鳰紫の教鞭 作:常世さん
「うへー、本っ当に硬いなぁ」
岩陰に隠れながらリロードをしつつ、小鳥遊ホシノはぼやく。
戦闘を開始して、速攻で彼女は巨体の顔面付近に張り付くと、神秘を込めたショットガンの射撃を行って砂漠側にまで誘導を行っていた。
偏に、アビドス自治区に大打撃を与えないための行動だ。
しかし、ここからが問題だった。
キヴォトス最大級の神秘を有するホシノは、三大学園の最強達と肩を並べても遜色ない実力の持ち主だろう。
その一方で、どんな強者であろうとも相性というものがある。
ホシノの場合は、その武器種による射程。どうしても接敵距離が近くなる。
その上、相手は高威力のミサイルと、岩をも溶かす熱線をぶっ放し、砂中を泳ぐように移動する機動力も有していた。
更に更に、相手の装甲は硬い。距離減衰の大きいショットガンでは、やはり近付かなければ痛打になりえない。
「…………やるしかないよねぇ」
スッとホシノの目が細まり、その小柄な体のどこに隠れていたのか膨大な神秘が溢れ出す。
特攻。過去の影響か、彼女の勘定にはどうしても自分の事が抜け落ちていた。そして、彼女自身が強い事も相まって、この勘定を誰かが正した事もない。
岩陰から飛び出す。当然ながら、その小柄な体へと過剰とも言えるミサイルが降り注いできた。
これを、ホシノは姿勢を低くしながら更に加速し回避。どうしても躱せないものは、盾で逸らしその爆風すらも利用して加速する。
空中へと飛び出し、その白い巨体へと銃口を押し付ける。
「ッ!!」
接射。反動の全てを無理矢理押さえつけて、銃身が焦げ付く事すらも一切厭わず、引き金を引き続ける。
如何に機械蛇が巨体であろうとも、戦車砲顔負けの射撃をゼロ距離から受け続ければ当然ただでは済まない。
『――――ッ!』
巨体が大きく跳ねた。しかしそれは、射撃に巨体が負けたという訳ではない。
例えるならば、ロープ。上から下に大きく叩きつけると、ロープは大きな波を打つ事になるだろう。コレが、その機械蛇の身体でも起きたのだ。
密着していたホシノも、その体を固定していた訳ではない。加えて、接射の最中であったのだから突然の動きに対応も出来ない。
「ぐぅっ……!」
勢いよく跳ね上げられる小さな体。目算で三十メートルは軽く超えているだろうか。そして空中に投げ出されれば、機動力は大きく低下する。
(不味い……)
機械蛇の頭部が空中のホシノを捉え、その大口が開かれる。
食べる、のではなくその奥。口内に納められたビームの発射口。そこが、今まさに極光の輝きと共にエネルギーを充填していく。
咄嗟に、盾を構えるが大ダメージは免れないだろう。
だが、
『――――!?』
突如機械蛇の頭部。その側面部が爆発を起こして、頭部の位置がずれる。
銃撃などでより顕著だが、ほんの数度ズレただけで射撃地点と着弾地点で大きな差異が生まれる。
今回は、吐き出されたごん太ビームが僅かに逸れてホシノを掠める様な軌道となり盾を利用した彼女は、殆ど怪我を負わずに落下によって危険空域を脱出。砂地へと着地していた。
「……どぉして来ちゃうのかなぁ――――シロコちゃん」
「ん、助太刀推参。でも、私だけじゃない」
「いっきますよ~~!」
岩場の上から掃射されるガトリングガン。
「でっかいからって、怯むと思ったら大間違いよ!!」
その機動力を生かして、ホシノの刻んだ傷痕へと叩き込まれるアサルトライフル。
『支援物資、投下します!ホシノ先輩!受け取ってください!』
ドローンから投下される救急ボックス。
ホシノの前に立ち、そのオッドアイを鋭く細めた砂狼シロコもまた機械蛇へと襲い掛かっていく。
すべて一人で片を付けるつもりだった。少なくとも、小鳥遊ホシノは今までずっとそうやって、後輩たちを守ってきたのだから。
それが間違いだった、と批判できる者は居ない。正しかった、と肯定する事も難しいが。
この後輩たちの参戦は、しかし劇的な戦況の変化を齎す事はない。
これは彼女らが弱いという事では無く、この戦闘自体が
「もう!あのビームがうざったいわね!!」
セリカの台詞に、その全てが凝縮されている。
アビドス砂漠まで押し込んだが、機械蛇の吐き出す極太ビームはその射程が尋常ではない。下手な位置で発射を許してしまうとゴーストタウンと化しているとはいえ、アビドス市街地に被害が出てしまうだろう。
ジリ貧。少なくともこの場の戦力ではひっくり返らない。
「ん、また来る」
「うへー、兎に角三人ともおじさんの後ろから出ないようにねぇ」
的を散らす訳にもいかず、踏ん張るしかない。
だが、ビームが発射される直前、機械蛇の頭上から大質量の何かが降ってきた。
その直撃を受けた機械蛇はその頭部を保つ事が出来ず勢いよく下を向き、己の身体目掛けてビームを吐き出す事になってしまう。
盛大な爆発。砂塵が爆風によって吹き荒れた。
「――――遅くなりました」
砂地に降り立つのは、大きな縦襟のある南蛮外套を風に揺らした優男。
「阿慈谷君に言われて飛ばしてきたつもりだったんですが……とにかく、君達が無事な様で何よりです」
「せ、先生……?」
このアビドス再生の立役者である先生と呼ばれる大人が、そこには立っていた。
「さて……」
スッと目を細め、鳰紫は目の前の敵を見上げた。
純白の外装は生徒たちの奮戦によって砕かれたり、黒ずんだりと無惨な有様だ。それでも、駆動系その他にダメージは無いらしくまだまだ倒れる気配はない。
「美味しい所を持っていくようで気が引けますが、君達にはまだまだやってもらわなくてはいけない事があります」
「ちょ……!どうする気よ!?あの黒い球で何とか出来るって言うの!?」
「心配はいりませんよ、黒見君」
踏み出す紫。その傍らには、一抱えはありそうな巨大な黒丸が控えていた。
これこそが先程機械蛇を叩き伏せた一撃の正体。
「機械蛇君。私は君に恨みはありません。ですが、君が存在し続ける事は生徒たちへの悪影響にしかなりません」
いつもの様に穏やかな口調で、紫は右手を肩の高さまで持ち上げると黒丸へと触れる。
瞬間、その巨大な漆黒の球体は宛らスライムの様にその形態をぐんにゃりと変えていくではないか。
やがて出来上がるのは、既存の近接武装とは一線を画す長大な一振り。
全長4.2メートルほど。その内、人の胴体ほどの幅のある刀身は2メートルを超え、長大な柄もまた2メートルに迫る長さ。
その銘を、こう言う。
「――――
刀を名乗るが、その形態は長巻に近いだろうか。とにかく、人間の振るうような代物ではない。
だが、紫はこの黒鱗刀をまるで発泡スチロールで出来ているのかと思えるほどに軽々と振るい、肩に担いで見せた。
その姿に、機械蛇は言い様のない
即ち、恐怖。
瞬間、機械蛇の動きは早かった。自身の覚えたノイズの根源を消し去らんと自身の持つ武装の内、最大火力を打ち放つべくエネルギーを充填していく。
同時に紫もまた空中へと跳び上がる。
掲げる黒鱗刀。変化するのは、その刀身。
「――――型式 「兜」」
その光景は、宛ら物理法則など一切合切を無視した世界だろうか。
「……すっごいね」
ショットガンを下し、見上げたホシノの感想はこの場の全員の感想として一致していた。
紫の掲げた黒鱗刀。その刀身が一気に巨大化し、高層ビル顔負けの長大さをもって機械蛇の上に出現したからだ。
全長は、軽く40メートルはあるだろうか。
振り下ろされる一刀。迎撃するべく吐き出されたビームを、まるで水の様に真っ二つに切り分けながら、巨大さ相応の重量をもって機械蛇を真っ二つに叩き割り、地盤諸共撃ち砕く。
黒服の言っていた3日でキヴォトスを転覆できるというのは、伊達でも酔狂でもない。
*
夜の砂漠はひどく冷える。風が吹けば、その体感温度は鳥肌が立って身震いをしてしまう程だろう。
その夜の帳の下、鳰紫はアビドス高校の屋上に一人立っていた。
「――――砂漠の夜に出歩くのは良くないよー?先生ー?」
「こんばんは、小鳥遊君。良い夜ですね」
振り返る事無く挨拶してくる紫の隣に並ぶようにして、ホシノもまた空を見上げた。
「綺麗な星空ですね。空気が良く澄んでいる」
「田舎だからねぇ。周りも砂漠ばっかりで、高いビルも無いし」
「ふふふ……そうかもしれませんね」
穏やかに笑う紫。その姿は、昼間の恐ろしさを忘れてしまう程に優しく、そして静かだった。
「…………ねぇ、先生」
「はい、何ですか?」
「もしも、先生がもっと早くにキヴォトスに来て、アビドスに来てたら色んな事が変わったのかなぁ……」
「どうでしょう。そもそも、私がアビドスを訪れたのは、奥空君の手紙を受け取ったからです。ボタンの掛け違い一つでも未来は変わる。過去の可能性をどれだけ論じても、ソレは机上の空論にしかなりません」
「じゃあ……もしも、過去に戻れたらやりたい事は?」
「そうですねぇ………後悔は、山のようにしてきましたからどれか一つを上げることは難しですね。何分、私も随分な年ですから」
「…………先生って幾つなのさ」
「幾つに見えますか?」
「うーん……二十代半ば、とか?」
「ふふっ、残念ながら違います」
微笑む紫。因みに、彼の年齢を純粋に考えると、ホシノの回答に×50は必要になる。見た目が若々しいのは、化外へと変化した年齢がそれ位でそのまま年齢が止まってしまったからだ。
「小鳥遊君は、過去を変えたいんですか?」
「…………分かんなくなっちゃった」
紫の問いに答えながら、ホシノは腰を下ろして屋上に大の字で寝転がる。
「ずっとずっと、後悔してた。もっと
「…………」
「先生は凄いよね。色んな事をやって、こうしてアビドスを取り戻しちゃうんだから…………私は、何もできなかったなぁ……」
いつもののんびりとした口調も消えて、ホシノの独白が屋上に響く。
それを聞き、しかし紫は直ぐには答えずその場に腰を下ろすと、ホシノの隣で同じように大の字で屋上に寝転がった。
「私がやった事なんて、君達の成果を横から掠め取ったようなものです」
そう言って、紫は徐に少女の桃色の髪へと手を伸ばした。僅かな躊躇いがあったのは、見ないふり。
「よく頑張りましたね、小鳥遊ホシノ君」
「っ……」
オッドアイが大きく見開かれる。
撫でてくる手は少しぎこちなくて、そして壊れ物を扱うように繊細で、何より暖かくて優しかった。
「…………うへー、
「ふふっ、私にしてみれば君達はまだまだ小さな子供という事ですよ」
「十歳も離れて無いと思うけどなぁ」
「さぁて、どうでしょうねぇ」
星空の下、小さな少女はほんの少しの救いを得る。