その話は唐突に俺の耳に飛び込んできた。
「雫さん、私のライブで対バンしてもらえませんか!!」
正気を疑った。プロ対アマチュアの対バンなど正直結果は見えている。それは些細な問題なので横に置いておくとしても、そんなアマチュア、しかも男とのツーマンとなると、また話は変わってくるのではないか。ファン達は叫び、海は割れ、空は荒れ、大地は大手企業に就職したりしないか。
「雫さんのことは配信で何度か言ってるので、リスナー認知済みですよ」
「そういえばそんな話もあったなあ」
ワンマンから何ヶ月か経っているが、それならまあ問題ない…のか?
しかし星街さんから対バンを持ちかけてくるということは、何かしら見て欲しい物でもできたということなのだろうか。
それならばこちらも断る理由はない。
「その話、受けよう」
「!ほんとですか!」
「別に俺自身を高く見積もる訳ではないが…"水面雫"を相手にどこまでのライブが出来るか、見せてもらおうじゃないか」
そして、瞬く間に当日のフライヤーがSNSにて発信、拡散されていく。
リプライ欄や引用ツイートで"楽しみ"だの"すいちゃんが配信で言ってた人"だの、色んな感情が渦巻いている。幸いまだアンチコメは見当たらないが、そろそろ出てもおかしくないし承知の上でもある。
同時に、タイムテーブル等の詳細も降りてきた。
「持ち時間45分のトッパーが星街すいせいバンド、トリが俺か」
「はい!絶対に雫さんを覚えて帰ってもらいたくて!」
「………………」
そんな訳で決まった初めての大きな箱でのトリ。どういう立ち回りをしようか、今からゆっくり考えるのも楽しそうだ。仕事、手に付くかな。
全く、ライブが絡むとすぐに俺は駄目な人間になってしまう。俺はマルチタスクでもなんでもないから、一度に出来ることは一個しかないんだよ。
そして、また瞬く間に日は過ぎ。
(昼に屋上で煙草を吸うのも、いつぶりだったかな)
ライブ前日を迎えた金曜日の昼休憩。手の内を明かさないように個人的に本番までは星街さんと会わないようにした為、久しぶりに屋上で煙草を吸う時間が作れた。一応オフィス内に喫煙所はあるが、俺は屋上からの眺めが好きだから寒くなるまではここで煙草を吸うようにしている。
久しぶりに一人の昼休憩を過ごす。最近の昼休憩が賑やかすぎたせいか、一人になると多少の孤独感を感じるようになった。
(…駄目だな)
知らないうちに、俺は変わっていってしまっているらしい。そもそもの俺は、誰かの物語を離れた場所から見守る傍観者でいなければならないのに。だからこそ、一人でいなきゃいけないのに。
(そうさせてくれないのは、一体何故だ?)
「何だか思い詰めた顔をしているね」
突然の声に振り返る。
「谷郷社長でしたか、お疲れ様です。それと…お久しぶり、ですね」
「そう言えば最後に会ったのは入社1日目の時だったね」
「あの後ちゃんとしたご挨拶も出来ず申し訳ありません」
カバー株式会社代表取締役社長、谷郷元昭。普段は多忙すぎて俺も入社初日以来一度も顔すら見ることも叶わなかった方が、なぜ今?
「そう畏まらなくていい。私ももっと気楽に話がしたい」
渦巻く思いで心臓がうるさい俺を知ってか知らずか、社長はあくまでフランクに俺に笑いかける。
「…して、社長は何故ここに?」
「なに、私もここから見る空が好きなだけさ。君と同じだよ」
「…左様で」
俺達の間を泳いでいく九月の風は、まだまだ夏の余韻を感じさせる。
「人は、一人では生きていけないよ」
「…お聞きしますが、その心は?」
「完璧な人間などこの世にはいない。だからこそ、他者と手を取り合って足りないものを埋めていくんだ。君もそうだったろう?」
「そりゃ小さい頃は。でも」
「完全な自立は誰にだって出来ないさ。私にもね」
「……」
「明日、星街さんとのツーマンライブがあるだろう。彼女の言葉を、想いを、どうか受け取って欲しい。他でもない君ならば受け取ってくれると私は信じているよ」
去る社長の背中に、俺は何も返すことが出来なかった。
そして。
「今日は来てくれてありがとう!みんなの為に全力で輝きます!どうぞよろしく!」
ツーマンライブの幕開け、トッパーの星街さんが会場のボルテージを上げていく。以前の様な伽藍堂ではなく、"スターの原石"に恥じぬライブをするアーティストへと進化を遂げた星街さんには目を見張るものがあった。
高鳴る鼓動、加速するBPMの海の中で、彼女は言葉を放つ。
「水面雫さん!あなたと出会ってから、私はやっとアーティストとしてのスタートラインに立つことが出来たと思ってます!あなたのライブが、あなたの言葉が、あなたの見ている世界が、私にとっての光です!」
あの夜のように言葉を攫う風はいない。ただ真っ直ぐな言葉が俺の心臓を深く抉る。
「あなたは自分のことを、誰にも観測されない微弱な音と、そう言いました。けど私はそんな微弱な音を観測した!あなたはもう一人じゃないんです!ここに来てくれている皆がいるし、何より私が一番傍にいる!」
息も絶え絶え、頬には涙。そんな状態でも確かに俺に届いてくるその言葉は。
「あなたの楽園に私はなりたい!願うなら私の手であなたを幸せにしたい!それくらい私にとってあなたは大切な人です!」
ただあの夜の言葉を繰り返しているだけ。だけど、
「私はあなたを、水面雫さんを、愛しています!」
あの夜攫われた言葉が、やっと掌に収まった。
想像以上の進化を遂げていた星街さんのライブに、少しだけ圧倒されていた。
(…愛しています、か)
社長の言いたかったこと、社長が受け取って欲しかった星街さんの想いがまっすぐ俺の中に入ってくる。トリである以上後戻りは出来ないし、躱すことも許されない。
「俺も、本気でやるか」
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(言った…やっと、雫さんに聞き取ってもらえた)
風に攫われた言葉をもう一度、雫さんに届けたかった。
ファンの皆には申し訳ない気持ちもあるけど、それでも優先したい思いが、言葉があった。
のらりくらりも避けられない、槍のようにまっすぐな言葉を。
あなたの手を取るために、逃げられない言葉を。
ピンスポットで照らされる彼のシルエットがいつもと違うことに気づいた時には、もう声も出せない状況だった。
今日の水面雫は何かが違う。否、おかしいと言った方が正しい気すらする。
「…確かに、良い舞台だった。認めよう。お前はもう前に見た時のような伽藍堂ではない」
賞賛されてるのにうまく喜べないほどの瘴気を身にまとった雫さんは、私を置いて言葉を研ぐ。
それは"いつも通り"の雫さんだけど、いつもの何倍も鋭利な言葉。
「愛していると、もう一人じゃないと、私が一番傍にいるとお前は言ったな。いつだってお前が私にかけてくれる言葉はまっすぐ心を貫く。この言葉達もちゃんと受け取った。その上で言わせてもらおう」
フードを深く被り、表情も読み取れない雫さんが息を吸って紡いだ言葉は、
「傍にいてくれと、一人にしないでくれと、私はいつお前に頼んだ?」
出会った日と同じ、明確な拒絶だった。
「お前はここにいる皆にとってのただ一つの星だ。私のような馬の骨にもなれない者より、目の前のファン達を照らす光であれ。それと間違うな。ここはステージ、戦場だ。己の音で命を削り、殺し合う場所だ。戦場に私情を持ち込んだ事がお前の弱さ。戦う気の無い奴に興味は無い」
瞬間、会場を包み込む殺気。会場全体が震えるほどの悪寒にまた涙が頬を伝う。
それは、拒絶によるものと、恐怖。
「さぁ、戦いの準備は整った。彗星の如く現れたスターの原石よ、愚直な故に弱い兵士よ、そして大衆よ。地下の小さなライブハウスの出だからと言って、名のしれないアマチュアだからと言って舐めないことだ。地下の世界は広く、お前達の見ている世界の何倍も、全く別の世界がある。そこで戦ってきた者として、私なりの敬意を評してお前達の固定概念を、心を、完膚なきまでに叩き潰す!」
「"蝕星の亡霊"水面雫、今夜一人残らず撃墜す」
「ちゃんと伝えてくれたところで、受け取りはしないけど」