鳰紫の教鞭   作:常世さん

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 契約書を懐へと収めて、理事室を後にする紫。その背後では、扉越しでも分かる破砕音が聞こえたが、彼の知った事ではない。

 来た時の様にエレベーターの前へと辿り着けば、独りでに扉が開く。

 中には一人の先客。

 

「クククッ、初めまして鳰紫先生」

 

「そうですね。こうやって、顔を直接合わせるのは初めてです」

 

 エレベーターの扉が閉まり、紫と先客の二人きり。

 黒のスーツを着た人型。人間と称さないのは、その頭部が既存の生物の範疇から外れた異形とも言うべき見た目だからか。

 毛髪の無い漆黒の鏡面の様な頭部に、亀裂が口と隻眼を表現し、その眼に該当する亀裂から黒い炎の様なものが吐き出されている。

 明らかな人外だが、紫は気にも留めずいつもの微笑みを浮かべ、腰の後ろで両手を緩く組んでいた。

 

「やはり、気付いておられましたか。流石は、鳰先生」

 

「持ち上げてくれますね。私は、そんな大層な存在じゃないんですけど」

 

「ご謙遜を。生徒とはまた違う神秘をその身に宿し、そして生徒たちとは比べ物にならない程に使いこなす。それこそ、貴方が本気でキヴォトスの転覆を行おうと思えば、三日と掛からない事でしょう」

 

「やれやれ、そんな物騒な評価を外で言われると変に警戒する子が増えてしまうんですけどね」

 

「ククク、確かにそうかもしれませんが、私は評価というものは正しくすべきだと考えていますので」

 

 丁寧な口調ながらも、その本質を掴ませようとしない異形。その話術は、紫のモノにも通じる部分がある。

 妙に長いエレベーターの移動。しかし、特別危機感を覚える事無く、紫は異形へと水を向けた。

 

「美辞麗句も良いんですけど、本題を話してもらえますかね」

 

「これは、失敬。何分、貴方は我々の仲間内でも注目の的ですから」

 

「ふむ………その、我々、というのには突っ込むべきですか?」

 

「ええ、勿論。これは、先生の勧誘なのですから」

 

「私を?」

 

「ええ。我々、ゲマトリア。私の事は、黒服とお呼びください」

 

「ゲマトリア……黒服君は、私にその集団へと加入してほしい、と?」

 

「はい。先生にとっても、悪い話ではないかと」

 

 淡々と語る黒服。横並びの、紫はそんな異形へと一瞥をくれる事もない。

 

「お断りします」

 

「そうですか」

 

「黒服君は言わずとも分かっていそうですが、私が求めるのは子供たちの未来です。自分たちの目的の為に、子供の未来を奪う君達と歩調を合わせる事は出来ませんね」

 

「それが解せません。何故、先生はそこまで子供たちの未来に拘るのですか?いえ、コレはちょっとした好奇心というものなんですが」

 

「……黒服君。君は、永遠に生きる命をどう思いますか?」

 

「フム、私の様なものにとって、時間とはどれだけあっても良い物ですからね。嬉々として探求を突き詰める事でしょう」

 

「私は、永遠に生きるのは死んだも同然だと思うんです」

 

 閉じたままの扉を眺め、紫はその眼を細める。

 

「矛盾しているようにも思えますが、死という終わりは人間が今日を生きていく上での活力になるんです。終わりが無ければ、人は堕落し、そして心が死んでいく。心の死んだ人間は、最早呼吸するだけの肉塊と何ら変わらない」

 

 鳰紫。その本名を、大生部多(おおうべのおお)と言う。

 彼は、ある目的の為に千年以上の時を生きた。

 生きて、生きて、目的を果たして死んで。そして今、ここキヴォトスで教職紛いの事をしながら生きている。

 

「不死者には、未来が無い。何故なら、彼らは未来を見据える必要が無いから。今日をダラダラと続けていれば生きていけるから。だからこそ私は、これからの未来を作っていける子供たちを愛しているんです」

 

 辛く苦しい道であろうとも、それでも立って歩く子供たちの姿は紫にとって太陽の様に眩しい。

 そして、その眩しさこそが彼にとっては実に心地いい。

 

「…………やれやれ、我々とは相容れない訳ですね」

 

「ふふふっ、そう心配せずともよっぽどの事が無ければ私も君達に手出しをする事はありませんよ。ただ――――」

 

「ええ、余りにも度が過ぎれば天罰が下る、という事ですね」

 

 静かな会話の中で、エレベーターの指定階への到着を報せる音が鳴る。

 

「私は、ここで失礼しますよ、先生。また、何れ」

 

「ええ、さようなら」

 

 扉が開いた先は、先を一変たりとも見通せない暗黒。

 黒服は、躊躇う事無くその闇の中へと足を踏み入れ、エレベーターを後にする。同時に、何事もなかったかのように扉が閉まり、五秒後に再び開いた。

 そこにあるのは、カイザーPMCの一階。

 空間でも歪ませていたのだろう。紫は、そんな事を考えながらエレベーターを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粉砕された机。キャスターが壊れ、役目を果たせなくなった椅子。砕けたランプシェード。

 荒れた室内で、カイザー理事は肩で息をしていた。

 

「ハァー……!ハァー……!あの男め……!!!」

 

 漏れ出るのは、怒気。

 シャーレの顧問を名乗った先生に良い様にしてやられ、更に資金援助を行っていた存在からの契約打ち切り。

 僅か一週間程度で、数十年規模の計画が水泡と帰した。

 憤死しそうなほどに拳を握り締め、しかし失脚するのは時間の問題。

 であるのならば、どうするか。後を気にする必要のない、悪意を持つ大人程質の悪い存在はいないという事だ。

 取り出すのは携帯端末。

 

「――――ああ、私だ。奴だ、奴を差し向けろ……手に入らないのならば、()()()()()()()()()()()……!!」

 

 彼らの中に自業自得という言葉はない。良い事があれば自身の力を誇り、悪い事があれば他人を羨み足を引っ張る。

 それが、大人の悪意だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫定的、というか繰り上がる形でアビドスの生徒会長へと据えられる事となった小鳥遊ホシノ。

 内心は複雑であれども、頼られれば断れない。しかし、荷は重い。

 机に溶けながら書類を片付けていれば、にわかに外が騒がしくなり始めた。

 紫の連れてきた生徒たちの賑やかな、騒がしさ――――ではない。

 

「んん~~~……?」

 

 だらりと机に乗せられていた上半身を持ち上げてから、ホシノは椅子を利用して振り返る。

 大きな窓。その向こうに広がっているのは砂を被ったゴーストタウンに囲まれた、校庭だけ。

 

 本来ならば。

 

「うへー、また変なのが湧いてるねぇ……」

 

 口ではダルそうにしながらも、その行動は的確にして迅速。

 己の装備である、折り畳み式の盾とショットガンを手に取り、窓を開けると飛び出していく。

 

 彼女が見つけたもの。それは、ゴーストタウンへと迫ってくる巨大な砂煙と、その砂煙を巻き起こしているであろう巨大な存在。

 アビドスの照り付ける太陽の下。輝くのは、白色の金属装甲。

 その頭上には体格と同様に巨大なヘイローが浮かび、巨体をくねらせるだけでも周囲の被害は甚大の一言に尽きる。

 

 巨大な機械の蛇がその身をくねらせて、ゴーストタウンを粉砕せんと現れた。

 

 行動が速かったのは、アビドス対策委員会、もとい現アビドス生徒会の面々。

 避難誘導を行う。

 その傍らで、小さなピンク色が駆け抜けていく。

 

「…………」

 

 駆けながら、ホシノは思考していた。

 何故急にあんな怪物が現れたのか、戦力差はどうなのか。相手の武装は、そもそも勝ち目はあるのか。

 色々と浮かんで来るが、その中で一つ彼女の心に留まるものがあった。

 

「……先生に、頼まれちゃったからねぇ」

 

 あの、全てを一人で熟してしまいそうな優男に頼まれたのだ。勿論、頼んだ彼もホシノが無茶をする事を望みはしないだろう。

 それでも、ホシノは駆ける。

 彼女は、感謝していた。警戒し、そして疑いの目を向けようとも、同時に先生である紫に感謝していた。

 そう、感謝しているのだ。

 アビドス復活へのおぜん立てをしてもらい、生徒数も一気に増えた。

 しかし、抱いた感謝を返す方法が分からない。感謝を向けられる側の紫にしても、気にする事はない、とそう言うだろう。

 

 小鳥遊ホシノは、感謝している。そして、一方的に積み上げられる恩に対して報いたいと思う。

 

 だから駆ける。引き金を引き、攻撃を受け止め、反撃をぶっ放す。

 不器用な少女には、それしかなかった。

 

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