……さて、マジでどうしたものか。
途方に暮れる私をよそに、時間は刻一刻と過ぎていく。ここに突っ立っていたままでは状況は悪化こそすれど好転することはないといっていいだろうし、早めに足を動かして当座の寝床を確保しないといけない。
っていうか食料とかどうなってるんだろうか。得体の知れない改造を大量に施されているとはいえあくまでも元は人間のクローン、栄養補給は必須だと思うんだけど。そう思って懐を探り、何もないのでガンガンと謎メカの筐体をグーで叩く。すると何やら変なボタンのようなものを押してしまったらしく、ジェネレーターの駆動する重厚な音がし始める。音からして結構いい内装してんな、こいつ?
なにやら小窓のような部分がシャッと開いたかと思えば、ペッ! と怪しげなエナジーバーが一本吐き出された。黄色い袋に赤字の物々しいフォントで"EMERGENCY ENERGY BAR"と書かれた最高に食欲の削がれるデザインのそれがどうやら当面の食料のようだ。……なーんか見覚えある気がするけどなんだったっけかな……。
物は試しで開けてみる。……見た目は普通のチョコレートバーだな。匂いも特に怪しい感じはしない。それじゃあまあ、いただきます。
……。
…………。
………………、
「……マッッッッッッズ!!! ぐぅっ、なんだこれ、おえっぷ、ゲロマズじゃねぇかなんだこりゃ!?」
口の中入れた瞬間に広がる、見た目と香りからはおおよそ想像も付かないありとあらゆる食という概念を冒涜するような味。洗剤を直接口に含んだ方がまだマシとすら言えるケミカルな味覚の暴力が全力でこちらに殴りかかってくる。一口食べただけで泣きそうになる味だが、吐き捨てたくなる衝動を必死に抑え込んでなんとか嚥下する。腐っても、腐りきっても、腐り果てても貴重な食糧だ。無駄にするわけにはいかない。
「……最悪の気分だ、ちくしょう……」
私の動きに追従するよう謎メカに指示を送り、涙目で吐き捨てながら歩き始める。
『父さん』の罪状が一つ増えた瞬間だった。
──
とはいえ、どうやら天は私を見放してはいなかったようだ。一日三食拷問エナジーバーという何らかの法に抵触しそうな生活を送りながら放浪すること一週間、なんと居住に耐えそうなレベルで形を保っている建物を発見! どうやらどこぞのPMCが放棄した小型の前線基地か何かの跡らしく、倉庫らしきものも併設されていた。
鍵も開いていたので施設内を一通り検分したところ、経年劣化があまり目立っていないところからどうにも最近放棄されたようだ。インフラも少なくとも水道は生きているし、発電機らしきものや太陽光パネルもしっかり完備しているから電気も問題なさそう。ただ、食料の類はスッカラカンだったからまだしばらくはあの拷問めいた食生活が続きそうだ。畜生め。
「ここをキャンプ地とするっ!」
意気揚々と宣言し、発電機を起動する。地下に設置してあったバッテリーも特にこれと言って問題はなかったし、これで電気系統も復活しただろう。
試しに適当なスイッチを入れてみれば、施設内の照明が点灯する。久方ぶりの文明の光だ、見てて涙が出てくる。
さらにここで秘密兵器を投入!
「じゃじゃーん、いつの時代の代物かわかんないデスクトップPC~!」
他の設備と一緒に捨て置かれていた代物だ。モニター・キーマウなど使うのに必要な道具類も全てセットでお値段なんと100%OFF。やったぜ。電気系統が復活した今、やる事といえばネットサーフィン以外にないだろう。っていうかそれ以外の娯楽が食含め全部終わってるせいでこれしかすることがないっていうのもある。
……で、これまずどこのボタン押せば立ち上がるんだ? 電源どこよこれ?
初見のハードウェアに悪戦苦闘すること暫し、なんとか電源ボタンを発見して起動することに成功した。特に機密情報を入れていたわけでもなかったのか、パスロックなどもかかっている様子はなく普通に使えそうだ。回線は……生きてるな、よし。そうと決まれば流れ作業でブラウザを立ち上げ、直近の事件やらなんやらを調べていく。
さて、手始めにのツ〇ッターのアカウントの確認を……あれ、〇イッターないじゃん。え、名前変わったの? いつの間に? ……まあいいか、私の使ってたアカウントは……ワオ、まだ生きてら。いやまぁ削除とかしてないしそりゃ生きてるか。手早くログインしてTLやトレンドを見てみると、出るわ出るわ聞き覚えのない単語やシステムの大嵐。っていうかよく見りゃ端末の時計が10年近く未来の日付を指してるんだが……私が缶ビール空けて記憶すっ飛ばしてる間に一体何が起こったんだ?
とりあえず、知ってるところの情報を探ってみるか。ええと、あのクソみたいな職場はどうなったかな……うわ、5年も前に潰れてやがる。やっぱ私がいなきゃこんなもんかよ、ざまあ見やがれボブ。
ついでに得意先をある程度調べて回っていると、なにやら気になる単語がヒットした──曰く、『蝶事件』。
「えーと、何々……? ……鉄血工造に侵入した武装グループがテロを断行、最上級AIが暴走し自律人形がすべて制御不能に……?」
他にも何やら気になる記載がいろいろあるが、そのどれもが胡散臭さ全開だった。
言いたいことは多々あるがとりあえず一つ、あそこの警備システムはそこまでザルじゃない。工場勤めだった時に何回か行く機会があったが、ネズミ一匹とはいかないにせよほぼ盤石に近い警備体制を敷いていたのはその時にこれでもかというほど見させてもらっている。作業服脱がされてパンイチにされた上にレントゲンで体の中まで徹底的に見られたのは今でも昨日の事のように思い出せるぞ。
それが武装した不審者、しかも集団での侵入をみすみすと許す? そんなバカな。
こんなもん、事情をある程度知っている側から見てみれば疑ってくださいと声を大にして喧伝しているようなものだ、確実に裏があるとみていいだろう。可能な限りディグってみるつもりだが、はてさてコイツでどこまで掘り下げられることやら。
うんうん唸りながらあちこちのデータサーバーを探って回る。事件の起こった日付が正しけりゃ事件が起こってからそこまで時間は経ってない、多少錯綜していても何かしらの情報は得られるだろう。
「なんも出てこない……!」
数時間後、私はデスクに突っ伏して呻いていた。誰かが隠蔽工作を働いているとみて間違いないだろう……ここまで調べて何も出てこないって相当だぞ。分かったのは鉄血工造製の人形がハイエンド含め軒並み暴走、そっくりそのまま人類の敵にシフトチェンジしたことくらいだ。あとはそう、そこまで親密って訳でもなかったんだけど顔を突き合わせればそこそこ談笑する仲だったリコリスのあんちゃんも蝶事件のせいで死んでしまったらしい。……こんなことならもっと会って話しとくんだった。会う頻度が低めとはいえ知己が死ぬのは堪えるな、やっぱり。
……ともあれ、もうとっぷりと日も暮れていい時間だ。PCの時計を見るとそろそろ0時を回ろうかといった具合。くあ、とあくびをしながら、今日のところは寝るとするか……と椅子から降りた時だった。
銃声、そして轟音。建物全体が不気味に振動し、パラパラと天井からコンクリの破片が降り注ぐ。こっちこっちと手招きしていた眠気が一瞬にして吹き飛び、目を白黒させながら部屋の窓に張り付く。
下を見てみれば、見覚えのある機械や自律人形の部隊が今まさに私のいる建物へと突入するところだった。噂をすればなんとやら、鉄血工造の自律人形のご来店だ。
しかし、どうしてこんな放棄されてるような場所に攻め込んで……ああいや、放棄されてないわ。私がいるわ。特になんも考慮せずに照明全開の状態だったな、そりゃバレもするかぁ。
「はーぁ、面倒くさぁい」
嘆息しながら、部屋の脇に鎮座する謎メカに指示を飛ばす。この体はあの怪しい改造手術によって脳みそも含めて体のあちこちが機械化されているのだが、そのおかげでこの手の機械と自分の頭をネットワーク上で接続できるようになったのだ。他にも私が扱えてないだけで便利な機能とかもそれなりにあるのだが、まあその辺はおいおいということで。さて、じゃあこの状況を打破できる武器を出してもらおうか。
ユニット下部に設けられた小窓が開き、ペッ! とゲロマズエナジーバーが吐き出された。
「そっちじゃねぇよおバカ!」
ガンガン! と機体をグーで2回叩く。こんな食料と呼ぶのもおこがましい食べれるだけの産業廃棄物一本で何をしろっていうんだ! 手に持って殴り掛かれってのか!? そう思ってもう一度指示を飛ばすと、今度はちゃんとした武器が排出された。……こりゃライフルか。見たことのないタイプの銃だが、まあ引き金引いて弾が出るなら問題ないだろう。床に乱雑に転がされたそれを拾い上げると、頭の中で大型ライフルのマニュアルが提示された。どうやらこいつはNYTOの中でも下っ端の下っ端に与えられるような量産装備……の、改良品らしい。まあ、内実は対物とまでは行かないにせよいたって普通の大口径ライフルだ。強いて言うならセレクターがセミオート・バースト・フルオート・レーザー・プラズマの5種類あることくらい? ……後ろ二つはなんなんだ。
「さーて、やりますかっと」
ともあれ、使えるものは使うべきだろう。セレクターを弄れば、ガシャコン、とやたらレトロな音とともに銃弾が装填された。……ところで私ってば、ライフルに限らず銃撃ったことないんだよねぇ。だってPMCでもなんでもない一般人にそんな機会そうそうないし……。
ただ、都合のいいことに私の体には口だけは達者なトーシローにも優しい便利機能が搭載されている。
「
偏向障壁。こいつはなんでもNYTO、というかパラデウスの保有する自律兵器全般に搭載されているらしいいわゆる無敵バリアのようなもの。二代目クソ上司のウィリア──げふんげふん、『父さん』に曰く、強度に応じて種別を問わず敵からの攻撃を減衰する性質があるらしく、最大出力で展開すれば理論上コーラップス弾頭すらしのげるとか。まあ、そこまでやったらシステムが焼き切れて自爆するとも言われたけど。
あとは重火砲クラスの大火力をぶちこまれると一時的にフィールドが破砕されて再起動するまで無防備な姿をさらすことになるとも言われたが、こんな屋内にそんなべらぼうな火力を持った武器はとてもじゃないが持ち込めないだろう。つまるところ、この屋内という環境に限って言えば私は事実上の無敵なのだ。……無敵、無敵か……ううっ、悪くない響きだ……。
意気揚々と扉を開けて部屋に出れば、ここまでの部屋や設備のクリアリングを全てしてきたらしい自律人形の小隊とご対面。見覚えのある銀ヘルメットと紫のバイザー、こりゃヴェスピドとリッパーか。
互いに互いを認識した瞬間、問答無用で銃弾の雨あられが飛んでくる。
「全ッ然効かないんだよねぇ!」
しかし、そのいずれもが偏向障壁によってその勢いを削がれ、肌に触れるころには軽く指で弾き飛ばした程度の速度まで運動エネルギーを殺されていた。当たったところで痛くもなんともなく、むしろ金属特有のひんやりとした感覚がほのかに気持ちいい。
お返しとばかりに大型ライフルを構え、遠慮容赦なしにバスバスと撃ち込んでいく。大型ライフルはそのサイズと口径に違わぬ威力を発揮し、鉄血人形の柔肌を紙切れのように引き裂き、内部フレームを発泡スチロールのようにたやすく砕いてみせた。
「あっはははっ!」
言い知れぬ高揚とともに大型ライフルを振り回し、躊躇なく乱射する。コンクリート張りの廊下が瞬く間に大量の弾痕でデコレートされ、床では物言わぬ残骸と化したガラクタの山が涙のようにオイルを垂れ流している。
胸の内で燃え上がる炎に身を任せ、私はさらに施設内を駆け回った。目に付いた敵を全て亡き者とするために。偏向障壁様様だな、これがなかったら私はとうの昔に蜂の巣になっていただろう。
そのまま殲滅を続けることしばし。施設内に生き残りがいないことを確認した私は、堂々と正面玄関から外に出た。
そこに腕を組んだ仁王立ちで待ち受けていたのは、ずいぶんと背の小さい子供のような風体の少女。……といっても状況的にも環境的にもこいつがただの人間なわけはもちろんない。鉄血工造のハイエンドモデルだ。
……しかしこの造形、カタログで見覚えがあるぞ。ええと、確か名前は
おぼろげな記憶を探りながら、私はひらひらとライフルを持っていないほうの手を振って笑顔で声をかけた。
「ハロー? 今日はいい夜だよね、アンタもそうは思わない?」
「……こんな質問に意味があるとは思わないが、一応聞いておこう。貴様がこちらの手下をやったという認識で間違いはないな?」
「ま、あんな寄せ集めを手下だってアンタが胸を張って言えるならそうなんじゃないかな?」
「いいだろう、それだけ聞ければ十分だ」
はあ、と息を吐く法官。
ガッシャ! と腰部に備え付けられたユニットを展開し、1対のマシンガンの銃口をこちらへ向けてきた。
「見ないタイプの人形だが関係ない、貴様もほかの連中のようにスクラップにしてやろう!」
「やってみやがれ、暴走した欠陥品ごときがさぁ!」
その宣言に呼応するようにこちらも叫び、偏向障壁の出力を引き上げる。
パラデウスと鉄血工造、人類の敵たる二勢力の記念すべきファーストコンタクトだ。
実際の所パラデウスと鉄血工造ってどの辺がファーストコンタクトだったんだろうか。
ストーリー自体がかなりうろ覚えなんだよなぁ。