鳰紫の教鞭   作:常世さん

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――――我々は望む、七つの嘆きを…………我々は覚えている、ジェリコの古則を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い空、白い雲。そしてそれら空を一望する事が出来る、半壊した教室。

 

「…………ふぅ」

 

 自身もかなり不思議な存在であると認識している紫だったが、さしもの彼もこの状況では眉間を揉む他なかった。

 彼がここにやって来た原因は、シャーレ地下での事。

 何が原因か外へと飛び出していった狐坂ワカモを見送って、それから入れ違いに地下室へとやって来た七神リンに渡されたタブレット端末を手に取った件に在る。

 パスワードが必要と表示され、打ち込んだのはこの世界で目覚める前に夢で聞いたような覚えのある一文。

 その結果、紫は見た事もない場所へと一瞬の内に飛ばされていた。

 この教室に居るのは、()()

 一人は、先の通り目を丸くする紫。そしてもう一人は、

 

「すぅ………むにゃ……カステラには、バナナミルク…………ふへっ」

 

 机に突っ伏して眠る、白いリボンを付けた水色髪の幼い少女だ。

 気持ちよさそうに眠っている彼女を起こすのは忍びないが、しかし超常的な事象にある程度耐性のある紫ですら軽く混乱している現状を打破するには事情を知るかもしれない少女に頼る他ない。

 その小さな頭に触れようとして、しかしその直前で指は止まり。代わりに、その人差し指の先が少女の眠る机の天板を小突く。

 

「すみません、少し良いですか?」

 

「……んぇ…………?」

 

 規則正しく三度鳴った爪先と天板のぶつかる音。

 振動と決して小さくなかった音のお陰か、少女は夢の世界から帰ってきてくれたらしい。

 寝ぼけ眼に、大きな伸びと欠伸を挟んで空色の瞳が紫を捉える。

 瞬間、その眼は大きく見開かれた。

 

「む、紫先生!」

 

「はい、おはようございます。早速で悪いとは思いますが……ここは何処ですかね?」

 

 柔和な笑みはそのままに、紫は珍しく少し急いでいた。

 理由は言わずもがな、自身の目で見たキヴォトスの混乱が未だに治まっていないから。

 ぶんぶん両腕を振り回して、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった少女はその勢いのまま紫の前にまで駆けてきた。

 

「初めまして、紫先生!私は、このシッテムの箱のシステム管理者でありメインOS!そして、これから先生のお仕事をサポートさせていただきます!アロナです!」

 

「成程、元気なようで何よりです。御存知の様ですが、私は鳰紫。よろしくお願いしますね、アロナ君」

 

「はい!」

 

 身長差がある為、その場に片膝をついた紫は元気な返事をする少女を改めて観察していく。

 ここに至るまで、様々な見た目の少女たちが居た。大人びたものから、その一方で年相応に幼さを感じさせる者等々。服装や髪形、アクセサリーや制服の差は愚か、そもそも種族そのものが違ったり。

 そんな彼女らと見比べても、アロナと名乗ったこの少女は()()()()()()()()()

 幼さや見た目の話ではなく、底知れない。少なくとも、紫としては初見で目の前の少女を測りかねている部分があった。

 しかし、そんな紫の内心を知る由もなく、アロナは自身の仕事を始める事にする。

 

「早速ですが、紫先生。まずは生態認証を行いましょう」

 

「生態認証?」

 

「はい!正式に先生をこのシッテムの箱の持ち主として登録するために必要な認証です!こちらに触れてください♪」

 

 そう言うと、アロナは自身の右手の人差し指を紫へと向けて差し出した。

 言われるがまま、紫もまた左手の人差し指でアロナの指へと触れる。

 

「えへへ、まるで指切りみたいでしょう?これで指紋認証しますから、少し待ってくださいね!」

 

 互いの人差し指が離れた後、アロナはジッと自身の指先を凝視し始める。どうやら、指紋認証を目視でやっているらしい。

 

「……見えない」

 

 当然だろう。傍から見ている紫からしても幾ら彼女が優秀でも無理ではないか?と思えるような行動なのだから。

 

「生態認証……では、私の血液から認証は可能ですか?」

 

「ええええっ!?大丈夫!大丈夫ですから、先生!認証も、今終わりましたよ!?」

 

「そうですか?爪が伸びていませんが、指先を軽く嚙み千切る位なら――――」

 

「大 丈 夫 です!」

 

 強く強く凶行に及ぼうとする紫を押し留め、アロナは一息吐き出した。サポートする筈の相手が目の前で出血する、ソレも自分のために出血するなどとてもではないが受け入れられる筈もなかった。

 紆余曲折を経て認証を終え、一息。

 

「それでは、先生。早速お仕事を始めていきましょう!」

 

「そうですね。では、お願いできますかアロナ君。何分私は、この手のネット関連は疎いもので」

 

「お任せください!このアロナちゃんが、パパッと解決しちゃいますよ!」

 

「ふふっ、心強い限りです。現在のキヴォトスは連邦生徒会長が失踪した結果、行政制御権を失っています。ついては、行政の中心であったサンクトゥムタワーの機能が完全に停止してしまっているんです。アロナ君。君にこの制御権の復活は可能ですか?」

 

「勿論です!サンクトゥムタワーの制御権ですね?ちょちょいのちょいですよ!」

 

 胸を張る少女。その姿は、得意になっている子供そのものであり、少々説得力に欠ける。だが、一方で他に打つ手も無く、どうにかならなければ早晩キヴォトスは滅びかねない。

 だが、紫の懸念は良い意味で裏切られた。

 

「――――……はい!完了しました!サンクトゥムタワーの権限は、先生のものです!」

 

 本当に、一瞬だった。先ほどの生態認証で手間取ったのとは訳が違う速さだ。

 さしもの紫も眉を上げる。だが、今はただ驚いている場合ではない。

 

「……では、その権限を連邦生徒会へと譲渡してください。生徒会長が居らずとも、この都市の行政を回していたのが彼女たちならそちらが持っていた方が都合が良いでしょうから」

 

「分かりました!それから、このビルの設備を復旧させておきますね!」

 

「そんな事も……?いえ、お願いしますね。本当に、君は優秀な秘書です」

 

「えっへん!」

 

 得意げに胸を張ったアロナを、紫は微笑まし気に見つめる。

 得体の知れなさはある物の、彼女の善意と能力は本物。であるのなら、これ以上小さくとも疑念を持ち続ける方が不義理というもの。

 そう決めて、紫は立ち上がる。

 

「さて、と。そろそろ戻る方が良いでしょう……戻れますよね?」

 

「大丈夫ですよ。これからは確り、このアロナちゃんが先生のサポートをします!大船に乗ったつもりでいてください!」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 サムズアップする少女に頷きを返す紫。

 かくして、彼の本格的な“先生”としての生活が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、優しい人だった」

 

「誰よりも優しくて、そして誰よりも心の強い人」

 

「でもね、先生。ずっとずっと、自分を責め続けないで」

 

「私は、私たちは、先生が許されても良いと、そう思うから」

 

 

 

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