先生が過酷したときの隠語ではない。
BG9に心はない。
無垢の魂魄は、ただセンサーに観測された数値からあらゆる事象を推測し、速やかに対象となる存在を駆逐するのみ。それが生まれながら魂にプログラミングされた規定であり基底。目覚めたばかりの模造の魂が情動を学習する前の、平坦に機械的な判断基準。
ゆえに、消えかかっていたはずの魄動が間近に感じられるほど力強く脈打ち、少女から爆発的な霊圧が吹き付けてきても、思考するのは驚愕ではなく次の一手。
「敵、霊力増大。反撃抑止。火器管制を全開放―――
武器格納庫である装甲を露出させ、そこから何十発もの誘導弾頭が白い煙を噴き上げて串刺しのアリスに殺到する。
彼女に回避や守りの素振りはなく、直撃の寸前まで吹き上がる霊圧だけが不気味に髪を揺蕩わせていた。
雷管発火、炸裂―――
青薔薇の花弁が咲き誇る。その衝撃波は凄まじく、爆発によって蒼い炎と共に周囲へ濃密な噴煙が広く舞い散った。小手調べを兼ねた初撃で敵の血装強度を参考に発破力を先よりも高めた高威力の爆撃である。並みの滅却師ならとうにバラバラかウェルダンとなっているところだが、BG9は慢心せず視覚センサーを切り替え、サーモグラフ状態で土煙の霊圧を探る。
そのとき。
「――――っ!?」
“グィン!”と突如突っ張った触手を起点に凄まじい力で引き寄せられる。咄嗟に抵抗するも、機械仕掛けのトルクをものともしないあまりのパワーに踏ん張ることも叶わず釣り上げられる魚のように鯖折り状態で機械人形が宙を舞う。
高速で背後に過ぎ去る世界。ほとんどがブルーで染められた視界の中、BG9が見据える先で赤い色彩の輪郭がポツリと待ち構えていた。高エネルギーの霊圧反応―――
フィルターを切り替え即座に反撃態勢を整えようとしたBG9の横っ面に、アリスの痛打が突き刺さる。
「……っグ、ぬゥッッ?!」
会心の一打を浴びた野球ボールみたくに反対方向へ吹き飛ばされる。頭部がそのままネジ切られんばかりの重いインパクト。痛みのない身体にも関わらず思わずうめき声が漏れてしまう。損壊のエラーメッセージが吐き出され情報処理回路に苦痛に似た負荷を知らせてくる。
頑丈なヘルム型の装甲が小ぶりな拳大にへこみ、受けた威力の程を思い知らせた。引っ張られた加速度を加味しても華奢な少女の腕力とは到底信じがたい。
まるでどころか、油切れのロボットそのものな挙動で首をぎこちなく動かし体勢を戻そうとするも、再び触手に感じた牽引力が彼を地上に引き戻す。
迎えるは触手を握り半身をひねったアリス。二度目はないと逆に触手を手繰り彼女の体勢を崩そうとしたBG9だったが、敵の身体にいまだ深々と刺さる触手は一本たりとも動かない。押すも引くも、微動だにしないのだ。その手応えのなさは、まるで地盤そのものを持ち上げようとしているかのような無謀さを
高解像を誇るモノアイがアリスの傷口付近に走る血装の痕跡を見る。それは触手にまで侵食するかのように及んでおり、血装を使って自身の身体と触手を切り離しができぬよう接合しているのだと悟った。
と同時に、把握するもうひとつの事実。
――血装には、防御を高める
つまり、先ほど体感したアリスの規格外の膂力は血装ではなく、躯体由来ということである。
「くッ、ぬぉォっ!」
ならばと腕部を変形させ青白い燐光を散らす霊子のビームブレードを展開。滅却師の汎用武装『
だが、その危険性を察知したアリスが手綱を操るように触手を振り回し、BG9を壁や地面に幾度も叩きつけた。生身のそれより遥かに重量級であるはずの身体をオモチャ同然に翻弄するアリスの姿はまるで癇癪を起こした子供のようだ。
「ギ、ギギ……ぃ、が……カッ」
ブレードで触手をみずから切断し、暴嵐の魔の手から逃れたBG9。竜巻に巻き込まれたかのような被害によって、彼の装甲はベコベコだ。スリットから覗く単眼の光は不規則に明滅し、脳内でエラーコードが頻発され回路を圧迫し続けている。
それでも、戦闘に支障が及ぶような致命的ダメージだけは辛うじて避けていた。
「ァ、ゲ……フふ、ザけ、ェッ、な……ッ」
平らな声音がわずかに波打つ。無垢な疑似魂魄を塗りつぶしていく赤き衝動。何から学習するでもなく、己の晒された理不尽な苦境に初めて抱いた偽らざる激情。
ただ目標を駆逐するだけの機人聖兵は、この怒りを発端に心を誕生させた。
――
「フざけるナ……っ」
起動前の、情報収集のための集音機が自動的に拾っただけの何気ない男の一言。それがやたらとBG9の記憶領域で耳障りに木霊している。
かつてならそうだと当たり前に受け入れていた純粋な事実だ、含みはない。なのに、現在はなぜこれほど神経を逆撫でするのか。
――
――エーテルラントの
――
「
憤怒が膨れ上がった霊圧となって弾けた。
「ワタシは当て馬ではないっ。ワタシは不要なスペアなどでは断じてないッ! 量産品であろうと、ついでであろうと、創造主によってこう望まれ造られたのだっ! 与えられた命令を遂行する、冷徹無情な抹殺兵器たれと!
不完全なのは貴様の方だ
貴様ごときの踏み台になどされて堪るものかっ、ワタシこそが―――――」
光が両腕に収束する。構えたるはガトリング砲が二門。Bロットシリーズ共通の霊子兵装である彼の『
「ワタシこそが……ッ!」
重々しい発砲に重なって血を吐くような吐露が溢れる。
訓練場に目映く瞬く蒼白い砲火。毎秒数百発単位で発射される音速突破のAP弾は、分厚い鋼鉄の障害すらもアルミホイルのごとく引きちぎり紙屑同然に変えるポテンシャルを持つ。一門だけでもそれなのだ。そんな連射がそう長くも続けられるはずがなく、霊力の限界という名の弾切れは約一分と経たずに訪れた。
だとしても、度重なる貫通力改善を極め、動血装回路をフル稼働させての弾幕掃射の二重奏。静血装をどれだけまとっても強度限界は必ずある。あれだけ負傷を抱えては回避もままなるまい。決着は着いた。
はず、なのに。
「……な、に」
依然、目標は健在。詳細に索敵せずとも、霊圧反応はいまだそこに在り、舞い散る硝煙と粉塵の切れ間から無骨な鋼鉄の姿が現れる。
巨大な……箱形のオブジェクトか。用途の図れない金属質感の四角がいくつも組み合わさって出来上がる長方形の鉄塊。おそらくそれを壁にして隠れるように、アリスは銃弾の掃射を凌いだのだ。正体は不明なれど、その強度はBG9の
少女の身の丈を上回る鉄塊が霊子の粒に還元され消えた。とすれば、あのオブジェクトがアリス固有の霊子兵装……。
「お、のれ―――ッ?!」
納得も束の間、突然腕に不可解な加重がかかる。本来の重量が何十倍にもなったような、降りかかる圧力に肩部が軋みを上げた。
ガトリングが到底抱えていられないほど重くなり、先端が床にめり込む。
そして“ヒュン”と風を切る音がBG9のすぐそばを通り過ぎ……“ゴドっ”、“ドズンっ”。
「ぐぉぉおおおッッ!!?」
肩口から先を何かで
鋭利な断面から血液を模した赤い循環液が凄惨に噴き零れていく。血装ですぐさま傷口を閉鎖したが、もはや弓を扱うことはできないだろう。
音の正体は、触手だった。アリスが自分の矮躯に刺さる手頃な触手を雑に引き抜き、鞭のようにして振るったのだ。大気を破り亜音速に達した先端が鋭い刃物と同等の切れ味で腕を切り落としたと考えられる。紋様走る様子からして、血装で強度と靭性、あるいは攻撃性を上昇させたのは想像に難くない。
「……弓すら、遣わないつもりか。
そうやって、ワタシを見下すのか。憐れむのか。弄ぶのか。創造主からの寵愛をより深く受けた側だからと? ―――馬鹿なッ!!」
怒声が弾け、最後の切り札が姿を現す。
胸部から腹にかけての胴体が花開くように展開し、大口径の砲身が首を伸ばした。
「ならば受けるがいい! 我が
にわかに収束し、圧縮されていく霊子が、共鳴を起こして甲高い歓喜に啼き喚く。枯渇したかに思えた霊力に喝を入れ手を付けてはならない領域の
これこそが、機体に搭載された魂魄そのものを切削し起爆剤にして放つBロットシリーズ……BG9の決戦形態。
――『
「終わりだっ! AL-1Sっ!!!」
全てを滅却せし聖なる輝きがスパークを散らして放たれんとしたとき。
刹那、BG9のモノアイは捉え、理解する。
貫かれて以降、不気味な沈黙を保つ少女、アリス。表情を覆う前髪の下、感情のない無機質な瞳が、爽やかなスカイブルーから、美しくも毒々しい警戒色のようなマゼンタに煌めき。
彼女の両手に先ほどの巨大な鉄塊から握られ、開いた装甲の内側から覗くバレルの砲口がこちらを見据えていることを。
己と同じか、それ以上の莫大な霊子が、凄まじい凝縮率で渦を巻いて増幅器内部に充填されていくことを。
縮褪炉のごときその熱量を見て、アリスの神聖弓が何をモチーフにしたモノであるのかを。
音は聞こえない。ただそっと……少女の唇が動くのが見えた。
「―――スーパーノヴァ」
破滅の号砲が両者から放たれ、衝突。
混ざりあい、食らいあった爆光の奔流が力の逃げ場を求め、空間全てを埋め尽くした。
一話のはじまりから終わりまでで急成長
主人公かよ