「……さて。これからどうしよう」
自室でベッドに腰かけ、私はそう独り言ちた。
いやさ、フリーはいいんだけどアンダーエデンの地理情報とかほとんど知らないんだよなぁ私。頼りになりそうなキルスティンとは別れちゃったし、恐らくまだいるであろうソルフェージュは十中八九寝てるだろうし……さてどうしたものか。
「っていうかそうだ、適当に地図かなんかもらって探索すればいいじゃん」
ポンと手を叩き、思い立ったが吉日として自室を後にする私。……っていうか通帳とカードはもらったけど通信端末みたいなのも持ってないな。その辺も探さないと。
……えーっと、なんて言ってたっけか。そうだ、昏迷市場"クラックマーケット"。いわゆる企業連とかそんな感じの立ち位置の勢力らしいし、その勢力圏に行けばその手の道具が入手できるはずだ。
てくてくと臨時基地へ向けて歩を進めていく。何かにつけてR18的な意味で危険な話題を吹っかけてくるシャルロッテがいないからか、行きよりかは短い時間でたどり着くことができた。
「たのもー!」
バァン! と勢いよく指令室の扉をあけ放つ。ダァン! と私の頭のすぐ横をライフル弾が突き抜け、壁に突き刺さった。
笑顔で片手をあげた姿勢のまま硬直する私の視線の先で、据わった目をしたサブリナが銃口から白煙をたなびかせるライフルを構えながら言う。
「悪かったわね、人違いよ」
「………………………………な、何をどうしたら開幕発砲から始まる人間関係が出来るんです……??」
「知りたい?」
「謹んで遠慮しておきます!」
懸命な判断ね、と言いながら、サブリナが構えていたライフルを下ろす。ふう、と一息つき、私は要件に入った。
一通り私の話を聞いた彼女は首をかしげながらこんな言葉をかけてくる。
「……キルスティンに頼めばよかったんじゃないかしら?」
「それが流れで解散しちゃいまして、今あの人がどこにいるかよくわからないんですよね。なのでまあ、通信機器の入手もかねてって感じで」
「そういうこと。それならいいわ、事務室兼サーバールームの方にその辺担当してる事務員兼私の直轄の部下の一人がいるから、そこに話せばいいわよ。こっちから話は通しておく」
「直轄の部下。ですか?」
「ええ。さっきも少し話したけど、私を筆頭にした特務脱法小隊"502"の一員よ。素敵でしょう?」
「素敵というより大胆不敵ですね」
いちいち響きが強いな……"502"については少しだけ聞いたけど、特務脱法小隊ってなんだよ。
ともあれオーケーサインが出たのも事実。私は礼を言って退出して、そのままサーバールームへと向かった。サブリナ曰く、『ちょっとクセが強いけど私の立派な仲間よ』とのことらしいけど……あの人がチームで活動してるイメージ全ッ然湧かないなぁ。まだ下僕としてこき使ってる方が印象としては妥当な気がする。
しばらく道なりに歩いていれば、これまたご丁寧に『事務室/サーバールーム』とプレートの張られた部屋にたどり着いた。とりあえず中に入ってみると、薄暗い部屋の中で微かな駆動音を響かせるゴツいサーバーが一つ、二つ、三つ……いや多くない? 何に使ってんだこんなに。
さらにその脇にはデスクトップPCのセットされたデスクが鎮座していて、そこで金髪の少女が突っ伏して寝ている。……モニターに作業中のなにがしかが映ってるあたり、仕事中に力尽きた感じだろうか。とりあえずこの人がサブリナの言っていた事務員とやらで間違いないだろう。ここ他に誰もいないし。
肩に手をかけ、体をゆさゆさと揺らしながら声をかける。
「おーい、起きてくださーい」
「……んぁ? どうしましたかトマトDK富士氏ぃ?」
「トマトでもDKでも富士でもねぇわ、誰だよそいつ」
一体全体どこの誰と勘違いしやがった。
ジト目で眺めていると、そのまま顔を上げて私の方へ視線を……ってうわ、顔の半分仮面で隠してるぞこの人。それでこの仮面少女さん、とりあえず私がそのトマト何某とやらでないことは理解できたのか、ぎょっと目を見開いて慌てて立ち上がった。
「うわぁ全然違う人だった!? ようこそ臨時基地へ、本日は何のご用件で!?」
「うわ仕事モード入るのはやっ。……コホン、実はこれこれこういう理由で……」
「はぁ、リーダーから? ええと、ちょっと待ってくださいね。確認します」
そう言って、カタカタとPCを弄る仮面少女。……とりあえず名前を知らないと後々問題になりそうなので尋ねてみれば、MGL-140……ドロシー=ティンパニとの答えが返ってきた。薄々そんな気はしてたけど、先に銃種から名乗ったってことはやっぱりこの人も戦術人形なのか。
……冷静に考えてみれば、アンダーエデンに来てからこっち人間というのを見た記憶が全然ないな。少なくとも臨時基地においては、思った以上に自律人形の比率が高いようだ。
「あーはい、メール来てますね……なるほど、クラックマーケットに用事が?」
「ええまあ。物資とかその辺をある程度物色しておきたくて」
「そうなんですか。それじゃあ地図出しますね……首都だけのやつとアンダーエデン全域まとめた奴がありますけど、どうします? 適当な支部にカチコミかけるならあれですけどちょっとした買い物くらいなら首都限の地図がおすすめですよ」
「あー、じゃあそっちでお願いします」
わかりましたー、とやや気の抜ける返事とともにPCに向き直る仮面少女──ドロシーさん。カチカチカタカタと慣れた手つきでどこともしれないディレクトリを漁り、目当てのファイルを抜き出していく。
やがて、すぐ脇に置かれていたプリンターの液晶に光が灯る。ガーッと吐き出された紙を手に取り、二つ折りにしてパチパチとホチキス止めした状態でこちらに手渡してきた。
「はい、これがクラックマーケットの地図ですね。といってもN.E.S.T.に隣接してるエリアしか出してないのでこれよりもっと広いですけど」
「10枚は吐き出してたはずなのにまだ足りないと……⁉」
「まあ馬鹿みたいに広いですからねぇ。実は規模としては
はえーすっごい、と馬鹿丸出しな感想とともに感心したところで、ふと違和感に気付いた。
……えーと、確かアンダーエデンってUとEの地区二つを合併して作ったんだよな? それで、その内最小規模のN.E.S.T.の領土が大雑把に地区一つ分っていうことは……あれ、計算合わなくない?
眉間にしわを寄せて首をひねる。私の抱いた疑問に見当がついたのか、ドロシーさんは苦笑しながら言った。
「面積の配分がおかしいと思ったでしょう?」
「ええまあ……どうなってるんです?」
「
「またなんかヤバそうな固有名詞出てきたって」
「そうですね、クラックマーケットとN.E.S.T.がほぼ横並び。そして地上での面積こそ狭いですが、地下に全何層あるかも判然としない超大規模都市を抱えたプレジャーナルが規模として最大になっている形です。所属人員もそれに比例して跳ね上がっている形ですね」
「なるほど……」
聞いた限りだとプレジャーナルの勢力圏は物理的にも権力的にも相当に入り組んでいそうだ、うかつに近寄るのは避けた方が身のためだろうな。近くシャルロッテの言っていたカフェテリアに野次馬しに行く事実は忘れていたことにして、ひとまずそう認識する。
そのままドロシーさんに礼を言って部屋を後にする。ええと、ここから最寄りのクラックマーケット関連施設は……意外と近いな。なんだったら居住区よりも近いだろこれ。あんまり時間はかからなさそうだ。
基地の外に出る。なんやかんやで目覚めて食事して初任務しての結構な強行軍だったため、気付けばすっかり日が落ち、空はミッドナイトブルーに染まっている。それでもアンダーエデンはそんじょそこらの都市に負けないほどに夜間照明が充実していて、辺りを歩いていても暗いとは全然感じなかった。
「えーっと、まずはどれから見るのがいいかな……」
もらった地図を見ながら思案する。
とりあえず通信機器が欲しいのと、予備の武装とかもいくらか確保しておきたいなぁ。いつものライフル一本だけだと何かあったとき怖いし、もらったナイフもシンシアが言っていた通り本当に最低限の代物だ。せっかく金が入ったんだしこれも買い替えておくが吉だろう。っていうか結局一回も使ってないなこれ。
となれば、その手の武器やみたいなのを見ておくのがいいな。銃砲店ならその辺一通りおいてあるか?
「……まあ、近いところから順にみていけばいいか」
そう結論付け、とりあえず今いる場所から最も近い店を探る……なるほど、ここからだと『アトリエル・アーセナル』なる店が一番近場なようだ。
まあ名前でここがヤバい場所だと決めつけるのもよくないだろう、百聞は一見に如かずともいうし。一旦この目で確かめてみて、本当に危なそうだったら別の店に回ればいいや。
「さて、それじゃあ手早く済ませるかな」
「おっ、行く気になったか? よし、じゃあ早速向かおうぜ」
「そうですね、日が昇る前に、は……」
すぐ横からかけられた声に当然のように返答しようとして、はたと気付いた。……誰だ今の。
事実に気付いた瞬間、驚きのあまり一瞬にして体が硬直する。ぎぎぎぎぎ、と油の切れたブリキ細工のようなぎこちない動きで首を動かし、声の聞こえたほうにゆっくり視線を向ける。
よう、とこちらを見据えて気さくに挨拶してくるローディと目が合った。どうやら偶然にも鉢合わせてしまったらしい。私ははぁと溜息をつき、緊張で固まった体を努めて緩めながら口を開く。
「びっっっくりした……やめてくれませんかね、心臓止まるかと思いましたよ」
「ハハッ、悪い悪い。私もクラックマーケットのほうに野暮用があってな、向かおうとしたら丁度マップ片手に立ち往生してるあんたが目に入ったのさ」
「そうですか……」
「何を買うのかは知らないが、あんたもあっちに用があるんだろ? だったら丁度いいや、案内してやるよ」
「はぁ、それはどうも」
「んで、どこに行くんだ?」
「えーっとですね、近いところから順番に見ていくつもりなんで、まずはこのアトリエル・アーセナルって所から……」
それを聞いて、ローディの笑顔が若干ひきつった。そして、何かを言おうとして口を開いてから何も言わずに閉じ、ものすごい渋面を浮かべながら腕を組んで唸り始める。なんというかこう、『言葉を選びたいのはやまやまなんだけどどう説明したものかわからない』みたいな空気を感じた。
あまりにも嫌な予感しかしてこないリアクションに不安になった私は恐る恐る問いかける。
「……もしかして結構ヤバいところだったりするんですか?」
「………………………………いや、うーん、その……なんだ。あー……いや、ヤバい……? ヤバいかもしれない……? なんて言ったもんかな……いやまあ、合う奴ならとことん合うんだろうけど……」
「めちゃくちゃ煮え切らない口ぶりですね」
ここまで躊躇われると一周回って興味がわいてくるわ。これはもう行くしかないな?
私はなおも唸り続けるローディの手を取り、マップを見ながら足を動かし始めた。行先は未知なる銃砲店『アトリエル・アーセナル』──さあ、いざ行かん!