20XX年、地球は
海も空も大地も残らず汚染され尽くし、全ての生物が死滅したかのように見えた。だが、人類は死滅していなかった!
閑話休題。ああちょっと石を投げるのはよしてくれ、私もこんな風に現実逃避しないとやってけないんだ。
「なんだこれ」
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
というか、なんか謎のカプセルベッドに幽閉されていた。
突然の事態に頭が混乱する……おかしい、何がおかしいって何もかもがおかしい。正面に設けられたのぞき窓から見える外は薄暗く、天井に見える照明らしきものの存在からここが屋内であるとかろうじて判別がつく程度。そして私を格納するカプセルはどうにもセラピー的な何かを用途としているらしく、チャプチャプと体の動きに合わせて波打つ緑色の液体が私の体の背中側半分を浸している。さらには全身に何やら怪しげなチューブやコードなどが接続され、何かを流し込んでいた。
そして何より一番の問題点は……私の体がなんか見覚えも何もない女の体になってるってことだ。想定外で意味不で非常識な状態に直面し、私の頭は見事に?マークで埋め尽くされる。一体何だこりゃ、誰か趣旨を説明してはくれないか。
……これが夢なのは確定的に明らかだけどそれにしてはえらい前衛的な環境だな、とあらぬことを考えながらカプセルの中で首を捻る。明晰夢っていうのは自分で「これは夢だ」と理解することで突入するものらしいが、その割にはなんかこう全知全能のパワーが使えるようにもなってないし贅の限りを尽くしたゴージャスな環境に入れ込まれているわけでもない。本当になんなんだ?
ともあれ、やる事もないし自分のことを確認するとしよう。
私は『アーネスト・ウッドストック』……男性、25歳独身、職業はしがない整備工だ。勤務先は工場長のボケナスデブ野郎……コホン、略してボブがゴミクズなことで有名なジャンク屋兼整備工場の『ファクトリー・ジャンクラップ』。仕事は普通にこなすが今ひとつ情熱に欠ける……悪い奴じゃあないんだが、これといって特徴のない……影の薄い男だ。それで、昨日はそのボブカスに嫌味を吐かれながら民生の自立人形の整備業務をやってた。んで、家に帰ってビールを1本空けてから……ああ? そのまま寝たんだっけか? それともどっか出かけたか? この辺から記憶が曖昧だな……。
所々が曖昧な記憶をあれこれと探る私だったが、そこで動きがあった。カプセルが私が起きたことを感知したのか、急に口を開いたかと思えばそのまま人の事をぺっと乱雑に吐き出しやがったのだ。私は嚙んだ後のガムか何かか??
突然の事態になすすべもなく放り出され、そのままべちゃっとコンクリ張りの床に叩きつけられる。辺りに私を漬物にしていた緑の液体も同時に撒き散らされたが、それは床やら壁やらに触れるや否や見る見るうちに蒸発していき、10秒もする頃には跡形もなく消え去っていた。おいおい、私は一体何に漬けられてたんだ……。
地肌につながれたコード類を強引に引っこ抜かれるやや鋭い痛みと全身をぶつけたことによる鈍い痛み、そしてひんやりとした固い感触が、私にこれが夢ではないと否応なしに突き付けてきた。
ゆっくりと起き上がり、自分の体をぺたぺたとまさぐる。
「おいおい、本当に女の体になってるよ……どういうことだ……」
試しに露骨に製作者の趣味が出ていそうなバカでかい胸を揉みしだいてみれば、なんともいいがたい感触と感覚が返ってくる。童貞として常々でかいおっぱいに憧れていた身ではあるが、私が求めていたのはこういう形じゃなくてさ……。
うん、とりあえず本当に夢ではないようだ。頬をつねってみても普通に痛かったし。
……つまり。私はあのピザデブから解放されたのか?
そこに理解が及んだ時、私は諸手を挙げて歓喜していた。
「……いやっほーぅっ! 何が何やら事情はさっぱり分からないけどあのクソみたいな職場から逃げれたぞ! ざまぁみろクソボブゥ! せいぜい私という中間管理職抜きで現場を全部回すんだな! わっはっはー!!」
苦役から解放された、こんなに嬉しいことはない! あはは、今日からどうやって生活しよう! っていうかそもそもここどこ!
半分以上現実逃避が混じりながらもとりあえず狂喜乱舞していた私だったが、そこで薄暗い部屋のドアが突然シュッと開いた。今度は何事かと身構える私をよそに、部屋に入ってきたのは何やら揃いも揃って同じ顔をした全身黒づくめの少女が5人とそれを率いるサイドテールのロリっ子。
直立不動で完全に虚無の表情を浮かべた黒づくめガールズをよそに、ロリっ子はジト目でこちらを睥睨しながら、
「ポッドが急にエラーを吐いたから様子を見にくれば……お前、こんな薄暗いところで何踊り狂ってるの? しかも全裸で」
「いやちょっと、嬉しいことがあったもんでつい……?」
そう答えると、ロリっ子は何やら驚いたような表情を浮かべた。
「……おかしいわね、未調整のクローンのはずなのに自我が確立してる。お前、いったい何?」
「ちょっと待ってなんかすごい聞き捨てならない事口走らなかった?」
自分の体を見下ろす。え、この体クローンなの? 嘘でしょ? てか誰の?
部屋に入り込んできた計6人の少女と私の体を見比べる。身長や髪色などあちこちに相違点があるが、何よりも『そこ』の違いは一目瞭然だった。私は困ったように眉根を寄せ、腕を組んでこれ見よがしに胸を持ち上げながら問いかける。
「……クローンの割には大分個性があるみたいだけどその辺どうなの?」
「お父様ぁー! コイツ殺したいんだけどいいよね!? どうせ廃棄するだろうし私が殺しちゃっていいよねぇー!?」
「待て待て待て待って! 分かった私が悪かったから!」
ビキリ、と額に青筋を浮かべたロリっ子が部屋の外に顔を出して大声を出す。
何やら『お父様』なる人物に殺害許可を取ろうとしだしたため、慌てて引き留めようとした次の瞬間、私はクローン5姉妹によってがっしりと体を拘束されていた。そして、ひょいっと体を持ち上げられてどこかへと運ばれていく。っていうか君ら見た目のわりにずいぶん力強いな!?
「ちょっ、待っ、えっ何待てやめろ離せ! 話せば、話せばわかる!」
「うるさい! その口閉じないと無理やりにでも黙らせるわよ!」
「問答無用!? ちょっと本当に待っぶごぇ──」
がしっ、と顔面をロリの袖の中から伸びたわさわさしたものでわしづかみにされた時、ピリッと僅かに痺れるような感覚を覚え──
──気が付くと、私は緑色の手術衣のようなものを着せられ、ベッドにベルトやら何やらでガッチリ拘束された状態で壮年っぽい白髪のおっさんと向き合っていた。あの、だから趣旨をですね……。急展開の連続すぎてついていけないよ私。
おっさんは私が目覚めたのに気付いたのか、こちらに視線をよこす……いや目ェドロッドロだな! 感情の掃きだめみたいになってるぞ!
「やあ、起きたみたいだな」
「ど、どうも。……いきなりなんですけど、これどういう状況です?」
「そのままでいいから私の話を聞いてくれ」
あ、私の質問には答えてくれない感じですかそうですか。
そして、聞いてもないのに目の前のおっさんはペラペラと自分がトップに立っている組織──『パラデウス』とやらについてを説明し始めた。曰く、崇高な目的を達成するための組織。曰く、自分の手となり足となるこの上なく便利なもの。曰く、曰く、曰く……。
……とりあえず、このおっさんには何らかのとんでもなく重要な目的があって、その為に自分の意思ひとつで好き勝手に動かせる私兵であるパラデウスなる組織を創設したらしい。その目的が具体的に何なのかまでは教えてくれなかったが、まあクローンの大量生産・兵器化とかいう条約をざっと3桁単位でぶっちぎっていそうな事をするからには相応にろくでもない物なんだろう。
そんな事を思いながら芝居がかった動きであれこれと宣うおっさん──ウィリアムを半眼で眺めていた私だったが、べらべらと一通りまくし立てて満足したらしいおっさんは改めてこちらに意識を向けてきた。
「そうだね、じゃあまず手始めに……私の事は君の父親だと思ってほしい」
「気は確かですか?」
急に何を言い出すかと思えば狂ってんのかこのおっさん。見ず知らずの相手を父親だと思ってほしいってなんだよ、確かに私は物心ついた時にはあのカスみたいな工場で働いてたから親の顔なんて知らないが、少なくともあんたじゃないのは間違いないと自信を持って言えるぞ。
しかし、このおっさんは退かなかった。何も言わずにこちらを見続けるその目力がどんどん強くなっていき、いわゆる『<●><●>』の状態になっていく。こっわ。そしてその横では、ロリっ子が苛立ちを隠そうともせずにこちらを睨みつけていた。こっわ……くはないな。こっちはまだ微笑ましい。
とは言ってもこの調子だと下手に歯向かったり断ったりしようものなら廃棄処分と称してろくでもない目に遭わされるのは目に見えている。私は観念して口を開いた。
「……OK、『父さん』。分かった、とりあえず今のところはアンタに従おう」
「他の子は『お父様』って呼んでくれるんだがね」
「呼んでほしいのか?」
「いや全然」
なんだこいつ。
しばらくフレーメン反応をした猫みたいな顔で目の前のペテン師予備軍を眺めていた私だったが、そのペテン師の腕に抱きつきながらロリっ子が露骨な猫なで声を出して甘えにかかる。
「ねぇねぇお父様、それでコイツどうするの? どうせ廃棄処分にするんだろうしそれなら
「……いや、気が変わった。明らかな規格外品ではあるけど、たまにはそういう刺激も必要だろうしね……その点、『コレ』は間違いなく使えるだろう。最上級権限を与えてみよう、せいぜい役に立ってもらうとしようか」
「全部聞こえてんぞ全部」
「……となると、名前を付けないといけないな。やれやれ、そういうのはあまり得意じゃないんだけども」
「答えろや、おい」
……なんだこいつ。(二回目)
なんというか、何かにつけて自己完結するせいでまともな意志疎通が出来そうにない。よくこの年齢まで生きてこれたなこいつ、前職は研究者とかか? 体もめちゃくちゃヒョロヒョロだし間違いないだろ。
そんなおっさん──改め、『父さん』は少しの長考ののち、こう言った。
「よし、決めたぞ。君の命に『価値』を与えよう──君の名前は『ストレリツィア』だ」
まあ名前負けも甚だしいことこの上ないが、それでも経緯とかの説明が一切ないことを度外視すれば一応は劣悪な労働環境から引っ張り出してくれた可能性の濃厚な恩人だ。せいぜいそれくらいの恩義には報いるとしよう。
はぁ、とため息をつき、観念した笑みを浮かべて私は口を開く。
「……はいはい、それじゃあこの『ストレリツィア』にお任せあれ。目的とかなんも聞いてませんが最低限の働きはして見せますよ──あの、なんで人のこと固定した台を動かし始めるんです? ちょっとどこ行くんですか、おい答えろ」
「その言葉を待っていたよ。よし、突然で悪いがこれから君には機械の体になってもらおうか。まだ傘と教育プロトコルの導入をしただけで改造とかも済んでいないからね」
「『改造』!? いうに事欠いて『改造』と申したか今!? っていうかそうだよアンタは行動に移す前にここに至る経緯と今の状況の説明をだな待てやめろ台を動かすんじゃあないっ!!!」
「お父様ぁ、コイツはどんな風に使うの?」
「ああ、ちょっとしたアイデアがあってね」
「聞けやーっ!!!」
しかしこのおっさんとロリ、どっちも人の話を聞く気配がない。
あれよあれよという間に私はなんかよく分からん施設に運び込まれ、なんかよく分からん改造を施された。何が腹立つって人の意見とかをガン無視してる割に『使える道具』を作るのが目的なせいか気持ち悪いくらい痛みとかそういうのは感じない事だ。もうちょっと配慮すべきところあるだろ、とりあえず上司のアタマどうにかしてくれ。
……いつも見慣れた自分の体ではないとはいえ、目の前でいたいけな女の子の体が容赦なくかっ捌かれてあれこれと改造されていくのは正直見るに堪えない。なんでここまで苦痛に配慮した作りなのに患者の精神衛生には配慮してないんだよ、おかしくないか。
マジでどうなってんだ、実はあのまま工場で罵倒されながら働いてた方が幸せだったんじゃないのか?
そんな事を今更のように考えながら、私は手術台の上でふて寝を決め込んだ。起きる頃には適合手術とやらもちゃんと終わっているだろう……。
……で、今。
私、ストレリツィアは一人どことも知れない荒野に立ち尽くしていた。
いや冗談抜きに、ふて寝して目を覚ましたら見知らぬ荒野だった、マジで。ここどこ……?
はぁ、とため息を一つつき、自分の体を改めて検分する。とりあえず自分のことくらいは把握しておこう。現実逃避ともいうけど。
……先端に進むにつれて黒から銀にグラデーションしていく世の摂理に喧嘩を売った長髪、無機質さを演出する金色の瞳、病的なまでに白い肌。
全体的に細めだがしっかりした肉付きのスタイル、はちきれんばかりに豊満なバスト、目算で170cmは固い男時代と比べて遜色ない長身……クローンの素体になった誰かさんは随分とプロポーションに恵まれているらしい。誰だか知らんが恨むぞ。
服装は……なんだろうこれ、どういう呼び方するのかはわからないけどとりあえずあのロリっ子をはじめとした黒づくめ軍団──聞いた話によれば
そしてちらりと後ろを見てみれば、でーんと鎮座する得体の知れない4本足のごっついメカ。悪路にも対応するためなのか、足の横にはご丁寧に車輪や
目を閉じて、ふう、とため息をもう一つ。そして、思い切り息を吸い、天高くへ向けてあらん限りの声量で咆哮した。
「……なんっでやねん!!!」
……ウィリアム、次に会ったらアンタをぶっ飛ばしてやるよ。マジで覚えとけコノヤロー。