「それじゃあただ歩くだけっていうのも暇だし、少し昔話でもしようかしらぁ?」
カツコツとヒールでリノリウムの床をリズムよく叩きながらシャルロッテが言う。昔話とは一体誰の視点から見たものだろうか。
とはいえ、ついていく途中に特に暇をつぶせるものもないので黙って話を聞くことにする。
「そうねぇ、あれは私が初めて処女を──」
「あーもういいですだいたいわかりました、なんかほかの話ないんですか?」
いけず、と口を尖らせる色情魔。いや、まだ日も沈んでない時間帯なのに堂々とそんな話をする奴がありますか。
ほら見ろ、通りすがりの自律人形がすごい顔してこっち見てるじゃんか。こんなのと同類視されるのは勘弁してほしいとそちらに視線をやって首を横に振ると、同情するかのような表情を浮かべながらそそくさと立ち去って行った。
「それじゃあ何を話そうかしら? プレジャーナルの重役を一人テクノブレイクさせた話? お馬さんを一頭使い潰してサブリナちゃんに怒られた話? それともXXXをXXXして──」
「ええい口を開けば下ネタしか出てこないんですかアンタは!?」
周囲を行き交う人々の視線がどんどん冷たくなっていくのを感じながら、私はたまらずシャルロッテに嚙みついた。冗談抜きに猥談しか話さないぞこの女! あまりにも性に対してオープンすぎる!
あれこれと問い詰め、全力で軌道修正を計りながらなんとかお茶の間に披露できるような全年齢対象の話題を引っ張り出せないか調整を進めていく。
「そうそう! N.E.S.T.から少し離れた所に美味しいコーヒーを出してくれるカフェがあるのよぉ! "シグルプロウ"って言うんだけど!」
「よかった、やっとまともそうな話題が出てきた」
「N.E.S.T.に所属してる小隊の一つが運営してるんだけどぉ、もともと私もそこの小隊の所属だったのよねぇ」
「ふぅん、そうなんですか。なんでまた移籍なんてことを?」
「あそこってライフルの戦術人形が多くてキャラが立たないのよねぇ」
「地味に世知辛い」
すんっ……と遠い目をして呟くシャルロッテ。なんでもその小隊は当時SMG2RF3MG1とかいうトチ狂った配分で回していたそうで、キャラの平均化を恐れてサブリナに直談判する形で"410"に転がり込んできたらしい。心配せずともアンタのキャラが薄れることなんて人類が100回絶滅してもあり得ねぇよ。
……しかし遠いな。かれこれ10分くらいは歩いてると思うんだけど、まだ居住区Gとやらにはつかないのだろうか?
「今が居住区Eの辺りだからぁ、あと5分くらいかしら」
「……居住区、結構多いんですね?」
「まあサブリナちゃんってテロリストみたいなのでもない限り基本的には平等に受け入れる方針みたいだしぃ、アンダーエデンも基本的に土地は余りまくってるもの」
「あんまりそうは見えないですけど、そんな広いんですか? ここ」
「当然よぉ。だってアンダーエデン自体がU13地区とE17地区がより合わさって生まれた大規模複合都市だもの。ここが事実上の首都で、他にもあちこちに領地管理用の飛び地があるのよ?」
「そんなに?」
「そう、そんなに」
なんとまぁ、っていうことはつまり私が鉄血のガラクタ共を血祭りにあげていた段階ですでにアンダーエデンの影響下には入り込んでいたのか。N.E.S.T.に転がり込むのを踏みとどまろうがどのみち逃げ場なんてなかったわけだな、ホーリーシット。
「……っていうか、そう考えると私ってその手の支部みたいなのを全部スルーして中央地帯まで彷徨ってきたのか、私」
「変なところで器用よねぇ、貴女って。普通だったらまずどこかのサブエリアに突き当たりそうなものだけど……」
まあお陰で比較的マシそうな場所に身を寄せれたから結果オーライっちゃオーライかもしれない。話を聞く限り、まだ名前を知らないもう一つのエリアはともかくとしてプレジャーナルはどう考えてもヤバいところだし。本当になんなんだよ歓楽魔都って。字面からしてもうろくでもないんだけど。
そんな、はたから見れば至極どうでもいいような世間話を続けることしばし。隙あらばそっち方面に話をもっていこうとする色情魔をのらりくらり躱しながら歩を進めていれば、目的地が見えてきた。
「さて、着いたわよぉ。ここが貴女の新しい住処、居住区G!」
「うわでっけぇ」
堂々とそびえたつ臨時基地に負けず劣らず巨大な構造の建造物に、思わず声が洩れる……一体全体何階建てだ、これ。ここまで大きいともはやどこが入り口かなのかさえも怪しくなってくるが、シャルロッテは鼻歌交じりに慣れた様子でエントランスらしき場所から内部に入っていく。
……エントランスはそれこそ病院のロビーのような場所だった。無数のチェアがずらっと並び、そこかしこに自律人形と思しき少女たちが座って談笑していたり、一人でのんびりくつろいだりしている。
その中の一脚に座ってスマホを見ていたキルスティンが、こちらに気付いて席を立った。
「ずいぶん遅かったわね」
「そうかしらぁ? 結構早めに来たとは思うんだけどぉ」
「どうせあんたのドピンクな会話のせいで変に時間食ったんでしょ? ストレリツィア、あんたも嫌なものは嫌って言っていいのよ?」
「いや、その手の話題は全部即切りしましたけど」
「へぇ? やるじゃない、将来有望ね」
驚いたような表情を浮かべるキルスティン。まあだいたい予想はつくが、大抵の人はシャルロッテの勢いに押し切られて猥談マシンガントークに興じる羽目になっているのだろう。内容については定かではないけど、まあこの色情魔が話すことなんて大概ろくでもないことだろうし考えるのはこの際やめておく。
キルスティンが手慣れた様子でヒュパッとこっちに鍵を投げ渡してくる。それを片手で受け止めれば、そのまま『↑エレベーターホール』と書かれた看板の下げられた通路へ向けて歩き始めた。
「さ、あんたの部屋はこっちよ。ついて来なさい」
「あ、はい」
「シャルロッテ、あんたはどうすんの?」
「私は古巣に用事があるし気持ちだけ受け取っておくわぁ。それじゃあストレリツィアちゃん、また後でね☆」
「え、あ、はあ、ありがとうございました……」
ひらひらとその場に立ったまま手を振ってくるシャルロッテ。とりあえず手を振り返せば、くるりと背を向けて軽い足取りでエントランスを後にしていった。
その様子を私の後ろから眺めながら、キルスティンは腕を組んで言う。
「あいつの古巣、確か今プレジャーナルの近くでカフェやってるって聞いたわね。潜入捜査の情報でも流しに行くのかしら」
「情報流してどうするんでしょうか。襲撃でもするんですかね?」
「あの色情魔が元居た小隊よ? ビッチの集まりに決まってるじゃない、襲撃っていうよりレイプって言ったほうが適切よ」
「なんだろうなぁ、容易に想像ついちゃうのがすごく嫌」
「否定はしないわ」
脳裏をよぎるのは、シャルロッテに似たような身長と体型と性格をした戦術人形が煽情的な意匠を身に纏い、笑顔でラインダンスをしている光景。正直目に毒でしかないので、頭を振って脳内イメージを吹き飛ばす。
……一回事の仔細を確かめに視察に行ったほうがいいかもしれないな。シグルプロウ、って言ったっけか。暇ができたら見に行ってみるか。
「……まあ、あいつのことは考えても得するもんでもないし、さっさと行きましょうか。ついて来て、手早くあんたの部屋に案内するから」
「あー、お願いします」
エレベーターホールに入る。ちょうど何台かあるうちの一台が到着したようで、チーンという気の抜けるチャイム音とともに両開きの鉄扉が開いた。
中からフル装備だったりカジュアルコーデだったりする少女の集団がぞろぞろと出ていき、スッカラカンになったエレベーターの中に入っていく。二列に連なったとんでもない数の階層ボタンを検分しながらキルスティンが独り言ちる。
「えぇと、403号室……だからそうよ、私達のすぐ近くじゃないの。じゃあ4階か」
「話だけ聞いてるとマンションとかその辺っぽいんですけどここって一階層につき何部屋あるんですか?」
「そりゃあ3桁なんだから100部屋に決まってるじゃない」
「そんなさも当然のことのように言われましても」
どんだけ広いんだよこの建物。一階層100部屋ってあんた。
そんなことを思っていると、エレベーターがゆっくり減速していく。先ほどと同じく気の抜けるチャイム音が鳴り、目の前で扉が開いた。
どうやらZ軸は常識的なつくりのようだ、とちょっとだけ安心しながら、キルスティンの後に続く形でエレベーターを降りる。その先は屋内の廊下で450、449……と順繰りに数字の書かれたプレートがセットされた扉がずらりと並んでいた。なるほど、作りとしてはマンションよりもホテルとかそっちの方が近い感じか。
「それにしても、いきなり50番台からスタートなんですね」
「エレベーターホールを起点に翼みたいな構造になってるだけよ。反対側見てみればわかるわ、50から上の部屋番が並んでるから」
「なるほど?」
フロアカーペットの敷かれた床を踏みしめて進んでいく。……どうやら部屋のカスタムとかは特に禁止されていないようで、玄関の段階で明らかに他の場所とは何かがおかしい部屋が散見された。扉に設けられたポストに大量の督促状のような何かがねじ込まれているのはいいほうで、カラースプレーやらなにやらで前衛的に装飾されていたり、周囲の壁もろともに大量の弾痕が刻まれていたり──穴の向こうはベニヤ板で強引にふさがれていた──挙句の果てにはなにやら扉の隙間から明らかに怪しい虹色の煙みたいなモヤみたいな何かが噴出している部屋すら並んでいる。
流石にちょっと見ていて恐怖しか沸いてこないので、慣れた様子で前を歩くアンダーエデンの先住民に聞いてみた。
「……この煙、なんなんですか?」
「ああそれ? どうせいつものドラッグよ、気にしないでいいわ」
「へぇー、ドラッグなんですか……ドラッグ!? 大丈夫なんですかそれ!?」
「騒ぐほどのことじゃないわよ、基本的にここじゃなんでも合法だもの」
「いや、いや……えぇー……これ私がおかしいんです……?」
「アンダーエデンの価値観で言えばね。早めに慣れておいたほうがいいわよ」
……まあ、郷に入っては郷に従えって言う言葉もあるし、こういうこともあるか。うん。
とりあえず何も見なかったことにして、目的の部屋まで進んでいく。
「着いたわよ。ここがあんたの新しいハウス、403号室」
「なんか大量のKeepoutでデコられてるのは見間違いでしょうか、そうであってほしい」
「残念だったわね、ちゃんと実体のあるテープ張りよ」
「オーマイファック!!」
思わず毒づく。いやまあ形式的に私の前に住んでた人の忘れ物があるのとかは仕方ないとは思ってたよ。思ってたけどこれはさすがに違うじゃん。なんで事件現場みたいになってんの。
……一応、キルスティンの話では純粋に先住民の趣味によるもので、なんかこう殺人事件とかが起こったりしたわけではないらしい。どこまで信用できるかは知らないけど。
この分だと中もロクなことになっていなさそうな気がしてならないが、かと言って今更違う場所がいいなどと言おうにも言えないので、恐る恐るドアノブに手をかけて回す。
そのままゆっくりと引けば、微かに金属の軋むような音を響かせながらゆっくりと扉が開いていく。ごくり、と生唾を飲み込む。
意を決して、バンッ! と勢いよく扉を開け放ち、ライフルを構えて内部へと突入した。
「開けろっ! デトロイト市警だ!!」
「馬鹿言ってんじゃないの。ここは一人部屋なんだから、あんたが今来た以上他に誰もいるはず、が……」
私を制止するようなキルスティンの声が尻すぼみになっていく。それもそのはず、彼女曰く一人部屋のはずである部屋の奥に先客がいたのだから。
そいつは白を基調としたカラーリングに『塗装』された四肢を持ち、目元をバイザーで覆い隠し……そばを啜っていた。
ズルーッ! ズルズルーッ! と一切の遠慮なく堂々と食事に勤しむその姿に、思わず突っ込みも忘れて見入ってしまう。
「……、」
「……、」
「……、」
何とも言えない気まずい空気が漂う。
私たちに見ている前で、そばを食べ終わったそいつはおもむろにかけていたバイザーを外す。そして、その下に隠れていた私のそれに負けず劣らず無機質さを演出する黄金色の瞳をこちらに向け、威勢のいい笑顔とともに叫んだ。
「やぁ新入り! 歓迎しよう、盛大にね!」
「なんだお前!?」
展開がはえぇよ。頼むからまず説明してくれ。