きっとそれは、素晴らしい魔法だった   作:青い灰

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魔族と少女

 

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

見上げれば、男がいた。

鴉羽の黒衣を羽織り、それとは対称的な、雪のように白い髪がフードから垂れている。

落ち着いた笑みを浮かべる、小綺麗な男だった。

 

この村の者ではない、というのは、頭の悪い少女でも簡単に分かった。

 

「………」

 

「これは、君が?」

 

少女はこくん、と頷いた。

 

彼に対して彼女は、ボロボロの身なりだった。

その黒髪は伸びきって、空色の瞳は深く濁っており、服とも呼べぬ布切れを身に纏い、痩せ細った身体には多くの青痣や縛られたような痕などが刻まれていた。

 

目の前には、絶叫と悲鳴と、そして炎が燃え盛る村。

この小高い丘の上ならば、その惨状がよく見えた。

村には狼のような魔物が群がり、人々を食い荒らす。

 

「………」

 

「………」

 

彼女はそれを見ていた。

彼もまた、黙ってその視線を共有する。

その村を焼き、煌々と夜闇に輝く炎は、だが。

 

 

 

「きれい──────」

 

 

 

彼女は、そう呟く。

彼はそれを見下ろし、しかし驚いたように口を開け、言葉を失った。当然だろう、人を殺して、そしてなおこの光景を美しい、と彼女は言ったのだから。

だが、しかし。

彼もまた、その口に再び笑みを浮かべた。

 

 

「あぁ」

 

 

そうして、同意の声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして二人は、その光景を見下ろして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に、彼が振り返った。

荒々しい足音は、丘の後ろに広がる森からだ。だが、それに気付いたのは少女だけ。それよりも先に、彼は森の方へとその身体を向けている。

 

 

「──────」

 

 

少女は、深い溜め息をついた。

残念そうな、そして悲しそうなそれを、彼はフードで隠した視線で一瞥し、再度森へとその顔を戻す。

 

そうして森から出てきたのは、息を切らせた小太りの醜い男だった。その手には、薪割りに使われる手斧が握られており、男は彼よりも先に、彼女を睨んだ。

 

 

「ハァ、ハァ、悪魔め、やっと追い詰めたぞ……!

 なぁあんた!その女は悪魔だ、そこから離れろ!」

 

「ほう」

 

 

彼は驚いたように口をすぼめ、顎に手を当てた。

男は苛立ち額に青筋を浮かべながら少女に近付くが、その道を阻むかのように彼は彼女の前に立つ。

 

「私には、この娘は人に見えるけど」

 

「邪魔すんじゃねぇ!!

 そいつは俺の村を、家を魔法で焼いたんだぞ!!

 それに魔物までそいつに誘われてきたんだ!!」

 

「確かにあの魔物は魔力を探知して餌を探すが、

 群れで各地を転々とする種に見えるよ。

 恐らく、偶然引き寄せられたのではないかな」

 

「てめぇ……!!」

 

彼の言葉に、男は更に額の青筋を強く浮かせる。

手斧を構えた男に、彼は慌てて両手を上げて、降参のポーズを取る。なんとも情けない姿だ。

 

「おっととと、待ってほしい。

 争う気はないんだ、言葉が悪かったかな……

 気に障ってしまったのならば謝るよ、この通り」

 

「っっっ、てめぇふざけてんのか!!?」

 

「ふざけてはいない、紛れもない本心だよ」

 

「この…ッッ…!!」

 

 

そして、彼の言葉に男は限界を迎えた。

手斧を大きく振り上げ、そして

 

 

 

 

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

 

 

 

 

言葉と共に放たれた黒い閃光が、男の腕を根元から、その手に握られた手斧ごと消滅させた。

 

その魔法の余波に、強風が吹き荒れる。

男はそれに押されて尻餅をつき、そして、彼の口から上を隠していたフードが、捲れ上がる。

 

その頭には、2本の角があった。

だが、右側のそれは中間から折れてしまっている。

折れているとはいえ、その姿は───────

 

 

 

「ま、魔族……!!?」

 

「………私としたことが、威力を間違えたね」

 

 

 

肉体が崩れていく男の前で、魔族は残念そうに両手を下ろして息を吐いた。透き通った翡翠の双眸が、男を静かに見下ろしている。

 

 

 

「最期に申し開きをさせてもらうけど、

 私と彼女は初対面で、特に繋がりはないよ。

 私は、ただの通りすがりの魔族だ」

 

「ぁ、ぁ、……───────

 

 

「正当な防衛だけど、本当に、済まなかった」

 

 

 

塵となって消えていく男に、魔族はそう残した。

それは魔族としてはあまりにも異質な、謝罪の言葉。

悪辣、冷酷を体現するとも称される魔族の口から出る言葉とは、この場に他者がいたとすれば、それは到底考えられないものだった。

 

 

「…………」

 

 

魔族は振り返る。

その顔には、また柔和な笑みが浮かぶ。

何の感情もない、どこまでも空虚な笑みが、浮かぶ。

 

彼女は目を見開いて、魔族を見上げていた。

魔族は、静かに口を開く。

 

 

「ごめんね。怖かっただろう」

 

 

それは、またしても魔族とは思えぬ言葉。

 

しかし幸か不幸か、彼女は魔族という存在を知らず。ましてや、今この場で、何が起きたのかすら、彼女は理解出来ずにいた。それ故に、彼女はその頭にあった一つの疑問を口にした。

 

 

「今のは、なんですか」

 

「うん? 今の、というと……

 『私が今、何をしたのか』、ということかな?」

 

「はい」

 

 

今度は、魔族が驚く番だった。

魔法を使えない人間はいるとしても、その存在すらも知らずにいる人間に会うのが初めてだったからだ。

 

 

「私は『魔法を使って人を殺した』んだ」

 

「ま、ほう……魔法って、なんですか?」

 

「…………」

 

 

彼女はその目を見開いて、魔族に問いかける。

まるで『どうして』『どうして』と親に次々と問いを投げかける、小さな子供のように。

その濁りきっていた筈の空色の瞳は、今はきらきらと失われていた輝きを取り戻していて。

 

魔族の空虚な笑みも、どこか暖かな微笑みとなって。

 

魔族は、彼女の前に屈み込む。

そして彼女の首元に触れると、その首に刻まれていた鉄輪の痕が少しずつ、少しずつ、消えていく。

 

 

 

「魔法が何かは、君次第だよ」

 

「わたし、しだい……わからない」

 

「うん。ほら、あそこを見ててごらん」

 

 

 

魔族は立ち上がり、その右手の人差し指を立てると、

それを村の方へと向け、ゆっくりと上げる。

 

 

 

 

「─────『大地の魔法(テラ)』」

 

 

 

 

 

瞬間。

 

村を囲うように大地が木々を薙ぎ倒しながら隆起し、それらが一斉に波のような姿を形造る。

 

そして、魔族がその持ち上げた指を一気に下ろすと、それに呼応して大地が渦を巻き、村を呑んだ。

 

 

 

そして、魔族は彼女にその手を開いて見せた。

 

「人間は『大地を操る魔法(バルグラント)』と言ったかな。

 私のような魔族と人間では、魔法もまた違う」

 

そう言って、魔族は呆然とする彼女の頬に触れた。

 

 

「『傷を癒す魔法(クーラト)』」

 

 

すると、その青痣が消え、彼女はまたも驚く。

その青痣だけではない、全身の傷が、この一瞬で全て消えてしまったのが分かったからだった。

鞭を打たれた痕が、絞められた痕が、叩かれた痕が、痛みもなく、瞬く間に全て、なくなった。

 

 

 

「魔法は誰かを殺し、また癒すことも出来る。

 教えてあげよう。私の知る全ての魔法を」

 

 

 

彼女は、魔族の手に触れる。

 

 

「だから君も、私に教えてほしい」

 

 

魔族は、彼女の手を握る。

 

 

 

「人の意思というものを」

 

 

 

本来、有り得る筈もない関係。

だが魔族と彼女は今、互いの手を取っていた。

 

 

 

 

 

 

「君の思い描く、君だけの魔法を」

 

 

 

 

 

 

これは、この少女だけの魔法を探す物語。

 

 

 

 

 






続かないかもしれないし続くかもしれない。

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