「雫さんって、本当に音楽しかやってないですよね」
昼食時、白上さんに言われた言葉に答える。
「それ以外にするものも無いしな」
「ホロライブに入社しておいて、することが無いなんてことは無いはずですが!」
「例えば?」
「そうですね…恋愛とか!」
"狐は年中発情期"という話は初めて聞いたが。
「恋愛とか、そんなもんしないよ」
「そんなもんとは何ですか!うら若き男女がいるんですよ!」
「恋愛感情は虚像でしょ」
「そんなこと無いですよ!その人を見るだけでソワソワしちゃったりとかするんですから!」
「集中力が足りてないだけでは…」
俺が恋愛感情を信じていないのはご存知の通り。感情には喜怒哀楽色々あるが、恋愛感情だけは目に見えない。つまり偶像である。目に見えないものをどうやって証明できると言うのか。
「そんなんだからすぐ近くにいる人の気持ちにも気づいてあげられないんですよーだ」
べーっと舌を出す白上さんに疑問を覚える。はて、すぐ近くにいる人とは誰のことであろうか。いやまあ、これでも親の愛は存分に受けて育っては来たが、さすがにそういうことではないというのは理解出来るけども。
「お、噂をすれば…おーい!すいちゃん!」
後ろを向けば、弁当を持った星街さんが今まさに席を探しているところだった。こちらを向いた瞬間、人が変わったように明るい笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
「雫さん!お疲れ様です!私もお昼ご飯混ざりますね!」
「強引だな、別にいいけども」
ニコニコの星街さんはそのまま俺の隣の席に腰掛け、弁当の蓋を開ける。家庭的て彩り鮮やかなお弁当だ。
「何かいいことでもあったか?」
「ありました!今まさに!」
「まあ、ご飯食べる時って幸せな気分になれるしな」
「違いますけど」
何でこうも話が通じないのだろうか。
「ああ、白上さんと会うのも久しぶりっぽいですしね」
「違いますけど」
何でこうも話が通じないのだろうか。
「ああ、シンプルに今日が晴れの日だからか」
「違いますけど。ていうかもういいです」
「…すいちゃんも大変だねぇ」
何か知らんが勝手に呆れられているのは心外であった。
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「雫さんのアレ、どうにかならないのかな」
相談、という体でおかゆ、フブちゃん、みこちを招集した私。その理由がまさにこれ。今までの感じで分かりきっていたことではあるが、雫さんはどうにも私の気持ちを察する能力が無い。"第二の楽園になる"なんていう少々濁した言い方をした私にも非はあるが、にしても私の方を向いてくれなさすぎる。どうにかして私の気持ちに気づいてもらいたいということで、「水面雫鈍感対策委員会」の発足が決まったわけである。
しかし、必然というか、対策委員会は予想より早く解散しそうな雰囲気。
だって。
「飾らずにハッキリ伝えればいいんでね?」
正味、この一言に尽きるもの。
「これ、わざわざ話し合うような議題かなあ」
「ま、待って!気持ちは分かるけど、そもそも雫さんは私を意識してくれないの。目を見て話してるのに見てるところは私よりももっと遠いところというか」
「確かに」
「だから、まずは私自身を見てもらうところからかなって」
雫さんはまだライブハウスの外の世界で生きようとしていない。だから私を知ってもらって、ライブハウス以外のコミュニティも楽しいと証明したいのだ。
そのままの雫さんを受け入れてくれる場所はライブハウスだけなんてことは絶対に無いはずだから。
「なんかすいちゃん、変わったにぇ」
「え?何が」
「独り言にぇ。…で、すいちゃんは結局雫さんとどうなりたいんだにぇ」
「それは…そのままの雫さんを受け入れてくれる場所は他にもたくさんあるってことを知ってもらいたい。そのうえで幸せになってもらいたい」
「だったら、遊びに誘うしかないよね〜」
「それ思ってこの前遊びに誘ったけどライブ入れてて…」
「本当に音楽しかしてないんだねぇ…」
4人で頭を抱える。雫さんを遊びに誘うには"最後にライブを見に行く"という予定を入れるしか無いのだろうか。しかし私は出来るならそれはしたくない。"音楽抜きで雫さんに幸せになってもらう"ことに私は拘りたかった。
「だったら、自分の曲作りのために視野を広げる為の旅とか〜?」
おかゆの一言にハッとする。確かにそれなら自然に雫さんを誘える可能性が高い。理由の中に音楽が入ってしまっているが、建前だし大丈夫。総合的に考えて、
「それしかない…!それで誘ってみる!」
「頑張ってにぇ〜」
かくして、悩んだ割に案外すんなりこの日の対策委員会は解散した。
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「創作の糧となるならいいですよ」
「本当ですか!ありがとうございます!!じゃあ明日楽しみにしてますね!」
"自分の曲の為に視野を広げたいからどこか遊びに行きませんか?"と星街さんからお誘いを受けた。「それ俺要らんだろ」とは言ったものの"雫さんの詞を参考にしたいから、雫さんの言葉も欲しいんです!"と言われてしまい、確かにそれなら理にかなうかもしれないと思ってしまった。
(どこに連れて行かれるんだろうか)
星街さんの背中を見ながら思う。こう言うのも何だが、予定を決めずに街を散策するのなんていつぶりだろうか。星街さんはそこで見た世界で、どんな言葉を紡ぐのだろう。
少しだけ、明日が楽しみになった。
彼女が見る世界は、きっと様々な光に照らされているのだろう。