鳰紫の教鞭   作:常世さん

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 各学園の自治区に強制介入が可能なシャーレ。

 その顧問である鳰紫(かいつぶりむらさき)は、自主的に動き回る事も多いが、もう一つ動くための指針がある。

 それが、生徒たちから挙げられる嘆願書だ。

 

「アビドス高等学校ですか」

 

『はい、先生。昔は、キヴォトスでも最大規模の学園だった場所です。ですが、今はその……広がる砂漠化の影響により住民のほとんどはその地を離れてしまっています』

 

「成程……それでも頑張る生徒が居るのなら、行くしかないでしょう。アロナ君、物資の製造を……目安としては小隊規模の軍隊が一ヶ月は余裕をもって動ける量を。私も準備を終えたら向かいますから」

 

『分かりました!お任せください!』

 

 アロナが動き出したのを確認して、紫は改めて手紙へと視線を落とす。

 今朝届いたその手紙は、アビドス高等学校の生徒からの救難信号だった。

 助けを求められたのなら、紫としては助けない訳にはいかない。彼は、先生であるのだから。

 程なくして、アロナから製造完了の報告が上がる。

 

『とりあえず、コンテナ一台分です!』

 

「良いでしょう」

 

『ですが、先生。どう運ばれるおつもりですか?連邦生徒会なら、ヘリも出せると思いますけど……』

 

「その点は心配いりませんよ。私が持っていきますから」

 

 アッサリと言い切る紫。

 20フィートコンテナ一台分。それは最大積載量24000㎏と言われている。人は愚か、生物が持ち上げる事が可能な重量ではない。

 アロナが若干引いているが、それは紫にとっては関係のない事だ。

 

 舞台は砂塵舞う始まりの地。大人の悪意と抗う少女の戦場である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、どちらかといえば感情の起伏が小さいタイプだった。もっとも、物静かという訳でもなく、どちらかといえば不思議ちゃんか。

 それはそれとして、彼女は基本的に特別感情を揺らす様子が無い。付き合いが深ければ分かりやすいと言われるが、そうでなければムッツリと黙り込んでいるように見えるだろう。

 そんな少女が今、空を見上げて唖然としていた。

 彼女が見つけたもの。

 

 それは、“黒”だった。

 

 宙に浮かぶ巨大な黒い直方体。そして、その直方体の前に浮かぶ黒い板に乗って空を飛ぶ青年。

 唖然と見上げていれば、青年が少女に気が付いた。

 直方体はそのままに、彼はアッサリと黒い板から飛び降りる。

 高さは二十メートルを超えていただろうか。身一つで着地するには危険な高さにも関わらず、彼は砂に塗れたアスファルトの地面へと軽やかに着地する。

 

「こんにちは」

 

「ん……こんにちは?」

 

「はい。君は、アビドス高等学校の生徒さん、で良いですかね」

 

「ん。貴方は?」

 

「私は、鳰紫。独立連邦捜査部シャーレの顧問を務めさせてもらっています。そうですね、君達の言う所の“先生”と名乗るべきでしょうか」

 

「!連邦生徒会の人?」

 

「下部組織、と言うべきでしょうね。今回私がこちらに来たのは、手紙を頂いたからなんですが………立ち話をしているのもなんですし、一緒に行きましょうか」

 

「一緒に?でも、私飛べないよ?」

 

「大丈夫ですよ。手を」

 

 そう言って差し出される紫の右手。

 少しの間を挟んで、少女は手を差しだして彼の手を掴む。

 すると、何処からともなく黒い粒子のようなモノが集まり、二人の足元へと集まり大きな六角形の黒板を形成する。

 紫と少女、それから少女の持ち物であるロードバイクが乗ってもニ、三人乗れるだけの余裕を持った黒板はゆっくりと空へと浮かび上がった。

 

「ん、凄い……!」

 

「ふふふ……落ちない様に気を付けてくださいね」

 

 空に浮かんでいた直方体と同じ高さまで持ち上がった板は、そのまま二人を乗せて元々の目的地であるアビドス高等学校へと進み始める。

 ロードバイクとはまた違う、空気を切りながら進んでいく感触。全身で風を受けながら、その一方で一切遮られる事のない視界は、彼女にとって初めての経験だった。

 

「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね。聞いても大丈夫ですか?」

 

「ん、大丈夫。私は、砂狼シロコ。アビドス高校の二年生で、対策委員会所属。よろしく」

 

「よろしくお願いします、砂狼君」

 

「うん……それはそうと、先生」

 

「なんですか?」

 

「この黒いのは、先生の力?」

 

「そうですよ。科学技術でも神秘でもない、言ってしまえば……そうですね、宿業(呪い)でしょうか」

 

 緩く手を背中で組んで前だけを見ている紫は、己の力をそう称した。

 その横顔を見上げて、シロコは首を傾げる。

 

「聞いちゃダメだった?」

 

「いいえ?単に、私が割り切れていないだけです。何より、私は使えるものは何でも使います。役に立つのなら何でも、ね」

 

「ふーん…………それじゃあ、後ろについてくる大きなコンテナは?」

 

「そっちは、アビドス高校への支援物資です」

 

「………こんなに?」

 

「足りなければ、随時足していきますよ。ああ、代金は気にしないでください。私の私費から出していますから」

 

 事も無げに言う紫に、シロコは改めて振り返る。

 黒く見えていたのは、コンテナを現在自身の足元の板を形成している黒い粒子によって包んでいるから。

 20フィートコンテナなど、一体その中にどれ程の物資が詰まっているのか。

 まさか、バックパック一つポンと置かれている事はあるまい、とシロコは当たりをつける。

 

「こんなに一杯?」

 

「勿論。内容物は、こちらのリストを見てくださいね」

 

 画面を操作したシッテムの箱をシロコに渡す紫。

 弾薬や予備の火器。整備用品に、取り換える為のパーツ。シールド、簡易バリケード、グレネード各種。その他にも衣類や食料品、嗜好品等々。

 リストのページ数だけでも軽く二桁を超えていた。

 

「………こんなに?」

 

 先程と同じ問だが、シロコの内心を染めるのは驚愕。

 リストが製作されているという事はそれだけ信憑性も増す。資料作成などの際に細かな数字が必要にもなるからだ。

 そしてこれら物資を、彼は私費で出したと言った。

 どうしてそこまでするのか。それこそ、アビドス高校は()()()()()()()()()()()()

 シロコ達にとっては大切ない場所でも、連邦生徒会などの外部からすればそれほど重視する土地ではない。過去には、キヴォトス最大規模の生徒数を誇ったとはいえ、現在は五人しかいない。

 少女の疑問を読み取ったのか、紫は空を見上げた。

 

「砂狼君。私にしてみれば、生徒に関する出費はどれほど巨額であっても痛くも痒くもないんですよ。君達の様に、大人の都合で苦境に立たされてしまった子供たち相手なら、猶の事」

 

「先生は、知ってるの?」

 

「全ては知りません。ですが、ここに来るまでに調べる事は出来ました」

 

「そっか………それでも、来てくれたんだ」

 

「画面上や他者からの情報だけでは分からない事が多々あります。何事も実際に己の目で見て、触れて、感じて、初めて実感となるんですよ」

 

「ん、実際に確認するのは大事」

 

「何やら、実感がこもってますね」

 

「紙と記録だけじゃわからない事もあるから」

 

 若干二人の想像している部分に誤差があるが、その中身をすり合わせる前に会話が途切れてしまった。

 眼下にアビドス高校の校庭が見えてきたからだ。

 

「このまま降りて大丈夫ですかね」

 

「ん、問題ない」

 

 黒い板が降下していき、続くように直方体も降りてくる。

 程なくして、二人はグラウンドへと降り立ちその背後にコンテナがゆっくりと着地を果たしていた。

 同時に、三人の少女たちが校舎から駆け出てくる。

 

「とりあえず、彼女たちに説明を御願いしても?」

 

「ん、任せて」

 

 シロコに三人の対応を任せて、紫はコンテナへと向かいその扉を大きくあけ放つのだった。

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