鳰紫の教鞭   作:常世さん

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 弾丸飛び交う戦場。学園都市とは対極のようなその光景を前に、鳰紫(かいつぶりむらさき)は己に宛がわれた役職の厄介さを改めて再確認していた。

 

(やれやれ、ここの街の少女たちは皆こうなのかな?)

 

 昔の癖の様に背中で緩く手を組みながら、紫が眺めるのは今まさに蟀谷に弾丸を一発喰らって転がった少女。

 

「っ~~~~!いったいわね!?それに、ホローポイント弾は違法の筈よ!?」

 

「そんな法律は無い筈ですが?」

 

「うちは今度からそうなるのよ!痕が残るでしょ!?」

 

 これである。

 可憐な少女たちが遠慮も無く鉛弾をぶっ放し合うその光景の裏には、このキヴォトスに存在する“神秘”という存在が深くかかわっていた。

 その証拠が、彼女らの頭上に浮かぶ個性豊かな存在“ヘイロー”。

 打ち合う弾丸も致命傷にならず、その体に宿るのは成人男性を凌駕する身体能力。生徒それぞれに差があれども、それでもキヴォトス外の人々とは一線を画す力を有していた。

 自身の事を割と人外と認識していた紫も、この光景には思う所がある。もっとも、だからといって何が出来るのかと問われれば特に無いが。

 

 彼らがこうして銃弾飛び交う戦場を移動しているのは、理由が有る。

 目的地は、外郭地区と呼称される地区。

 連邦生徒会の本部ビルから三十キロほど離れており、弾丸一発でも致命傷になる(筈の)紫を送り届けるためにヘリが出る筈だった。

 しかし、そこで問題が起きる。

 というのも、この世紀末のような混乱の最中で、連邦生徒会へと恨みのある生徒たちが徒党を組んで、生徒会保有の建物であるシャーレの部室があるビルを占拠しようと襲ったらしい。

 結果、その周辺には近寄る事が出来ず、ヘリを飛ばしたとしても蚊トンボの様に落とされるのが関の山。

 そこで、紫は生身でそちら迄進む事を申告した。彼自身が、一人で。

 流石にそれは良くないと、リンが却下した。したが、しかし現状の連邦生徒会が動かせる兵員はキヴォトスの治安維持に回してしまっている。

 そこで白羽の矢が立ったのが、リンへと迫っていた四人の少女たちだ。

 

 早瀬ユウカ、羽川ハスミ、守月スズミ、火宮チナツの以上四名。所属する組織は愚か、学園すらも違う四人が紫の護衛という名目の下集まる事になる。

 とはいえ、鳰紫は戦場指揮など早々できる筈もない。彼には、千年ほどの知識の蓄積はある物の正直な所生徒に任せるよりも己が出た方が速い実力の持ち主。

 

 という訳で、

 

「四人とも、好きに動いてください。素人の私がとやかく口出しするよりも動きやすいでしょうからね」

 

 そう言いながら、彼は組んでいた手を解いて左腕を外に広げるようにして軽く振る。

 すると、彼を中心として黒い粒子の流れをもって現れる。

 黒い粒子の群れは、まるでそれその物が意思を持つ様に動きそれぞれが個別に集まる事で、出来上がるのは複数の宙に浮かぶ黒い大小さまざまな球体の群れ。

 その光景に、驚きの声を上げたのはユウカだ。そして彼女だけでなく、この場の全員の心の声を代弁してもいた。

 

「せ、先生。それって何なんですか!?」

 

「そうですね……詳しい話は後でしましょう。さあ、進みますよ」

 

 歩き出す紫。その周りを、黒い球体“黒丸(こくがん)”が追従する。

 驚くべきは、その球体の能力だろうか。

 まず、硬い。球体から自在にその姿を変えて、六角形の薄い板のような状態になると、迫りくる弾丸をアッサリと防いでしまう。

 銃火器は、その種類によって威力が違うがライフルともなれば薄い鉄板程度ならば撃ち抜ける。

 だが、黒丸の変化した六角形の板は違う。厚さが、二センチあるかないかといった厚みでありながら、その強度は戦車装甲すらも上回る。

 まるで、散歩でもするような気軽さで、新任の先生は戦場を横断していく。

 そして同時に、少女たちは彼が何も知らない無知であるがゆえに一人で歩いていく、等と言い始めたのではない、と理解する事になった。

 ご丁寧にも、黒丸の防御は彼女らにも回されている。

 

「少し、授業をしましょうか」

 

 手を背中に回して軽く組みながら、紫は明日の天気でも聞くような軽い口調でそう切り出した。

 振り返る事のない背中を負いながら、少女たちは首を傾げる。

 

「授業、とは?」

 

「簡単な事ですよ。彼女たちは、何故こうして不法行為へと身を落としてしまったのか、です」

 

 紫の言葉に、四人は防壁の隙間から周りを見回した。

 銃弾飛び交う戦場でありながら、黒丸の防御網の内側は実に平和だ。音までは遮断できないが、それでもある種の安心感とも言うべきものがある。

 そんな壁の内側で、早瀬ユウカは首を傾げ口を開く。

 

「……彼女たちが、スケバンだから、ですか?」

 

「確かに、ソレも一つの要因ではあるでしょう。ですがそれは、彼女たちが不良に成った結果。或いは、不良に成るに差し当たっての格好でしかないね。他の皆さんはどうかな?」

 

「「「…………」」」

 

 急に問われても答えなど直ぐには出せない。

 そんな中でも最初に答えかもしれない可能性を導き出したのは、三年生の羽川ハスミだった。

 

「……劣等感、でしょうか」

 

「ほう。良い視点です。羽川君、君は何故そう考えましたか?」

 

「委員会……正義実現委員会で対応する事の多い生徒たちの中に、そんな事を言っていた生徒が居ましたから」

 

 ハスミが思い出すのは、全てを諦めてしまったかのような虚無の目をした不良たちの事だった。

 彼女らは、何処か投げやりでヤケッパチ。その上、凶暴性だけは高いのだから手に負えない。

 紫の授業は続く。

 

「あくまでも私の持論ですが、人が道を違える要因の一つに劣等感が挙げられます。これは、学力、身体能力、容姿、体質、生まれ等々。本来ならば比べる必要のない部分まで該当するでしょう。彼女たちの全員がそういう訳ではないでしょうが、この劣等感の被害者であるケースもままあります」

 

「……ですがそれは、被害妄想である場合もあるのではないでしょうか?」

 

「ええ、その通り。守月君の言うように、悩んでいる側が勝手にドツボに嵌ってしまっている場合もあります。ですが……」

 

 そこで少し言葉を切り、紫は周囲を見渡した。

 

「それは、第三者。私たちのような外から見ているからこそ、分かる事なんですよ。当事者にとっては、大きな問題なんです」

 

 紫の言葉を受けて、四人は改めて自分達へと銃を乱射する不良の群れへと視線を向ける。

 ただ、彼女たちはどちらかというと不良連中に煮え湯を飲まされる立場。

 

「…………だからって、成果物を盗んだりして良い事にはならないと思うけど」

 

「そうですね。早瀬君の言うように、盗みは良くない事です。では、なぜ彼女たちは他人の成果を平気で盗めると思いますか?」

 

 再び向けられた問いに、答えるのはハスミ。

 

「彼女らに、良心の呵責が無いからでは?」

 

「羽川先輩、流石にそれは…………」

 

「良い視点ですね、羽川君」

 

 スズミが窘めようとしたが、紫はかなり偏ったハスミの意見を肯定する。

 ギョッとするユウカとスズミだが、その一方でハスミの苛烈な部分を人づてに聞いていたチナツはそこまで驚いていないようだ。

 紫は振り返る事無く、言葉を続ける。

 

「思想の偏りというのは、一概に悪い事とは言えないんです。思想、つまりは考え方の近いものは共感し、共鳴し、団結力を生みますからね」

 

 彼がその言葉の裏で思い浮かべていたのは、遠い遠い昔の事。

 宗教がこの場合は当て嵌まるだろうか。

 

「羽川君の言う事も、一つの理由でしょう。良心の呵責があるのなら、ああも清々しく暴れたりはできませんから」

 

「それじゃあ、先生はどう考えてるんですか?」

 

「そうですね……私が思うに、人が盗みを働く要因の一つは『楽をしたい』という感情があると考えます」

 

「楽を?」

 

「ふふっ……日夜努力し研鑽しているであろう君たちには少し分かりづらいかもしれませんが、人のみならず生物というのは楽をして生きていきたいと本能的に思っているんですよ。例えば、野生動物が人間からエサを貰い、結果獲物を獲れなくなった、という話があります。これは、動物たちが走り回ったりせずとも楽に食料を得る事が出来るようになった結果、つまりは楽を覚えた結果齎されるものなんです」

 

「それが、彼女たちにも当て嵌まる、と?」

 

「一から努力して造り上げるよりも、出来上がった成果物を横から掠め取る方が楽ですからね。そして、この掠め取るという行為は、さっき言った劣等感を根っこにしている場合があります」

 

 ここで初めて、紫の足が止まる。つられて四人の足も。

 

「多感な時期である君達は、こうして多くの同年代と接する事で様々な経験を知るでしょう。その一つに、挫折があります」

 

 立ち止まった紫の見つめる先にはキャタピラを回して迫ってくる鋼の獣居た。

 巡航戦車。その砲撃は、流石のキヴォトスの人間であっても食らえば大怪我は避けられない。

 しかし、そんな鋼の獣を前にして紫は一切焦りを見せなかった。

 

「世界を知れば、自分がどれだけ小さな存在なのかを知る事になります。自分たちの小さなコミュニティとは比べものにならない広さと、そして自身を容易く上回る様な圧倒的な才覚者と一緒に、ね」

 

 火を噴く砲門。勢いよく飛んでくる砲弾が、紫たちを襲い、大きな爆炎を上げた。

 不良たちもその光景に歓声を上げる。流石に、ここまで居ない者の様に背景として扱われ、あしらわれれば彼女らの矜持も傷ついていたようだ。

 だが、

 

「――――その挫折から立ち上がれる者と、立ち上がれない者が居ます。ですが、コレは仕方のない事なんです。肉体の強さや理解力に差がある様に、心にもまた強弱が在るんですから」

 

 彼らは健在だった。黒丸の壁は突破する事も出来ず、崩れることは愚か傷一つついてはいない。

 それどころか、逆に数個の黒丸が戦車へと向かうと、その形態を変化。

 鋭い漆黒の刃を形成すると、キャタピラと本体を切り分け、更に砲塔をまるでちくわの様に輪切りにしてしまうのだから。

 あまりの光景に、不良の弾幕も止んでしまう。

 

「四人は、彼女たちを取り締まる立場です。ですから、同情も同意も抱く必要はありません。ですが、知るべき努力は常にしておくべきでしょう」

 

 手を緩く背中で組んだまま、紫は四人へと振り返った。

 

「私は決して、教師だと胸を張って名乗れるような人間ではありません。それでも、こうして君達を導く立場となりました。その上で求める事は、ただ一つです」

 

 穏やかな笑みだ。

 

「私のような人間には、決してならないでください。広い世界を知り、友を作り、素晴らしい人として大成する事を願っていますよ」

 

 

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