続いた。
「まずは宿を取らなければね」
「?」
魔族と少女が出逢い、数日。
二人は歩きと休息を繰り返し、あの村から一番近くの町へと辿り着いた。だが、魔族はすぐに町には入らず現在、近隣の森に二人は身を潜めていた。
そして魔族の言葉に、少女は首を傾げる。
それに合わせ腰に届くほどの長い黒灰色の髪が揺れ、その空色の片眼を隠す。
さて、少女が首を傾げた理由。
それは───────
「私が魔族だから、かい?」
「ん」
「問題ないよ。見ていなさい」
少女の短い肯定に、魔族は笑みを浮かべて自らの頭、その魔族の象徴である角に手を触れる。すると。
「
「……!」
少女が目を見開く。
魔族の角が溶けるように形を失い、だがそれは魔族の真白い髪へと、色を、形を変えていく。
……あっという間に、その角は髪へと同化していた。
そしてそれだけではなく、その髪の色すら変化する。魔族の雪のように真白い髪は、なんとその色を真逆の漆黒へと変えていた。
「………ヒトの身体を構成する細胞。
また、人体組織に含まれる色素まで。
それらを組み換え、変化させる」
魔族はそう淡々と語る。少女は理解できない。
「ま、簡単に言えば〝形を変える魔法〟だとも。
人間たちのように言えば魔法ではなく『呪い』。
今の人間には原理の理解が出来ないもの」
「…………」
魔族の説明に少しは理解が出来たのか、少女は頷き、じっ、と魔族を見つめた。その熱烈な視線には黒色へ変化した髪を弄っていた魔族も気が付き、「あぁ」と(少女の表情は固く殆ど変わらないため)その視線から、彼女の意思を推測する。
「君も使いたいかい?」
「ん」
「教えてあげよう。
人間用に簡単にしたものを魔導書に記してある」
「やった」
少女がぴょん、と跳ねる。
その微笑ましい仕草に魔族も笑みを深め、「さて」と町の方角の木々へと視線を向け、少女もまたそちらへ顔を向けた。
「行こうか」
────
───────
「あ、あんた、グレゴールさんじゃないか!?」
そして町に入り宿を探して二人が歩いていると、突然魔族の顔を見た若い男が走り寄ってきて言う。魔族の姿はすっかり人間のそれであり、しかしグレゴール、という言葉に、少女はまたもや首を傾げた。これまで歩いてきた中で聞いた彼の名は、その名とは全く違うものだったからだ。
だが、彼は顎に手を当て……
「……まさか、果物屋の息子か?」
「あぁ、覚えててくれたんだな!
昔と全然見た目変わってないじゃないか!?」
「エルフの血が混じっていてね。長生きなんだ。
君はまた随分と大きくなったものだ」
少女は彼を見上げた。勿論、嘘である。
魔族は言葉で人を欺くというが、やはりそうらしい。にこやかに笑う彼は、まさに『普通の青年』といった印象が強い。これも魔法だろうか、と少女は疑う。
「そうだったのか……あれ、その子は?」
「…………」
「少し色々あったらしくてね。
私が預かることになったんだ」
「はー……大変だったなあ」
魔族、もといグレゴールは少女の頭を撫でる。
その黒髪は、未だ煤に汚れていた。
「……」
「なぁグレゴールさん、ウチに寄ってかないか?
どうせなら泊まって行ってくれ」
「それは助かる。宿を探していたんだ」
「なら部屋も空いてるし、丁度いい!
その娘はまずお風呂の準備をしないとな」
「では有り難く、泊まらせて貰おう。
だがその前に少し買い出しをしたい、
旅の食糧と……あと紙とインクが心許なくてね」
「分かった、じゃあ終わったら店に来てくれ」
「夕刻には行こう。場所は昔と同じかな」
「あぁ、気をつけて」
………そうして話を終え、二人は男と別れた。
「はい、これインクね。
それにしてもグレゴールさん、久し振りだねえ。
私はすっかり老けてしまったわ」
「いいや、まだまだ若いとも。
店を続けててくれ、また来ることもあるだろう」
「………」
「あらあら、ありがとうね。
お嬢ちゃん、あなたもありがとう」
「………ん」
「行こうか。では、また」
入った側とは逆側の方の町の端にある店。
そこでインクと紙を買い、二人は店を出た。まだ日は高く、あの果物屋の男に言った夕刻まで時間はある。グレゴールは、少女を連れて町の外へ。
町の外に広がる、小さな遺跡群。
そこならば、魔法の練習にうってつけだ。
「………さて、魔法を教えようか」
「やった」
「まずは簡単なものを。
民間魔法と呼ばれるものからだ」
「?」
何故、というように少女が首を傾げる。
その顔には珍しく不満の表情が浮かんでおり、寄った眉と細められた目がその感情を証明していた。それにグレゴールは微笑みを返すだけ。少女は、その感情を言葉にして聞くことにする。
「ぞるとらーくは?」
「確かにあれは素晴らしい魔法だね。
改良を加えれば更に使いやすいだろうが、
あれは人間からすれば未だ呪いの領域にある」
「………」
「君がそれを使えるとなると疑われるだろうし、
改良なんてしてしまうとクヴァール殿に失礼だ。
あの方、怒ると怖いからね」
グレゴールは困ったように笑う。
そのクヴァール殿というのが誰なのか少女は知らず、今はただその魔法を使えない、という事実に落胆して彼女は肩を落とす。
「そう落ち込まない。
君には才能があるようだから教えられるが、
本来は魔力の操作から何年という歳月をかけて
少しずつ覚えていくものだからね」
「私、才能あるの?」
「あるとも。さて、お楽しみの魔法講義の時間だ」
「ん!」
少女は目を輝かせて頷く。
それにグレゴールはどこからか魔導書を取り出すと、それは宙に浮きパラパラと頁が勝手に捲られていく。そして、その頁が開かれる。
「─────名を、
君が最初に覚える、民間魔法だ」
『お洋服を買おう』
魔族「まずは服をどうにかしないとね」
少女「これがいい」
魔族「胸元のリボン大きくないかい? こっちは?」
少女「これ…あー……うーん……」
魔族「面倒だし両方買おうか」
少女「やった。これと、これも欲しい」
魔族「予備は多いに越したことはないし買おうか」
店主「ちょっと甘過ぎないか兄ちゃん」