……。
………。
……………。
「……ここは?」
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
またこの展開か、と若干うんざりしながら、私はまた直前までの記憶をたどる。ええと、ウィリアムのボケナスにどことも知れない秘境に放逐されて、ようやく見つけた仮拠点もコラテラルダメージで吹っ飛んで、最終的に見つけた居住区らしき場所の目前で鉄血の部隊と戦闘になって……。
……そうか、空腹で倒れたんだっけか。
「起きた?」
「ヒャッ」
口の端から変な声が漏れる。
私が寝かされているベッドの脇、そこに置かれたスツールに、誰かが座っていた。手に持った小説を読みながら、時折パラリとページをめくっている。
流れるような銀髪、翡翠色の瞳。前をはだけた状態で纏った紺色のタクティカルジャケットの腕には、見たことのない部隊の紋章がついている……"Error 410"? いったい何の意図で……?
流し目でこちらのことを視認し、パタン、と手に持った小説を閉じて懐にしまう。こちらに視線を向け、『彼女』は改めて声をかけてきた。
「服は悪いけどこっちで洗浄しておいたわ。あんたの持ってたライフルと自走ドローンも預かってる……多少検分はしたけどバラしたり壊したりはしてないから安心して」
「ああいや、とんでもないです……?」
きょとんと頭にハテナを浮かべながら返答する。確かに今の私の服装はすっかり着慣れたあのローブではなく、薄いピンクの患者衣だ。それで、この人だれ……?
そんな風に疑問を浮かべる私に気付いたのか、彼女はくすりと笑いながらこう言った。
「ああ、自己紹介が遅れたわね。私はキルスティン……キルスティン=ハーディングフェーレ。あんたと同じ、自律人形よ」
ま、ちょっとばかし後ろ暗いけどね、と嘯く彼女──キルスティン。名前から察するに、ドイツ方面の人なのだろうか。
とりあえず名乗られて名乗り返さないというわけにもいかないので、私も自分の名前を名乗る。ドーモ、キルスティン=サン。ストレリツィアです。
「ストレリツィアね。ふうん、悪くない『名前』じゃない」
「はあ、それはどうも……」
「倒れる直前のことは覚えてる?」
「鉄血の部隊をボッコボコにしたことなら、まあ」
「あの、新入生さんの服持ってきました……」
「やっぱりあんたがやったのね。……単騎で?」
「そっちにある自走ドローンに武装とかが認められないなら、まあ単騎ですね」
「迂遠な物言いをするわね……」
「……あの、キルスティンさん……? もしもーし……」
呆れたように言うキルスティン。とはいえ、私が一人で鉄血の部隊を相手にしたというのは把握したらしい。顎に手を当てて考えるような様子をとっている。
他にも、どうやって敵を倒したのか、戦力差に比して明らかに損傷個所が少ない、というか無傷なのはどうしてか、などあれこれと問い詰められる……あ、これもしかして事情聴取とかそんな感じですか。知っていることに対する質問には可能な限り答えるが、わからないことに関しては素直にわからないと答える。だってどこから来たかなんて、気付いたら荒野のど真ん中だったのにわかるはずもないし……。
ともあれ、一通り質問に答えると、キルスティンは少し満足げに頷いた。
「オーケー、だいたい把握したわ。物分かりのいい相手ってのは嫌いじゃない」
「気に入っていただけたなら幸いです……?」
「もう少しでこっちの同僚があんたの服を持ってくるから、それまで待ってて」
「あの、もういます……」
「「わぁっ!!?」」
突然横から聞こえてきた声に、二人揃って悲鳴をあげる。いつの間にやら、キルスティンの真横にもう一人誰かが立っていた。グレーのブレザーを纏った、ともすればどこかの女学生ですといっても通用しそうな見た目の気弱そうな少女だ。その手には、なるほど確かに私が着ていたローブが抱えられている。キルスティンの腕についているものと同じマークがそのブレザーの胸についているのを見て、二人のだいたいの関係を察した……同じ部隊の人か。
驚きのあまりスツールからずり落ちかけたキルスティンが、やや傾いた体勢のままそんな彼女に抗議する。
「シンシア! いるならちゃんと声をかけろって何度言ったら……!」
「いや、あの、何回も声はかけたんですけど……」
「だったら聞き取れるようにして!」
「そんなご無体な……」
確かに消え入りそうな程に細い、それこそ小鳥がさえずるような感じの声だが、それでもしっかりと彼女を認識しているなら十分聞き取れる声量だ。多分聞き取れなかったこちら側に非があるんじゃなかろうかと思うが、彼女にとってはそうでもないらしい。
「はぁ……この子はシンシア、シンシア=エコードロップよ。見ての通り影が薄いから用事があるときはスキャンかなんか使うのをお勧めするわよ」
「その、よろしくお願いします……」
「ああいえ、こちらこそよろしくです」
ぺこりと頭を下げてきた彼女に声をかけ、差し出された服を受け取る。身にまとっていた患者衣を脱ぎ捨て、手早く着慣れたローブに着替えていく。うん、やっぱりこれ着てるほうが落ち着くわ。
いつもの白ローブ姿に戻った私を見て、キルスティンが言葉を発する。
「……改めてみると見ないタイプの服ね。どこのブランド?」
「ブランド……はわかんないですね。造られたときに上司に支給された奴なんで……」
実際問題、このローブがどこで何を使って製造されているのかは全く把握していない。下っ端NYTOが軒並みこのタイプのローブをまとっているのを見る限り、どこかしらで工場なりなんなり生産体制は整えているとは思うんだけど……。まあ把握したところで私にはどうしようもないしどうかする気もないし。
キルスティンはそれを聞いて「ふぅん」と言い、興味を失ったように傾いた体を立て直して椅子を立つ。そのままシンシアを従えて部屋の外へと歩いていくと、扉の前でこちらに振り向いた。
「さて、それじゃあ行きますか。ストレリツィア、あんたは立てる?」
「え、行くってどこに?」
「どこって……決まってるじゃない。この施設のトップに挨拶しに行くのよ」
「はあ、トップですか……え?」
え?
──
ペタペタとリノリウムの床をブーツの靴底が床を噛むやや粘質な音が3つ重なって辺りに響く。
私の前を歩くキルスティンは手に持った小説を弄びながら、こちらへむけて声をかけてきた。
「ここはアンダー……って言ってもあんたにはまだ伝わらないか。まあ要するに自律人形が運営する基地みたいなものと思ってくれていいわ。だから、ここのトップも当然自律人形なの」
「当然って言われても私にはそれが何を意味してるのか全く計れれないんですが……」
「異常も異常よ。だって普通の基地なんて大なり小なり人間の指揮官が運営してるんだから……それをここは全部自律人形の手で賄ってるわけ」
「そ、そのせいでここの環境も相まって慢性的に人手が足りてないんですけどね……」
「だってしょうがないじゃない、ここに所属してる奴なんてだいたい協調性がないか対人関係に何かしらトラウマ持ってるかの二つだもの。人手が足りたことなんて今まで一度もないのはあんたも知ってるでしょう?」
……どうやらこの基地というのはほかの場所と比べても相当イレギュラーな環境下にあるらしい。
私の記憶から類推するなら、恐らくこの基地があるのは目前に存在していた居住区(仮)のはず……外から、しかも遠目に見ていたせいで分からなかっただけで、実はかなりヤバいところなのだろうか?
そんなことを考えながら3人まとまって歩いていると、目当ての部屋についたのかキルスティンが足を止める。目前にあるのは他と比べてもやや重厚なつくりをした両開きの扉。上にかけられたプレートにはこう書いてある──『司令室』。
身構える私をよそに、慣れた様子でキルスティンがコンコンとノックする。そして、返答を待たずに「入るわよ」といってガチャリとドアを開けて中に入っていった。シンシアもそれに続いて入っていったので、私もあわててそこに続く。
「キルスティン……ノックするときはこちらの返事を待ちなさいと毎回言ってるじゃない。ここにきて長いのだからいい加減覚えてほしいものだわ」
「あんた基本的に外からの物音なんて全部無視するから返事なんていつまで経ってもしないじゃない。マグノリア、だったかしら? あんたの所のマシンガンジャンキーも蹴り開けて入っていってるのよく見るわよ。それに比べたらノックして普通に開けてる分私の方が配慮が足りてると思わない?」
「ああ言えばこう言う……シンシア、貴女はこんな風にはならないことね」
「は、はい……」
「さて、それで要件は……あら?」
そこに広がっていたのは、キルスティンとデスクに座った女性が言い争っている光景だった。言い争っているといってもそんな一触即発の雰囲気を漂わせたものではない、ノリの軽いコントのような会話だ。見た感じの第一印象は……『黒い』。いや雰囲気がとかそういう抽象的なものではなく、物理的に全身が黒いのだ。黒いパンツルックのスーツに濡羽色の髪、黒曜石のような漆黒の瞳。ご丁寧に手にも黒いグローブを装着していて、肌とスーツの下のシャツ以外に黒くないところが全く見当たらない。……この人も自律人形なのか。
その女性がキルスティンたち二人の後ろに立っていた私に気付き、少し驚いたような表情を浮かべたかと思ったら、人当たりのいい……うんちょっと訂正、人を食ったような、あるいは嘲っているようなかなーり癖の強い笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「ようこそ、臨時基地"N.E.S.T."へ。ここは訳アリの脱走人形から訳ナシの違法人形まで全てを受け入れる、言ってしまえば見た目を取り繕っただけのゴミ溜めよ」
「仮にも自分の職場に大して言いようがひどすぎません……?」
冗談よ、とその女性はくすくす笑う。一つ一つの所作は優美なものを感じさせるのだが、死んだ魚なんて目じゃないくらいに極限まで死んだ黒曜石じみた瞳のせいでとにかく不気味さが勝る。
「それで、ここに何の用かしら。こんな辺境の近くまで流れて来て、キルスティン達に運び込まれたってことは貴方も人形なんでしょ?」
「ええまあ、ついさっきこの街に偶然たどり着きまして。さんざん放浪というか放蕩というか、まあとにかく迷走してたんでせっかく見つけたこの街に定住できないかなーと」
「エネルギー不足でぶっ倒れるまで迷うなんて、一体どこから歩き通しで旅してたのやら……」
「……そう。それは縋る藁を間違え──コホン、いい選択ね。私は貴女の選択を尊重するわよ?」
「おい、今なんて言いかけたおい」
ぼそっと口にされた定住予定の人形としてはあまりにも重大な言葉を聞こえなかったふりでやり過ごすわけにもいかず、泡を食って掘り下げる。キルスティンとシンシアがあちゃーといった感じで額に手を当て、スーツさんは「やべっ」と言いたげな表情を一瞬浮かべたが、すぐに元の真意の読めないうすら笑いに戻ってあれこれと教えてくれた。
曰く、この都市は体裁こそ普通の街だが実態はその辺のスラムと何ら変わりはない。三本柱なんてもんはとうの昔に権威を失い、金・暴力・SEXの世紀末三権分立に取って代わられたらしい。おかげさまで今やこの都市全体がソドムとゴモラじみた悪の街と化してしまったとか……。いやもう本当に、どこの□アナプラの話をしておられる? え、ここ? そんなぁ……。
そして、その三権分立をそれぞれ代表する組織によって都市内はマーブル模様のように勢力分けがなされ、『暴力』担当なのがここ、臨時基地なのだとか。一応治安は比較的マシなほうらしい。
「……で、ここはそんな辺境の世紀末都市──U13/E17地区を統べる数少ない私立行政機関の一角という訳よ。分かった?」
「情報量が多すぎて何が何やら」
「要するにろくでもない街ってことだけ覚えとけば何とかなるわ。サブリナ、あんたも長々と講釈垂れてないでそういえばいいのよ」
「はあ、貴女はいつもそうね。416シリーズと話したことはいくらかあるけど、ちょっと仕様が違うだけでどうしてこうも性格が変わるのやら……"HK41「キルスティン」……キルスティン、貴女のその自分の名前に対する執着は悪いところよ。問題が起きる前に早めに矯正しておいたほうがいいと思うのだけれど」
「そう、覚えてたら善処するわ」
「や、やっぱりだけど相変わらずキルスティンは直す気は全くないんだね……」
「シンシア、何か言った?」
「なにも……」
「まあ、それくらいならなんとか分かるかも……?」
「それならよかったわ。では改めて──」
──ようこそビジター、ここは享楽と狂騒の悪徳都市『アンダーエデン』。この街を統べる三本柱の一つ『臨時基地』、その代表たる110BA──サブリナ=オクトーバが貴方を歓迎するわ。
どことなく得意げな顔でそういったかと思えば、110BA──サブリナは一枚の紙をこちらに差しだしてきた。
「というわけで、まずはここにサインを。あとは写真も必要ね、ここに所属するなら身分証の発行くらいはしておかないと」
「発行したとてそんな世紀末環境役に立つんですかね、それ……」
「基本的にこの街は来るもの拒まず去るもの追わずがデフォだから、よそ者と住民の区別って結構大切なのよ。そういう建前で私が少し前に私が法案を通したから、身分証があればあちこち手続きとかが楽になると思うわよ? 他は知らないけど、少なくとも私の影響下では便利になるように改正を進めてるわ」
「実際便利だから安心して。少なくとも臨時基地の勢力下であれば作っといて損はしないわ……他の勢力下だと逆に足かせになりかねないけど」
「身分証から身元を割り出されたりとか、この町でも普通にあるからね……」
「微妙に法治国家の面影残してるのがまた哀愁を誘うなあ、ここ」
そんな事をこぼしながら、私はペンを借りて紙に書き込──もうとして、手が止まる。
……名前、名前かぁ。一応あのクソ親父から名付けられたストレリツィアというのが今の名前だが、それをただそのまま名乗るというのもなんというかこう、癪に障る。
かといって生前の名前──アーネスト=ウッドストックは名乗れそうもない。というか変に名乗って元人間ってばれたりしたら後が怖い。人間が完璧に自我を保持して人形の体に入り込むなんて聞いたことないもん、絶対ヤバい組織みたいなのに目を付けられるって。でも仮にも親からもらった名前だしなぁ……。
そうしたいくつかの逡巡の末に、私は折衷案として、今の名前に加えて昔の名前を少し捻った名前を考え、紙に書き込んだ。
「書けました~」
「はい、じゃあ紙貰うわね。──ふむ。それじゃあ次は写真かしら。ついてきて頂戴ね、『オズフェスト』さん」
「はぁい」
──ストレリツィア。ストレリツィア=オズフェスト。
それが、正真正銘今日から私の名前だ。