「雫、疲れてるにぇ」
8月某日、快晴。都内でも40℃を超える猛暑日が続く日々の中で、さくらさんに突然そんなことを言われた。
「え?疲れてないよ俺」
「疲れてないって自分に思い込ませてるだけだにぇ。顔を見るだけで本音がわかるにぇ」
「そんなにか…」
「聞くところによると、雫は平日仕事して、休日はライブハウスでライブしたり何もない日は一日寝てるらしいにぇ。つまり…ストレスを発散する場所がない!」
「ライブと睡眠でストレスは発散してるが」
「それこそ思い込んでるだけだにぇ。ライブ終わりにまた県外のアーティストに殺されたって毎回嘆いてる話はすいちゃんから聞いてるにぇ」
「星街さんや…」
「ということで、ライブハウス以外で息抜きをするにぇ!」
息抜き、か。確かに戦士にも休息は必要である。それは理解しているつもりだ。つもりなの、だが。
「息抜きって、何すればいい?」
「雫は今まで何をして来たんだにぇ…」
「仕事が大学に変わって、バイトが増えたくらいかな」
「誰かと遊んだりとかは?」
「ずっとギター弾いてたわ」
「馬鹿野郎だにぇ」
さくらさんだけには言われたくない。
「とにかく!たまには音楽抜きでゆっくり遊びに行くにぇ!」
「そうは言うけどな、俺にそんな相手がいないんだわ」
「すいちゃんとか誘えばいいにぇ。雫が誘ったら何がなんでも行くはずにぇ」
「アイドルが男と遊んでるとこ見られでもしてみろ、炎上待ったなしだろ」
「社員とアイドルだから問題ないにぇ。ていうか今はみこたちが配信で名前出しちゃったからほぼホロメンみたいな立ち位置にぇ」
「それ知らんが?そんな状況になる前に言ってくれんか?」
初耳である。何で誰も言ってくれないんだ。やはりハブられているのだろうか。
「とにかく!すいちゃん誘ってどこかに行ってくるにぇ!」
「だから行かねえって…今月だって気緩めないようにライブ詰め込んだし」
「…なるほど、すいちゃんの言う通り手強そうだにぇ」
「対バン相手が手強いなんて当たり前のことだろ」
「とりあえず今は黙ってすいちゃんのところ行くで!」
「おい、ちょっと、引っ張んなって!」
さくらさんに強引に腕を引かれて食堂へ。そこには一人で席についている星街さんの姿があった。俺を見つけて顔を輝かせ、途端に凄まじい程の呪いのオーラみたいなものを放出する。
「ねぇみこち…なんで雫さんと手を繋いでるのかな」
「え、す、すいちゃんがいる場所分からなさそうだったから手引いてあげただけなんだけど…」
「横歩いて案内すればいいだけだよね。わざわざ手を引く必要ないよね」
「すいちゃん落ちつ」
「とりあえずその手を離して」
「ひぃ!ごめんってすいちゃん!」
怯えたさくらさんが慌てて俺の手を離す。何があったんだ。
ともかく手を離すと禍々しい呪いのオーラは無くなり、天真爛漫元気な笑顔の星街さんがそこに現れた。
「雫さん、お疲れ様です!」
「お、おう」
さっきと全然キャラ違うじゃん。何だったんだあれは。
若干の恐怖を覚えながら、星街さんの向かいに座る。
(ほらすいちゃん、頑張って言うにぇ)
(みこちまさか…そのために雫さんを?)
(全く、少しは感謝して欲しいにぇ)
向こうは二人でひそひそ話をしている。案件の話だろうか。
「何話してるんだ?」
「いや!何でもないんですけど…その…」
(あと一押し、頑張るにぇ)
恥ずかしそうな顔をした星街さん。そして、
「ふ、二人で!どこか遊びに行きませんか!」
「え、嫌だけど」
「え…」
「ちょっと雫!あんまりだにぇ!」
「別に星街さんとどこかに行くのはもう嫌じゃないが、それならせめて仕事帰りに行ける場所にしてくれ。貴重な休みを潰すくらいならギターの練習するし、仮に行ったとて遊ぶ場所が分からんすぎる」
「あぁ…」
都内は遊ぶ場所が多すぎるが故に、選択肢が広すぎるのだ。あと人多いから休日は避けたい。
「カフェとか行けるだけでも嬉しいですよ!」
「それはデートにしては味気ないにぇ。そんなお二人さんに、このチラシをくれてやるにぇ!」
こいつら俺が練習したいって言ったの聞こえなかったんかな。ともかく渡されたチラシを見るとそこには"花火大会"の文字。
「そういえば長らく花火なんか見てないな」
「雫も夏祭りくらいは行っておくべきだと思うにぇ」
「あ、すまん予定見たけどその日ライブだわ」
「…お前どれだけライブ入れとるねん」
「じ、じゃあそのライブ行くのでそのあととか!」
「打ち上げで全て時間使っちまうなあ」
「………」
「おい、少しはすいちゃんのことを考えるにぇ」
「誰も人に合わせて予定なんか組まないだろ」
「そう…ですよね、私なんかと遊びになんて行きたくないですよね…」
「だからさっき練習したいって言ったじゃん…お前に限らず誰とも行こうと思わないの。せっかくの休日なのにギターの練習出来なくなるじゃん」
「練習練習って…すいちゃんの気持ちとギター、どっちが大事なんだにぇ!」
「どっちってお前そりゃギターに決まってる。俺にはこれしかないし」
「お前…いい加減に」
俺が口を開く度、星街さんの元気がみるみるうちに無くなっていく。逆に聞くが、ここまで言って何でまだ遊びに誘えると思っているのだろうか。何で他人の為に俺の生活リズムを崩さねばならんのか。色々思うところはあるが、しかしまぁ突き放しっぱなしもちょっと可哀想になってきたのも事実。何か良い代替案は…
「あ、そうだ」
「?」
「一日遊びに行くのは御免だが、お前さっきカフェ行くとかでも良いって言ったな?」
「は、はい!それだけでも嬉しいです!」
「だったら選択肢は一つ。ラーメン、行こう」
と、言うことで。
彼女にはその後、二郎系ラーメンの洗礼を受けて貰った。もう誘いは来んだろう…と思ったが、そこから高頻度で二郎系ラーメンに誘われるようになってしまった。良くない娯楽を教えてしまったようだ。
「げえっ、すいちゃんニンニク臭っ」
8月某日、快晴。
空を駆け抜けるのは、桜色の飛行機雲。
向日葵の咲く頃、ニンニクの魔力に溺れてゆく。