この学生、元放置提督 世界が変わっても、やることが変わっても、いつも通りにする。ただそれだけ   作:七福えると

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影響力

書類の書く音が部屋に鳴る。二人分の呼吸音と相まって、この部屋内だけ緊張が走っているかのように思える

 

 

元師「次は?」

 

大淀(元師)「中部海域の情報です」

 

元師「突破はまだ無理か?」

 

大淀(元師)「不可能です。練度を更に上げた艦娘を増やして戦術の幅を広げるのはどうでしょうか?」

 

元師「装備の見直しは?」

 

大淀(元師)「行いました。しかしその上で申し上げます。突破は不可能です」

 

元師「…そうか」

 

大淀(元師)「カッコカリ指輪の数を増産しませんか?私だけではやはり限界があります」

 

元師「…良いのか?」

 

大淀(元師)「構いません。それくらいのことで私が初めてなのは変わりませんから」

 

元師「…良い女だな」

 

大淀(元師)「貴女の女ですよ?」

 

元師「……」

 

 

顔が少しだけ赤い。照れが目に出ているのか、僅かながらに潤んでいる

 

少し距離を詰め、椅子に座っている彼女に近づき、頬に手を当てて指で少しこぼれそうになっている涙を親指でそっと拭う

 

嗜虐心がくすぐられる。このまま頬にキスでもしたくなってしまう程に

 

 

大淀(元師)「さて、冗談はこれくらいにしましょうか」

 

元帥「……うん」

 

 

普段現場で指揮を執っているとは思えないほどの幼い少女の様な声。普段はひた隠しにしていた素の自分が顔を出しているのか、とても愛らしく思う

 

出来る事なら、コレからも私にだけはその顔を見せて欲しい。立場から難しい事だとは思うけど、些細な我儘位は言っても良いでしょう?

 

 

大淀(元師)「…さて、それじゃあ引き続き書類を進めましょう。カッコカリ後の動きについてですが…」

 

元帥「大淀」

 

大淀(元師)「はい?」

 

元帥「断言は出来ない。それは謝らせてくれ」

 

元帥「いつか…私の名前を教える。そう遠くない未来で。約束しよう」 

 

大淀(元師)「…ホントですか?」

 

元帥「嘘は言わない。知っているだろう?」

 

大淀(元師)「……はい。とても良く、存じています」

 

 

…名前を教える。それはつまり、カッコカリではなく、本当の結婚ということ

 

私達艦娘は提督の名前を知らない。それはここだけではなく、全ての鎮守府で存在する提督達にとっては周知の事実。その理由は戦争を考慮しての事だ

 

世間一般で聞く名前。そこに提督の名前があった場合、当時の戦争をフラッシュバックしてしまう可能性がある。せっかく勝ち得た平和を日常の中でフラッシュバックという目に見えない恐怖で縛るわけにはいかないからだ

 

だがそれに異を唱えて名前を教える。それはつまり、艦だった頃の名前しか持たない私達にとっては、提督の名前というのは苗字に当たる。つまるところ、プロポーズだ

 

これは建造やドロップで産まれた私達が自分を証明するための一つである。証明の中でも、最上級に嬉しい贈り物と言っていいだろう

 

 

元帥「……今度はお前が顔を赤らめる番だな」

 

大淀(元師)「…意地悪な人」

 

元帥「誉め言葉として受け取っておく」

 

大和(元師)「…発言してもよろしいでしょうか」

 

元帥「あぁ。すまない。待たせたな」

 

 

……忘れてた。なんて言える雰囲気ではない。顔は笑顔だが、ほんのわずかに頬がピクピクと動いている

 

だが顔は赤い。これから起こることを予期しての事だろう。だがその気持ちは良く分かる。私もそうだったし、現に目の前で晒したのだから

 

 

大和(元師)「私に指輪を渡していただけると。そう思ってよろしいでしょうか?」

 

元帥「そうだ。大和、お前に指輪を贈りたい」

 

大和(元師)「指輪をいただくことに問題はありません。しかしながら提督。私にも提督のお名前を教えていただきたいのです」

 

元帥「…やはりか」

 

大和(元師)「駄目でしょうか?」

 

元帥「………駄目だ。なんて言うと思うか?目の前でアレを見せたのに」

 

大和(元師)「…ありがとうございます。アレを見せられた上で駄目だ。なんて言われたら、嫉妬で狂ってしまう所でした」

 

元帥「ただし、教えるという事は信頼しての事だ。例えどの様な場所。場合であっても教えることは断じて許さん。例え酒の席であっても、泥酔してもだ」

 

大淀(元師)「はい。存じております」

 

大和(元師)「ポーラさん辺りの飲兵衛さん達が不安ですけどね…」

 

元師「まぁ…うん。流石にポーラもそこまで馬鹿じゃないだろう。おそらく、多分。きっと…」

 

大淀(元師)「だ、大丈夫ですよ。ポーラさんも飲めば半裸や全裸。お酒で誘えば何でもしてくれるのを除けば大丈夫ですから」

 

元師「…しかし、大和は確実に今後も必要とすることは確実だとして、他には誰に対して渡せばいいんだろうか」

 

大淀(元師)「それを決めるために私たちがいます。まずは提督自身のお名前を知っても漏らさないと確信を持てる人を選ぶべきかと」

 

元師「待て。私が名前を言うのは確定なのか?」

 

大和・大淀(元師)「「当たり前じゃないですか」」

 

元帥「…慕われていると。喜んだらいいんだろうな」

 

大和(元師)「当然です。提督、自信をお持ちください。私達は貴方を見て、この人になら背中を任せられると思っているんです」

 

大淀(元師)「提督は私達の事、お嫌いでしょうか?」

 

元帥「……その言い方はずるいぞ」

 

大淀(元師)「こうすれば折れてくれると、あの鎮守府の大淀から教えてもらいまして」

 

元帥「…大方、提督も似た方法で折れてるんだろうな」ククッ

 

大和(元師)「…提督。一つよろしいでしょうか?」

 

元帥「なんだ?」

 

大和(元師)「私達の練度を上げ、それでも敵わなかった場合、あそこに協力を求めるのはどうでしょうか?」

 

元帥「……それは前線に出す。という意味ではないな?」

 

大和(元師)「はい。しかしこれは、あくまで最終手段として。です」

 

元帥「仮に私達が突破出来ず、あの鎮守府(提督)に頼る事になった場合、以降の海域は全て彼処の鎮守府が主導して動かす事になるだろう」

 

大淀(元師)「更にそれが成功もしてしまえば、今後私達はあそこに頭が上がらない事になりますね」

 

元帥「ただし失敗した時のデメリットがデカい。というより彼処が崩れたら私達の作戦。その根幹が崩れ去ってしまう」

 

大淀(元師)「……もし、そうなってしまえば」

 

元帥「和平がまた更に遅れるだろうな。今となってはあそこの活躍無くしてここまで来れなかった。というのもある」

 

大和(元帥)「…提督。私はあそこにそこまで詳しい訳ではないのですが、そこまで仰るほどに影響力があるのですか?」

 

元帥「あぁ。あそこはトラック泊地の領域だがな、鎮守府海域一体は完全な中立地帯一歩手前ってとこらしい。おかげであの一帯の鎮守府が少し暇を持て余してる位だそうだ」

 

大和(元帥)「……本当ですか?」

 

大淀(元師)「艦娘、妖精さん、提督。トラック泊地近辺に在籍している全ての人員から証言を集め、付近一帯の深海棲艦の目撃情報はあっても攻撃が無いことから、一部を除き、ほとんどが完全な中立地帯として確立されております」

 

大和(元帥)「…にわかには信じられません」

 

元帥「私もだ。彼処の鎮守府だけが動いたというわけでは無いのだが、動き出しと他鎮守府への呼びかけ。更には深海棲艦との直接のやり取りについてまで。全て彼処が取り仕切っている」

 

大淀(元師)「まぁ、その業務の大半は周りに押しつけているって、たまにあちらの大淀さんから愚痴られますけどね」

 

大和(元帥)「…いえ。寧ろそれが最善でしょう。細かい取り仕切りを彼に任せては恐怖でしかありませんから」

 

元帥「無能という意味でか?それとも反逆としてか?」

 

大和(元帥)「……命知らず。という意味でお答えさせていただきます」

 

元帥「つまりは無能ということだな。ま、それが妥当な評価だ」

 

大淀(元師)「それでは…」

 

元帥「あぁ。当初の予定通り、私達であの海域を突破する」

 

大淀(元師)「承知いたしました」

 

大和(元帥)「…では、私も失礼させていただきます」

 

元帥「あぁ。二人とも、ご苦労だった」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

提督「次の海域は?」

 

大淀「順当に行って、南西諸島はどうでしょうか?」

 

提督「んー…やっぱそうだよなぁ」

 

大淀「何か懸念される点でも?」

 

提督「ペースが速すぎるんじゃないかと思ってな。まだ完全に海域を平定出来たわけじゃない。そんな状況で先に進んでも良いものかと思ってるんだ」

 

大淀「平定って…意味分かって言ってますか?」

 

提督「辛口だな…武力による平和だろ」

 

大淀「提督のしたことがそれだと?」

 

提督「あぁ。それで問題は無い。無いんだが、な。深海棲艦の半数がそれに納得してるだろうが、残りの半数は分からないしな」

 

大淀「…半数と分かる理由何でしょう?」

 

提督「アンケートを取った」

 

大淀「……深海棲艦に?」

 

提督「あぁ」

 

大淀「………はぁ」

 

提督「その反応は傷つくぞ」

 

大淀「すみません。そういえば提督が無能だった事を改めて再認識しまして」

 

提督「…泣きたい」

 

大淀「嘘をついている可能性。協力してコチラを騙そうとしている可能性。そもそもアンケートなんていう単純な物で推し量ろうとしたのは愚の骨頂と言っていいでしょう」

 

提督「…ていうか大淀。なんか口悪くなった?そこまで思われてるのは知ってたけど、そんなにペラペラ喋る性格してたっけ?」

 

大淀「……あ…」

 

提督「……大淀。少し休むか?昼にはまだ早いけど、普段が普段だ。早く休んでも誰も文句は言わないだろ」

 

大淀「……そう、ですね。ありがとうございます」

 

 

ドアノブに手をかけ、扉を開けて退出する。やがて後ろで扉が閉じきった瞬間、提督に一言も告げる事なく部屋を出てしまった

 

気遣っていただきありがとうございます。その一言のお礼を言えばよかったと今更後悔していた。ただし戻って言うのも余計に変だと思わせるだけだ

 

…いや。それでも言うべきじゃないだろうか。そう考えて再びドアに向き直ったが、やはり変だと思ってその場でクルクルと何往復かする

 

何で私はこんなに悩んでいる?どうして先程から考えが無意味に頭を何度も過るんだろうか?

 

思い切ってその場から離れた。そうすべきと判断したわけじゃないが、身体がそうしたいと思ったのか、自然と足が食堂へと動き出していた

 

しかし頭の中は未だ先ほどの行動に悩ませている。それがどうしても気持ち悪くて、少し頭がフラフラする気がするし、体が何だか重く感じる

 

今の私は何か変だ。いや、もしかしたら前からこうだったのかも知れない…?

 

…いや。何を考えているんだ。そんな理由無い。そうする理由が無い

 

やはり疲れているのか。今日はもう休んでしまおうか

 

…けど、休むと言っても何をすれば良いんだろう

 

 

大淀「…私。本当にどうかしちゃったみたい」

 

雷「大淀さん?」

 

大淀「雷ちゃん。どうかしましたか?」

 

雷「…なんだか元気がなさそうに見えて。何かあった?」

 

大淀「いえ。私は別に…」

 

雷「ウソ。大淀さん、何か隠す時って目が左上に向くもの」

 

大淀「それを言うなら右上…って、違いますからね」

 

雷「引っかからないか。でも、ホントに何かあった時の顔してるわよ。顔色悪いもの」

 

大淀「……少し、自分が怖くなりまして」

 

雷「…皆出撃に行ってるから部屋に誰もいないわ。そこで話しましょうか」

 

大淀「…では、お言葉に甘えて」

 

 

雷ちゃんに先導される形でその小さな背中についていく。その背中からは普段から私に任せてと胸を張り、自信に満ち足りた何時もの雷ちゃんがそこにいた。今の私とは正に正反対と言えるだろう

 

ふと、部屋に向かう途中で窓ガラスに映る自分の姿が目に映った

 

普段通りの服。普段通りの指輪。そして普段通りとは言えない顔色の自分が映っていた

 

見るからに顔色が悪い。しかし顔が青いというわけでも暗いというわけでもない。普段通りの顔。だがその目が酷く濁っているように見えた

 

まるで普段見る提督のような目をしている。もしかして提督も普段からこのような考えに悩まされているのだろうか

 

雷ちゃんは振り返らなかった。時折鏡に映る横顔からは後ろを伺うように横目で窓ガラスを覗いており、その様子から常に私を伺っている事が分かった

 

……あぁ。そうか。提督が私達と初めて会って間もない頃、どうにも距離感を感じていたが、その正体が今になってようやく分かった

 

嫌なのだ。あの視線が。可哀想を見る目。そして同情されるようなあの接し方が。たまらなく辛いのだ

 

この場から逃げ出したい。嫌だと叫びたい。目と耳を塞いで完全にシャットアウトしてしまいたい

 

そんな考えはきっと雷ちゃんにはないだろう。ましてや微塵もそんな事を相手に感じさせたいとは思っていないはずだ。何故なら当時の私もそんな事を考えていなかったからだ

 

何故、私は今になってこんなことを考えているのだろうか。何故、今になって私はこんな思考に頭を悩ませているのか

 

私はこんなんじゃなかった。私はもっと自信に満ちていた。私はあの頃の私じゃなくなった。なのに、なのにどうして今更、こんな…

 

 

雷「大淀さん」

 

大淀「は、はいっ!?」

 

雷「ほら、着いたわよ」

 

大淀「あ、すみません」

 

 

靴を脱いで入口近くにある靴箱にしまい、歩きなれた場所を進むように雷ちゃんは部屋の奥へと進んでいく

 

第六駆逐隊の部屋はすっきりとしていた。本の整理がしっかりとしているし、皆の趣味や生活の跡なんかが至る所に残されていた。出撃前に少しおやつをつまんだのか、お菓子袋に輪ゴムがされて籠の中に入っていた(あからさまに隠し撮りされたような提督の写真が飾ってあるのは無視した)

 

 

雷「ほら、ここに座って」ポンポン

 

大淀「あ、えっと…し、失礼します」

 

 

隣に座るように促されたので、ひとまず誘われるがままにそこへ座り、そして雷ちゃんが今度は膝を折りたたんで指を自身の膝に向けて指していた。そこに頭を置いてほしいという意味なのは明白だった

 

そしてどういうわけか、私はその誘いに乗ってゆっくりと頭を小さな膝へと乗せた。膝の上とは思えないほどに安定していて、肌の感触が髪を伝ってしっかりと感じた。これが人に甘えるということなのを改めて思い出した

 

 

雷「悩みがあるのなら聞いてあげるわ。だから、話しちゃいなさい」

 

大淀「……雷ちゃんは、自分に自信が無くなったこと、ありましたか?」

 

 

数巡の間。僅かな間は計り知れない程に重々しく、そして見上げる彼女の顔には、ほんの一瞬だけ目が遠くを見つめていた

 

 

雷「…あるわ」

 

雷「前任がいた時、第六駆逐隊で出撃してた。とれない疲労と僅かな弾薬だけを持って海域に」

 

雷「今では平和になってるけど、鎮守府正面海域で何度も敗北し、撤退しては怒られて殴られて…」

 

雷「でもね、それ自体は慣れたこと。だから別に折れることは無かったわ」

 

雷「…問題は、皆が沈んだ後よ」

 

大淀「…前任が大破進撃した時、ですね」

 

雷「えぇ。こっちは第六駆逐隊の4人だけ。しかもその4人全員が大破。そんな時に前任は、死ぬ気になれば何とでもなる。寧ろ死ぬ寸前のお前等なら何があっても生き延びるだろう」

 

雷「ふざけんじゃないわよ。それで勝てたら戦争は終わってるわ」

 

 

心の奥底から湧き出た言葉。そこには隠しようもない憎悪と怒りが感じられた。それを私は何をするわけでもなく、ただ目を開いて聞いていた

 

提督も同レベルの事を何度か言う。その度に無茶を言うと思うが、それでもあの人の言葉には優しさがあった。そんな物と比べようもないほど、あの人の言葉は怒りの対象でしかなかった

 

私の考えを知ってか知らずか、雷ちゃんは私の頭に手を伸ばして撫でてくれた。その手が触れた瞬間、僅かな震えがあったのは心に留めておいた

 

 

大淀「…あの時、止められなくて本当に「いいの」」

 

雷「あの時、大淀さんは通信越しでも分かるくらいに叫んでたのをハッキリと覚えてるわ。だからもういいのよ」

 

雷「…それに、どうしたっていつかはああなってた。その時が来た。あの場にいた全員がそう考えたわ」

 

雷「だから私達は少しでもこの事を前任に報告しようとしたの。今後、同じ娘が出ないように今回の様な作戦は二度とさせないためにもね」

 

雷「そこで生き残りとして選ばれたのが、当時練度が一番高かった私だった。と言っても、ここまで言わなくても大淀さんは知ってるわよね」

 

大淀「…勿論です。今まで沈んでしまった仲間全て。この記憶にハッキリと覚えています」

 

雷「そう。なら続けるわね」

 

雷「その後はただ撤退するだけだった。命令無視をしてまで必ず伝えるべきだと思ったから。でないと他の仲間が犠牲になると思ったから」

 

雷「流石に艦娘が少なかった。だから解体はされないんじゃないかと思っての行動でもあったけど、まぁ、可能性としては2割位ね」

 

雷「……そして帰る道中、深海棲艦と遭遇して…響が沈んだ。暁が沈んだ。電が沈んだ」

 

雷「皆が言う最後の言葉。それはたった一つ。生きて帰って。その一言だけだった」

 

雷「…そして私は帰投したわ。今回の作戦についての欠点。艦娘についての対応。果ては提督個人としての話までしたわ。話したら止まらなくってね」

 

雷「解体されても構わなかった。それが沈んでしまった皆への、他の仲間達の為になると思ったから」

 

雷「けど帰ってきた言葉は少しだけ。艦娘の分際で生意気を言うな。お前は帰って来たのだから良いだろう…って」

 

 

雷ちゃんの目から涙がこぼれ、私の顔に落ちた。それに気づいて雷ちゃんが私についた涙を拭い、私は雷ちゃんの涙を拭う事にした

 

私もあの時その場にいたから知っている。雷ちゃんが提督に向かって泣きながら話していた時の顔。アレは紛れも無い怒りだった

 

けど前任はそんなのを気にも止めていなかったのか、退屈そうに窓の外の景色を見ていただけだった。それはただ騒音を聞き流すようにただ他所を向いていた

 

殴りたかった。でも出来なかった。その勇気が当時の私には無かったんだ

 

雷ちゃんはおそらくそれを知らない。でなければ前任がどうしてわざわざ話を聞いていたのか知っているはずだからだ

 

これは言うべきではない。言ってしまえば更に傷つけてしまう。それは確かな事だった

 

 

雷「ゴメンね。大淀さんの話を聞いてあげようとしたのに、私の話になっちゃって」

 

大淀「良いんです。寧ろ私こそ止めれば良かった」

 

雷「…不思議よね。大淀さんも知ってることの筈なのに、改めて口に出して話すだけで気分がスッキリとするの。忘れちゃいけない記憶で、大切な事のはずなのにね」

 

大淀「…それは雷ちゃんが、本当に辛かったからスッキリしたんじゃないですか?」

 

雷「……そうなのかもね」

 

大淀「…膝枕、代わりますよ。今度は私が膝枕しながら話しますから」

 

雷「…ぷっ。何それ」

 

大淀「こういうのも良いじゃないですか。私が雷ちゃんに膝枕をしてあげたいんです」

 

雷「…分かったわ。それじゃ、お願いしようかしら」

 

 

二人しかいない部屋で外からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。自分ともう一人の呼吸と声が部屋の中で響き合いながら、私達は互いに話し合い、やがて先程までの感情は何処かへ消えさっていた

 

 

雷「さて。話も長引いちゃったし、お茶でも汲んで『ズキッ!』っう!」

 

大淀「大丈…『ズキッ!』いっ…!」

 

雷「…今度から、座って話しましょうか」ズキズキ

 

大淀「…賛成です」ズキズキ

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