輪廻奇譚   作:日(愛+未)

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初投稿です。
2024年内完結発表を記念して作りました!
というのは建前で、去年の年末最後の本誌からどうなるかは薄々分かってたので二次創作始めました。本当はもっと早くに出したかったんですが執筆が遅過ぎて新年初ジャンプより後になりましたが許してください!


第1話 亀毛兎角

 ビル群が立ち並び、地はコンクリートで埋め尽くされ、その道は交通整備された構造が見て取れる。

 さまざまな用途の建物がこれでもかと密集している。

 それは、都市である。

 しかし(ひと)()は一切感じられず、いくつかの建物は崩壊している。

 

 これが今の日本のかつての首都、東京の姿である。

 

 現在の日付は2018年12月24日。例年であれば、観光地はクリスマスツリーが現れ、人工物や木々がイルミネーションで飾り付けられ、アイススケートが開き、サンタが現れ、ケーキやチキンなど豪勢な料理が振る舞われる冬の風物詩で溢れたクリスマス一色の光景が広がっていたはずの街は、(もぬけ)の殻だ。

 

 そんなゴーストタウンと化し、その中でも荒れ地に変わり果てた新宿で喧騒(けんそう)は起きていた。

 

 

 その喧騒の中心人物は、一般的な人の形から逸脱(いつだつ)していた。

 まず、筋骨隆々の立派な体躯。六(しゃく)(すん)*1はあろう見上げるほどの大男。

 真赭(まそお)の髪は後ろへ掻き上げられ、股下や裾に大きくゆとりがあり、腰回りの生地が破れ黒く汚れた白いズボンを履いており、それ以外は何も着ておらず冬という事を忘れてしまうような格好。

 (さら)された素肌は傷一つ無く、顎、首、肩、背中、胸、腕、脚に輪状の一本線、丸、点線や破線のある不規則な曲線と、簡素でさまざまな黒い紋様が見られる。

 その顔は筋肉質な身体に負けない獅子の如く雄々しい顔立ちで、顔の右半分は赤味のあるくすんだ肌色の皮膚が凹凸(おうとつ)(りゅう)()している上に額からはみ出る程であり、まるで木板の仮面のよう。その皮膚に囲まれた目は縦向きに見える吊り目で大きく膨張している。

 左右で二(つい)ある四つの瞳は二重輪の虹彩模様を際立てる鮮やかな赤目。腕は四本、腹には口があり、その姿は異形そのものである。

 このような外見から、彼は日本書紀に記された伝説上の存在に(ちな)んで、両面(りょうめん)宿儺(すくな)と呼ばれたそうだ。

 

 そしてその異形の大男を囲むように複数の人が集い、共闘している。

 学生服の者、黒スーツの者、トレンチコートの者、全身黒尽くめの者、白黒の(ほう)()の者、服装も年齢も異なり、一体何の集まりかと思うようなチグハグな印象を受けるだろう。

 彼らは呪術師である。

 負の感情から生まれる呪いの力を扱い、人から生まれた呪いを祓う専門家が呪術師だ。

 彼らは今、呪いを私利私欲に悪用する呪詛師の大男を倒さんと挑んでいた。

 

 この変わり果てた東京を作り出した主謀者と要因に宿儺は噛んでいる。

 その事実を抱えた男を倒さんと彼ら呪術師は決死の戦闘を繰り広げていた。

 

 しかし、両面宿儺という伝説上の名を冠するに相応しいのは見目だけでない。呪いを扱う術─呪術においても強大で洗練されており、呪術による戦闘によって呪術師達は血を流し、宿儺に蹂躙され、一人また一人と戦闘から引き離されていく。

 

 宿儺は圧倒的な身体能力と、斬撃を飛ばす固有の呪いの力─術式で圧倒していた。

 その宿儺が終始狙い続けていたのは黒スーツの男だ。

 左胸の襟に俗に言う弁護士バッジを付けた鷲鼻(わしばな)の男性─日車(ひぐるま)(ひろ)()が何故ここまで追われるのか。

 それは彼の術式と才能にある。

 彼の術式は平たく言えば、模擬裁判。それもかなり無法な裁判形式で術師の呪いに関する力を、軽度の犯罪であれば付加(ふか)刑の没収──本来の刑罰では付加刑は単独で科せない──として一時的に奪い、重罪であれば更に主刑─死刑が科され、日車が裁判を中断し刑罰が終了しない限り、確実に相手を追い詰めるものだ。

 一見魅力的な術式だが、それを扱う上で必要な高度な法律の知識、呪術への深い理解力が求められるが、彼はそれらを容易く習得する弁護士・呪術師として天才。

 だが、この術式と性能を以てしても宿儺には叶わない。

 現在、宿儺から奪えたのは神武(かむ)(とけ)という雷を飛ばす呪いの力が宿った道具─呪具のみ。確かに凶悪な呪具であったが、肝心の目論(もくろ)みは外れ、厄介な斬撃の術式─御厨子(みずし)は奪えず、いくら早熟でも術師に目覚めてから早二ヶ月という戦闘経験の浅さが此処(ここ)で裏目に出ていた。

 

 しかし今、彼の手元には剣が握られている。

 それは処刑人の(つるぎ)。彼の術式が空間として形成されたもの─領域「(ちょう)(ぶく)賜死(しし)」が展開された際に、宿儺から有罪判決として呪具の没収だけでなく、死刑が決定された事で、日車の術式の一部である武器─裁判の際に使われるものと同じ木槌が、それに飾り付けられていた十字架を残し光で出来た剣に変化した。

 それは斬られた者を例外なく死に至らせる剣。

 これが宿儺への一撃必殺の対抗手段であり、宿儺が乗っ取られ──受肉時の変身を果たした事で既に面影一つ無い──身体を奪われた伏黒(ふしぐろ)(めぐみ)の救出作戦だった。

 

 それでも、処刑人の剣を手にしても宿儺を追い詰める事は出来なかった。

 

 いくら呪術の天才でも、呪術が目覚める前は弁護士。

 日車は呪術における戦闘センスはあれど、呪力強化なしの()の身体能力では一般人と同じレベルだ。宿儺相手には力不足。

 

 その為に彼には複数人の格闘術や呪術など戦術に長けた呪術師の味方が着いていたが、宿儺の手で孤立され、危機的状況にある。

 

 先の戦いで日車が宿儺に投げ飛ばされ、行き着いたのは自走式駐車場。

 周囲は()(れき)に囲まれており、戦闘の余波の影響か、駐車場は不同沈下が見られ傾斜になっている。

 

 日車の入った場所に宿儺が大きく跳躍し、下部の両腕を激しく振り、それに合わせ斬撃─(かい)が飛んだ。

 建物が包丁で切られた豆腐のように亀裂が入り、そのまま侵入した。

 

 そこへ時速60キロ──自動車と同等の速度──という(じん)(じょう)ではない速度で駆けていた者が居た。その人物は、赤いフードが特徴的な学生服を着て、赤香(あかこう)の髪と顔の傷跡が目立つ若者─虎杖(いたどり)(ゆう)()

 

 虎杖は(くだん)の駐車場の側まで辿り着いた時、宿儺の呪力が大きく動いたのを感じ取り、()(かん)が走る。

 

 それは術式の発動。術式を発動する前の呪力の起こりを察知したその瞬間に、建物は凄まじい速度で刻まれ崩壊した。

 

 建物が崩落し、宿儺と日車の姿が虎杖から目視出来た。非常に足場は不安定な中、日車は駆け出し宿儺に攻撃を仕掛けようとしている所だった。

 

 宿儺は目にも止まらぬ速度で、(こう)()状の切り込み─(はち)で刻まれた瓦礫の塊を日車に二石投じた。

 そして、日車の目前で石は破裂。目潰しを喰らってしまった。

 

 その隙を突いて日車の後ろに宿儺は瞬時に回り込んでいたが、その間に虎杖が豪速で割り込み、両腕に(まと)う爬虫類や甲殻類の体表のような構造の赤い硬質な装甲の拳で殴り掛からんとした。

 

 宿儺はその殴ろうとした右腕を上下の左腕で受け止め、上部の右腕は虎杖の脇腹を無遠慮に掴んだ。

 

 宿儺の手が虎杖の左腹部に触れられた直後、直に捌が刻まれ血肉が吹き飛んでいく。

 虎杖は()す術なく逆様に転落していった。

 

 完全に廃墟は陥落し瓦礫の山になった所から、まだ建物の形の色濃く残る町中の高速道路の上へ戦いの舞台は移る。

 遂に一人になってしまった日車はもはや格好の()(じき)だ。

 

 置き去りにされた虎杖は地を()(つくば)っていた。

 瓦礫が彼に降り注いだものの、建物の端側だった為そこまで多くはない。捌で斬られた学生服の上着や中に着ていたパーカーは完全に千切れており、傷跡が露出している。腹の一部が削れはしたが、呪力を練れなくなるほど(えぐ)れていなかった。非術師の一般人であれば既に脱出不可能で致死に至るレベルだが、天性の(きょう)(じん)な身体を持ち、後天的に呪物に近付いた特異体質の虎杖にはまだ動ける(はん)(ちゅう)だ。

 

 このままでは日車の命が危ういと分かっていた虎杖の決断は早い。

 虎杖は戦いに身を投じる為、再び立ち上がった。

 

 

 その一方で、宿儺から大きく引き離されようとも一矢報いらんと動く者が居た。

 

 白黒の法衣を着た鼻に横一線の痣を持つ青年。脹相(ちょうそう)だ。

 彼は虎杖が大怪我を追った事を、持ち前の感応能力で感じ取り混濁した意識から目覚めた。それは血の繋がりを通して、命の危機を察知するというもの。

 

 服や四方八方に毛先が跳ねた二つ結びの髪に大した乱れはない。戦闘開始時に彼は宿儺に真っ先に攻撃を喰らい、横たわり動けなくなっていた。

 

 彼が戦線離脱した原因は、胸と腹の中央に貫通した穴だ。

 戦闘不能と言える状態。もはや、人として生きている事が不自然なレベルの怪我を負っていた。

 それにも関わらず、彼は紫掛かった(まぶた)を限界まで開けて歯を食い縛り、その端正な顔が霞むほど己に対し強く憤っていた。

 

 虎杖(おとうと)が今も懸命に闘い、身を削っているんだぞ! 

 この程度で先に休むなど、お兄ちゃんではない! 

 

 そう強く心の叫びを上げ、自身を奮い立たせた。彼にとって、虎杖は血の繋がった──関係上は異父異母兄弟──家族。生を受けた時期も親の血筋も大きくかけ離れているが、ある因縁深い人物の子として共にこの世に生まれ落ち、生き延びた最後の弟だ。兄として弟を思い、守るのは当然の責務。ならば、今ここで力を使うべきだ、と彼は思っている事だろう。

 だがそれは、精神論でどうにかなるものではない。

 例え、彼の類稀な体質である呪霊という人の呪力から生まれる特異な存在の混血でも、その体質と彼自身の術式により呪力で血が補い、血を固め塞いだり、内臓の役割を無理矢理再現しようと内臓の欠損は十分な重症。人であれば即死でもおかしくない身体に鞭を打ち、脹相は手を前に出し、指先を突き出すように(てのひら)を合わせる。

 それは術式の技を出す為の構え。

 

 辺りは少々の瓦礫はあるが更地。しかし、その場から宿儺は肉眼では確認出来ない。

 

 ではどうするか。それは呪力を感じ取る事だ。呪術を扱える者は呪力を知覚し、自身から生まれる呪力を操る術を持つ。

 よって、周囲の空間から呪力を纏ったものを感じ取ろうとすれば、それを阻害するような呪力が無い限り建物や距離をある程度無視して感知出来る。呪力を纏い、多大に扱う戦闘中の術師は殊更(ことさら)見つけやすいだろう。

 

 呪力感知により宿儺の位置は捉えている。

 

 脹相は技を放った。

 

 

 場面は宿儺と日車の戦いに戻る。

 

 日車は膝を付き、(うつむ)いている。

 右腕が欠け、その腕から血が垂れ流しになっていた。

 剣だけは離すまいと左手に握られているが、そこから動けずにいた。

 

 既に防御技である(りょう)域展延(いきてんえん)を使用しても、斬撃を完全に防ぎ切れず、顔や身体に鮮やかな赤色が目立つが、大きく裂けていない浅い切り傷で呼吸が乱れ、軽く汗ばむほど痛みに耐性のないの日車にとって、腕の切断は耐え(がた)い激痛。

 日車の顔に大粒の汗が滲み、滝のように溢れ出す。

 

「……。治せ、治してみろ」

 

 動けなくなった日車に、宿儺はただ言葉を投げ掛ける。

 それは慈悲から来る言葉でなく、少しはたった一人になろうと我武(がむ)(しゃ)()に闘える面白味のある術師になる事への期待と、圧倒的に優位な立ち位置で子供が虫を(もてあそ)ぶのと同じ原理の残虐非道な思考回路による傲慢(ごうまん)な余裕だ。

 

 それでも日車は立ち上がろうと気張る。

 

「そんなものか?」

 

 宿儺が軽口を放つと同時に、今度は剣を持った左腕が斬り飛ばされた。

 その場に再び(ひざまず)き、苦渋の余りに日車は絶叫した。

 

「ツ゛ア゛ア゛ァ゛!!」

 

 そんな様子もお構いなく宿儺は話し掛け続ける。

 

「次は首をとばす。反転術式だ。分かるだろ?」

 

「ほら頑張れ頑張れ。治せなければ死ぬぞ」

 

 人面獣心とは(まさ)にこの事である。

 宿儺の言う反転術式とは、負のエネルギーの呪力を反転させる事で正のエネルギーを生み出し、傷付ける力でなく癒やす力に変える高等技術だ。その中でも、身体の欠損の修復は高度な部類に入る。デメリットとして、反転術式はとても燃費が悪い為、乱用すれば呪力の余力がなくなり継戦能力が低下するリスクを抱えている。

 (とう)の宿儺本人はその技術は高みに至り、内臓が欠けたままでも生存可能、仮死状態からの復活、出力(アウトプット)によって他者をも癒やし、呪霊に注がれれば(たちま)ち弾け飛び祓われる熟練者(エキスパート)。しかし、それが(ほとん)どの機会で使われる事はない。

 

 日車が重症で動けない中、突如頭上から真っ赤な液体がレーザー状になって宿儺に向かう。

 まるで超高圧水流切断(ウォーターカッター)彷彿(ほうふつ)とさせるその液体の正体は血液。

 

 脹相が扱う赤血(せっけつ)操術(そうじゅつ)穿血(せんけつ)」だった。

 穿血は非常に強力な速度と切れ味を誇る技。並大抵の術師では触れるだけで一溜まりもない危険な攻撃。

 が、此処は人外魔境。その最上位に当たる宿儺には手で受け止め切れる程度の代物でしかない。

 穿血を見て、受胎(じゅたい)()(そう)()の脹相がやったのだろうと宿儺は結論付け、彼の生命力の高さに独り言ちた。

 

「しぶといな」

 

 だが、それで十分時間稼ぎになった。

 脹相の助力により、宿儺の視線と意識を一時的に反らした隙に、日車は歪ながら腕を生やし、剣を手に取っていた。

 その姿に宿儺は即座に振り返る。

 宿儺の右上部の掌を狙った日車の刺突が決まった。

 

 

 

 

 

 だが、一歩上手だったのは、宿儺だった。

 日車が見た光景は、剣に串刺しにされた右手。それの手首から下は無かった。

 飄々(ひょうひょう)と宿儺は感想を吐く。

 

「まぁまぁだ」

 

 右手は刺されるより先に宿儺自ら切り離していた。

 驚愕に染まった日車は隙を晒してしまう。それを宿儺は見逃さない。

 虎杖がやられたものと同じ捌によって腹を裂かれ、鮮血が噴き出す。

 処刑人の剣の光はなくなり、手にはその剣の中心にあった小さな十字架のみ。

 

 日車は十字架を上へ弾き飛ばし、力尽きていく。十字架はそのまま宿儺の右後ろへ飛んでいった。

 

 その時、宿儺の背後に駆け付けた虎杖が回り込み、十字架を手に取った。

 宿儺は右に視線を向けて、不愉快な顔を隠そうともしていない。

 

 虎杖はあまりの惨状に顔を(こわ)()らせる。

 初めて出会い、交戦した日以降、一度も合わせてもらえなかった日車と目が合い、虎杖は目を見開いていた。

 

 日車の剣は、思いは虎杖へと託された。

 

 ───思い出すのは、かつて、渋谷事変と呼ばれる未曾有(みぞう)の事態の中、多くの仲間が死に()き、虎杖自身は打ちのめされた最中に死の間際に立ち遭い、自身に託す言葉を掛けていった術師の顔と言葉。

 その術師は焼け(ただ)れた左半身でも限界まで戦い抜いたであろう痕跡が見られ、力尽き特級呪霊に葬られる寸前にこちらに振り向き───

 

『後は頼みます』

 

 その記憶と重なるように、虎杖に思いという名の呪いを託した日車はフッと笑みを零し、呟いた。

 

「それでいい…………」

 

 その瞬間に迷いのなくなった虎杖は、凄まじい剣幕で再び光を取り戻した剣を高速で振りかぶった。

 

 虎杖の攻撃が入る直前に宿儺の身に異変が起きる。

 

 日車や虎杖を筆頭とした面々が宿儺の前に現れ、戦闘に入った直後に虎杖に受けた打撃と似た目眩。まるで地面が大きく揺れたような目眩が走った。

 突如起きたこの症状に宿儺の動きは鈍り、硬直してしまう。

 

 そして遂に───

 

 宿儺に処刑人の剣が触れた。

 

 そのまま剣が彼の左肩甲骨(けんこうこつ)に深く刺さり、剣ごと腕が激しく背中を叩き付けた。

 その瞬間、宿儺の体は脱力し、その勢いもあり姿勢が前へ崩れ始める─が、

 彼は即座に足を踏ん張り転倒する事はなかった。

 そして、虎杖の手に収まっている処刑人の剣は役目を終えたかのように光が弱まり、数秒もしない内に彼の手には小さな十字架だけが残され、宿儺の背に一本線の傷が出来ていた。

 

 辺りは静寂に包まれた。

 

 宿儺は踏ん張った際の姿勢のまま下を向き、微動だにしない。威圧感のあった呪力も鳴りを潜めていた。

 

 虎杖はその異常な変化に対し、処刑人の剣の力が引き起こしたものだという事を理解はしていた。

 宿儺が動かない今、日車は(はらわた)を抉られており瀕死。すぐにでも側に行って介抱したい。

 しかし、これまで宿儺は相手の策を上回る結果を何度も起こしている事や、もし宿儺の魂が死刑に下されても、長い事宿儺に乗っ取られさまざまな“最悪”を体験したであろう伏黒の精神状態がどうなっているか分からず、安易に警戒を解けられなかった。

 攻撃を当てた後、虎杖は即座に後ろへ下がった。

 

 その時、乱れた息遣いが耳に入った。例えるなら、それは恐怖や寒気、疲労で(こら)え切れず震えた特有の呼吸が宿儺の方から聞こえる。そして、ふとある事に虎杖は気付いた。

 よく見ると、宿儺の頭は小さく動き、肩で息をし、その肩は強張り、欠けた上側の右手を除いた三つの手は全て半開きになっていた。指先は時折痙攣(けいれん)し、(かす)かに震えている。

 

 それを見た瞬間に、伏黒が戻って来た可能性を見出していた。だがその様子は、ハロウィンの日に渋谷の任務に当たった際、自身が宿儺に乗っ取られ暴虐の限りを尽くし、辺りを更地に変えた後、(ようや)く身体の自由を取り戻した時の自分と重なる。

 

 余りに大き過ぎる衝撃、自身の人を助ける価値観を真っ向から壊される感覚、強い自負の念、取り切れない重責。

 

 それらの記憶がフラッシュバックし、虎杖は顔を(しか)め、悲哀に満ちた顔を浮かべた。

 

 互いに(こう)(ちゃく)してる中、先に動き出したのは宿儺だった。

 

 彼は恐る恐るといった様子でゆっくりと虎杖の方へ振り返る。

 彼の左目が虎杖の姿を捉え始め、徐々にこちらへと身体の向きを変えた事で、虎杖はその顔色を知る事が出来た。

 

 先程までの好戦的で傍若無人な態度は一変し、顔は引き()り、強い不安がハッキリと見えた。

 視線は彼方此方(あちこち)彷徨(さまよ)わせ、(しき)りに瞬き動揺が目に表れている。

 そして、彼は真っ直ぐに虎杖の顔を見据えた。苦痛に歪んだ顔は薄らいで全身の緊張が緩み、目を丸くして自然と口を開いていた。

 

「虎杖……?」

 

 声質や姿形は何一つ変化していない。

 それでも虎杖にはそれが、宿儺は消え去り、伏黒の(こころ)が無事だと確信するには十分な言葉だった。

 

「……! 伏黒!!」

*1
約2m




例え虚構でしかなくても、本誌の虎杖に仮初でも希望を与えたかった。

きもう-とかく【亀毛兎角】
この世にあり得ないもの、実在するはずがない物事のたとえ。もとは戦争の起こる兆しをいった。かめに毛が生え、うさぎに角が生える意から。▽「兎角亀毛とかくきもう」ともいう。

引用:三省堂 新明解四字熟語辞典
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