鳰紫の教鞭   作:常世さん

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 学園都市であるキヴォトス。住民の大半は、“生徒”であり成人は基本的に存在しない。

 彼女たちは、基本的に学校ではBDによるロボット教師の解説そのままの授業を受け、先生が教壇に立ち教鞭を振るうという状況は起きない。

 授業を理解できなければ己で勉強をし、それでも理解が出来なければ切り捨てられる。そんなシビアな世界がこの街にはあった。

 人の頭脳は、種族問わず個人差がある。特定の種族であるからといって知能に関しての差異は無い。

 そして足切りとされた生徒たちの行きつく先は、主に二つ。

 一つは、無気力。自分自身への落胆が降り積もった結果、彼女らは自然とあらゆる全てを凪いだ目で見つめるようになる。

 もう一つが、反抗。主に、スケバンなどの不良生徒が該当する。溜まった鬱憤を暴力として振り撒き、似た者同士で傷のなめ合いをする事により彼女らは大きな徒党となる。

 

 そして、ドロップアウトした者達の受け皿となっているのが、ブラックマーケットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――では、授業を始めます」

 

 持ち込んだ大きな黒板の前に立ち、鳰紫(かいつぶりむらさき)は生徒たちと向かい合う。

 屋根も無く、壁も無く。青空の下で行われる授業には、凡そ五十人ほどの少女たちが集まっている。

 

 

 紫が先生としてキヴォトスに現れて数日。彼が最初に着手したのは、自身の知識に関するアップグレードだった。

 教壇に立つ立場ではない、行政官である七神リンにも言われたが、それはそれ。“先生”という立場であるからこそ多くの知識と知恵を持っておかなければならない、という紫自身の矜持による行動だ。

 勉強と仕事の両立を経て、続いて彼が着手したのは不良となった生徒たち。

 今までのキヴォトスでは、暴動を起こした生徒を叩きのめして放置か、或いは各学園の保安組織が対応。悪質になれば、矯正局へとぶち込まれていた。

 しかし、そこで紫は待ったをかける。

 上記の手法は、言うなれば対症療法だ。病巣で言う所の表面しか治療できていない。

 一方で、紫が行おうとしているのは原因療法。根本的に治療しようと考えた。

 手始めに彼が行ったのは、シャーレへと向かうまでに相対したスケバンたちの元へと向かう事。因みに、護衛は連れていない。

 案の定、絡まれた。その上で、彼女ら全員を()()()()()()()

 アサルトライフルやショットガン、果てはガトリングガンやロケットランチャーを装備したスケバンたちを、だ。その時の彼女らの驚きと絶望感は推して知るべし。

 

 そして始まった青空教室。その一番最初の授業は、

 

『では、何故勉強が必要なのか。そこから学んでいきましょう』

 

 これだ。

 勉強の苦手な子供たちが大なり小なりほぼ必ず抱えている疑問。これに対して、紫自身の見解を述べた。

 

『勉強をする。それは実に苦しく、面倒くさく、ハッキリと好きだと公言できる子は少ないでしょう』

 

『何故勉強をする必要があるのか。一番の理由は、将来の選択肢を増やす為です』

 

『君達がやりたい何かを見つけた時の一助となる知識を、或いは技術を身につける為の下地を作る事。これこそが、学生が勉学に励まなければいけない理由なんです』

 

『ふふっ、分かりますよ。そんな先の事を言われても、とね』

 

『確かに時間はあるでしょう。ですが、君達は時間が経てば大人になります。これは避けられない事です。何時までも、子供のままではいられない』

 

『大人になったとしても、勉強という行為から逃げることはできません。毎日が常に学びの日々であり、同時に常に走り続ける日々にもなります』

 

『大人になれば、勉強をしろ、と言われる事もありません。知識と技術の足りない人間は只管に切り捨てられ続けるだけなのですから』

 

『覚えがあるでしょう?そうです、今まさに君達の置かれている状況に等しい……いや、誰も助けてくれない事を加味すれば今よりも更に辛く苦しい日々が待っているかもしれませんね』

 

『脅し、だと思いますか?いえいえ、寧ろ私は実に優しく伝えていますよ』

 

『……ええ、そうです。現実は、もっと辛く厳しい。立ち上がらない者に、差し伸べられる手なんて殆どありません』

 

『だから、学びなさい。学び、己の知識として、力として蓄えなさい。それこそが生きる糧となるのですから』

 

 これが、最初の授業。

 勿論、ただ青空教室をするだけではない。

 この授業に参加した生徒たちは、希望するのならここキヴォトス内の受け入れを受諾した学校へと編入する事が可能なのだ。これは、紫の独断ではなく連邦生徒会並びに、各学校の代表者との話し合いの末に決まった事。

 編入の際にはテストを受けねばならない。かなり難しいが、合格できれば晴れて編入成功。

 当然ながらそれで終わりではない。アフターフォローもばっちりだ。

 具体的には、勉強で分からなくなれば紫の元へと戻ってきて再度学び直せる。

 

「分からない事は、恥ではありません。その分からない事を放置する事こそが問題なんです。聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥。貪欲に、知識を貪っていきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックマーケットでは、とある区画が存在していた。

 そこは、元々とある組織が非合法に仕切っていた場所でもあった。

 裏でも金遣いが荒く横暴。一方で腕利きのPMCと繋がりがあるとされ、煙たがられても誰も排除できない様な組織だ。

 そんな組織が数日前、区画諸共潰された。

 潰したのは、つい先日キヴォトスを駆け巡った渦中の人物である“先生”。

 彼は、一切の供を連れる事無く、たった一人で組織も、組織に雇われたPMCも潰してしまいブラックマーケットのまとめ役との会合の末、その土地を手に入れた。

 当然、そんな事が起きれば注目を集める。このキヴォトスでも唯一の大人が何をするのか、と。

 

「先生、ここ教えてくんね?」

 

「良いですよ……ここは、ひとつ前の単元……ここですね。この式を応用して解いていきます。公式は覚えていますか?」

 

「バッチリ!ちょっと、解いてみる!」

 

「頑張ってください」

 

 再び机へと向かう少女をから視線を外し、紫は空を見上げる。どこまでも澄み渡る様な青空が広がっている。

 ブラックマーケットの住民たちが注目する中で始まった青空教室は、噂が噂を呼ぶ形で生徒が徐々に増えていた。

 紫が勉強を強要する事はない。来る者拒まず、去る者追わず。ただし前提条件として確りと一人一人話をする。

 不意に、キヴォトスの日常の一つである爆発音が響く。

 同時に青空教室になだれ込むようにして現れるのは、ヘルメットを被った一団だった。

 

「ヒャッハー!ここはこれから、カラカラヘルメット団の基地になるんで、そこんとこ夜露死苦ーー!」

 

 紅いヘルメットを被ったリーダー格であろう少女が叫ぶ。

 しかしその一方で、彼女らを見た勉強中の子等はというと、

 

「もう既に懐かしい気分なんだけど」

 

「え、寧ろちょっと恥ずかしいのはなんでだ?」

 

「あ!アタシ勉強したぞ、共感性羞恥って奴!」

 

 言いたい放題である。

 そして、襲撃を受けた側の紫は、

 

「元気があって、宜しいですね」

 

 腰の辺りで緩く手を組んでゆったりとした足取りで少女たちの前に立っていた。

 

「さて、ここに来たという事は御勉強が目的……ではなさそうですね」

 

「よー、先生。さっさと場所空けてくんね?」

 

「それは困りますねぇ。彼女らはこうして未来へ向けて頑張っているんですから」

 

「はあ?どーせ、ベンキョーだろ?そんなの、何の役にもたたないっつーの!」

 

 言いながら、赤いヘルメットの少女は手にしてたショットガンを机に向かう生徒たちへとぶっ放す。

 キヴォトスの少女たちは弾丸が直撃しようとも死ぬ事はまずない。精々が酷くても気絶止まりだ。だからこそ、平気で銃口が他人へと向けられる。

 だが、この程度の状況を紫が想定していない筈もない。

 

「………………は?」

 

 気の抜けた声。

 ヘルメット団のリーダーが見たのは、自身の放った散弾が全て空中に浮かぶ複数の漆黒の六角形の薄い板によって止められた光景だった。

 呆ける彼女を前に、紫は穏やかに微笑む。

 

「頑張る子たちの邪魔をさせる訳にはいきませんからね………さて、私は別に君たちに勉強を強要するつもりはありません。やりたくない事を無理にやらせては、余計に嫌いになるだけですからね。ただ――――」

 

 組まれた手が解かれる。

 

「昔から、いたずらっ子への折檻というのは尻叩き、と相場が決まっているんですよ」

 

 そう言いながら振るわれた紫の右腕は、風を切る音がするほどに鋭く、そして速い。

 弾丸すら真面に喰らわないキヴォトスの生徒たちにとって、高々ヘイローも持たない人間の体術など意味を成さないだろう。

 にもかかわらず、ヘルメット団のリーダーは何故だか本能的な恐怖を覚えていた。

 彼女の不幸は、その恐怖に従って逃げなかった事だろう。

 

「だ、だから何だってんだ!そ、そんなの怖くもなんとも――――」

 

「はい、一人目」

 

 目の前から優男()が消えた。そう認識した直後に、少女の身体は前方へと腰を突き出すような格好で跳んでいた。

 同時に、臀部に走る鋭い痛みと快音。

 その光景に、黒い六角形の薄い板の隙間から様子を窺っていた少女たちも己の尻を撫でる。

 

「先生のアレ、痛いんだよなぁ」

 

「それなー。もう、お尻が弾け飛ぶかと思ったし」

 

「アタシなんて、お尻のお肉が無くなったと思ったよ」

 

 気楽なやり取りだが、現在進行形で尻をしばかれている少女たちはただ事ではない。

 尻を叩かれた少女は数メートル程吹っ飛び、うつ伏せに悶絶したまま動けない。逃げようにも、微笑のままに迫ってくる紫は生半可な逃走を許す筈もなかった。

 

 青空の下、少女たちの悲鳴と甲高い快音が鳴り響く。

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