楽園   作:自認畜生

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私はただ、微かに届く光を観測する。


深い深い海の底で

"日中のクラブDJ"という二つ名でお馴染みの蝉も着々と落ち着きを見せる八月の終わり。未来に媚びる若者のスーツ姿を涼しいカフェの中から見て、過去の自分に思いを馳せる。音楽だけしていれば良かった学生時代。もうあの時の輝きは無いけど、それでもまだ俺は音楽にすがりついていられてるよ。

コーヒーを一口飲み、さて、と頭を切り替える。

 

(星街さん遅いな)

 

現在の時刻は午前11時半。待ち合わせ時刻は午前10時。1時間半の遅刻である。

まあ、星街さんは昨日遅くまで配信してたみたいだし、それを加味せずともバンドマンに遅刻はつきものだから慣れている。おかげで5時間以内の遅刻であれば許せてしまう体になってしまった。"慣れ"とは時に恐ろしいものである。

コーヒーをアテに煙草を吸う、そんな案外優雅な待ち時間もやっと起きたらしい星街さんからのメッセージにより残り2時間くらいで幕を下ろそうとしていた。

 

「本当にごめんなさい!!!!!!!!」

「いや全然気にしてないって。バンドマンにはもっと酷いやつもいるし、ドタキャンしなかっただけ偉い」

 

時刻は午後13時。集合場所を俺がいるカフェに変更して、息も絶え絶えな星街さんに猛省される。そんなに謝られるとこっちが引く。

 

「とりあえず、コーヒー頼んでおいたから飲みな。奢るから」

「いや、遅刻したのにご馳走になるなんて図々しすぎます…!」

「ここはとりあえずいいって。ほら飲んで一旦落ち着け」

 

半ば押し付けるような形で星街さんにコーヒーを飲ませる。こうでもしないとずっと謝られる気がした。

 

「ふぅ、少し落ち着きました」

「そりゃ良かった。じゃあ遅刻の話はこれで終わりな」

「…分かりました。それにしても雫さん、こんなお洒落な喫茶店よく知ってますね」

「元々古着とかレトロな建物とか好きだからな。ライブ前とか暇な時間がある時はよくこういうとこ行くんだ」

「そうなんだ…またひとつ私の知らない雫さんを知れました!嬉しいなぁ」

「俺のことは知らなくてもいいが、この店はコーヒーも美味しいし財布にも優しくていい場所だ。他の人にもオススメしてみると良い」

「もう…また自分を落とすこと言う」

「元々の性格だ。変える気も無い」

 

俺は星街さんみたいな人にも、今日の陽光のような存在にもなれやしないから。

 

 

 

 

「雫さんの私服、お洒落ですね」

「服は古着屋でしか買わないし、古着は物自体がお洒落だからな」

「雫さん自身がかっこいいからよりお洒落に見えるんですよ!」

「特に柄シャツは着やすい。基本下に何を履いても合わせやすいからわざわざ私服に悩む必要も無いし、ライブ衣装にもなる」

「…はぐらかさないでよ、ばか」

「何が?」

 

星街さんと並んで森林公園を歩く。あれほど主張の激しかった陽光は、生い茂る木々に遮られて木漏れ日を届ける。緩やかになったような時間の中、木々からこぼれ落ちる葉、限られた生を謳歌する蝶など、多種多様の生命の息吹をそこに感じていた。

 

「雫さんには今、どんな景色が見えてるんですか?」

「…命が見える」

「命…ですか?」

「命は巡る。ここに生えてる木だって生い茂って枯れて、また生い茂って。そうやって命を巡らせていく。その命の輝きが俺には眩しい」

「雫さんもそのうちの一人なのに?」

「俺はきっと違う。動物が命を繋いでいくのは本能だ。義務と思っている節もあるかもしれん。だけど人間は命を繋ぐというか、子孫を残すかどうかを選択できるだろ?」

「あ…」

「俺が命を繋ぐことはしないだろうからな。それこそ俺が恋愛を信じるような、天地がひっくり返る出来事でも無い限り」

 

それっきり黙ってしまった。呆れられでもしたのだろうか。

 

 

 

それから。

 

「甘いしサイズがでかい。何だこれ」

「だから二人分なんですよ!一緒に頑張らないと無くなりませんよ!」

 

バカみたいにデカいパフェを二人で食べたり。

 

「プリクラ撮りましょ!ほらこっちこっち!」

「プリクラ撮っていいのは大学生までだろ。社畜は遠慮したいんだが」

「思い出になるじゃないですか!はーやーくー!」

 

プリクラに連行され、見てないうちに落書きされ。

 

「やっぱり汁なしの全マシが一番良いよな」

「私は少なめがいいですね、女の子なので」

「ん?でも二回目以降は全マシいったってさくらさんから聞」

「は?」

「すまん」

 

二郎系ラーメンを啜って今日の旅は終わった。

 

 

 

「やっぱり二郎は完全食だ…二郎系ラーメンに幸あれ」

「今日一番幸せそうな顔してますね、雫さん」

 

陽が落ちきった後の帰り道。

黒烏龍茶を一気飲みし、新しい黒烏龍茶を開けながらホクホク顔で歩く。二郎系ラーメンは世界を救うし、二郎系ラーメンはむしろ健康なまである。

 

「雫さん」

「ん?」

 

唐突に俺を呼ぶ星街さん。俺は黒烏龍茶から星街さんに顔を向ける。

 

「あと少しだけでいいから、私に時間をくれませんか?」

 

 

 

「この階段の先です、行きましょ!」

「階段上がるのかよ…キツいよ…俺もう若くないんだよ…」

「雫さんまだ24歳ですよね?マリンより若いし大丈夫ですって!」

「失礼でしょうが」

 

腰あたりに宝鐘さんの見えない圧を感じながら階段を登る。霊圧が強い。この階段は三十路への階段でもあったか。あと6年、まだ焦るような時間ではない。

やっとの思いで上りきって、星街さんの指示に従って後ろを見る。

 

「おぉ…こりゃ圧巻だ」

 

見渡す限りの星空が、そこには広がっていた。

街の光も鮮やかで俺は好きだけど、街からは見えない光が空に広がっていた。

 

「空の光を見たの、いつぶりだろうか」

「都内にいたら絶対に見れないですよね、星空」

 

それから階段に二人で座り、星空を見上げる。街の光で出来た地平線の少し上で、月と星はにこやかに空を照らしている。

 

「私、何かに行き詰まったり何か嫌なことがあったらここに来るんです。ここに来て星を見て、月を見て。そしたら自然と落ち着くんです」

「へぇ」

「あの星の一粒一粒、たとえ見られなくても頑張って生きてるんだなぁ…って、そう思ったら抱えてる悩みが急にちっぽけに思えるんです」

「確かに」

「今日が終わる前に、私の、私だけの大切な"楽園"を、雫さんに知ってもらおうと思って」

 

それは、何故だろうか。彼女だけの"楽園"であるならば、俺が知るべきではないのではないか。

 

「私、ここまで誰かのことを知りたいって思ったのも、誰かに知って欲しいって思ったのも雫さんが初めてなんです。初めて雫さんのライブを見たあの日から、そのままの雫さんを受け入れてくれる場所は他にもあるんだってことを証明したかった。星は、月は、何も言わずに私たちの全てを抱きしめて、いつまでも見守ってくれるから」

「……」

 

空は、いつまでも誰かの味方だ。話しても答えは返してくれないけれど、話し終えた時には答えが出ている。そういうことが言いたいんだろう。

 

「もちろん私だって雫さんのありのままを受け入れる"楽園"の一つです。だから…ねぇ雫さん、もっと雫さんのこと教えてくれませんか?」

「…でもな」

「心配しなくても私から誰かに流したりしませんし、あとは星と月しかいませんから」

 

信じてください、と彼女は言う。その言葉に揺らいでしまうほど、いつの間にか俺は変わってしまったのかもしれない。星街さんが会社の中とはいえ色んな人と繋がらせてくれたし、ライブハウスの外の色んな世界を見せてくれたから。

少しだけ心を許してもいいのかもしれないと、思ってしまった。

 

「長くなってもいいのか」

「大丈夫です。私、最後まで聞きますから」

「じゃあ…どこから話そうか」

 

色々なことを話した。過去から現在に至るまでの俺を話せるだけ話した。

コミュニティに理解されなかった俺を語る俺の姿はさぞかし醜いものだったであろうが、それでも星街さんは何も言うことなく聞いてくれた。

 

「理解されず、蔑みまでされたさ。それでも俺が過去の俺の事を捨てきれなかったのは、きっと理解されようと思わないようにしていただけなんだと思う。心の奥の更に奥の方、自分じゃ見えないような暗いところで、理解されることを諦めていなかったんだろうと思う」

「…うん」

「星街さんは俺の見ている世界を知りたいと言ったな。残念だが俺の見ている世界はとても暗く、深い深い海の底だ。あの空に浮かぶ星を羨みただ見続けるだけの人間だ。小さな星々よりも人の目に留まることの無い、微弱な音でしかない」

「でも私、その微弱な音を聴き取りました。ライブハウスの外で、私は雫さんを見つけました。あなたが言う微弱な音を、いつまでも聴いていたいと思いました。そんなあなたを、報われないあなたを、私の隣で幸せにしたいと思いました。私にとっての水面雫という人は、たとえ小さくても私の一等星です」

「幸せになってしまっては、俺がアーティストとしての俺を保てなくなってしまうな」

 

少し笑う。

 

「それぐらい…私にとって、大切な人」

(大切…ねぇ)

 

俺と星街さんはただの他人なのに。所詮"アイドル"と"一般人"なのに。

 

「出会って間もない人間に、どうしてそこまで肩入れできる?」

「簡単ですよ。私、雫さんのこと───────」

 

その後の言葉は、欲張りな風が攫っていった。




差し伸べられた白くか弱い手は、やはり取れない。
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