理ある」

 

そこに関しては気を配れていなかったかもしれない。反省。

 

「なので、今度から雫さんオススメのバンドや弾き語りの人が出る日は全部教えてください。可能な限り行きたいので」

「…無理してまで行こうとはするなよ。てか俺これ以上ここにいるとリハに間に合わないから」

「決めました、私見に行くので一緒に行きましょ!」

「…うんまあ、それで良いならとりあえず行くか。モッシュ・ダイブには気をつけろ、人によっては怪我するからな」

「はい!…えへへ」

「なぜ笑う、怪我したいのかお前は」

 

少し早足でライブハウスに向かう。

 

「そういえばそのケース、ギターにしては小さくないですか?」

「あぁ、これヘッドレスギターって言って、読んで字のごとく普通のギターなら弦を巻き付ける部品とかが付いてるヘッドって呼ばれるところが無いギターなんだよ。ヘッド分の長さが無いから小さく見えるんだろう」

「へぇ…ギターにも色んなものがあるんですね」

「沼だよ、ハマったら抜け出せない」

 

他愛も無い話をしながら街の喧騒を抜ける。道中でアイスコーヒーを買い、星街さんに渡しておく。

 

「え?何で」

「オープンするまで少し時間があるし、その間に脱水症状起こされても困る。何であれ水分はこまめに取っておけ」

「そんな、自分で買うのに」

「何だかんだライブ来てくれてるし、俺がこの辺で少し恩でも売っておくかと思っただけだ…気にせず飲んでくれ」

「理由が釈然としませんけど、そういうことならその恩買っておきます」

 

─────────────────────────

 

「じゃあ俺、先にリハ行くから」

「はい!頑張ってくださいね」

「任せろや」

 

階下に降りていく雫さんを見送って、私は近くのベンチに腰掛ける。

弾き語りだけじゃなくて、全く別のジャンルをやってるバンドのサポートもやってるなんて、雫さんは本当に音楽が好きなんだなあ。

でもやっぱり、

 

(雫さんは音楽"しか"好きじゃないんだな…)

 

普段だってそうだ。雫さんが投げてくる話題は全て音楽の話。好きなご飯だったりとか、そういう小さい疑問だったとしても、私から投げかけないと喋ってくれない。私が圧をかけて脅したお陰で敬語を使うのはやめてくれたが、しかしそれでも私達の間にはまだ壁があるような、そんな印象。

 

(私は、あなただけの"楽園"になりたいのに)

 

彼の目には未だに、ライブハウスしか映っていない。

その事が少し寂しく、悔しい。

 

 

────────────────────────────

 

 

「雫」

 

オープン前にコンビニで買い物して帰ってきたスタッフさんに呼びかけられる。

 

「何かありました?」

「いや別に大したことじゃないんだが…外に居た青い子、雫のお客さんだよな?」

「青い子…あぁ、そうですね」

 

待っている星街さんを見つけたのだろう。それがどうかしたのだろうか。

 

「最近よく来てくれるよな」

「あの子もアーティストで、色んなライブ見て勉強したいらしくて」

「彼女とかではなく?」

「全く違いますね」

「何だ、ちょっと期待したのに」

「何をそんなに期待するところが…」

「お前に浮いた噂が全くないからだよ、皆少しはあるのに」

「そういう人が出来るとその人に向けて書いてしまうので…要するに世界が破綻するので、俺にとっては邪魔なんですよね」

「もしかして恋したら結構盲目になるタイプ?」

「かも…しれないっすね」

「それはそれでちょっと意外だわ」

 

ガハハ、と笑い、考える。

 

(もしかしたらこの考えを払拭してくれるような誰かが現れたりとか、するんだろうか)

 

もしそういう人が現れてくれたら、俺はもうひとつの"楽園"に────

 

「いや、そんなことある訳ないか」

 

俺はタバコの火を消し、一足先に控えに戻った。

 

 

───────────────────────────

 

 

普段の弾き語りライブとはスタイルも性格も全く違う雫さんが、ステージの中を暴れる。

客が盛り上がるようなステージング、一人一人の目を見ながら、誰も置いていかずに全員で拳を上げれる、このバンドもまた"強いバンド"であった。

 

(…皆、凄いなあ)

 

手を伸ばしても届かない。手を伸ばしていることに気づかれない。その事実を突きつけられているようで。

 

(やっぱり、悔しいや)

 

 

 

───────────────────────────

 

 

 

帰り道。

 

「…………疲れた」

「お疲れ様です!…そりゃあんなに動いてたら疲れますよ」

「でも、メロコアはああでなくちゃ」

 

大盛り上がりで終わったライブ。しかし今日は普通に平日。故に打ち上げには出ず星街さんと帰宅することを選んだ。一応ホロライブ社員だし、噂になっても送り届けの仕事言えばまぁ大丈夫だろう。

 

「ねぇ、雫さん」

「ん?」

「私まだ、雫さんに見てもらえてないですよね」

「?さっきから星街さんを見て話してるじゃん」

「…それでよく分かりました」

 

いきなり話しかけてきたと思ったら、おかしい奴だな。

 

「今日のライブ見て、悔しかったんですよ。私はまだ雫さんの視界の中にいないんだなぁって」

「俺今日、そんなにお客見ないライブしてたかな」

「最近はよく話してくれるようになったけど全然笑ってくれないし」

「過ごしやすくはなったけど、結局ライブハウスじゃないしなあ」

「私は雫さんのこともっと知りたいからたくさん話かけるけど、雫さんはライブのことしか話してくれないし」

「ライブを、曲を知るとその人の人間性は見えてくるものだからな」

「その感じだと、私が第二の楽園になるっていう意味も分かってなさそうですし」

「楽園がそんなポンポン湧いてたまるか。楽園は一つだからこそ意味が生まれるんだ。どうしたんだよ、さっきからおかしいぞ?」

「おかしいのはどっちですか…何で察してくれないんですか」

「もしかしてお前も楽園の物語を作ってライブしたいのか?」

「違います。もういいです、ばか」

 

そっぽを向かれてしまった。何でだ。

無言のまま、2人で少し暗い道を歩く。陽が落ちても気温は中々下がらないようで、露出した腕を温い風が撫でていく。

 

「雫さん」

 

星街さんが5歩先に出て、くるりと俺の方に体を向ける。

 

 

 

 

 

「私、諦めませんから!」

 

 

 

その意味すらもわからず、また首を傾げた。




彼女の姿は、尚も映らぬまま。
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